クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
「王都だー!」
昼時の賑やかな駅にレティの元気な声が響く。
トラブルの遅れを取り戻すべく快走した列車は、おおむね定刻通りに王都南部のターミナル駅へと到着した。
「早く依頼終わらせて観光とかしたいー!」
「王城への護送までが依頼ですからもう少し頑張りましょう」
見張りを任せてきたリーダーは王城からの使者と打ち合わせをしている。一方でレティは興奮しすぎて街に飛び出していきそうな具合だ。
「待たせたな。ここからは軍の輸送車で輸送することになった。そんで、王城までの護衛で任務完了だ」
「はーい」
雑談も程々に駅の裏手に停められた軍の車に物資を積み込む。
車とは言うものの記憶にあるものとは程遠く、馬車の馬が鉄路の機関車に中折れ式の操舵機構を取り付けたような動力車両になった不思議な形状のものだ。
それに連結されたトレーラーの荷台に屈強な兵士たちに混ざって物資の積み込みを行う。
「発進!」
荷物の量自体はそう多くなく、人海戦術と合わさればすぐ準備が終わり、輸送車の車長の呼びかけに合わせ出発した。
路面の凹凸を拾いやや揺れつつ加速していく。
駅周辺を抜けると馬車や車の行き交う大通りに入る。軍用の大型車はまだ珍しいらしく民衆の注目を浴びながら駆け足より速い程度の速度で進む。
「外第八区通過、今んとこ異常なし」
「外第八区?」
「王都はでっかいからな、王城のある中枢区、貴族街のある六つの内区、あと庶民街の八つの外区に別れてる。詳細ルートは伝えられてないが外一区経由で内六区に入ると聞いたな」
街並みは木造の二階あるいは一階建てが多かった開拓都市と違い、石造で二階より高い建物が過密に建っている。
かつての摩天楼と比べたらまだまだ小さい方だがその建築技術は十分に高い。
「やっと携帯食ともおさらばー!」
そろそろ腹ペコな具合なレティは流れる街並みに映る食事処を見極め始めていた。
ーー
「妙に人が少ないですね」
「一区のこのあたりは裏通りとはいえ確かに妙だな」
人通りの多い大通りの少し裏の通りを輸送車は進んでいく。
しかし輸送車の音に紛れて足音のような、靴とも裸足とも違う小さな音が耳に入る。
足音の方を向いたのとほぼ同時にレティが口を開く。
「ぞわわ……! 上! 何か来るよ!」
彼女がそう叫んだ直後、通りに面した建物の屋根を伝い、複数の黒い影が輸送車に向かってくるのを確認した。
「数は.えええ?! なんかいっぱい!?」
「総員迎撃体勢!」
驚くレティを横目に素早く構えた剣の腹で輸送車に飛びかかって来たその影を打つ。落とされたそれは不自然な揺らぎの後、霧散していった。
次々と飛び乗ってくる影を同じように吹き飛ばすが倒した感触は無く、まるで泥のように消えていく。
「埒が開きませんね。これが魔術というやつですか?」
「だろうな。そう遠くないとこに魔術士が隠れてるはずだ。レティ、見つけられるか?」
「なんかちくちく来てるけど待って〜!」
物陰で小さくなってる彼女の“直感”でもこうも数が多いと感度が落ちるようだ。
敵の数はさらに増える一方で、兵士の武器を奪おうとする挙動も取ってきている。
リーダーと共に重装備で動きの鈍い兵士たちの援護に徹するのに手一杯になりつつある時、レティが叫ぶ。
「進行方向二時半くらい! 高いところからちくちく来てる!」
指定された方角を見ると建物の隙間から城壁の塔が映る。
更に視界の倍率を上げると怪しい人影と目が合った。
「どこにも見えんぞまさか城壁の上とかじゃないよな──」
「少し持ちこたえてください。挨拶してきます」
「は?」
「射出軌道計算完了。定格装填」
「おい、まっ──」
輸送車が交差点を通過する瞬間に路面へと降り立つ。
「解放(バースト)」
地面からでなお輸送車をも大きく揺らす衝撃と共に跳躍し塔の上の人影を目指す。
更に輸送車から自身へと進路を変えた影をも足場にしつつ更に跳ぶ。
「攻撃を止め、投降しなさい!」
塔へ到達し、その人影と対峙する。しかし輸送車へと飛ばしていた影を迎撃に使うわけでもなく自身の周りに集め始めた。
「待ちなさ──」
「ーー〜」
黒い影に包まれた人影は何かを唱えながら影の塊に溶けるように姿を消した。
