クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─   作:彗砦

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S01-03 せんたく

 視界が揺れる。そもそも地面が揺れている。

 

 海路で移動中、海が大荒れになった時の記憶だ。

 

 ひどい寝相の隊長がそのまま船内を前後左右に滑っている。

 

 ゴンと頭から壁にぶつかったがそれでも起きる気配はない。

 

 それにしても揺れがひどい、まるで肩を掴まれて前後に揺さぶられているような──

 

 

 ーー

 

 

「ねー起きて! おきてよぉ」

 

 レティの声で寝すぎてしまったことに気づく。

 

 どうやら宇宙(そら)にいた時の感覚で寝てはいけないようだ。

 

 目を開くとぱっちりとした目と目が合う。

 

「おはようございます」

 

「やーっと起きた! 死んじゃったかと思って心配したよ!」

 

 昨晩説教でしなしなになっていた顔がぱーっと明るくなった。

 

 輝く笑顔を横目に身体情報を確認すると、昨日追加で壊した右足以外おおむね回復していることに驚く。

 

 魔獣の肉はエネルギー密度が高いのかもしれない。

 

「朝食が残っていればいただけませんか?」

 

「ふふーん。くろちゃんの分は取ってあるんですっ!」

 

 小皿には干し肉と硬いパンが乗っている。おそらくこれが普段の食事な──

 

「くろちゃん!?」

 

 思わず大きな声が出てしまった。

 

「嫌、だった……?」

 

 彼女にそう言われて嫌な感じはしないが、恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「いえ、それで、大丈夫です……」

 

 なんとか耐えたが、思わず手で顔を覆ってしまう。

 

 とはいえ、キッパリ嫌と言ってしまった頃と比べれば随分と丸くなったものだ。

 

「腕治ったの?!」

 

 新しいあだ名に悶えていることもつゆ知らず、彼女は目を輝かせている。

 

「ええ、ぐっすり寝れたおかげです」

 

 右腕を挙げてみる。相変わらず人形のような手とほっそりとした腕。

 

 制服は二万年の年月に耐え、大気圏再突入までしたせいで今にもバラバラになりそうな具合だ。

 

「レティ、近くに水場はありませんか? 服を綺麗にしたいのですが」

 

「いいよ! 今日は洗濯の日だし。ちょっと待っててね準備してくる〜」

 

 かわいい妹分(?)の要望にノリノリの彼女が飛び出していく。

 

 そんな彼女の後を追うように左足だけで器用に立ちテントから顔を出す。

 

 大きいテント二つを中心に昨日からお世話になっているものと同じものがいくつか並ぶのが見える。

 

 探索に出ているのか人は少なく、走り回るレティの姿はよく目立つ。

 

 少しすると準備を終えたのか道具と荷物を持ったレティが戻ってくる。

 

「はい、乗って!」

 

 荷物を抱えたまま背負おうとするポーズをしている。不安なので一応警告はする。

 

「同時に抱えるのは危険だと思いますが」

 

「大丈夫! 力仕事も結構得意だから!」

 

「なら、お言葉に甘えて……」

 

 ふんすという声が出たようだが、しっかりとした足取りで川へと向かう。

 

 昔の人類と比べて見た目以上に強い力を出せる方向に進化しているのかもしれない。

 

 拠点から川への道のりは舗装とまではいかないが、そこそこ整えられている。

 

 周りの木々も適度に伐採されており、道から外れた森の奥の鬱蒼とした姿とは一線を画す。

 

 10分ほど歩くと水の音が聞こえ始め、さらに進むと開けた河原に出た。

 

「ぶへぁー疲れたー!」

 

 流れの中に飛び出したように河原に佇む平たい巨岩へと辿り着くとようやく到着のようだ。

 

「お疲れ様です」

 

 レティはにへぇと笑うと洗濯の準備を始める。

 

「いろいろ準備してたら仕事増やされちゃったからくろちゃんも手伝って。後で髪も整えてあげるから!」

 

 小川のほとりでゆったりと時間が流れていく──

 

