プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で― 作:jolend
バレエツインズ周辺は、選挙警備を理由に封鎖されていた。
治安局の車両が道路を塞ぎ、一般人は近づけないようになっている。少し離れた高架下へトラックを停めると、オペラが周辺のホロウ観測情報を呼び出した。
「おかしいわ。安定していた裂け目が立て続けに三つ消えている」
「自然変動じゃないな」
「ええ。おそらく観測機器へ偽のデータが流し込まれてて、外へ繋がっている出口は一つだけ」
地図上に残った光点は、ブリンガーの車列が待機する場所と一致していた。
「出口を一つに絞って待ち伏せ、か。最初から六課がここへ出てくると知ってる動きだな」
クラムが柳の回線を呼び出すが反応はく、パエトーンにも通信が繋がることもなかった。
バレエツインズ周辺全体が、既に何者かの妨害によって完全に遮断されているようだ。
「警告は届かないわ」
「なら、せめて外で起きることを残す」
クラムは荷台の床下から、小さな銀色のケースを引き出した。
中に収められていたのは、親指ほどの撮影端末が三つ。
その外殻は灰色だったが、ケースの蓋が開くと周囲の色を拾い、荷台の床と同じ鈍い黒へ変わっていく。
「『カメレオン』を使うの?」
「こういう時のために、スリーゲートの試験塗料をちまちま頂戴してたんだよ」
「任務で手に入れた分は、もうほとんど残っていないわ」
「証拠が撮れれば安いもんでしょ」
オペラが端末の温度制御を確認する。
「カメレオンは温度変化と衝撃には弱い。パールマンは囮で六課諸共爆殺してくる可能性もある。その爆発の余波が来たら迷彩が剥がれる可能性があるわ」
「だから三つ置く」
「通信機能は?」
「最初から付けてない。回収するまで映像は見られないけど、逆探知もされない、枝も付けられない」
クラムの姿が、周囲の景色へ溶ける。
複合迷彩『蜃気楼』を纏い、治安局の封鎖線へ近づいていく。
一つは崩れた街灯の裏
一つは、出口を正面から見渡せるコンクリート壁
最後の一つは、ブリンガーの公用車を斜めから捉えられる道路標識の縁
それぞれへ撮影端末を固定すると外殻が設置面と同じ色へ変わり、数秒で輪郭すら分からなくなった。
「設置完了。あとは待つだけだ」
☆
最初に届いたのは、地の底から響くような爆発音だった。
バレエツインズの一角が揺れ、ホロウから窓ガラスの残骸が高架下へ降り注ぐ。
封鎖線の治安官たちが一斉に身構えた。
歪んだ空間に亀裂が走り、ホロウの裂け目が大きく口を開ける。
そこから飛び出してきたのは、パールマンを連れた対ホロウ六課と、アキラの意識が接続されたボンプ、イアスだった。
全員が埃と煤にまみれ、後方では今なお爆発が続いている。
それでも彼らを迎えた治安官たちの銃口は、パールマンではなく六課へ向けられた。
「ご苦労なこった。助け出した瞬間を狙って、犯罪者の仲間に仕立てる気か」
クラムとオペラは封鎖線から離れた廃ビルの陰に身を潜め、指向性集音マイクを向ける。
ブリンガーが公用車から降りた。
驚いたような顔を作りながら、パールマンの逃亡を助けた疑いがあると六課へ告げ、この場にいる全員を治安局へ連行するつもりらしい。
柳が一歩前へ出た。
パールマンと接触したのは、星見雅の独断によるもの。
残る六課の隊員は、それを止めるために追ってきたのだと主張する。
「柳さん、無茶を言うなぁ」
その発言を、当然ブリンガーは受け入れない。
その時雅が柳へ一度だけ目を向け、次の瞬間、彼女はパールマンの襟首を掴み背後の裂け目へ放り込んだ。
パールマンの悲鳴が遠ざかり、ホロウの暗闇へ呑まれていく。
現場の誰もが言葉を失った。
雅は、自分が独断で行動した証明だとでもいうように静かに両手を下ろす。
捕らえるなら自分だけにしろ。
そう告げる姿に、迷いはなかった。
「雅さん…」
クラムが小さく呟く。
クラムの手が背中の七陽へ伸びかけた時、ふと、視線の先、雅の狐耳が僅かに動いた。
