クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
宿の壁ごと攫われたところから始まった地下冒険から一夜、ようやく三人集まり、朝の卓を囲む。
「一晩経ったが調子はどうだ?」
「水まくら抱えて走り回ってたリーダーよりは元気いっぱいだよ!」
地下での萎れ具合が嘘のように元気なレティが答える。
「なら、そろそろ
「次とは?」「次って?」
突然の発言に思わず顔を見合わせ声が重なる。
「次の行き先だよ。行くんだろ? 果てまで」
レティは一瞬ポカーンとした後、何かに気づきぷくーと頬を膨らませる。
「なんでリーダーが仕切ってるの」
「お前が一人前になるまでは守るって約束しただろ。むしろこっちがどんな予定になってるか聞きたい」
彼女は不満を漏らすがリーダーのど正論の直撃を受け轟沈した。
「そうですね、まず目指すは中央山脈ですね。あそこはどうしても迂回が必要ですし──」
「いやどんだけ距離あると思ってるんだ。もうちっと具体的にだな」
僅かな思考ののち答える。
「東の山越えを──」
「グレイトフォグ越えをしたいと……? 出来なくはないが大森林の比じゃない難しさだぞ」
「くろちゃんと私ならへっちゃらだよ──」
「レティ、お前はお口チャックだ」
王都の北東に見える特に大きい山から南に連なる山々。広い山地だが昔はこうは言われていなかった。恐らく魔獣のせいだろう。
彼は今にも頭を抱えそうな様子で口を開く。
「はー。思ってた以上に何も考えてなかったか……」
呆れ顔のまま机を指先でトントンと叩きながら彼は続ける。
「お前は……まあ、多分大丈夫だろうが、レティが怪我とか病気になった時の対処法は? 倒せない敵と遭遇した時の対処法は? お前一人ならどこでも行けるだろうが、レティが居ることを考慮できてないだろ?」
「申開きもないです……」
ど正論に思わず視線を外してしまう。
「細かいことは置いといてだな、俺も同行する。異論はないな?」
そうしてゴソゴソと用意していたらしきメモを取り出す。
「レティはこのメモの物資の調達。黒鐘は昇格手続き。確か自分で依頼受けたことないだろ? 適当に簡単なやつでも受けてこい」
ーー
ぐるぐると思考が回る。記憶を読み直す。最悪のパターンを再演算する。
昔ほど怪物が居ない世界に気が緩みすぎている、そう考えながら歩みを進める。
そうギルドに向かって背中の剣を揺らしながら暫く歩いた、頃ふと気づく。迷った、と。
「宿を出てまっすぐ行った先の大通りを右に進んで暫く行った先の裏道の変な石像がある公園の近く、でしたか」
リーダーの言ったことを復唱するが、今は参考になりそうにない。
考えながら歩いていたというのもあるが、そもそもリーダーの説明も抽象的すぎたのだ。
近くに道を聞ける者が居ないか探すと、軍人らしき男が目に入る。
「すみません、道をお聞きしても」
「なんだなんだ仕事が増える気配で最悪か……剣が喋って──」
「は?」「あ」
つい先日洞窟で冒険したばかりの男の顔が目に入る。
「えっと? オルターさん、お久しぶりです?」
「昨日ぶりだわ。二日連続で迷子か?」
訂正しようか僅かに悩んだものの実際事実なのでそのまま続ける。
「そんなところです。この近くにギルドがあると伺っているのですが場所がわからないもので」
「シーカーなのに迷子でギルドの場所も分かんないと。ほーん」
相変わらず気だるそうな彼の口角が僅かに上がった。
「おーい新米、仕事内容は理解してるだろ。俺は迷子を送り届けてくるからしばらく任せた!」
そうして、サボる口実を見つけた彼と共に来た道を戻る。
「置いてきて大丈夫だったのですか?」
「新米っつっても部署で一番若いからそう言われてるだけだ。ああ見えて出世頭で悪運も強い。なんかあってもどうにかするさ」
「随分と信用してるのですね」
「そうでなけりゃ俺の娘を……いや今の話は忘れてくれ。その公園の先がギルドだ」
「ここからなら迷いません。案内ありがとうございました」
ぺこりと会釈をしギルドの方へと向かう。しかし、足音が後を追ってくる。
「戻る気無さそうですね」
「昔、シーカーやってたこともあるんだ。少し顔出しするだけさ」
開拓都市支部や本部と比べるとこじんまりとした建物の扉を開き、剣の柄が引っかからないようにくぐると、そこそこ広いホールへと着く。
