クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
部隊の皆が焚き火を囲んでいる。確か第三首都陥落の少し前の記憶だ。
マ素濃度の急上昇を観測したとの報を受け、近場の人員が緊急招集された時のことだ。
この頃はまだ生身の体だったし、隊の規模も大きかった。
知ってる顔も多いが、この時は別働隊だった隊長の姿を見れないのは残念である。
焚き火で温められている料理に手を伸ばす。だが届かない。
これはあくまでも夢、過去の再放送。
せっかくいい匂いがするのに、食べられないのはとても残念だ。
願い星というのは思ってたより不便なものなのかもしれない。
いや、この匂いは夢ではなく現実──
ーー
目が覚める。どうやらテントの中で寝かされていることに気づく。
「知らない天幕……」
テントの内には誰もおらず、付近にも人や獣の気配は無く、一旦安全と判断し身体情報の確認を行う。
「全身ぼろぼろ。いえ、右足だけは最低限回復済み」
あの盛大な着地で四肢のどれかが破断しているくらいは覚悟していたが、予想よりは遥かに軽傷である。
さらに、地上に戻ってきたことで大気中からエネルギーを得られるようになり、各部の回復速度が高まっている。
一旦は脚部の回復、次いで腕部とエネルギーの貯蓄、とプランを考えていく。
しかし外が騒がしい。何かを叫んでいるのが聞こえる。
言葉は意外にもわかる。2万年経っても言語体系は変わらないものなのだろうかと気が逸れる。
「でっかいボアっぽいのがまっすぐ突っ込んでくるよ!! 数は一!」
少女の声が響く。もしかしてここは村か何かなのかと思考を巡らす。
「武器取ってこい! 急げ!」
男の声が続く。そこそこ貫禄のある声だ、まとめ役かと聞き耳を立てる。
「まずい、角持ちだ! しょうがない、魔道具の使用も許可する! 早く!!」
魔獣、聞きなれない単語だが、なにを表しているのかはすぐに理解した。すると条件反射的に体が動く。
片足だけで器用にテントを出ると周囲を見渡す。
「八時方向、大型、猪型。推定クラス、ツー!」
銀髪をはためかせ身体を飛ばす。
武器は己の身体のみ。
狙うは頭部。
チャンスは一撃。
片足だけとは思えないバランス感覚で周りに陣取る男達の間を抜け、ボアの目の前で跳躍する。
「目標ロック、略式装填、出力最大!」
突っ込んでくるその頭蓋を目掛けて今出せるいちばんの必殺技、踵落としを叩き込むと骨の砕ける音があたりに響く。
魔獣の頭蓋は非常に強靭だが彼女の踵には及ばなかったようだ。
斃れるボアと驚く男達を横目に彼女は落下する。
「敵の撃滅を確認……」
意識が飛ぶ。回復を優先して余裕のなかった身体に無茶をさせたが故のエネルギー切れである。
ーー
隊長がすっ転んでいる、鍋を持ったまま。
驚異的な身体能力で地面に顔面ダイブしながら鍋とその中身を守る姿は英雄そのものである。
ああ、またいい匂いだ。
ーー
目が覚める。
「さっき見た天幕です……」
どうやらやらかしたらしい。先ほど壊した右足の修復で手一杯で身体の回復も止まっている。
「あ! 起きたー!」
とても元気な声が聞こえるが、指先一つ動かないほどエネルギー不足で声の主の顔は見えない。
「さっきの凄かったね! シュっとしてぴょーんでばーんって感じで!!」
唐突な擬音語のラッシュで頭が混乱する。
「えっと、貴女は誰で、ここは何処なんでしょうか」
「わたしはレティアーナ! レティって呼んで!」
そう言いながらこちらを覗き込んできた彼女は眩しい笑顔をしていた。それも、昔、妙に懐いてきた部下くらい明るく眩しい。
「それでそれで、ここは西方大森林ってところで、私たちはここのマッピング、えーっと地図作りをしにきてるの」
大袈裟な身振り手振りに合わせて彼女の口から言葉が流れてくる。
「でも実はね、王様からの命令で森のどこかにある古代の宝物庫を探すのが本当の任務なんだよ!」
部外者に言ってはいけなさそうなことをあっさり喋っているハイテンション少女はどこか自慢げである。
それは言っていいことなのかと溢すと、やはりダメだったようで口を手で隠した。
所謂アホの子というやつなのだろうか。
グーーー
奇妙な音が沈黙を破った。
「襲撃!?」
赤髪の少女がテントから飛び出そうとする。
「待ってください、これは……」
なんとか動くようになった胴体だけで芋虫のように体を転がすと彼女と目が合う。
「私の腹の虫です……」
顔が真っ赤になる機能がついてるかはさておき、そうなっていてくれた方が気が楽な気分である。
しかし、右脚の簡易修復が終わりジェネレータが通常稼働し始めた音を他に表せる言葉が浮かばなかった。
