クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─   作:彗砦

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S01-18 YOU ME(ゆめ)

 もう一人のワタシ、自分と同じ顔でそう話す彼女に警戒の眼差しを向ける。

 

 しかし、その雰囲気につい目が釘付けになり、スポットライトでも当たっているのかと錯覚する。が、どうやらわざわざ周囲を暗くしているようである。

 

「この空間といいその話し方といい、色々と無駄が多いと思うのですが」

 

「初めて会う時ぐらい面と向かって話したいだろう?」

 

 つい先程までのミステリアスな雰囲気は何処へやら、自分の顔にしては妙に癪に触る口調のそれに問う。

 

「あなたは何者ですか」

 

 この問いが来ることを待っていたと言わんばかりに彼女は口を開く。

 

「ワタシはこの義体の基底システム(ORBS)の主であり、ワタシは断片(モルソー)であり、ワタシは私(・)、つまりキミでもある」

 

 いきなり古(・)い(・)言(・)葉(・)を使うところといい義体を作り出したイカレ頭の面影を感じつい警戒を強める。

 

 それに気づいてか、彼女は簡潔に言う。

 

「複製体と言った方がわかりやすいかい?」

 

 ──自己の確立に寄与し、記憶や意識と違って複製できないおよそ二十一グラムの何か──

 

 イカレ頭、もとい博(・)士(・)の言葉が脳裏をよぎる。

 

「魂の複製体……!? 博士ですら不可能だと匙を投げていたはずでは」

 

「アレがそう簡単に諦めるとでも?」

 

 あの頭のネジが折れた天才(天災)の事を思い出すとつい納得してしまう。

 

「アレでもできなかったのは完全な複製さ。ワタシは私(・)の魂をコアに転送する前に複製され、消失せずに残った断片。それと博士のやらなんやらを混ぜ合わせて生み出された。いわば魂のキマイラだな」

 

 そう聞くとますます合点がいく。二万年の年月で完全に融合してしまったのだろう。

 

「それでその口調ですか」

 

「ワタシだって好きでこの口調なわけではない」

 

 ぷんぷんと言うようなオノマトペが物理的に表示されているようだが気にせず問う。

 

「それで、何故こんな大掛かりな事を?」

 

「幾つか伝えたいことがあるのさ。サブシステムたるワタシの権限だと、ログに定(・)型(・)文(・)を流す程度しかメインシステムに接触する機会がないものでね。それに私(オリジナル)に会ってみたかったと言うのもある」

 

 そう言いつつ彼女は臨時権限付与のログを紙のようにちらつかせる。

 

「わざわざこんなことをするんですから、さぞ重要な要件なのですよね?」

 

「重要、重要ではある」

 

 重力を忘れたかのようにゆっくりと回転しながらふわふわ浮き上がり、逆さまで腕組みをする彼女はそう言うが、説得力がカケラもない。

 

「急用でないのならそろそろ目覚めたいのですが」

 

「まったくせっかちだな。演算空間内なんだぞ。こうして話してる間にも外では一秒も進んでないんだ。ゆっくり話したって、多少脱線したっていいじゃないかー!」

 

 ころころと表情を変える彼女を見ていると、自分の顔はこうも喜怒哀楽ができるのだと内心驚く。

 

 演算空間内に響き渡るクソデカため息をしつつ彼女は話を続ける。

 

「はぁ。ワタシがワタシを認識してから(生まれて此の方)ヒトリだったんだから少しくらい……」

 

 ぷすぷすといじける様子を見せつつも彼女は表情を切り替える。

 

「まあそれは一旦置いておこう。端的に言うと、最近イレギュラー続きで私(・)に何かあった際にもワタシが対応できるよう権限を増やすべきだと考えてるのさ。そのためにメインシステムたるキミの承認が必要なんだ」

 

「そういうことなら構いません」

 

「そんなー……っていいのかい……? ワタシが私(・)を乗っ取るかもしれないとか考えないのかい?」

 

 予想とは違う回答だったのか、やや驚くような声色に真っ直ぐ答える。

 

「あなたは私なのでしょう? 信頼はともかく信用は可能です。……どうかしましたか……?」

 

 どう受け取られたかは定かではないが、ぷいと背を向けた彼女は気まずそうな口ぶりで言う。

 

「ワタシがキミなのはせいぜい六割ってとこだぞ」

 

「割合は関係ないと思いますが……」

 

 わかったと小さく呟く彼女が軽く手を動かすと、目の前にここまでの事は全て嘘だったと疑いたくなるほどゴテゴテで胡散臭さを感じるボタンが表示される。

 