雑踏の中から特定の音だけを拾ったように、その視線が一瞬だけクラムの隠れる廃ビルへ向く。
「まじかよ…」
蜃気楼が見破られた様子はない。
それでも、雅は何かを察したように口だけを動かした。
頼むぞ、と。
「……了解、塞翁が馬ってね」
その直後、公用車の反対側から赤い服の女が姿を現した。
黒い髪
細い眼鏡
ヴィジョンの広報映像で何度も確認した顔だ。
「サラ…!」
オペラが携帯端末だけで照合を走らせる。
「顔認証、99.9パーセント。間違いないわ」
サラは周囲の治安官を気に留めることなく、ブリンガーのすぐ傍まで歩み寄った。
手にした端末の画面を彼へ見せ、演説の開始時刻が迫っていると耳打ちする。
ブリンガーが苛立たしげに頷いた。そして…二人が同じ画角へ収まる。
それも、偶然居合わせたとは到底言えない距離で。
道路標識へ仕掛けた撮影端末の正面だった。
「撮れていればいいが」
「アナタの工作が雑でなければね」
「今それ言う???」
ブリンガーが治安官へ命じる。
星見雅を、公共の安全を脅かした容疑で拘束せよ、と。
それに対して雅は抵抗しなかった。
手錠を掛けられ、刀を治安官へ預けるよう命じられる。
しかし無尾を受け取ったのは、サラだった。
彼女は鞘を指先でなぞると、雅に続いて同じ護送車へ乗り込んだ。
六課の三人へは監視が付けられたものの、その場での拘束までは行われなわれず、やがて二台の車両が動き出した。
ブリンガーを乗せた公用車は演説会場へ
雅とサラを乗せた護送車は治安総局へ
「どちらを追う?」
「護送車だ。ブリンガーの行き先は分かってる。サラと雅さんを同じ車へ乗せた方が、よっぽど危ない」
クラムは道路監視網へ二台の車両識別情報を登録した。
「お前は六課と共にパールマンを追え。俺は護送車を追う」
「一人で無茶をしないで」
「お前もな、まだ本調子じゃないだろう」
「ブリンガーはどうするの?」
「なぁに、考えてあるさ」
クラムは治安官に気づかれないように、三つの撮影端末を回収し、ニヤリと笑う。
一台は爆風で外殻が割れていたが、残る二台の記憶媒体は無事だった。
荷台へ戻り、保存された映像を開く。
時刻
位置情報
公用車の識別番号
そして、同じ端末を覗き込みながら言葉を交わすブリンガーとサラの姿。二人の顔が鮮明に写った映像をオペラが切り出した。
「これで、二人が直接会っていたことは証明できる。ヴィジョンとの癒着疑惑の1手にはなるけど…」
「分かってる。これだけじゃフェイク扱いされるかもしれない、だから白祇の情報が要るんだろ」
オペラと別れ、クラムはトラックをバレエツインズ周辺の通信遮断エリアの外縁へと走らせる。
妨害ノイズの表示が画面から消え、通信領域へ復帰した瞬間、新しいメッセージが届いた。
送信者はベンだった。
『候補の保管箱十三箱は、すべて確保した。封印と保管番号にも異常はない。あとはパールマン本人に確認してもらえば、対象の書類を特定できるはずだ』
クラムはブリンガーとサラの映像を暗号化し、複製を三つ作った。
一つはR.E.L.I.Cの上層部へ
一つは外部から隔離した保管庫へ
最後の一つは、自分の端末へ
「線は繋がった」
『まだ、讃頌会までは届いていないわ』
「だったら手繰り寄せるだけだ」
AR上では、二つの光点が新エリー都の北方へ進んでいた。
ブリンガーの公用車は、予定どおりデッドエンドホロウ付近の演説会場へ向かい、治安総局へ向かうはずの護送車はふたたびヤヌス区へ入り、公用車の後を追うように進路を変えている。
『護送車も演説会場へ向かっているわ』
「やっぱりな。最初から総局へ連れていく気なんかなかったんだ」
クラムは丸眼鏡を押し上げ、トラックのアクセルを踏み込んだ。
「今度こそ見失わない」
次からは日曜の週1更新になりそうです。
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※タイトルにサブタイ追加しました。