クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
炎、瓦礫、血、轟音、灰────
暗い部屋で目が覚める。
規定した睡眠時間よりはるかに短い。
必要のない呼吸が荒くなり、存在しない心臓が痛む、そんな感覚さえ覚える。
最悪な気分だ。
キメラの放った炎が原因で深い記憶から掘り起こされたであろう爆炎の再生が脳裏に焼き付いて消えない。
忘れたくても、忘れたくない、忘れることもできない。
目の前で初めての友が
「癒えていないものですね……」
そうポツリと溢しながらレティの腕から抜け出しベッドから降りる。
いくら覚えているとはいえ、再び見せられるのは精神的な負荷が大きい。
夜は未だ深く、人の気配は無い。しかし再び寝る気も起きない。
おもむろにHALOを持って窓を開ける。
部屋の壁の無くなった前の宿屋と比べて位置も値段も少し高い眺めは、そう悪くは無いが、やや物足りない。
地上三階、下はそのまま地面へとまっしぐらなのも気にせず身軽に屋上へと登る。
月も無く、灯りと雲で星も見えづらい夜空をぼーっと眺めるが、心を誤魔化し切れない。
HALOを手動で展開しつつ唱える。
「起動制限設定、広域精密走査。HALOアクティベート」
僅かしか残っていないエネルギーが勢いよく減っていく。
「範囲指定、完了。分解能設定、完了。広域精密走査、開始──」
闇夜に降り立った天使の如く、うっすら光るHALOが不可視の世界を露わにしていく。
走査深度が深くなるにつれ、キメラと思わしき影が増えていく。
その多くは未だ地下で大人しくしているようで少しばかり安心する。
地下数十メートルにもなる遺跡の様式が変化し、走査の最大射程ギリギリになった頃、巨大な影が映る。
「これは……」
程なくして射程範囲内の全走査が終了し、エネルギー切れで倒れる前にHALOを畳む。
「走査結果を解析キューに追加……。待っていただかなくても良かったんですよ、リーダー」
走査中に音もなく背後の階段を登って来たと思いきや、登り切らずに待っていた彼はやや気さくに口を開いた。
「毎度のごとく突っ走ってかないか心配してたんだが、思い違いだったか?」
思い違い、そう言う割に彼は心を見透かすような視線を投げる。
「エネルギーがあれば倒しに行ってたかもしれませんね」
返事を聞いてか、彼はようやく階段を登り切り向かって来る。
「今は無いと?」
「使い切ってしまいました。今の私は一般人程度の力しか出せません。戦うことどころか戦術重剣を持つことさえできませんよ」
全身のエネルギー消費量を極限まで絞り、最大出力の数パーセントも出ていない手を握る。
こうでもしないと心を抑えられない、そんな気がしていた。
「今ならあなたの手すら振り解けないかもしれませんね」
頭脳たるコアへのエネルギー供給も減少していくことで思考速度が遅くなり、半ば夢うつつのように言葉を紡ぐ。
彼は数歩、というにはまだ遠い位置で止まり、声のトーンを一段下げ、問いかける。
「止めて欲しいのか?」
態勢を立て直す為にも、来たる決戦の為にも一度そうするべきとは十分理解している。
しかし、感情とは不自由なもので今すぐにでも討ちに征きたいと疼く。
どっちつかずの思いが頭の中を渦巻き声は出ない。
それを察してか答えを待たずに彼は口を開く
「止まれって言ったら止まるのか?」
「……止まれる……でしょうか……」
生きることに夢中で、進み続ける以外の選択肢を知らなかった。その頃にまだ囚われているのかもしれない。
遅い思考でそんなことを考えると、彼の瞳に視線が吸い込まれる。
「進んだ先で死んじまうとしてもか?」
その瞳、その言葉の向こうには過去の重みが垣間見える、そんな気すらさせる。
