クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─   作:彗砦

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S01-17 穿て

 何度も通路を曲がり、数分ほど走った頃、僅かな声のする方向へと駆ける。

 

 目的地へと繋がる扉の前へ到着すると中から間違いなく黒幕なセリフが響く。

 

「私を認めなかった王国も! 追放した魔術ギルドも! こいつがあれば全て、全て……! ぶっ壊して──」

 

「の前にあんたをぶっ飛ばす!」

 

「そーだそーだ!」

 

「抵抗を止め投降しなさい」

 

 扉の向こうから明らかに何かが起きそうな気配を感じ三人揃って殴り込みをかけた。

 

 が、時すでに遅し。

 

 部屋の奥に見える格子の先へと球状の何かが投げ込まれたのが視界に入る。

 

 それにはエネルギーパックの模造品と同型の何かが刺さっているのが見え、猛烈に嫌な予感を感じる。

 

 模造品が暗闇に溶けるのをただ見届けるしかないかと思った次の瞬間それが消えた。

 

「今なんか投げ込んだぞあいつ!」

 

「・x・!」

 

 リーダーの影から子猫のように威嚇していたレティが何かに気づき、完全に逃げの姿勢になると同時に周囲に衝撃が走る。

 

「リーダー、撤退の準備を」

 

「あいにく俺もそう思ってたところだ」

 

 その場の全員が、何が起こったかを理解する。

 

 模造品は消えたのではなく喰(・)わ(・)れ(・)た(・)のだと。

 

 檻の奥にいた何(・)か(・)はようやく動き出し、灯りの下へと出てくる。

 

「せっかくだ。ネズミ諸君に紹介してやろう。これこそが私の最、高、傑、作! キマーラーテだッッ!!!」

 

 追い詰める側と追い詰められる側が逆転した事を確信し、魔術士はそう叫ぶ。

 

 直後、彼の後ろから金属のひしゃげる音が響く。

 

 直径数十センチメートルはある太い檻が邪魔な物を退かすかの如く意図も簡単に破壊される。

 

「な、なんというパワーだ……! 期待以上だっ!」

 

 巨大な部屋の中ですらやや窮屈さを感じさせる巨体が顕になる。

 

「地上に射出するつもりだったが、檻が壊されてしまったのならしょうがない。手始めにネズミ共を一掃しよう」

 

 キマーラーテを刺激しないよう三人揃って少しずつゆっくりと後退する中、魔術士は高らかに宣言する。

 

「征け! 私の最高傑さ──」

 

 目の前から魔術士が消えた。

 

 正確には、一瞬で叩(・)き(・)飛(・)ば(・)さ(・)れ(・)、視界から消えた。

 

「は?」「え?」「?」

 

 その軌道の先、灯りから離れ薄暗い壁は一瞬前まで魔術士だった血飛沫で塗装されていた。

 

 全員があっけに取られ、一瞬の硬直をしつつ目の前の敵に視線を戻すとそれを見た。

 

 キマーラーテが嗤った。

 

「これ、ぜーったいまずいやつ! 逃げよう!!」

 

「口じゃなくて足を動かせーーー!」

 

 間違いなく大業が来る、そんな予備動作を横目に全力で入ってきた扉へと向かう。

 

 転けかけたレティを拾い、リーダーの背中を無理やり押しつつ扉を抜け通路を戻ると、ほんの数秒前まで居た場所が壁ごと消し飛んだ。

 

「〜!」

 

「どうすんだよあんなデカブツ!」

 

 レティは今にも泣き出しそうな具合で走り、リーダーも余裕を無くし始めている。

 

「私一人であれば迎撃は可能です。あなたたちは先に撤退を──」

 

 そう言い終わる瞬間、脇道から音も無く飛び出して来た影と衝突する。

 

 思っていた以上に勢いがついていたからか、あるいはその影がぶつかった後もがいたからか、何故か抱き抱えるような状態となる。

 

「あっ……どうもですぅ」

 

 声の主と一瞬目が合うが今はそれどころではないのでついついスルーすると、彼女は気まずくなったのか口を開く。

 