依頼の受け付け等を行うギルド支部ということもあり、シーカーらしき老若男女がまばらに映る。
やや混み合っている受付を避け掲示板へと向かうと、本部では見かけなかった細々とした依頼も多く張り出されていた。
「おすすめの依頼はありますか。できれば初心者向けのを」
「Cなのにか?」
「Cですけど、依頼は受けたことがないので」
彼は一瞬なにを言ってるんだという顔をして、次に僅かに思考し、なるほどと言うかのようにぽんと手を叩いた。
「飛び級したクチか。言いふらすなよ、妬まれると最悪だ」
「自慢は趣味ではないのでご心配なく」
「だといいがな。初心者向け依頼はそれと、これと、あれだ」
野草の採取、日雇いの手伝い、掃除。確かに初心者が学びを得るのに役立ちそうな依頼だ。
「では野草採取の依頼にします」
「三つの中じゃ一番難しいぞ」
からかっているのか、本心か、絶妙な表情の彼のアドバイスを受けるが心は揺らがない。
「一応知識はあります。採取対象と比較照合すれば問題はありません」
そうして、話に聞いていた通りに依頼書を掲示板から剥がす。
「あー! 野草採取取られちゃった」
声の方を向くと十歳かそこらの少年少女が数人依頼書を見つめて立っていた。
依頼書を動かすとそれに合わせて視線も動く。
「お譲りしましょうか?」
「いいの!?」
「わ、罠かも」
「でも野草採取だよ」
「親切は受けるべき」
仲間同士相談しあっている彼らに依頼書を差し出すと訝しみながらも嬉々として持っていった。
「いいのか?」
「依頼の受領から完了までの流れの確認をしたかっただけなので問題ありません。それに本来の目的は昇格手続きですし」
依頼の事は一旦後回しにし、彼に一言かけ、受け付けへと向かう。
昇格処理のことを伝えタグを渡して数分、何やら受付の奥が騒がしくなってきている。
「おおおおお待たせいたしました。まままマスタージョイスから通達は承っておりままます。ここここにささサインを」
何故か慄いている受付担当の指示に従いサインをすると、また数分と待つ。
「色々と納得がいった。閃速のジョイスの推薦だったとはな」
「ジョイスさんをご存知なのですか?」
「二十年くらい前にあった西征の英雄だ。俺らくらいの世代はみんな知ってる。隠居したって聞いてたが、辺境でギルマスやってるなんてな」
懐かしそうに呟く彼を横目にジョイスの姿を思い出す。
高い実力、求心力、軽く話しただけでも分かる知性、英雄と呼ばれるAランクとはどういった人物が成るのか納得できる。
少し経った頃、ホールに受付嬢の声が響く。
「Cランク昇格おめでとうございます!」
小さな書簡と共にタグを受け取り受付を後にするとギルド内のシーカーたちの視線が刺さる。
「ランクが上がった感想はないのか?」
「成り行きで上がったのでなんとも言えませんね」
「そうか」
手に収まっている小さなタグも最初からCランク用のものだったこともあり、特にこれといった変化もない。
「なぜあんな子供がCランクになれて、オレがDランクにも上がれないんですか!!」
次は何をしようかと考え始めた時、ホールに青年の声が響いた。
「あの、子供っぽく見えますか?」
「ぱっと見はそうだろうな」
青年は受付からとぼとぼ離れ、むしゃくしゃするような仕草をし、最終的に項垂れたと思ったらこちらと視線が合った。
「彼と目が合ってしまったようです」
「そりゃ最悪だな。まあ頑張れ」
つまらない掛け合いの直後、青年が早足で向かってきて口を開く。
「なあ教えてくれどうやってランク上げたんだ! コネか? 金か?」
あまりの勢いについオルターと顔を見合わせる。
「狼の討伐はどちらに含まれるのでしょうか」
「何をした、というより誰が後見かってのを知りたがってそうだが」
「でしたらそれもジョイスさんですね」
青年は目をぱちくりさせ、少し考え込み、疑問符を浮かべながら口を開いた。
「ジョイス……聞いたことあるぞ。Aランクでギルドに登用されたけど地方に飛ばされたってギルマスとかなんとかって。魔術も使えなさそうな子供を推薦するなんて……」
あまりに直球すぎる青年の言葉に隣からピキっといった感じの聞こえないはずの音が聞こえた気がした直後、ドスの効いた声がホールに響く。
「おん? 俺らの英雄を悪くいうとは最悪だな。少し絞めるか」
「あなたそれでも大人なのですか……って見た目以上に力強いですね」