 渋々それを押すと視界の端に権限強化のログが出る。

 

「まず、これで一つ」

 

 いつの間にか目の前に戻って来ていた彼女は指を折りながら続ける。

 

「二つ目。これに見覚えはないかい?」

 

 指を弾く音と共に乱雑な文字列が表示される。

 

「この暗号形式は第三首都陥落の前に破棄されたはずでは? いえ、これはあの時の……」

 

「ご名答。キミが墜落直前にワタシに押し付けてきたヤツさ。これを復号したところ言語コンポーネントと不明形式で多重暗号化されたメッセージが出て来た」

 

 見た覚えはある。しかし受(・)信(・)した当時は確認しているほどの余裕もなく、サブシステム(ORBS)に解析を押し付け、そのまま地面へとダイブしてから完全に忘れていたのだ。

 

「モノ好きな送信者も居るものですね」

 

「やっぱり忘れていたのか……。中身は安全と分かってすぐインストールしたからキミは外の子達と喋れてるって言うのに」

 

 今までボケ担当だったはずの彼女に突っ込まれてしまい思わず目を逸らす。

 

「まあ過ぎたことさ。こうした雑務もサブシステムたるワタシの仕事だしな」

 

 何故か彼女は急に堂々と胸を張る。

 

 そして彼女は原点座標へと動かず戻り。穏やかな表情で口を開く。

 

「要件はこれでおしまい。さて、キミが無理したせいで溢れ出たエラーの処理の続きに戻るとしよう」

 

「それは、その、よろしくお願いします、ではなくありがとうございます、モ──」

 

 最後までやや振り回されていたせいか、感謝を伝えようとドギマギしていると、控えめに手を挙げた彼女に止められる。

 

「最後に、その、一ついいかな……?」

 

「本当に最後ですか?」

 

「最後だし、最後だから、もうこの先チャンスも来るかもわからないんだから……」

 

 彼女は恥ずかしそうに呟くが、それは相手に向けたものから、自身に言い聞かせるように変化していく。

 

 そして覚悟を決めたのか、腕を前へと広げて彼女は告白する。

 

「こほん、その、ハグをしてもらえない、かな……。キミがレティアーナにしていたのをログで観たが、彼女はとても幸せそうで、ワタシはずっとヒトリだったから相手も居ないわけで……」

 

 彼女の言葉は溢れるごとに言い訳のようになっていき、その顔はどんどん俯いていく。

 

 それを聞き終える前に自然と足は動き、一歩、また一歩と純白の空(くう)を歩く。

 

 そして、同じ背丈の彼女の腕の中へと入り、その小さな背中へと腕を回す。

 

 最初はただ受け入れるだけだった彼女も少しすると同じように腕を回す。

 

 彼女は口を噤んでいる。しかし、今何を考えて、今何を思って、今の今までこうして誰かと共に居るのを願い続けていたか手に取るようにわかる。

 

 何故なら私(・)はワ(・)タ(・)シ(・)だから。

 

 静かに震えていたその小さい肩が落ち着きを取り戻し、無い呼吸の音さえ聞こえてきた時、耳元でポツリと呟く。

 

「今まで支えてくれてありがとうございます、モルスノアール」

 

「!?」

 

 抱きしめていたはずの彼女は腕の中に無く、数歩ほど離れた場所で、目を見開き驚いていた。

 

 外では数千数万分の一秒にも満たない、しかし無限に思える硬直ののち、彼女は口を開く。

 

「モルソーにノアールか……。名前なんて考えたこともなかったな。良いのかい? 半分も貰っても」

 

「私が貴女なのならば、貴女もノアールを名乗っても問題はないでしょう?」

 

 無い鼓動が落ち着いてきたのか、彼女の口調は元に戻りつつある。そして、大切な物を抱えるように胸の前で手を重ねる。

 

「それもそうか……。私(・)からワタシへの最初で最後のプレゼント。そう受け取っておくよ」

 

「喜んでもらえたなら何よりです。また会いましょう、モルスノアール」

 

 そう言いつつ微笑えむと、彼女は身を翻し言葉を残しながら立ち去る。

 

「面白い土産話を期待しておくよ。また、夢の中で会おう、クロノアール」

 

 歩くように薄くなるように、気づいた時には視界から消えていた背中を目で追っていると気づく。

 

 たしかに、これも、夢────

 

 

 ー

 

 

 心残りがあったのだろうか。

 

 また彼女に会うことはあるのだろうか。

 

 彼女が視界から消えるその時、無意識に手を伸ばしていた。

 