「結構量あったけど二人ならすぐだったねー」

 

「それじゃあなたの服も洗っちゃおう!」

 

 彼女はそう言いながら服を脱がそうと引っ張った。

 

 ビリッ

 

 すでに膝から下がぼろぼろだったボトムスは軽い力であっけなくとどめを刺された。

 

 むしろ今の今まで形を保っていたのが奇跡のようだ。

 

「まあ、予想通りですね……。いつ破れてもおかしくなかった服ですし気に病む必要はないです」

 

 凍ったように固まっているレティを横目に上着とシャツを脱ぐ。

 

 ところどころ穴は開いているし、上着の腕の部分は肩から外れそうな具合で、シャツは肘から先が大変なことになっている。

 

「ご、ごめんねー! あとで仕立て直してあげるからー!!」

 

「それは助かります。ゆくゆくはこの時代の服も着てみたいですが、今はこれしかありませんので」

 

 服を全て撤去し終わると胴体部分を覆う黒いインナーだけになるが、すかさずレティが彼女のお下がりらしきシャツが降ってくる。

 

「ぶかぶかだねー。かわいいー」

 

 彼女が大きいのではなく自分が小さいからか、だいぶオーバーサイズだ。

 

 脱いだ服は分解しないように丁寧に洗う。

 

 干された(占有)達はどこか嬉しそうだ。

 

「それじゃじゃじゃっと髪整えちゃうねー!」

 

 そこからは一瞬だった。

 

 足元まで伸びてボサボサだった髪は腰の上程度で切り揃えられ、邪魔で仕方なかった前髪が無くなり視界が開けた。

 

「驚きました……。素晴らしい技術ですね」

 

 胸当ての小物入れから取り出した小鏡を見つめる。

 

 彼女曰く、あちこちの手伝いをしているうちに身についたものらしいが、本職さながらの出来栄えに思える。

 

 久しぶりに見た無駄に美少女な自分の顔についつい見とれているうちにレティはごそごそと何かを作っていた。

 

「できた!」

 

 彼女が掲げるそれはショートパンツ、もといついさっきとどめを刺されたボトムスだ。

 

「この短時間で仕立て直せるとは……。見た目以上に多彩なんですね」

 

 普段のアホの子ぶりとは打って変わって頼りになるお姉さんに見えてきたが、それを口に出すと調子に乗って大変なことになる気がするので堪える。

 

「むー褒められてるのに褒められてる感じがしない」

 

「とても感謝しています。できれば上着も整えてもらえると助かります」

 

「しょうがないなー」

 

 なるほど、これがちょろいというやつかと理解しつつ服を彼女に預ける。

 

 凄まじい手腕で上着が改造されていく間は特にやることも残っていない。

 

 風になびく洗濯物を横目にぼーっと空を眺める。

 

 長いこと上から空を眺めていたせいか不思議な感覚だ。

 

 地上を見るのに邪魔だと思っていた雲は、青いキャンバスに塗られた絵の具のように空を泳ぐ。

 

 ガサガサ

 

 対岸の草むらからの音で揃って警戒態勢に入る。

 

 レティがさっきからそわそわしているように見えたのは気のせいではなかったようだ。

 

 天性の察知力というやつなのだろう。

 

「ぶあっ、ひでぇ目にあった! ってお二人さんどうしたんだそんな顔して」

 

 身体中に枝やら葉っぱやらをくっつけた動物、ではなくリーダーが出てきた。

 

 普段はくりくりお目目のレティがとんでもないジト目になっている。

 

「えっち……! へんたい……! サイテー! ノンデリ! 乙女の園に入ってくるなんてひとでなしー!」

 

 近くに落ちている小石ををぽこぽこと投げるがリーダーに当たる気配はなかった。

 

「悪かった! 俺が悪かったから石投げんな。って髪の毛お化けが見違えたな──」

 

「たしかにデリカシーが足りないようです」

 

 手頃な小石を探し始めた視線に命の危険を感じたのかリーダーは遠回りしながらそそくさとキャンプへ帰って行った。

 