「こういうのって普通ぶつかってゴロゴロずどーんとかじゃないんですか……?!」

 

「お喋りする余裕があるのでしたらご自身の足で走ってください」

 

 テトラは渾身のボケを受け流されたせいか、ややしょんぼりしつつまるで液体のように腕から抜け出し並走し始める。

 

 そんな一部始終を見たせいで困惑を隠せないリーダーがようやくぽかんと空いた口を閉じる。

 

「どこ行ってたんだよ」

 

 彼の問いを聞き、テトラは何かを思い出したような表情をする。

 

「あ、そうそう、そうでした! 遺物を暴走させたのであのデカブツもろともドッカーンで──」

 

 彼女が言い終わるのを待たずに、衝撃が地底に響く。

 

 同時に、彼女の破壊した遺物のせいか通路の明かりが消え、地底に闇が戻ってくる。

 

「おいどうすんだこれ!」

 

「;x;」

 

 視界はゼロだが声と反響で状況を把握し全員の無事を確認する。

 

 しかし、反響で見ずともレティがひよひよになっていることだけは伝わってくる。

 

 そんな中でテトラだけは何かをゴソゴソと漁るような音を立てていた。

 

「ありましたぁ。こんなこともあろうかと、じゃーんです!」

 

 掛け声と共に小さな遺物から眩い光が辺りを照らす。

 

 闇の中で違和感を感じた壁もその灯りで顕になる、はずだった。

 

 照らされるはずの壁は無く、深い深い闇がそこに──。

 

 経験が叫び、感覚が警鐘を鳴らす。声が出るより先に体が動く。

 

 すぐ隣に居たテトラを引っ掴みリーダーとレティを体当たりするように押しその場を離れる。

 

 直後、置いてきぼりにされた灯りが紙のように宙で潰され、再び通路に闇が流れ込む。

 

 突然の衝撃と無い視界で混乱する通路を音(・)が鎮めた。

 

「すごい嫌な予感がするんだが」

 

「逃げないと早く早く!」

 

 しかしお互いの姿すら見えない状況では逃げることすらままならない。

 

 しかしテトラは妙に冷静であった。

 

「皆さん壁際に寄って固まってください。隠れてしのぎましょぅ」

 

 思わぬ提案に疑念を抱きつつ、全員が指示に従う。すると彼女は布のような何かを広げる。

 

「(本当に大丈夫なんだな!?)」

 

「(声と光さえ出さなければ大丈夫ですぅ)」

 

「(;x;)」

 

 彼女のア(・)ド(・)バ(・)イ(・)ス(・)を参考に壁と一体になるほど気配を薄くした頃、音の主が闇へと顔を出す。

 

 時代が時代なら鬼火か幽霊と誤解されそうな具合で目と体のところどころがぼんやりと光るキマイラーテは、通路を何度か見たのちどこか一点を捉え嗤う。

 

 レティが爆発しそうな気配を察知しすぐさま彼女の口を押さえつつ目の前の怪物の動向を伺うと器用に向きを変え闇の奥へと戻っていった。

 

「俺死んで無いよな……?」

 

「こっちの道が狭くて助かりましたぁ」

 

 災いが去ったことを確かめつつ各々安堵の声を漏らす。

 

 リーダーはやや放心するレティを撫でているようで彼女の震えが収まっていくのを感じる。

 

「急いで本隊と合流しましょう」

 

「ああ。あれの狙いは穴(・)だな」

 

 キマーラーテが向いた方角の先にあるは、中層へと繋がる縦穴。

 

 下層への近道として人員が集まり周辺の整備が行われている頃だろう。

 

「先回りしましょう。今なら間に合うはずです」

 

 少なくともキマーラーテには地面を操る能力があるのは間違いないが、直接縦穴に向かわずわざわざ一度戻った行動からして無尽蔵という訳ではなさそうである。

 

 そう考えつつすぐさまルート構築を開始する。

 

「予備持って来ててよかったですぅ」

 

 いざ出発しようにも灯りが無いことを思い出した矢先、テトラが再び灯りをもたらす。

 