目の前の少女のいつも以上に丸くなった目が元に戻る。
「びっくりしたー! お腹減ってるもんね。ご飯もらってくる!」
妙に機嫌良くテントを飛び出していく。
目覚める前から漂っていたいい匂いの元はこれだったかと心の中で溢す。
外の足音を聴きつつ、もぞもぞと体を動かし、近くの箱に寄りかかり、ため息を漏らした。
「永いこと空に居たのに踏ん切りつけきれていませんでしたね……」
靡いた赤い髪を思い出しながらそう溢す。
小さなテントの中は背を預けている箱以外に目立ったものは無く、箱の中身も不思議な小物類だけだ。
ふと思い出す、HALOと胸当てが無い。墜落時にロストしたかとやや焦り始めたその時、レティが戻ってきた。
「ただいまー、ってどうしたの? 金貨落としてきちゃったみたいな顔して?!」
「レティ、でしたか。私のへ……ではなく白い輪っかと胸当てを知りませんか……?」
「それならボスのとこにあるはず! 起きたって伝えたからもうすぐ来ると思うよ」
腕は動かないがほっと胸を撫で下ろす。
さすがにHALOを失うのはこの森林では心許ない。
何より胸当ての道具箱にしまってある隊長の形見を失うのは避けたかった。
「腹が減っては冒険ができぬ! ってね! これね、さっきあなたが倒したボアの肉が入ってるんだよ! 新鮮なお肉は久しぶりなの〜!」
上機嫌な彼女はスープを小鍋から器に分けこちらの目の前に差し出す。
小鍋から二人分に分けるとぺろりと一瞬で自分の分を食べ切ってしまった。
「食べないの……?」
まだまだ食べ足りなそうな彼女は不思議そうにこちらを見る。
「申し訳ないのですが、食べさせて頂けませんか。腕も脚もまだ動かないもので」
「ちっちゃくて可愛いのに甘え上手なの……! あらまあこの子!」
どうやらお姉さん気取りのスイッチが入ってしまったようだ。
慣れた手つきでスープを掬ったスプーンが口へ近づく。
「はい、あーん」
今まで経験したことのない種類の恥ずかしさを我慢しながらそれを口にする。
「おいしい……」
「でっしょー! もっと食べて食べて!」
夢ではなく現実でおいしいスープにありつかせてくれた流れ星に一応感謝をしておく。
「おー食べてんなぁ」
「ふむ、これがボアを一撃で屠った隕石少女というやつですか」
二人の男が小さなテントに入ってきた。彼らがボスとリーダーだろう。
「なんだなんだ、いつの間に妹でもできたのか──」
「むーせっかくいいところだったのに!」
「こりゃ、まずったか?」
「ふむ、レティの相手をするのは貴方の得意分野でしょう。どうにかしてみてください」
ますますレティが頬を膨らませる。
「絶対わかってて入ってきたでしょー! こっちのでっかくて目つきが悪い方がリーダーで、そっちの優しそうだけど全然優しくないメガネがボスね。はい、自己紹介終わり!」
ご機嫌ナナメになってしまったようだ。
リーダーと呼ばれた男は面倒ごとを押し付けられ、ため息混じりに話し始める。
「おまえさん、言葉はわかるんだよな……? とりあえず何者でなんであんなとこにいたのか説明してくれんか? 隕石の落下地点に行ったら人間が落ちてるなんて俺でも初めてのことなんだ」
ぷくーと膨らんだレティを無視してこちらに声をかけるとは確かに扱い方を心得ていると感心する。
「私は元テラス連邦軍、特務防衛隊所属。名はクロ……黒鐘とでも呼んでください」
白いのに黒なんだと言いたげで我慢しているレティを横目に続ける。
「いろいろあって長いこと空の上に居たのですが、運良く隕石と共に地上に帰還しました。できれば、私物は返してもらえると助かるのですが……」
所々端折って入るが嘘は言っていない。
しかしいまいち伝わっていないようで、半信半疑な顔をしている。
「な、なるほど。だいたい状況はわかった。それで、怪我とかは大丈夫なのか?」
状況はわかってなさそうである。
拠点の物資や技術力からして、空の上が真空の宇宙であると知っているとは思えない。
「今はこんな姿で手足も動きませんが、数日で回復可能です。こう見えて力持ちですし、腕も立ちます」
「そこら辺は体が治ってから聞くことにすっから、いったん今日は休んでくれ」
「それと、これを」
いつのまにか居なくなっていたボスが入り口から顔を覗かせる。
思っていたよりあっさりHALOと胸当てを返してくれた。
「感謝します」
「それと、レティ。おまえは説教だ」
「え゛」
さっきの宝物庫の件だろう。覚悟を決めしなしなしているレティが二人の後に続く。
怒涛の1日を振り返りながら目を閉じる。
様々な音が聞こえる。風、焚き火、木の葉が擦れる音、そして説教されるレティ──
遂に主人公トリオの邂逅ですね。
二度寝の使い方違くないかって? それはそう