「敵をロスト。全周走査──。周囲に……っと、通信器は無いのでした」
敵影が無いこと、襲撃が止まったことを確認し、輸送車へと跳ぶ。
建物の隙間から見えた人影とそれが影の中に消える直前の姿を思い出す。黒ずくめで似たような意匠。推測の域は出ないものの鉄路を襲撃した賊と類似点が多い。
そうこう考えているうちに輸送車へと追いついた。
「追い払えたようだな」
「逃げられました。あの影に包まれて跡形もなく……」
「そんな気にすんな。内区に入ればそう襲撃はできなくなる。されたとしてもまた追い返せばいい」
彼はそう口にしつつ頭にぽんと手を乗せて来た。
「えっと.これは一体……?」
「おっと、すまん。癖だ。レティが凹んでる時とかに、ついな」
「しかも頭くしゃくしゃしてくるんだよ!」
箱の影から周囲を警戒し続けているレティがまるで猫のように威嚇してきていた。
内区に入ると建物の高さは低くなり、余裕のある区画整理で王城がよく見える。
いくらか入り組んでいた外区とは打って変わり整然とした街並みを進み、周りと比べるとやや異質で古めかしい建物の前で停車した。
「おーしこれで依頼完了か」
リーダーがそう言いつつ依頼完了書を兵士に受け取りに行く一方で、やっと緊張が解けたレティは内区の街並みに目を輝かせていた。
「これがごーじゃすで、すぺしゃるで、でりしゃすな街……!」
「それはちょっと違うのでは──」
瞬間、視界の端、内区外壁で何かが光った。
「伏せて!!」
そう叫びながら輸送車を射線に捉えた何かをすんでのところで叩き切る。
飛び散った黒い何かは一瞬蠢いた後、霧散した。
「危ないところでした」
「さっきのは何だったんだ!?」
「恐らく城壁からの狙撃です」
城壁上で何かが光った直後、そこに一瞬黒い影が見えた気がしたが既にいなくなっている。
「冗談だろ……一キロ以上はあるんだぞ……。まあ、気にしちゃ負けか。狙いは
「そうだそうだー! 報酬報酬ー!」
なんということだ、リーダーの悪そうな顔がレティに伝染してしまった。
ーー
「ここは広いからなー迷子になるなよ」
「リーダーはでっかいからすぐ見つけられるもん」
そう話しながら扉を開ける。
「随分と賑やかですね」
「そら王国本部だからな。今回みたいなデカい依頼でもないと縁のないとこだがな」
そこそこ広いホールを埋め尽くすように人が行き交っている。その一方で明らかにシーカーだと分かる格好の者は少なく、どちらかというとギルド関係者が多いようだ。
建物の大きさと人の多さに目を白黒させているレティを引っ張り窓口へと向かう。
「完了処理を頼む。依頼完了書と全員分のタグだ」
そう渡した完了書とタグを係員が手際よく魔道具へと通し他の担当者とやり取りを行ったのちおよそ数分後、処理が完了した。
「こちらがギルド金庫残高明細書、および即時引き落とし分の現金になります。加えて、黒鐘様は正式な昇格手続きの為、後日いずれかの王都支部へお越しください」
金と銀の貨幣と上質そうな紙の乗った三つのトレーが差し出される。
「このお金でくろちゃんであんなことやこんなことを……ぐふふ」
やや悪寒がしたが、嬉々として明細を見るリーダーとレティの真似をしてみると、一、十、百、千、万と数字が並ぶ。
およそ三十万。二人の反応を見ると相当な大金なのだろう。
目を輝かせる二人を横目に明細書を懐に納め、窓口近くの掲示板を眺める。
王都内の各支部の依頼が一部共有されているようで、大小様々な依頼が掲示板を埋め尽くしている。
輸送、護衛、人探し、猫探し、と無難なものが多く、開拓都市ギルドで見かけた魔獣退治といった確実に戦闘が発生するものは殆ど無い。
「大金が入ったのにもう次の仕事探しか?」
「情報収集は基本中の基本ですし、今後の旅に備えた貯蓄も必要です」
リーダーは浮かれ気味だが初めての土地では気を抜けない。
「もう次の仕事探しとは相変わらず真面目だな。ま、若者を狙った誘拐事件の噂も聞くし、レティのことは気にかけといてくれ」
「私の心配は無いのですか」
「お前は自力でどうにかするだろ」
「それは勿論」
彼との間には奇妙な信頼関係が築かれつつあるのを感じる。
「難しそうな話してないでご飯にしようよ〜!」
「それもそうだな。そうだろ黒鐘?」
「この時代の食事ですか……。気になります」
懐が暖かくなりやや浮かれ気味なテンションで街へと繰り出した。
