クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
「リーダーどこー? ボスボスボスー!」
彼が輸送準備の手伝いに戻ろうとした矢先に上から声が聞こえる。と同時に階段を飛び降りてきたレティが視界に入る。
「リーダー、ボスと増援が来たよ! でもなんか様子が変……?」
「確かに変だ。到着するには早すぎる」
二人はすぐに増援が到着するであろう北側の格納庫に向かい、ゲートを開放する。
「あ、あなたでしたか。あとレティも。こちらにはまだアレは来てないようですね……」
増援は息も絶え絶え、本来なら1日はかかるであろう距離を強行軍してきたようだった。
「アンタがそんな慌てるとはなかなかだな」
「はは。詳細は後で話しますが、とりあえず火急の要件を2つ。まず、渡り狼が来ました。規模は中以上でしょう」
「おいおい、初手から最悪だな」
この遠征のような未開の地に踏み入る際に最も忌諱されること、それは魔獣との遭遇である。狼のような群れる知性のあるものは特に。
「もう一つはキャンプは発見されているので放棄しました」
「厳しいな。地図の方は?」
「幸い全てここに」
きつい仕事が楽な仕事になったかと思ったら生きて帰れるかもわからない仕事になってしまった。
食料は増援がキャンプから運び出せた分を含めて1週間分程度である。
北からは少なくとも10頭以上の魔狼の群れ。
「一旦ここで休んでくれ。ここの中央にある階段から上に出れば俺らのテントがある。いざとなれば籠城もできるはずだ」
「渡り狼は来るし、開かないはずの宝箱は開いているしもう何が何だかですね……」
ボスとキャンプから退却してきた増援隊はよろよろと歩いていった。
「なにやら大変なことになっているようですね」
頭を抱えたくなりそうな彼の元に黒鐘がすたすたと寄ってくる。背中に黒い大剣を背負って。
「おいおいおいどうなってるんだそりゃ」
「ハードポイントに固定しているだけです」
そう言いながら彼女は体を横に向ける。大剣は背中から少し離れたところに浮いていた。
あーもう理解ができない、と彼の中で黒鐘は不思議少女から不思議生命体にランクアップ(?)してしまった。
「あー、わかった。とりあえず状況はこうだ」
目の前の少女に関する不思議な点について考えるのは諦め、現状の説明を行う。
「籠城は現実的ではありませんね。私なら体力と食料のあるうちに撤退します」
「この人数で撤退か……。臭い玉使って時間稼ぎできたとは聞いてるが遅かれ早かれ見つかるだろうな」
「狼の活動領域は?」
「キャンプの辺りが巣になったとして、この辺りまでは確実に入る」
目の前の少女は銀の髪一本も揺れぬほど静止した後、口を開いた。
「強行突破、或いは殲滅ですか」
さっき武器を振るっていた時点から彼の脳裏に嫌な予感はしていたが、齢十歳かそこら程度に見える少女の口から出てはいけない言葉が発せられた。
「嬢ちゃん? 今なんて?」
「私が狼を躾けている間にあなた方が活動領域を抜ける、というプランですが」
躾けるという遠回しな言い方で誤魔化しているが、彼の耳は確かに殲滅の二文字を認識した。そうでなければ彼の耳は腐っていることになるだろう。
「渡りというのならば、狼側もこの地に戻ってきて浅いはずです。地の利はまだこちらにあります。善は急げです」
そう言うとボスにプランの説明をすると去っていった。
その様子は手と足の生えた黒い大剣が歩いているようであった。
ーー
「私が囮となって狼共を惹きつけている間にあなた方が奴らの活動領域を抜ける。これが最速のプランです」
普段は冷静沈着なボスでもこればっかしは困惑を隠せなかった。
敵は単体でも手練の剣士数人をもってなんとか対処できる狼、その群れ。
対するは自ら囮を買って出るのは小さな少女。