 直前の襲撃のこともあってか、レティとリーダーは警戒を強めるが今度は何も起きず安心する。

 

「大丈夫、そうだな……。案内頼むぞ」

 

「お任せください。最短ルートで征きます」

 

 

 ーー

 

 

 壁が薄くなっているところを破壊したりしつつ全速力で戻ると縦穴へと続く巨大な横穴へと躍り出る。

 

 周囲を見渡してもキマイラーテの気配はまだ無く、それに安心しつつも先を急ぐ。

 

 そしてついに視界の先に明かりが見えた。その中心には縦穴の底にロープを垂らし偵察に来ているオルター達が映る。

 

「緊急事態だ! 黒幕は死亡! クソでかいキメラが来る!!」

 

 リーダーもそれを確認して叫んだ。

 

 オルターはすぐさま降りてきた他のメンバーに後退を指示しつつとても嫌そうな顔で唱える。

 

「冗談だと言ってくれ」

 

「こういう時俺が冗談言ったことあるか!?」

 

 そうは言いつつも彼はすぐさま登り始める。追ってレティが登りリーダーと二人で横穴を警戒する。

 

 程なくしてリーダーの番が来る、と同時に轟音が響く。

 

「ついに来ちまったようだな」

 

「リーダー、このままでは間に合わないので手荒な手段でもよろしいですか?」

 

 しゃがみ込みつつ手を足元で組み、足を掛けろと目線で誘う。

 

「丁寧に飛ばしてくれよ」

 

「善処します」

 

 彼が足をかけ体勢を整えたことを確認し、勢いよく飛した。

 

 穴の上へと到達したことを確認すると、自身も壁へと足をかける。

 

 登る前に深い闇の広がる横穴を一瞬確認すると確かに光る目(・)を視認する。

 

 わざわざその到来を待つわけもなく素早く駆け上がる。

 

 中層へと到着する直前、底からキマイラーテが壁にぶつかったと思われる衝撃が響いた。

 

「上がったな。よし、総員攻撃開始!」

 

 登り切るのと入れ替わりでオルターの号令と共に魔術による飽和攻撃が開始する。

 

 灯りが無くなったことで深い闇で覆われた底で魔術が爆ぜ僅かに輝くが、それも土煙によって一瞬で隠される。

 

「攻撃止め! これで倒せたら苦労しないが……」

 

「だめ! 来るよ!!」

 

 彼の儚い望みは土煙を突き抜けてきたキマイラーテの怒りに光る瞳によって打ち砕かれる。

 

「ちっ最悪だ。牽制しつつ後退!」

 

 登り来る巨獣へとシーカーや兵士が魔術での攻撃を再開するが効果は今ひとつのようで、その速度は収まらない。

 

 それが分かると各々散り散りに後退し、穴から離れた防衛ラインの後方へと陣取っていく。

 

 そして遂にその巨体が淵へと到達した。

 

 高さのある大空間ですらやや手狭に感じるその巨体が顕になり、緊張が走る。

 

「クソでかいって言っても限度があるだろ……」

 

「あの見た目の割に動きが素早いし、壁とか地面操ったりする。口を開けたら広範囲攻撃を撃ってくるかもしれないから気をつけろよ!」

 

 下層では逃げてばかりでその巨体をしっかり見れていなかったが、高さだけでもキメラの全長はある。

 

 薄暗い空間に漂う二つの光がまるで値踏みをするかのようにギロリと辺りを見渡していく。

 

 その目が何を考えているかなど想像もしたくないが、キマイラーテは舌なめずりをし、妙な雄叫びを上げた。

 

 それが開戦の合図とばかりに双方が動き出す。

 

 対キメラとは打って変わり、リーダーが先陣を切りオルターがそれに続く。

 

 キマイラーテも穴から完全に体を出し目の前の羽虫を殲滅せんと動き始める。

 

 が、体を出したかと思いきやまるで逃げるような挙動を取り──

 

「薙ぎ払いが来ます!!」

 

「黒鐘、止められるか!」

 

「勿論!」

 

 巨体の奥に僅かに見えた尾、巨大な胴体より長いそれがしなる波となって右方から襲う。

 