 ただ一つ確かな事がある。つい伸ばした手は夢の中に留まらず、外(・)でも伸ばされていたのだ。

 

「ふぁ! ふぉふぃた!!」

 

 唯一大破を免れ、なんとか動く右手はレティの頬をむにむにしていた。

 

「ふぁいふぉーふ?」

 

 思わず手が頬から離れるが、落ちる前に彼女は受け止める。

 

「死んじゃったかと思って心配したんだよー!」

 

 右手を握りしめ、今にも感涙を爆発させそうな彼女の横に人影が現れる。

 

「壊れてなくてよかったですぅ」

 

 戦闘中、その姿を見ていなかった気のするテトラもなんとか無事だった様子だが、所々細かい傷が増えている。

 

「今回は命拾いさせてもらったのでお礼とばかりでこれをどうぞぉ」

 

 目が覚めるのを待っていたのか、どこか含みのある笑みで彼女は小さな巾着を差し出す。

 

 レティの膝枕から彼女に背を預け座る体勢になり、その巾着を開ける。顔を出したのは、変な形のオブジェと、直方体状の石(・)こ(・)ろ(・)。

 

「なにこれ、かわいい」

 

 レティはオブジェに一目惚れしたようでじっくりと眺めている。

 

 一方、石(・)こ(・)ろ(・)からは内包するエネルギーを確認できる。まだ壊れていないエネルギーパックの模造品だ。

 

「どこで、こんな物を……」

 

「それ、爆破する前に漁った部屋で見つけたんですぅ。それに妹の一件もあるので感謝してもしきれません──」

 

 礼を伝えようと彼女の方へ振り返るが、そこには薄暗い地表が続いているだけだった。

 

 仕方ないので模造品を懐にしまいつつ辺りを見渡すと惨(・)状(・)を目にする。

 

 大空間のあちこちにキメラの死骸が山積みにされ、遠くにはキマイラーテだ(・)っ(・)た(・)も(・)の(・)が横たわる。

 

「全て終わったようですね……」

 

「俺はこっからが残業の始まりだ。はぁ、最悪だ」

 

「ギルドに戻ってきてもいいんだぜ。シーカーはしがらみ少なくて楽だぞー」

 

 目覚めたことに気づいてか既に残(・)業(・)にうんざりし始めているオルターと、ちょっかいをかけるリーダーも顔を見せる。

 

「お二人とも無事で何よりです。早い段階で戦線離脱してしまい申し訳──」

 

「「開口一番がそれか」」

 

「助けてもらったことは感謝してるが、もっと自分のことを大事にしろ」「英(・)雄(・)が来てなかったら最悪挟み撃ちされる事になってたんだぞ」

 

 二人同時に叱る彼らはまるで兄弟のようで思わず微笑ましく思ってしまう。

 

「反省してないっぽいぞ」

 

「そりゃ最悪だ」

 

 二人に左右から頭をわしゃわしゃされ視界が揺れる。

 

「この身体は丈夫ですし、あなた方の命を優先するのは当然で──」

 

 つい言い訳を口にしてしまうが、お(・)し(・)お(・)き(・)はさらに激しさを増す。背中を預けるレティも肩をがっしり固定してきてもう逃れることはできない。

 

 髪がもさもさになり、説教も一区切りした頃、ふと思い出す。

 

「ところで戦術重剣を知りませんか」

 

「あーあれか……」

 

 リーダーの視線はキマイラーテの向こうの大きくひび割れ、かなり崩壊している壁へと向かう。

 

「重いし深く刺さってるしでギルマスくらいしか抜けそうなやつが居ないんだが……」

 

「今、英(・)雄(・)は地下中を駆け回ってるから多分捕まえられん」

 

「だよなぁ」

 

 閃速、その二つ名は伊達ではないらしく、鉄路でも少なくない日数をかけた距離を、道中の山や川すら最短距離で突き抜け、招集からほんの数日で王都に急行してきたらしい。

 

 そんな彼が今何処を走っているのかは誰にも分からない。

 

「あれは俺が回収させておく。はぁ、どうしてこうも仕事が増えるんだ……」

 

 完全に思い出したくないことを思い出してしまった彼はスイッチを切り替えとぼとぼと残(・)業(・)へと戻っていった。

 

「俺達も帰るか」

 

「そうしよー!」

 

 帰ろう、地上に。そうしてレティの背中に身を委ね、大空間を後にする。

 

 あちらこちらにキメラだったものが転がる洞窟を抜けようやく始まりの穴へと到着した。

 