短い間ではあるが実力は確かだと彼の頭は理解はしている。
知性は受け入れろと言っているが、理性がそれを拒む。
「実行したとして成功確率はどのくらいなのです?」
「狼の戦力とあなた方の撤退速度にもよりますが現状五分五分でしょうか。地の利のある分僅かにこちらが有利、という程度です」
この西方大森林は戻ってきた渡り狼以外はそこまで魔獣も強くなく、数も多くはない想定で、今回の探索隊では戦闘を得意とするものは少ない。
おそらく目の前の少女が最大戦力だろうと彼は考える。
狼の活動領域を抜けるのにも一日か二日、森から抜け出すのにはさらに一週間。
不可能ではないがリスクは大きく、この遠征を取りまとめてきた彼でも時間をかけて判断したいところだった。
「私は夜明けと共にここを発ちます。森で朽ちるか、森を突破するか、今晩中の決断をお願いします」
しかし、目の前の少女は選ばせてすらくれないようだ。
「わかった。プランを受け入れます。必要なものがあれば用意しましょう」
「ご協力感謝します」
彼には目の前の少女がどうしてここまで協力的なのか最後までわからないままだった。
ーー
夜風が吹く。遠吠えも響いている。夜明けまでもう少し。
「ふああ。ねむーい……」
レティの大きなあくびが風に流されていく。
「今日一日、よろしくお願いします。あなたの危機回避能力が頼りですから」
「くろちゃんにそう言われると気合い入っちゃうなー! 私も準備してこないと」
彼女は眠そうだった顔をしゃきっとさせ、すたたと下層へ駆けていった。
彼女を見送り、装備の再確認を行う。
服よし、靴よし、食料よし。
服はレティに仕立て直してもらったものを、靴は隊で余っていたものをなんとかサイズを合わせて履いている。
食料はできるだけ栄養価の高い、というより内包エネルギーの高いものを分けてもらった。
エネルギーパックの代わりには程遠いが、小型HALOを運用するには十分である。
最後に小型HALOよし、よし。
彼女の両手首に付けたそれをしっかり確認する。
「隊長の力、お借りします」
左手首に付いた小型HALO、かつての隊長の形見へ想いを込める。
内臓チャンネルがせいぜい十程度の小型モデルだが、剣が一振りしかない今は必要十分以上の活躍が見込める。
再確認を終え、シェルターの端から下を覗くと隊員のほとんどが集合している。
シェルターから持ち出された物資も増援と合わせた隊の全員なら負荷にならない程度に分散しているのが確認できる。
「全員がこの森を抜けられることを願います」
「お前さん含めて、だといいな」
独り言のつもりだったが、ちょうど登ってきたリーダーに聞かれていた。
「私は偶然お世話になった部外者ですので」
「そんな冷たいこと言うなって」
やや茶化すような口ぶりだった彼が表情を少し引き締める。
「怖かったりしないのか……?」
「昔と同じように怪物を討つだけです。怖い、怖くないというより責務のようなものです」
回答を聞いても彼は口を閉じたまま何かを思い出すようにこちらを見つめている。
この程度の戦闘で心配される程度に彼らの世界はかつての地獄とは違い、そこそこ平和であるようで何よりだ。
「ここを発つ前に再封印処理をしてもよろしいでしょうか」
「それはボスに確認してくれ」
「わかりました」
視界から外れる直前、屋上で風に吹かれる彼は少し淋しそうな顔をしていた。
ーー
ズズズズ……
シェルターが再び地面へと潜る。
「この構造物が動くとは目で見るまで信じられませんでしたよ」
「そりゃ、俺も同感だ」
白んできた空が作戦開始を告げる。
「ボス、リーダー、短い間でしたがお世話になりました」
「はい」「おう」
「わたしは! わたしは!」
「レティも服と髪を整えてくれたこと、とても感謝します」
少し背伸びをしてレティの頭を撫でる。