彼は本気なのだろう。止まれなくなった時、きっと止めてくれる、そんな期待すら持てる。
しかし、つい口は滑る。
「何度か死んでるので今更です」
「冗談に聞こえないんだが」
「冗談でも嘘でも無いですよ」
真面目な忠告を回ってない頭でフルスイングしてしまい真面目だった彼の顔が呆れで埋まる。
「はーーーーー。なんかアホらしくなってきたな。レティー! 黒鐘が好きにしていいだとよ!」
「え?」
静かな夜に彼の声が響いた直後、猛獣が襲来する。
彼女の抱き枕として拘束されるのは確実だろう。
あゝ、さようなら、穏やかな夜。
ーー
「それで、これはいつまで続くのですか」
普段から距離感がおかしいところがあるレティと寝床でもないのに完全に密着している。
それも腕でがっしりと逃げられないように固定するかのように。
「リーダーもいいって言ってたし」
「私は許可してませんよ」
「目離したら一人で突っ込んでくだろ?」
ぐうの音の出る隙もないど正論に言葉が詰まる。
朝から完全に人形のように扱われ、食事もギルドからの通達を大急ぎで伝えてきたリーダーを見たのも王国ギルド本部まで移動してきたのもこの調子だ。
そろそろ心が折れそうな気配を感じていると周囲の空気感の変化に気づく。
「ほら、そろそろ始ま……なんでお前が?!」
「っ?! こっちのセリフだぞ足掻き屋!」
扉を開けて入ってきたであろう作戦説明担当者から聞いたことのある声が聞こえる。
「リーダーの知り合い?」
「まあ古い知り合いだ。三人でパーティー組んでた頃が懐かしいな」
興味津々のレティと共に集まったシーカーの隙間からその顔を拝む。
「オルター……? リーダーと面識があったとは驚きです……」
「お前とアイツが知り合いな方が驚きだ!」
驚く彼にオルターから追い討ちが迫る。
「駆け落ちはああだこうだって言ってたお前がハーレムしてるとはな。こりゃ傑作だ」
「な、なんだt……言われてみればそうだな」
「おいおいそこ冷静になるところか……? こほん。では、討伐作戦会議を開始する」
痴話喧嘩も程々にようやく作戦会議が開始する。
「シーカー諸君、知っている者も多いだろうが、昨日、昼頃、王都郊外の森にて大型魔獣が大量発生した。偶然近くにいたシーカー
シーカー達の間で騒がれていた噂を討伐済みとばっさり切り捨てたことでざわめきが広がる。
「おいそこ、騒ぐな。最悪だぞ」
知っている、初めて聞いたと言葉が飛び交うが、彼の一言で沈黙が訪れる。
「発生した魔獣はすべて同型及びその派生と思われるものであり、軍はこれに識別名『キメラ』とランクCを付与する」
同時にキメラを模した
「発生地点は王都南部の森、発生と同時に開いた複数の穴より地下から出没している。よって、本作戦は王都地下遺跡に跋扈するキメラの討伐を行うものとする。決行は二日後の朝。集合地点はこの地図の通りだ。確認しておくように」
そう言いつつ彼は先ほどの
「加えて、キメラの発生には魔術士が関わっているとの情報も寄せられている。もし見つけられた場合はこれを捕縛する。捕縛できたなら追加報酬も出せるらしいぞ。全体共有事項は以上だ」
彼がにいっと笑ったのを見て遂に騒ぐのを許可されたと察したシーカー達が各々話し始める。
数分経った頃、サボり溜めをし終わったかのようにオルターが沈黙を破る。
「お前らー、静かに。召集要員を発表する」
会場には召集されたBランク以上の者や噂を聞き飛んできた腕自慢が数十人と集まっている。そんなシーカー達が次々に呼ばれていく。
ランクは一人も来ていないようだが、Bランクの者が呼ばれる度に周りから二つ名を言うようなざわめきが起きる。
しかし、想像と違うざわめきが起きることもある。
