プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で― 作:jolend
「再接続を確認」
オペラが柳の神経波形を追う。
「仮想空間内で移動を開始。……速い。もう戦闘状態に入ったわ」
「向こうも柳さんが戻ったことに気づいたみたいだな、さて防衛開始だ」
千面相の防壁プログラムが、柳の帰還経路へ殺到する。
安全確認用の偽装が剥がされ、接続経路が急速に削られていく。
クラムは即座に予備経路を作り、破壊された経路を再構成する。
一つ潰されれば二つ。
二つ潰されれば四つ。
柳へ繋がるバックドアが、植物の根のようにシステム内部へ枝分かれしていく。
「ハッ、ぬるいぬるい、こちとらほぼ一人でお前らのネット潰してんだぞ」
「クラム。雅の解析率が97%よ」
「……こら転送阻止までは無理だな」
オペラの声に、クラムが別の画面を開く。
98%
99%
収集された戦闘データは、解析と並行して外部へ送信されていた。
生データの大半は、クラムたちが到着するよりも前にすでに流出している。
「どうにか転送を止められませんか!」
HIAの緑髪の技術者が叫ぶ。
「無理っすね、今こっちから通信を切れば柳さんのバックドアまで巻き込まれる」
「しかし、このままでは雅さんのデータが!」
「そんなん言われずとも分かってる」
解析率が百パーセントへ到達する。
残るデータが暗号化され、複数の中継点へ向けて送信された。
クラムは通信へ追跡処理を仕込む。
だが、千面相側も無防備ではない。
分割されたデータは、複数の無関係なサーバーを踏み台にし、それぞれ異なる経路へ流れていく。
すべてを止めようとすれば、柳の帰還経路の維持が疎かになる。
救出か
データか
選ぶまでもなかった。
クラムは送信先の追跡だけを残し、処理能力を柳の経路維持へ戻した。
『転送完了』
システム表示された文章に、クラムの声が僅かに沈む。
「……あーあ。抜かれたわ、クソ」
「追えそう?」
「途中までは、枝はつけておくよ」
その瞬間、千面相からクラムの端末へ攻撃が送り込まれた。
柳の帰還経路を支えている存在にようやく気づき、クラム自身をシステムから排除しようとしている。
「あ、向こうから繋いできたわ」
「バァカめ調子に乗りやがって!好都合だ!」
クラムの口元に笑みが戻った。
相手の攻撃を即座には遮断せず、あえて防壁を通り抜けさせて端末の手前まで引き込む。
侵入されたように見せかけ、その通信経路へ自分のプログラムを相手側に侵入させた。
「追跡開始だ!中継点が一つ、二つと……随分と手の込んだ経路を作りやがって!」
「無関係なサーバーも踏み台にされているわ」
「そこは触ンナ。狙うのは千面相と連中の取引網だけだ」
複数の中継点を通過し、その奥に存在する管理サーバーを割り出していく。
「オペラ、こいつらが所有してるサーバーと、侵入先の踏み台を分けろ。取引記録と接続元も全部コピーだ」
「分かったわ、アナタは?」
「柳さんが戻ってくるまで、連中が逃げないように追いかけっこしておくよ」
「そのあとは?」
「お礼参り♡」
「……一応仮想空間の状況をモニターに出しておくわ」
モニターに仮想空間の様子が映し出された。
ノイズに塗れ、現実味の無いねじれた廃墟と化したルミナススクエア。
その中心で刀を振るう柳。
彼女と対峙している者の姿を見て、HIAの技術者たちが息を呑む。
星見雅
だが、本物の雅は隣のVR装置で目を閉じたままだ。
「ふーん、盗んだ戦闘データから、雅さんの仮想体を作ったのか。あれが仮想空間の制御を握ってんだな」
偽物の雅が柳へ斬りかかる。
刃が衝突した瞬間、映像が激しく乱れ、再び何も見えなくなった。
柳の神経波形が危険域の直前まで跳ね上がる。
「柳の負荷が上がってる」
「経路は繋がってる、あとは柳さん次第だ」
その言葉へ応えるように、柳の同期率が再び安定する。