 その長い長い尾による被害が最小限となる座標を演算し、受け止めんと向かう。

 

 剣全体を使っても余りあるほど太い尾の威力は強く重く、小型HALOまで使ってようやく押し留めた。

 

「見た目以上に硬いです……ねっ!」

 

 表層は大きな鱗で覆われ、それ自体は刃が刺さるもののその先の肉までは切り飛ばせそうにもない。

 

 尾を押し返すと同時にキマイラーテも防がれたことを察し次の攻勢へと移る。

 

 リーダーやオルターに目を向けると、尾の対処はこちらに任せ、魔術の援護を受けつつ頭部や脚部を重点的に狙っているものの、傷を与えた直後から回復されてジリ貧な様子だ。

 

 しかしキマイラーテの絶叫が響く。その右目は閉ざされ血を流している様子からようやくダメージらしい攻撃を与えられたようだ。

 

 彼らに加勢すべく走り出した瞬間、壁の崩れる音と共に大量のキメラが大空間へと雪崩れ込む。

 

「おいおいおい最悪だろ?! あれの対処は俺がする。デカブツ任せてもいいか!」

 

「任された! 黒鐘となんとかしたるわ!」

 

 すぐさま周りに指示を飛ばしつつキメラの迎撃に向かうオルターとすれ違い、体勢を立て直そうとしているキマイラーテの首を捉える。

 

 しかしその長い首は滑らかに刃を避ける。

 

「相対座標設定」

 

 その程度で逃すつもりもなく首を廻り落とそうとするが、負けじと頭を振られ抵抗される。

 

 これ以上は不毛と判断し小型HALOの接続を切り宙を舞う。

 

「遅くなりました」

 

「やっと来たか。エスコートが必要そうだな」

 

「そのようです」

 

 彼の側へと降り立ち、再び巨獣と対峙する。薙ぎ払いを防がれ、片目を潰されたそれは混乱の隙に再び正面へ向き直していた。

 

「俺の気のせいじゃなけりゃ、頭増えてないか?」

 

「視力検査をお勧めします。あれはどう見ても岩です──」

 

 岩。

 

 岩である。

 

 周囲に転がっているキメラの死体ほどもある巨岩である。

 

「ま、ず、い、退避だー!」

 

 その巨岩が動き始めるのと同時にその場から逃離れる。後方の味方に被害が及ばぬように、しかし危険の少ない方に。

 

 キマイラーテはそんな事も気にするわけもなく、目の前を逃げ回る羽虫に容赦無く巨岩の雨を降らせる。

 

 だが好機、砕け散る巨岩によって辺りは土煙に包まれる。

 

「脚部を狙います」

 

「おうよ!」

 

 薄暗さと土煙に紛れた奇襲は難なく成功しキマイラーテは前足の自由を失う。しかし回復力の高さにより直ぐにでも再び動き出しそうである。

 

「このまま首も──」

 

 首取るべく真下から土煙を抜けた先で巨大な顔と対面した。

 

 偶然か、気づかれていたかは定かではないが土煙全てを吹き飛ばした衝撃を間一髪で回避する。

 

 小型HALOで強引に体勢を立て直しつつ刃が通らないだろうと分かっていても、勢いに任せ目の前で大業を繰り出した頭を斬る。

 

 案の定これといって手応えは無いものの衝突音が大空間に響いた。

 

 しかし巨獣といえど頭には響いたようで、唸りを上げながら獣のように暴れる。

 

 ただ暴れるだけでも致命傷を撒き散らす巨体に加え、無造作に周囲の地面を操り棘を出したり砂のようにしたりするせいで回避するだけでも一苦労である。

 

「今のうちに何か策を」

 

「策っつってもなぁ……」

 

「首さえ止められれば落とす事も可能なのですが」

 

 このままではキマイラーテが復帰してくるとやや焦りを感じつつ辺りを見回すと、キメラと交戦中のシーカー達が目に留まる。

 

「魔術、使えませんか」

 

「足止めにか……いや、行けるかもしれん」

 

 すぐさま彼は反転し、応援を呼びに行った。

 