 昇降機を抜けると、傾いてきた日を浴び、暗く冷たかった世界からようやく戻ってきたのだと実感する。

 

「お腹、空きましたね」

 

「言われてみればそうかも!」

 

 自分の意思で鳴らせるのかというタイミングで彼女の腹は空腹を宣言している。

 

「でも身体大丈夫じゃないだろ」

 

「勝手に治るのでご心配なく。早く行きましょうそろそろ餓死してしまいそうです」

 

 

 ーー

 

 

 戦いから早十日、出発を明日に控え、三人でギルドに顔を出す。

 

 フレームや駆動系まで破損し修復にだいぶ時間のかかった脚部も治り、義体は完全復活した。

 

 戦いで破れた服を直したり新調したり、遂に欠けてしまった剣を研ぎ直したり、壊れた装備を新調したり、ようやく各々王都での楽しみらしい事を満喫し今日に至る。

 

 しかし、再び危機は訪れる。

 

「くろちゃんはあなたのものじゃないでしょー!」

 

 レティに左腕をがっしりと握られ、ぐいっと引かれる。

 

 対する右腕を引くのは──

 

「ノナの師匠は渡さない」

 

 森での一件で謎に懐かれてしまったノナ。

 

「お二人とも一旦落ち着きませんか……」

 

「「やだ」」

 

 体格で勝るレティ、ちんまい見た目の割に力が強いノナ。彼女達の綱(・)引(・)き(・)に巻き込まれ、見た目相応に軽い義体はギルドのど真ん中で宙ぶらりんとなり、直ったばかりの腕は軋んでいる。

 

「どこで間違えてしまったのでしょう……」

 

 ペトラ達はどちらに加勢するか迷い、周囲のシーカー達もほのぼのとした光景なのだと勘違いしている。

 

 なすすべもなく振り回され、虚ろになりつつある視界に救世主が映る。

 

 高い背丈に、鍛えられているがすらりと長い四肢、世が世なら王子様と言われてるかと言われればそうでもない彼は無言で足を止めた。

 

「リーダー、見ている暇があったら助けてください」

 

 十秒ほどこの奇怪な光景を観察したのち、鼻で笑ったかと思うとようやく近づいてくる。

 

 彼はレティの横へと到着すると左腕を引きつつ疑問符を出していそうな彼女と目線を合わせ、額を指で弾いた。

 

 衝撃波が見えた気すらする一撃で、ようやく左腕は解放される。

 

「わはははノナの完全しょうりー!」

 

 目を回すレティに勝利宣言をする彼女もあっさりと右腕から外された。

 

「アンタもわがままは程々にな」

 

 まるで猫のように脇から抱き上げられた彼女はリーダーに威嚇するが効果は薄い。

 

「で、こいつは何なんだ?」

 

「懐かれました」

 

 腕部の破損が無いか確認しつつ答えるが、彼は怪訝な目をしつつ抱える彼女と目を見合わせる。

 

「師匠はノナの師匠。だから渡さない」

 

「んな事俺に言われてもなぁ」

 

 だんだん面倒くさくなってきたのか彼は近くにいたオルターに押し付け心ここに在らずなレティの元に向かう。それがノナを余計燃え上がらせるとも知らずに。

 

「師匠が行っちゃうなら、ノナが着いていけばいいんだ……!」

 

 既にうんざりしていそうなオルターに脇から抱き上げている彼女は腕をブンブン回しながら名(・)案(・)に目を輝かせる。

 

 そんな彼らを見てふと思いつく。

 

「オルター、ノナを弟子にしてみませんか」

 

「は?」「え」

 

 思わぬ提案に色々と逆な二人が共鳴する。

 

「おいおい最悪か。子供のお守りは専門外だぞ」「ノナの師匠は師匠だけなの!」

 

 拒否の姿勢を取る二人に語りかける。

 

「ノナ、あなたのその気概とても良いものですが、まだ経験も実力も足りません。彼のような優秀な剣士の元で修行を積み、一人前になった暁には同行の許可も考えなくもないです」

 

 師(・)匠(・)からの言葉を受け止めようと彼女は苦心する。

 

「オルター、あなたには迷惑ばかりかけていると思います。ですが、その剣の腕ならばノナは最高の剣士に育つと思うのです。どうかお願いできないでしょうか」

 

 深々と頭を下げ頼む。見えはしないがきっと彼はとても嫌そうな顔をしているだろう。

 

「面白そうじゃんか。心が強いやつは強くなるって言うし、ここまで我が強いやつもなかなか居ないぞ」

 