外から戦闘へ手を出すことはできない。
クラムにできるのは、柳が戻るための道を守ることだけだった。
やがて、雅の神経波形にも変化が現れる。
それまで外部から抑制されていた意識反応が、一気に上昇した。
「上手くいったみたいだな」
「雅が動くわ!」
モニターが再び点灯する。
映ったのは、柳へ刃を振り下ろそうとする複製された偽物の軍勢。
その背後で、本物の星見雅が刀へ手をかけた。
一閃
仮想空間そのものを両断するほどの斬撃が走り、雅の姿をした偽物たちが無数のデータ片となって崩れ去った。
同時に、千面相のプログラムが支配力を失う。
「おぉ、さすが虚狩り」
「仮想空間の管理権限がHIA側へ戻ります!」
技術者の叫びに、クラムが四人の接続状況を確認し、すでにログアウト処理が開始されていた。
「オペラ」
「四人とも帰還経路へ入ったわ! 神経波形も正常!」
「よっし。ならこっちも仕上げだ」
クラムは千面相側のサーバーに侵入させたプログラムを起動する。
通信記録
取引履歴
残党の端末識別情報
現実側の拠点と思われる座標
破壊する前に、必要な情報を片端から保存していく。
「証拠の回収完了よ」
オペラが告げる。
「千面相の拠点と思われる座標が三か所。取引先が管理しているサーバーも特定したわ。無関係な踏み台は分離済み」
「んじゃあ、もう遠慮はいらないねぇ!! もう逃げられねぇからなぁ!!」
クラムは即座に千面相と取引先が所有するサーバーの管理機能を奪い取った。
電源制御
冷却装置
ストレージへの書き込み処理
その他諸々、本来なら同時に作動することのない命令を一斉に実行させる。
処理負荷が限界を超え、冷却装置は停止する。
電源管理機能が異常な電圧を吐き出し、過熱した記憶媒体が基板ごと破壊されていく。
相手が異常に気づき、通信を切ろうとした時にはもう遅い。
「人様の頭ん中好き勝手した駄賃だぁ!ゲームオーバーだド外道ォー!!」
クラムが叫びながら最後の命令を実行する。
ARに表示されていた接続先のサーバーが、モニター上から次々と反応を失っていった。
その直後、四基のVR装置が一斉に開く。
「課長!」
最初に身体を起こした柳が、隣の装置へ顔を向ける。
雅がゆっくりと目を開いた。
その向こうでは、悠真が額を押さえながら深々と息を吐いている。
「仮想空間で倒れた場合も、労災って適用されるのかな……」
「よかった!戻ってこれた〜!ナギねぇ大丈夫!?」
最後に起き上がった蒼角が、両手を上げて柳の名前を叫んだ。
「全員、急激な神経同期の解除による軽い混乱はあるけれど、それ以外に異常はないわ」
オペラが検査結果を表示した。
「ホント!?よかったぁ!ナギねぇすごかったんだよ!」
「おう、見てたぞ」
「異常は見られないけど、念のため、医療班の検査を受けて。特に柳は強制ログアウトの直後に再接続しているから安静にすること」
「えぇ、分かりました。協力に感謝します」
柳がクラムとオペラへ頭を下げる。
「いやいや、俺は入口とバックドアを作っただけですよ。皆さんを連れ戻したのは柳さんと雅さんです」
「あなたが帰還経路を維持してくださらなければ、我々はこちらに戻ることはできませんでした」
柳は礼を告げたあと、ARに表示された相手側の破壊済の表記がされた制御端末へ視線を移した。
「……あの、千面相の通信網は、どうなりましたか?」
「うん!問題ないよ!千面相と連中の取引先のサーバーはぜーんぶ文字通り焼いておいてやったから!」
クラムが笑顔でサムズアップする。
室内が静まり返った。
柳だけでなく、HIAの技術者たちまで言葉を失っている。
「……や、焼いた?」
悠真が嫌そうな顔で聞き返した。
「文字通りよ」
「うわぁ……お気の毒」
代わりにオペラが答え、悠真がふたたび頭を抱えた。
「逆探知したサーバーの電源管理と冷却装置を乗っ取って暴走させたの。ストレージへ異常な負荷をかけたうえで、記憶媒体を基板ごと熱で破壊したわ」