 戻ってくるまでの数十秒か数分、どう時間を稼ぐか思案していると暴れていた巨体が落ち着きを取り戻す。

 

 その苛立つ瞳を見てふと思いつき、剣をしまう。

 

「少し踊りましょうか」

 

 売られた喧嘩は買う主義なのか再び降らせようとしていた巨岩が霧散し、殺意のこもった牙が迫る。

 

 粗雑になってきた動きは予測も簡単で、するりするりと隙間を抜け回避する。

 

 次に来るは前脚、胴体、尻尾、一巡したのかまた前脚。

 

 がしかし、突如いきなり足を取られたかのように不自然な動きへと変わる。

 

 前足は砂のように変化した地面へ沈み、後ろ足は氷のような何かで固められ始めている。しかしキマイラーテの抵抗も激しく今にも拘束は解かれそうだ。

 

「長くは持たない! 俺が頭を押さえてるうちにやれ!!!」

 

 彼が全速力で駆けつけ、キマイラーテの頭を無理やり引っ張り、首を文字通り伸ばすのを横目に唱える。

 

「半解放(セミバースト)」

 

 踊りながら溜めておいた力は解き放たれ、身体は一瞬で天井へと着地する。

 

「再装填」

 

 体勢を崩しながらも藻掻くキマイラーテの首を捉える。

 

「解放(バースト)!」

 

 地底を貫く流星か、或いは雷鳴か。

 

 大空間に乾いた音が響きキマイラーテは沈黙する。

 

「なんとかなった、か……」

 

 最大の難所を乗り越えたとリーダーは肩の力が抜け、足止めに全力を出し切ったシーカー達も遠くで膝をついている。

 

「キメラの沈黙を……妙です」

 

 違和感を感じキマイラーテだったものを走査してみるが、まるでまだ生きているかのように内部のエネルギーに変化が無い。

 

「リーダー! くろちゃん! 今すぐそこから離れて!」

 

 嫌な予感が的中したのか、かなり離れた所にいるレティの全力の叫びが届く。

 

 疑念が確信に変わり、すぐに剣を投げ捨て身体を飛ばす。気を抜いてしまい、危機に気づくのに僅かに遅れたリーダーの元へと。

 

 間一髪であった。

 

 あと零コンマ一秒でも遅れていれば左右から突き出てきた岩に彼は圧殺されていたであろう。

 

 叩き出した時の衝撃は彼にも相当なダメージを与えたようだが、だいぶ遠くまで吹き飛びつつなんとか受身をとっている。

 

 後先考えず動いてしまうのはなかなか治らない悪い癖だが、今回は最(・)悪(・)を避けることができたようだ。

 

「しくじり……ましたね……」

 

 最悪は避けられたが、危機は終わらない。

 

 視界の端に映る表示は大量のエラーを吐き出し、インジケータは半分を赤く染める。

 

「脚部……大破……」

 

 強い衝撃で半ば動けなくなっている彼と目が合う。

 

 この程度では義体は死(・)な(・)な(・)い(・)。だから心配するなと軽く微笑む。

 

 しかし、意識を向ける方向を間違えたか、巨大な影に気づくのが遅れる。

 

 それに意思はなくただ罠にかかった獲物を確実に仕留めるかのように地面を削りながら黒い波のように迫る。

 

「なっ、相対座標ロック! 最大強度!」

 

 速度こそ交戦開始直後の薙ぎ払いと比べたら遥かに遅い。しかしその巨体から来る破壊力は変わらない。

 

「すり潰される……」

 

 HALOさえ起動できれば脱出できるが、起動時の瞬間的な出力低下すら命取りになる。

 

 しかし、小型HALOを装備している腕部は悲鳴を上げ始め、一瞬は停止寸前まで追い込んだ尾が再び動き始める。

 

 じわじわと接近してくるそれに二万年ぶりの危機感を感じ焦りが募る。

 

「退いた退いたァ!」

 

 その焦りを破る声が一つ。

 

 尾でその姿は見えないが、確実に誰(・)か(・)が接近してきている。

 