「んふふ〜」
「またいつか何処かで会いましょう。では」
駆け出す。人より速く、獣より早く。
強靭な義体が強く地面を蹴り、二つの小型HALOがその補助と姿勢制御の補助を行うことで木々の生い茂る森を圧倒的な速度で駆け抜け、多少の枝程度なら突き飛ばしてそのまま前進していく。
まずは想定活動域と撤退ルートが被る箇所の確認を行なうが、小型HALOのorbit走査で探知可能な範囲内には今のところ普通の動物しか引っかからない。
朝日が森を明るくし始めた頃、視界が開けた。幅数十メートルはある河である。
狼の想定活動領域の端にも近いので折り返す。
撤退ルートより一キロほど北を並行に戻っている時、走査に何かが引っかかった。
前方二時方向、数日前に胃に収まったボアより少し小さいくらいの何か。
木々の隙間から一瞬姿が見える。
狼のような長い口、屈強そうな胴体、長い尾、そして凶暴そうな牙。
速度を落とし拾った小石をすれ違いざまに投げる。
いきなり喧嘩を売られた狼は敵意を露わにした。
「あなたの相手は、この私です! さあ追って来なさい」
追ってくる狼の視界から離れないように適度な速度を維持し北上を開始する。
追ってきていた個体が見えなくなり、吠えるのが聞こえた少し後、前方から別個体が接近するのを感知した。
「そろそろ頃合いでしょうか」
予定された撤退ルートから十分に離れたと判断し、そう溢す。
木々の切れ目を通過する。
すかさず小さな玉を空に投げ、爆発し一瞬あたりが明るくなるのを確認し、さらに北へと進む。
予定より早い場合でも、この閃光弾を合図に撤退が開始される手筈である。
「健闘を祈ります」
小さな朝日が消えた頃、南から追いついてきた狼が草むらを抜けてこちらと対峙した。
それを好機と見て、もう一頭が背後の茂みから飛び出し、無防備な背中を捉える。
それを罠とも知らずに。
「Orbit、アンロック」
そう唱えると同時に腕を軽く引くと、背中にぴたりと追従していた大剣が離れ、飛び込んでくる狼に刃を向ける。
両断。
飛び込んできた狼は何が起きたか理解する間もなく縦に真っ二つになった。
小型HALOであっても二つもあれば一振りの戦術重剣を自在に動かせる。
そこに彼女の腕が加わると相手を視認せず両断することも造作もない。
「さすが新品。悪くない切れ味です」
目の前に対峙する個体も血の匂いとさっきまで仲間だったモノを認識し後ずさる。
「仲間を討ち取られてあなたはどうしますか? 逃走、或いは抵抗ですか」
言葉は通じていなさそうな目の前の子犬は三つ目の選択肢をとる。
遠吠えをした。
「増援要請ですか。いいですね、集まってくれるなら私も助かります」
走査に増援の先兵らしき個体の反応がある。
ほぼ確定だ、本隊は真北に居る。
目の前の今にも飛びかかって来そうな個体をさくっと始末し、増援の方角に足を向ける。
加速。
剣先を下に向け体は上を飛び越えるように突っ込む。
まだ数十メートルは先にいるはずの銀色の何かがいきなり目の前まで来たことで狼の先兵は驚き、すぐ回避しようとしていた。
だが間に合わず、無慈悲な運動エネルギーが狼を襲う。
両断。
今度は縦ではなく横に真っ二つにしたことで何が起こったか狼は理解できたようだが、心臓ごと貫かれたため一瞬で絶命する。
小手調べの三頭を屠りそのまま前進を続ける。
早朝でまだ薄暗い森がいきなり明るくなったと思いきや、森の奥からいきなり数発の火球が飛んできた。
面制圧と言わんばかりの威力で着弾地点の木や地面を吹き飛ばしていく。
避けるのは容易だが、防具もほぼ着けておらず、修復に時間をかけれない今の状態では直撃は避けるべきである。
「異常現象……今の呼び方だと魔術でしょうか。クラスフォーが混ざっていると考えておいた方がよさそうですね」