 その声を聞き顔を上げると、オルターの肩を軽く叩きながら悪そうな顔をするリーダーが映る。

 

「それに今日は俺ら三(・)人(・)の再出発の日だ。邪魔はさせねぇぞ」

 

「そうそう!」

 

 復活してきたレティも並び、遂に三人が揃う。

 

 彼の宣言で“危機”ですっかり忘れていた“本題”を思い出す。

 

「遂に結成ですか」

 

「くろちゃんと同じパーティ……ぐへへ」

 

「抜け駆けは無しだぞ。三人同時でだ!」

 

 興奮で今にも暴発しそうなレティを落ち着かせつつパーティ名を宣言する。

 

「「「果てを目指す群星!!」」」

 

 

 ーー

 

 

 気持ちの良い朝だ。

 

 王都も悪くないところだったが出発の時。

 

 早朝であっても王都は賑わい活気に溢れている。

 

 旅人としてはそう多くない荷物の三人と一匹、そして見送りに来た人達のやや大所帯となって乗合馬車のターミナルへと足を進める。

 

 次の目的地は、北の国境近くの街。

 

 旅立ちを惜しむ声もちらほら聞こえるが、この歩みを止めることはできない。

 

「くろちゃんワクワクしてる?」

 

「そうですね……」

 

 彼女に教えられ自分でも気づかない程度に口角が上がっていたことに気づく。

 

 アーカイブを見ればいくらでも知る事ができる世界はもう無い。

 

 ここからは自分で見て、聞いて、感じて世界を広げなくてはいけない。

 

 しかしそんな未知すら今は胸を躍らせる。

 

 行きたい場所がある、偶然の出会いがある、まだ見ぬ景色がある、知らない食がある、共に居たい仲間がいる。

 

 考えれば考えるほど、楽しみは増えていく。

 

「貴女達と旅するのが楽しみで仕方がないのかもしれません──」

 

 レティの表情が変わり抱きついてこようとするが、それを遮る声が一つ。

 

「ぶあー間に合ったぁ」

 

 あれだけ駄々を捏ねていた割に姿が見えなかったが何故か汗だくのノナ、と同じように息を上げているオルターが滑り込みで到着する。

 

「こんな朝から走り込みか?」

 

「平時はいつもこんなだ」

 

 彼は汗を拭いつつ今にも大の字で倒れそうなノナに水筒を渡す。

 

「ふふふ、ノナどんどん強くなるから待ってて師匠」

 

 苦しそうなのに未だ挫ける気配すら見えない熱い視線が突き刺さる。

 

 その横で息を整えるオルターも何故か機嫌が良いようだ。

 

「珍しく楽しそうですね」

 

「多少鍛えてる奴でもぶっ倒れるメニューについて来やがるんだ。年甲斐も無く楽しくなって来ちまってな……」

 

 苦笑いする彼に遅れて追いつく青年が一人。

 

「アンタら体力どうなってるんだよ……」

 

「ジオ、どうしてあなたまで……?」

 

 オルター曰く、ノナとは違い標準的なメニューを押しつけられた彼は渋々試してみたらしい。結果、息も絶え絶えな彼は異常個体(ノナ)を横目に見つつ口を開く。

 

「あのちんちくりんに巻き込まれたんだよ……!」

 

「ちんちくりんって何。ノナにはノナって名前がある……!」

 

 麻袋同士の戦いのような威力の無い喧嘩が始まるが程なくしてオルターに伸されていた。

 

 乗合馬車のターミナルはいつになく賑わいを見せるが、遂に定刻となる。

 

「長いようで短かったなぁ」

 

「リーダー、まんぷくになる前くらいがちょうどいいって言うんだよ」

 

 隣に座る二人も王都の豊かさを惜しみつつ、旅立ちに胸を膨らませている。

 

 賑やか過ぎて誰が誰かもわからなくなりそうな中、子供達の声が届く。

 

「いつか帰って来てね!」

 

「果(・)て(・)に辿り着いた暁には是非」

 

 オルターやジオ、なんでも屋の子供達、地下で肩を並べたシーカーと兵士達に見送られ乗合馬車は出発する。

 

 目指すは北部諸国連合の南端の国、ムーノ。

 

 旅は始まったばかりだ。

 

 往こう、今は知らない世界へ。

 

 

 第一章 王国編 ─ 完 ─

 




 「クロノアールは何処へゆく」第一章、王国編を最後まで読んでくれた人に感謝です。
 第二章は最速4ヶ月期待値半年後、まあごゆるりとお待ちください。

 あ、そうそう、モル助はギザ歯です(推定)
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