 少なくともキメラか何かがまとめて吹き飛ばされ、その勢いのまま突っ込んで来てくるような音(・)が接近して来ている。

 

 遂に腕が限界を迎え、各部から鳴ってはいけない音が漏れ、尾が加速し始める。かと思いきや、尾からかかる力が抜ける。

 

 目の前よりやや根元で切断されたのか、力を失ったそれが叩き上げられ、ストッパーを失った根元側が脚を封じる岩を砕く。

 

 それらの反動か、自由になったが自由の効かない身体が宙を舞う。

 

「大丈夫かあ! 期待の新星!!」

 

 どこか懐かしささえ感じる硬く大きな手が落ちる身体を受け止め、聞いたことのある声が届く。

 

 壁のような躯体に、戦術重剣ほどもある大剣を携える彼は──

 

「小隊ちょ──じゃなくてジョイスさん!?」

 

 思わずかつての上官と間違えてしまい、ますます思考が混乱していく。

 

「意識ははっきりしてるな。舌噛むなよ!」

 

 無事を確認し、彼はすぐさま罠(・)を華麗に回避しつつその射程外へと退避する。

 

「くろちゃん!」

 

「っ! 黒鐘!」

 

「申し訳ありません。油断しました」

 

 各々駆け寄ってくるが状況は芳しくない。

 

 キメラの流入量は減る気配が無く、キマイラーテは切り落とされた首が再生せんと言わんばかりに膨らんできている。

 

「ひでぇ有様だが、状況は」

 

「最悪ってとこだ。って閃速のジョイス!?!?」

 

 一時後退してきたオルターも加わるが彼は状況を伝えるとすぐさま戦線へと戻っていく。だがその顔は珍しくやる気で満ちていた。

 

「魔術士がアレに食わせてた何(・)か(・)が悪さしてるくさいな」

 

「何かって何だ」

 

「恐らくあの巨体を支えるエネルギーを爆発的に供給する装置です」

 

 もはや満身創痍な身体だがバイタルは無傷であり状況を演算する。

 

 英(・)雄(・)ですら状況を決めかねている中、一つ賭けに出る。

 

「キメラの掃討を任せてもよろしいですか?」

 

「特攻とか言い出すんじゃねぇぞ」

 

 随分と彼には信(・)用(・)されているようだが、こんなところで旅を終わらせる気など更々無い。

 

「飛ばすのは剣です。一(・)撃(・)でト(・)ド(・)メ(・)を刺します」

 

「そんなこと……いや、できるんだな?」

 

 その声には疑念が混じるが、賭けてみたいという思いも滲む。

 

「威力については保証しますが、確定で行動不能になる最終手段です。できるだけ使いたくなかったのですが、身体がこの有様ですので」

 

「ならあとのことはわたし達に任せて!」

 

「決まり、か。ギルマス、向こうを任せてもいいか?」

 

 託されたジョイスは剣を構え直し、にぃと笑いながら答えた。

 

「了解した! 任せたぞ、期待の新星!」

 

「では、反撃を開始しましょう」

 

 ジョイスがキメラの群れを吹き飛ばし、レティとリーダーが少し離れた物陰に退避したのを見届けつつ、心を落ち着かせ唱える。

 

「HALO(ヘイロー)アクティベート」

 

 無機質になった声が届くと、バチンと音を立て収納されていたHALOが自動展開される。

 

 HALOが頭上へと移動し起動シークエンスが終了すると共に、ある程度残っていた義体のエネルギーが減少し始め、機能停止のカウントダウンが開始される。

 

 すぐさま大地から離れ、宙に浮き攻撃体勢となる。

 

 脚は生気なく垂れ、左腕は上がらず、HALOをも使い何とか右腕を上げる。

 

「回収」

 

 HALOから伸びる数本の線がキマイラーテの側に横たわる戦術重剣を捉え、浮かせ、右手へと誘う。

 

「これは……」

 

「くろちゃんってやっぱり天使だったの?!」

 

 二人の顔を見ている暇はないが、容易に想像はつく。この戦いが終わったら質問攻めに合うだろう。どう説明しようか。

 