今回の想定戦力ではクラススリーまでしか居ないと見積もっていたが甘かったようだ。
彼女の記憶では、散発的ではあるが連続であの規模の魔術は、クラスフォー以上でないと見たことがない。
走査に複数の敵影を感知する。
援護するように飛来する火球。己の武器は剣と身体のみ。
敵影が近づくにつれ鮮明になる。三体ほどの塊が正面に一つ、右側面から回り込んでくるのが一つ。
こうした連携能力と奇襲をかける知能を持った相手は厄介だ。
すぐさま進路を右手に変更し、地面を蹴る。
「見えた」
数は三、内二頭が固まって走り、もう一頭が少し後ろを追従している。
すかさず剣を真横に構え、間に生えている木もろとも前の二頭を肉片にする。
奇襲を仕掛けようとしていたはずが奇襲されたことで怯んだ後ろの一頭もそのままの勢いで撃破する。
速度を殺さず大回りに旋回し先ほど無視した分隊に向かう。
ビリビリ
視界に映る狼達の毛は逆立ち、通った後に小さな焦げ跡を残す。
恐らく雷を纏っている、それが三頭。
近接攻撃とはやや相性が悪いが、それは手で剣を持っていた場合の話だ。
すかさず大剣を横に飛ばす。
端の一頭は飛ばした大剣に気づいてギリギリで回避されたが、気づかなかった二頭を真横から串刺しにする。
驚くのも無理はない、武器を捨てたと思ったらそれが戻ってくるとは考えられないだろう。
串刺しにされた仲間に驚き、ついそちらを見てしまったもう一頭には石をお見舞いする。拳大の石は狼の側頭を破壊し、そのまま貫通した。
狩りに出した仲間が全滅したのを悟ったのか再び火球が飛来する。
火球を回避しつつさらに北上する。
走査に敵影多数。まもなく接敵。
森が開ける。
ひと回り大型の個体を中心にさきほど撃破した個体達と同種のものが複数頭、さらに後方に二頭。
後方に陣取っているのがおそらく火球を飛ばし続けていた個体だろう。
大型個体を避けつつ集団に突っ込む。
大ぶりな一撃で一頭を葬り、そのまま後方へ突き抜ける。
後方の火球担当は味方に当てないようにか小さな火球で応戦して来ているが大剣で跳ね除け、二頭の間で急停止し、地面へ突き立てた大剣を強引に回す。
「旋撃!」
左右に居た火球担当は同時に頭と胴体を切り離され血飛沫が舞う。
ほんの一瞬の出来事に狼の連携が瓦解した。
各個撃破されぬよう固まっていた中から二頭が飛び出す。
前の一頭を貫きつつその陰に隠れ後ろのもう一頭も撃破する。
残り四頭。
一瞬で数を半数に減らされ焦ったのか大型個体が口を開けた。
吠えるか、或いは。
嫌な予感に従い回避すると射線上の木々が砕け散った。
だが好機。舞い上がった砂埃を突き抜け大型個体の真下で大剣を振る。
すんでの所で避けられるが追撃し首に刃を打ち込む。
「往生際が悪いですよ」
頭を失った巨体が倒れるより速く残り三頭に追撃する。
大将を討ち取られ混乱している残党を苦しまないよう屠ることは簡単であった。
「周囲に敵影無し、戦闘行動を終了します」
案外あっけないものだった。取り巻きの狼も斬れば終わる程度のもので、大型個体も見慣れない技を繰り出して来た以外は取り巻きとそう変わらなかった。
かつての怪物達と比べると遥かに弱体化している。
一旦、連戦で食べる暇のなかった食料を頬張る。
普通の携行食だがエネルギー補充としては十分だ。
「さて、これはどうしましょうか……」
地面に転がっている複数の肉塊、さっきまで渡り狼の群れだったもの。
とりあえず祈っておく。
かつての怪物達もマ素によって変異したただの動物と聞く。
この狼はマ素に適応し進化した個体の子孫なのだろう。
自分とは相容れない存在だが悪だとは思っていない。
「あなた方に良き来世がありますように」
そう呟き、人の領域へと足を向けた。
説明しよう!(唐突用語解説タイム)
(小型HALOの有効走査射程は三十メートルくらい(推定))