ーー
「腹ペコだからって間食は程々にな」
そう話すリーダーもレティと並んで出店の軽食を頬張っている。
「こんなのぜんさい? だよ! めいんでぃっしゅはおいしいお店でばーっと──」
ふと人混みを漂う甘い匂いの元を探す。すると目に映ったそれに世界が遅くなると錯覚するほど目を奪われた。
「黒ちゃーん! ぼーっとしてどうしたの!?」
「あ、あれは……?」
「クレープだな。最近王都で流行ってるスイーツだ」
スイーツ、つまり甘味。かつて、物資不足と配給制によってまずありつけなかった魅惑の味。
「手持ちの資金で買えるでしょうか……」
「百個は余裕で買えるな」
「え、でもまだ食事前ですし、あなた方を待たせるわけにも」
「がっぽり稼いだあとはね、ばーっと使っちゃっても良いんだよ」
悪魔のささやきをするレティにがっしり両手を掴まれ店の前へと連れ出された。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん注文は決まってるかい?」
「ええええっと──」
「んふふ〜わたしたち初クレープなの! いっちばん良いのをおねがい!!」
「あいよ!」
見事な手捌きを眺めること数分、遂に出来立てが手に収まる。
「これが、クレープ……」
渡されたその甘味を掲げてみるとまるで宝石のように輝いて見える。
それにしてものんびりとした鉄路の旅を楽しみ、命の危険の無い気楽な依頼で大金を受け取り、昼間からこんな贅沢をしてもいいのだろうか。
「いただきます──」
口の中いっぱいにしっとりとした甘さが広がる。かつてほんの1回か2回だけクリームを味わったことはあるが、それが霞むほどの濃密さだ。この義体に味覚機能を搭載した事について、イカレ博士に今日ばかりは最上級の感謝を伝えたい。
「(誰か止めろー!)」「(避けろ! 轢かれるぞー!!)」
なんだか周りが騒がしくなっているが、気にせず一口、もう一口と続ける。
クリームの山を進んでいくと薄切りの果物が顔を覗かせる。程よい酸味がクリームと合わさり笑みが溢れる。
「(黒鐘動けー!)」「(押しても動かないなんてどうしちゃったのー!?)」
あゝ、止まらない、止められない。ほとばしるクリーム、もちもちのクレープ生地、さわやかな果物──。
「(あーもーどうにでもなれってんだ!)」「(えぇー! でも、でも〜!)」
(ズドーン)
後方から微かな衝撃とそよ風を感じた気がする。しかしその程度の邪魔ではこの贅沢を止めることはできない。
一口また一口と食べ進め、手の中の宝物が軽くなるのを少し寂しく感じる。
宴が終わってしまう、しかしその儚さすら今は心地よい。そう思いつつ最後の一口を頬張る。
「ごちそう……さまでした」
甘味を堪能し終わり、周囲を見渡す。
「この惨状は、一体.?」
目の前に散らばる大小様々な破片、そして背後で煙を上げている乗り物のような大破した何か。
「だいじょうぶー!?」「大丈夫……そうだな」
「事故ですか?」
「事故だよ!」「事故だな」
夢中になりすぎて周りが見えなくなった経験は少なからずある。しかし、ここまで酷いのは初めてだった。
「甘味って怖いですね……」
ーー
「ぶあーおふとーん!」
散々遊び疲れたレティがベッドへと吸い込まれていく。
「服に皺ができてしまいますよ」
「だってふかふかのお布団のまりょくには逆えなぃ……」
言い訳を言い切る前に夢の中へと行ってしまった彼女の真似をしてベッドに転がってみる。
「案外悪くないかもしれません」
「そうでしょ〜むにゃ……」
こうして一つの寝床で寝るのは探索隊のテント以来だろうか。そう思いながら独り言に寝言で答えた彼女を眺める。
自分より一回りも背が高いものの、幼さが残る彼女は常に明るく振る舞う一方で、自身のことを多く語らない。
付き合いの長いらしいリーダーにそれとなく聞いてもはぐらかされてしまう。
リーダーから不思議認定されている自分と比べても不可思議な点が少なくない少女だ。
「もしかしたら秘密を抱えた似たもの同士なのかもしれませんね」
レティの小さな寝息を感じながら目を閉じる。
今日くらいは小さな非日常を楽しむのも良いかもしれない。
襲撃されるわ狙撃されるわ追突されるわ、観光とは一体?
まあ、大気圏丸腰再突入と比べたら些細なことですね。