「それを問題ないとは言いません」
柳の声が一段低くなる。
「犯罪組織の設備とはいえ、今後の捜査に必要な証拠だったのですよ?」
「大丈夫だって。焼く前に全部コピーしてあるから」
クラムは回収したデータをAR上へ表示する。
千面相の通信記録。
取引相手と思われる複数のアカウント。
外部サーバーの所在地。
さらに、残党の潜伏先と思われる三か所の座標。
「これだけあれば検挙には困らないでしょ。無関係な踏み台には手を出してませんし。焼いたのは今回の経路から直接繋がっていた千面相と取引相手の管理サーバーだけです」
柳は表示された記録へ目を通し、証拠は保全されている事を確認する。
これならば、千面相の残党を追跡することも可能だろう。
「では、流出した戦闘データは?」
「……すいません、それは無理でした、俺たちが接続する前から、生データの転送は始まってたんで、枝を仕込んだけど皆さんの帰還経路を維持している間に、残りも送られました」
「送信先は特定できなかったのですか?」
「最後の中継点までは。だけど受取側はデータを回収した直後にネットワークから即座に切断してる。恐らく外部と繋がっていない記憶媒体へ移したんでしょう」
繋がっていない端末を、外部から破壊することはできない。
クラムが焼き払ったのは、千面相と取引相手が利用していたサーバー群のみであり、すでにネットの外へ持ち出されたデータまでは消去できなかった。
「つまり、私のデータは、今も何者かの手にあるという訳だな」
「えぇ雅さん、残念ながら」
「……次の修行に電子戦も取り込んでおこう、VR上だろうが相手のハッキングを断ち切れるように」
「雅さんの場合本当にできそうだから困る……」
今回の報復そのものは阻止した。
千面相の残党へ繋がる証拠も確保できた。
だが、それで事件のすべてが終わったわけではない。
「まずは残党を確保し、取引相手について聞き出します」
「助かります。座標と記録はそっちへ送りますよ」
「ありがとうございます。ですがクラムさん」
「はい?」
「今後サーバーを物理的に破壊する場合は、実行する前に必ず相談してください」
「善処しま~す」
「約束してください」
「前向きに検討しま~す」
「クラムさん」
「反省してま~す」
「柳、助けられたことに変わりないんだ、私からも、改めて礼をいわせてもらおう」
「……なんかこのやり取り、外の課長のファン達が聞いたら⸺」
「やめてくれよ悠真君……あいつらナマモノだろうが節操ないんだから」
「あ、あぁ分かるよ、好意は嬉しいけどね」
「安心したらお腹空いてきちゃった……ねぇねぇナギねぇーご飯はー?」
「身体検査が終わったら、食べに行きましょう」
「やったー! 蒼角ラーメンが食べたい!」
いつもの調子を取り戻し始めた六課を横目に、クラムは自分のARへ残った追跡記録を見つめた。
最後の中継点。
そこから先の受取人を示す情報だけが、綺麗に削除されている。
千面相へ依頼し、星見雅の戦闘データを手に入れた何者か。
その存在は、ネットの向こう側へ姿を消したままだった。
「大事にならなきゃいいが……」
☆
同時刻。
新エリー都のどこか。
外部ネットワークから完全に隔離された端末に、転送完了の表示が浮かんでいた。
その横へ置かれた記憶媒体には、星見雅の生体情報と戦闘データが保存されている。
通信に使用したサーバーが、遠隔地で次々と応答を失っていく。
だが、すでにネットワークから切り離されたデータへ、クラムの攻撃が届くことはない。
白い指が、端末から記憶媒体を引き抜いた。
暗い室内に、鮮烈な赤い袖だけが浮かび上がる。
女は記憶媒体を握り、満足そうに目を細めた。
「……十分よ、無尾のデータもとれたわ」
静かな足音だけを残し、赤い服の女は部屋をあとにした。
ストックはここまでですが、このあとのシーズン1の5章ラストまで展開は一応考えてはいます。