大して押さえていないものの剣の自重ごとずるずる引っ張られ青年との距離が縮まる。
しかし彼も引かずむしろやる気になってしまった。
「なら、オレがお前を倒せたら洗いざらい秘密を教えろ」
「秘密も何も……。はぁ、久しぶりに血の気の多い若者を躾けるとしましょうか」
その言葉を聞いてか、前進が止まる。
「お? やるのか? やったれやったれ。他人が他人ボコすのは最高の娯楽だからな」
「あなたそれでも軍人なのですか……」
躾けの話を聞くなり観戦モードに入るオルターに呆れつつ剣を下ろし丸腰で青年と相対する。
「そちらの武装の使用は周囲に危険が及ばない範囲で自由で構いません。では、どうぞ」
ギルドのホールのど真ん中でシーカーたちの注目を集め、白熱した戦いになる、というわけではなかった。
数手ののち床に仰向けに転がる彼に問う。
「最初の突きの速さは素晴らしかったものの、何か違和感がありましたね。本来の攻撃方法とは異なるものなのですか?」
「魔術を併用する剣術なんだよ。オレは……いやなんでもない! 負けは負けだ。マスタージョイスへの誹謗について謝罪する」
起き上がりつつ彼はすぐに頭を下げた。
「ふん。俺は許そう、だがこいつが許すかな」
「はあ、茶番はもう十分です。一つ質問ですが、なぜそこまで昇格を求めているのですか」
案外あっさり引き下がった彼に驚きつつ一応聞く。
「単位と、金だ」
「単位と金、ですか」
思わず頭上に疑問符が出たような顔をしてしまったが、直ぐに助け舟が来た。
「どっかで見たことあると思ったら学院の制服か。着崩してるから気づかんかった。そんで、王国最高峰の学生が何でギルドに?」
「だから! って部外者は知らないのか。学院にはギルドランクみたいな国家資格を単位として認める制度があるんだよ。オレみたいなコネも金も足りない学生は結構やってる」
「なるほど……?」「なるほど」
「わざわざ説明したのがアホらしくなってきたな……もう、帰るわ」
呆れすぎて熱も冷めた彼を見送るとギルド内に普段通りの喧騒が戻ってくる。
「息抜きでもして一度立ち止まってくれるといいのですが」
扉の向こうに消える背中を眺め、ぽつりと溢す。
「俺は一回痛い目見て頭冷やす方に賭けとく」
「賭けとくってあなたそれでも……。いえ、痛い目見る程度で済めばいいのですが」
かつて、もっと酷い目をした部下を助けきれなかったことを思い出す。
「そう気にすんな。王都周辺じゃ命を落とすような依頼なんて出ないし、あってもあのガキじゃ受けることもできないさ」
少しモヤモヤとする気持ちを抑え込んでいると少し遠くからの熱い視線に気がついた。
「ところで、先ほどの子達とはお知り合いですか?」
「俺が子供と仲良いように見えるか? 子供は子供同士で仲良くしときなっ」
そう言う彼に押され、野草採取の依頼を譲った少年少女の前へと出る。
それを待ち構えたかのようにさらさらの茶髪を二つ結びにした少女が口を開く。
「ええと、あ、あなた強いのね! あたしたちの『なんでも屋盾と矛』に入らない?」
「盾と矛に? 入る……?」
「パーティのこと知らない?」
以前レティ達から聞いた話を思い出しても該当する項目は無い。
「パーティっていうのはね、一緒に依頼を受けられる仲間? のことだよ」
「ひ、一人じゃ難しい依頼でもパーティなら受注できる、かも」
「パーティにもランクがあって、上げるといろいろとくてんがある!」
「だから、お得」
子供達の元気な解説を暫く聴いていると終に話せることが無くなったのか満足したのか、期待の眼差しを投げかけてきた。
「これは行っても問題ないものなのでしょうか? 先達の意見を──」
「何でこっち見るんだ。お前の付き添いってわけじゃないし好きに行っていいんだぞ」
「ではご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
「やった! でっかい剣のお姉ちゃんげっとー!!」
今日聞いた中で一番大きな声がギルドに響く。
「では改めて、Cランクの黒鐘です。よろしくお願いします」
「ペトラよ! よろしく!」「トライ、です」「へプカっていいます!」「ノナはノナなの」
際限知らずな子供の元気と勢いに驚きつつ初めての依頼が始まる。
ギルマスの二つ名、閃速ですよ閃速! 厨二チックでかっこいいですねー。
今更出されても遅いわって? それはそう。