プロメシュースの悔恨   作:jolend

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#7 ルミナススクエア治安局庁舎付近

「照合率、48.1パーセント」

「えー、低いなぁ」

「顔がほとんど映っていないのよ。これでも高い方だわ」

 

 HIAセンターでの事件から数日後。

 

 市政選挙に伴うホロウ観測支援⸺という名目で、R.E.L.I.Cのトラックはルミナスクエアの治安局庁舎付近に停められていた。

 

 その荷台で、クラムとオペラは二つの映像を見比べている。

 一つは、第四研究所の監視カメラに残されていた記録。

 白いスーツの集団を率いる、赤服の人物。

 もう一つは、ヴィジョン社が過去に公開した広報映像だった。

 画面の中央で演説しているのは、当時社長だったパールマンとその斜め後ろには、黒髪の女が控えている。

 

 パールマンの秘書として、ヴィジョンの実務を取り仕切っていた女⸺サラ。

 

「顔認証は使い物にならない。だから身長、骨格、歩幅、重心の移し方、それから服の寸法を比較したわ」

 

 オペラが二人の映像を重ねた。

 

 研究所内を歩く赤服の人物。その輪郭へ、パールマンの後ろを歩くサラの姿が重なる。

 

 完全には一致しない。だが、偶然として切り捨てるには共通点が多すぎた。

 

「48.1パーセントか。逮捕どころか、ギリ職質にも使えないぞ」

「だからといって、無関係とも言い切れない」

「あぁ、分かってるよ」

 

 クラムは椅子の背もたれへ身体を預け、別のウィンドウを開いた。

 

 表示されたのは、千面相のサーバーを焼く前に回収した通信記録だった。

 

 六課は事件当日のうちに、クラムが割り出した三か所の拠点へ踏み込んでいる。残党の大半は逮捕され、端末や通信機器も押収された。

 

 もっとも、主要な記憶媒体の多くは、クラムが送り込んだプログラムによって基板ごと破壊されていたが。

 

 千面相による報復事件は、ひとまず収束した。

 それでも、星見雅のデータを受け取った相手だけは見つかっていない。

 

「こっちはどう? 第四研究所の電子錠へ残っていた侵入記録と、千面相の取引相手が使っていた認証処理を比較したわ」

 

 オペラが二つの文字列を並べる。

 

「完全に同じものではないけど暗号鍵を生成する際の癖が似ているの。同じ人物が作ったか、少なくとも同じ組織から提供された可能性が高いわ」

「第四研究所から試作薬剤を持ち出した連中と、雅さんのデータを受け取ったヤツが繋がっているかもしれない、と」

「ええ」

「欲張りさんだねぇ」

 

 クラムは机へ頬杖をついた。

 試作のサクリファイス化薬剤。

 虚狩りである星見雅の生体情報と戦闘記録。それに、彼女の武器との同期波形。

 

 一見、両者を結びつけるものはない。だが⸺

 

「雅さんのデータを何に使うつもりなのかしら」

「対策用の戦闘モデル、生体認証の偽装、複製体の作製。挙げ始めたら切りがない。あるいは……」

 

 クラムの脳裏に、星見家に代々伝わる妖刀の名が浮かぶ。

 

 骸討ち・無尾

 

 もしサラが、あの刀に隠された力を知っているのなら。狙っているのは、雅本人ではなく⸺。

 

「……クラム?」

「いや。まだ想像の域を出ない」

 

 クラムは可能性を切り分けたが、どれにも決め手はなかった。

 

「わざわざ千面相を使って盗ませたんだ。単純に雅さんを倒したいだけなら、あんな回りくどいことはしない」

「本人には手を出さず、データだけが必要だった」

「そういうこと」

 

 画面上では、サラと赤服の人物の輪郭が重なり続けている。

 

 クラムは照合結果と通信記録をまとめ、暗号化した報告書を作成した。送信先は、R.E.L.I.Cへ指令を下している上層部だ。

 

 数分もせず、短い返答が届く。

 

『時が来るまで引き続き監視を継続せよ』

 

「時が来るまでって……」

 

 何を待っているのかは、二人とも分かっていた。

 

 上層部が欲しているのは、もはやブリンガー個人の不正ではない。彼を泳がせ、サラを介してその背後にいる讃頌会との繋がりまで、誰にも否定できない形で押さえることだ。

 

 今ここで摘発すれば、讃頌会はブリンガーを切り捨て、再び地下へ潜る。そのためクラムたちには手を出さず、監視を続けるよう命じられているのだ。

 

「ボケ老人どもめ。悠長に監視してる場合か? 市政選挙は目前なんだぞ、ブリンガーが総監にでもなってみろ、地獄だぞ」

 

 クラムは椅子を回し、天井を仰いだ。

 

「向こうは試作薬剤を持ってる。雅さんのデータも手に入れた。何をするつもりかは知らないが、必要な材料は揃いつつあるんだぞ」

「それでも、私たちの仕事は証拠を回収すること。容疑者を勝手に処刑することではないわ」

「誰も殺すなんて言ってないだろ」

「さっき、サラの現在地を検索しながら七陽の出力を調整していたのは誰?」

「偶然だゾ」

 

 その時だった。

 クラムのARに表示された名前を確認し、即座に回線を開いた。

 

「ニコか!?」

『クラム! やっと繋がった!』

 

 映像の向こうに現れた邪兎屋のニコは、髪も服も砂埃にまみれていた。

 

 通信に付随する情報から、クラムの端末が発信地点を割り出す。座標は、郊外。

 背後では大型車両のエンジンが唸り、遠くから散発的な銃声や爆発音に混じって電撃音や

『スターライトナイトォ!!』という声が聞こえている。

 