「リーダーってたまーにああいうとこあるんだよねー」

 

 レティは呆れているが、彼のような人を表す良い単語を隊長から教わったことがあるが、今思い出すほどのことでもないだろう。

 

「できたー!」

 

 遂に上着も改造を終えた。これでしばらくは持つだろう。

 

 雲も少なくなり、心地よい風に吹かれて洗濯物は乾き切っている。

 

 たくさんの洗濯物でふわふわの塊になったレティに背負われて帰路に着いた。

 

 

 ーー

 

 

 軽やかな朝だ。

 

 地面にダイブしてから二日しか経っていないというのに驚異的な回復能力のおかげでおおむね健康体といえるまで歩けるようになった。

 

 今日はレティも探索に出ているようで特にやることも無いためリハビリがてらキャンプの中を散歩している。

 

「あ、リーダー、さん? おはようございます」

 

 大きなテントから出てきたリーダーと目が合った。

 

「おう、おはよう。自己紹介レティに取られたせいですっかり忘れてたな。俺はグランディスだ。グランでもリーダーでも好きなように呼んでくれ。さん付けも無しでいいぞ」

 

 いきなりの選択肢にやや迷いつつ口を開く。

 

「では、リーダー。改めてよろしくお願いします」

 

 ぺこりとお辞儀をした。

 

「そんで、ちと気になってたんだが、もう歩けるなんて嬢ちゃんは回復魔術でも使えたりするのか?」

 

「いいえ、そういった異能の類は一切」

 

 目の前にいる身長二メートルくらいはあるんじゃないかと思う男の声色からして、魔術というのは比喩表現では無さそうだ。

 

「トーチ。これもできないのか? イマドキ珍しいな」

 

 そう言う彼の指先で着火した小さな炎を見つめる。

 

 かつての文明とは技術体系が異なっているとは感じていたが、予想以上にマジカルな世界になってしまっているのを確信した。

 

 魔術という未知の技術についてとても興味が湧いたが一旦我慢する。

 

「とりあえずお話があります。あなた方の探し物について」

 

 リーダーの眉がぴくりと動く。

 

「空からなら森はよく見えますからね。情報の精度は保証します」

 

「ふむ……。では、中で詳しく聞かせてもらえませんか、隕石姫さま」

 

 そう言うと彼は扉を開けるようにテントの入り口を開いた。

 

「はあ、ここの住人は変なあだ名をつけるのが好きなんですか……?」

 

「他にも付けられたって顔だな。なるほど、レティか」

 

 

 ーー

 

 

 テントの中は所狭しと道具や箱が並べられ、大きな机が中央を占拠していた。

 

 がさごそと箱の一つから取り出した紙を机に広げる。

 

「本当はボスの許可が無いとダメだが今回は特別だ」

 

 にいっと笑う彼の言うそれはキャンプを含む大森林の広域地図だ。

 

「随分と高精度ですね。許可取っても無理があるでしょう」

 

「遠征ってのは色々大変なんだよ。楽できるならした方が得だ。それに、お前さんはボスからお墨付きをもらってっから、必要な情報の共有くらいはするさ」

 

 そう言いつつ彼は地図に重石を乗せていく。

 

「わかりました。では、可能性のあるポイントをマークします」

 

 設置当時の座標からずれている可能性も考慮し、候補地のいくつかに駒を置く。

 

「空から観測した候補地です。確認を──」

 

「なるほどなるほど、では、今日明日中に出発してください。成果があったのなら勝手に部外者の地図を見せたことは不問にしましょう」

 

 振り返るといつの間にかボスが入り口に立っていた。

 

「もうちょいしっかり準備してからにもできるか……?」

 

「そうですねぇ。選択肢は、今すぐ出発、今夜出発、明日朝出発から選ばせてあげましょう」

 

 そう言う彼は笑ってそうだがやっぱり笑っていない顔をしていた。

 

 




 遂にリーダーの本名判明ですね。
 まあ、決まったの13話書いてるあたりなんですけど。
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