「目標を発見、座標を確定」

 

 余計な考えをしている間にもキマイラーテの体内に残るエネルギーパックの模造品を走査によって発見する。

 

「焦点調整、予測軌道誤差を閾値内へ」

 

 剣が手から離れ自身の目の前へと移動し、HALOが頭上からその真後ろへと移る。

 

「第一から第二五六チャンネルを自動割り当て。他を非活性化」

 

 HALO(サウザンドシリーズ)は起動しているだけでも大食らいの為、準備に時間をかけたくは無い。しかしチャンスは一度きり、念には念を入れていく。

 

「キャパシタからバイパス、緊急流路開放」

 

 通常ならば避けるべきな義体のエネルギーを瞬間的に放出する手筈を整える。

 

「出力補正完了。相対座標ロック」

 

 全てを整え、標(・)的(・)を一点に捉える。

 

「あとは頼みます」

 

 この一撃を放つ為に言う必要は無い。しかし、口に出したくなった言葉が生気を持って溢れた。

 

「穿て。放撃」

 

 温度の無い号令と共に剣は加速し、一歩ほどの距離を進む前に音を超える。

 

 同時に大空間全体に轟音が響くより早く、一瞬よりも遥かに一瞬。

 

 そんな速度で戦術重剣は放たれると同時にキマイラーテの向こうの壁へと深く突き刺さる。

 

 そして、貫かれたことにようやく気づいたかのように血の花が咲く。

 

 巨体が爆ぜ、完全にその活動を終了したのを確認し、薄れる意識の中でようやく呟く。

 

「キマイラーテの沈黙を確認──」

 

 エネルギー供給がカットされHALOによる浮上が無くなり落下している、恐らくしている。

 

 視覚も聴覚も無い、しかし二人に受け止められる感覚だけは最後に残────

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 メインシステム緊急停止(MAIN SYSTEM EMERGENCY STOP)──

 

 

 

 ORBSに臨時権限を付与(GRANTING TEMPORARY PRIVILEGES TO ORBS)──

 

 

 

 メインシステム保護プロトコルを実行します(EXECUTING MAIN SYSTEM PROTECTION PROTOCOL)────……

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ⠌⠂⠠⠥⠓

 

 

 

 …

 

 ⠣⠷⠥

 

 ………

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 ⠡⠄⠑⠅⠃⠏

 

 

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 

 

 REBOOTING──

 

 

 

 ーー

 

 

 

 夢を見ているのだろう。目覚める直前になると頭脳たるコアの何処かに、夢を映す仮想空間が勝手に発生する。

 

 瞼を開ける。目の前には何処までも続く白、何も無い空間。

 

 眼下には足の先、腕の先まで覆い、触れるが触れない布のような何か。

 

 原点までの距離はおよそ十。どうやら夢が投影されていない仮想空間の中心近くに居るようだ。

 

 上下の区別もわからない奇妙な空間を漂うは、腰の丈ほどの銀の髪を漂わせる身長およそ百四十センチメートルの私(・)。

 

 自分しか居ない、そう思われた空間に何故か馴染みのある声が響く。

 

「やっと目覚めたようだね」

 

 原点座標に前触れもなく現れた声の主と目が合う。

 

 その奥にはどこか懐かしむような感情が見えた、そんな気がした。

 

「逆さまか。じゃあ、そっちを下にしようか」

 

 それは、回転しつつふわりと虚空と地面の区別もつかないところに降り立つ。

 

 それは、同じような布で同じように体を覆い、身長百四十センチメートル程度の人型をしている。

 

 それは、短めに切り揃えた黒髪に僅かに白い髪が混じる少女である。

 

 それは、自分と同じ顔、同じ声で胸に手を置き口を開く。

 

「初めまして、クロノアール。もう一人の、ワタシ」

 

 




 5000字以上書くと空中分解して爆散するもんだと思ってました。容疑者はなんか筆乗りすぎていい感じで区切るタイミングを見失ったと供述しており…結局1万字弱。怖

 まあそれはそうとして、ではでは次回、第一章最終回「ゆめ」。お楽しみに!
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