「Bランク、グランディス!」
「(誰?)」「(聞いたことないぞ)」「(どっかで……)」
「予想通りの反応すぎてつらいぞ俺は……」
「リ、リーダー元気出そうよ! 呼ばれるだけですごいことなんだから!」
珍しく萎びてる彼にレティは傷口に塩を塗り込みそうな具合である。
「Bランクは以上だ。続いて呼ぶ中で今居る者は前に、それ以外は端に寄っててくれ」
召集されていなくても来ている
呼ばれた者達は纏う雰囲気や周りの反応からしてBにはまだ届かないが十分に強いのだと窺い知れる。
が、そこに
「ねえねえこれって、わるねだちってやつじゃない……?」
レティの耳打ちも相まって周囲の視線が刺さる。
それもそのはず、側から見れば年端もいかない少女と戦えるようには見えない少女なのだ。
悪目立ちしている間にも点呼は進み、最終的に十人程度がその場に残る。
「以上で召集要員の発表を終了する。呼ばれていない者も足を引っ張らない自信があるなら参加しても構わないが、今回は視界が悪い中での乱戦が予想される。王国の為に命を掛けられるバカだけ来るように」
「共有しときたいことがあるやつはいるか? 誰もなし、か。いや……?」
そんな彼の目に視線の高さにやっと届く小さな手が留まる。
「猛烈に最悪な予感がしてきた」
「昨晩観測したキメラの座標を共有します。何か描けるものはありますか」
「残業が増えた。最悪だ」
彼はぶつくさと言いながらも助手に指示するとすぐさま紙とペンが差し出される。
近くのテーブルへそれを広げると思っていたより大きく、上に乗るように地下の見取り図を描いていく。
解析した走査の記録を基に描き写すだけの単純作業ではあるが線の数が多く案外時間がかかる。
シーカー達の物珍しいものを見る視線の中心で上層の見取り図を描き終え、キメラの座標へとマークを記していく。
初めは感心するように見ていた者も、その数が五十、百と増えるにつき視線が迷い始める。
「まず上層が完了です。紙を追加で四、五枚ほどいただけませんか」
描くことおよそ十分、上層と中層、巨大な構造物を観測した下層、それらの間も含め5枚もの見取り図が完成する。
オルターはそれを近づけたり離したり見比べつ口を開く。
「最悪だ……軍の想定の倍はいるぞ……。いや、今のは聞かなかった事にしてくれ。二日後朝、作戦開始地点で。解散」
不穏な気配を残しつつ彼の宣言を聴いたシーカー達が散っていく。当の本人はというと頭痛が痛いような顔をして書類と見取り図を持ってさっさとギルドの奥へと去っていった。
リーダーも想定以上に事態が深刻なことを悟りつつ口を開く。
「俺たちも帰るか……」
「浮かない顔ですね」
「当然だろ。時間と戦力があったところであんな数どうしろってんだ」
毎日、明日が無い前提で怪物を倒し続けていたせいで心が麻痺している自覚はあるが、こうした時どう接するべきか分からなくなるというのも困りものである。
「一旦食事にしませんか? そろそろ空腹で倒れそうです」
義体には空腹の概念は無いが、現在のエネルギー残量は数パーセント程度だ。決戦に備えて枯渇寸前のエネルギー残量を最大限回復する必要がある。
なにより、良い食事は人の心を直接元気にしてくれる。これは、地獄のような戦場であっても不変の真理だ。
「朝から結構食べてるだろ」
「わたしはさんせーーー!」
「では行きましょうか」
朝食に五人前ほど食べたのをドン引きしながら見ていたのを思い出しているであろうリーダーの手をレティと共に引き、ギルドを出る。
時刻は昼過ぎ、決戦はもうすぐ。
なんということでしょう、今の能力的に空中分解しない5000字区切りで書いて1話か増えて2話分で終わるかと思ってた決戦回が4話になりそうです。
なんで…?