「郊外で襲撃されたみたいだな、アキラ君たちは?」

『なんで場所まで分かってんのよ! ……まあいいわ。全員だいたい無事よ!』

「だいたいって付けるな。不安になるだろ」

『しょうがないでしょ! いきなり三方向から蜂の巣にされかけたのよ!』

 

 ニコが苛立たしげに、ピンク色の髪から砂を払う。

 

『アキラとお武家ギツネは、途中で車ごとホロウに落ちたわ。でももう戻ってきてる』

「六課もいたのか。二人に怪我は?」

『アキラは侵蝕で一度意識を失ったけど、今は目を覚ましてる。お武家ギツネはピンピンしてるわよ』

「残りの三人は?」

『そっちも無事。ついさっきまであたしたちを襲った傭兵を締め上げてたくらい』

 

 クラムは肺に溜めていた息を、ゆっくりと吐き出した。

 最悪の事態だけは避けられたらしい。

 

「状況がまだよく分からん。パールマンは?」

 

 ニコの表情が曇った。

 

『そこも分かってるのね……連れていかれたわ』

「はぁ? 誰に?」

『それを今六課が捕虜から聞き出してるところ。だけどあのオッサンが攫われる前に話したことがあるの。ヴィジョンを実際に動かしてたのは、サラって女だった。それであの女の後ろ盾になってたのが⸺何を隠そう、治安局のブリンガーなのよ!』

 

 クラムとオペラの視線が交わる。

 

「今やってる案件で、俺達もブリンガーがヴィジョンと繋がっている線は追ってた。サラの名前も候補には上がってる。だが、証拠は? まさかパールマン自身の頭の中にあるとはいわないよな」

『えっ、そうなの!? だったら話は早いわね。ちゃーんと手掛かりもあるのよ!』

 

 パールマンは、サラから送られてきた計画書やメールを密かに印刷しており、それらを無関係な工事書類へ紛れ込ませ残していたという。

 

 そしてヴィジョンが旧地下鉄改修事業から撤退したあと、現場と書類を引き継いだのが白祇重工だった。

 

「つまり、その書類が白祇重工に残っていれば……」

『サラとブリンガーが、お金や情報のやり取りに使ってたアカウントを特定できるかもしれないってワケ!』

「ほう、電子記録を消される前に、紙へ逃がしたとは……パールマンのくせに、大したものですね……」

『感心してる場合じゃないわよ!』

「ごめん別に感心はしてない」

『白祇には、襲われる前にリンから連絡してあるわ。でも、引き継ぎ書類なんて山ほどあるし、どれを探せばいいのかも分からないの』

「リンちゃんは?」

『仮設のH.D.Dを片づけ終わったら、アキラと二人でRandom Playへ戻るって。店に着いたらすぐH.D.Dを本体へ繋ぎ直すって聞かなくって』

「アキラ君は移動させて平気なのか?」

『本人はもう大丈夫だって言い張ってるわ。カリュドーンの子が追手を引き受けて、あたしたちも二人を乗せた車が街へ戻れるよう援護するから、帰り道は心配しなくて大丈夫よ』

「なら戻ったらちゃんと休ませてくれ。あの調子じゃ、すぐパールマンを探し始めるぞ。んで、調査を俺たちに?」

『六課は捕虜の尋問とパールマンの捜索で動けなくて、アキラもまだ休ませなきゃならないし、白祇重工が探す書類を絞り込めそうなのはアンタたちくらいしかいないのよ。こういうの得意でしょ?』

「その消去法じみた頼み方は、どうにかならないか?」

『と、とにかく! パールマンが喋った内容の録音と、ヴィジョンから白祇重工へ引き継がれた工事の一覧を送るわ。お願い! 書類を探す範囲を絞って!』

 

 クラムの端末へファイルが届く。

 

 旧地下鉄改修計画

 

 爆破解体工事

 

 機材の搬入記録

 

「……分かった。白祇には俺から回線を繋ぐ。通常回線で録音を送るなよ?ブリンガー勢力の治安局に聞かれたらマズイ」

『分かってるわよそのくらい!』

「報酬は?うちは薄給なんだ」

『し、新エリー都を救った満足感……とかかしら?』

「切るぞ」

『待って待って!全部片づいたら、パールマンに払わせるから!』

「本人の承諾は?支払い能力は?もうヴィジョンの社長じゃないだろ」

『そこは……助け出したあとで、なんとかするわ!それじゃ!』

 

 一方的にそう言い切り、ニコは通信を切った。

 静けさを取り戻した車内で、オペラが送られてきた資料を開く。

 

「ま、依頼されようがされまいが調べるんだけどね」

「……ニコに少し当たりが強くない?」

「アイツ甘やかすと、ろくなことを考えないからな」

 

 クラムはパールマンの録音から工事名と日付を拾い上げていく。

 

 オペラがヴィジョンから白祇重工へ渡った引き継ぎ記録と照合し該当する書類番号を絞り込み、積み上がった候補の山から、探すべき情報が少しずつ浮かび上がってきた。

 

「千面相側から拾える電子記録は洗い切った。ヴィジョン側にも、もう何も残ってないと思ってたんだけどな」

「紙なら、アナタの能力も意味がないものね」

「まったく。最後に物を言うのが紙切れとはねぇ」

 

 クラムは丸眼鏡を押し上げ、画面上に残った書類番号を一つずつ選別していく。

 

「こっちはボケ老人どものせいで、フラストレーション溜まってんだ。洗いざらい見せてもらおうか」

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