クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
こんにちは、黒鐘です。時刻は昼過ぎ。圧倒的な平和を堪能しています──
暇すぎるがあまり彼女は頭の中で架空の日報のようなものをつけ始めていた。
彼女が一人草原で未だかつてないぐうたら状態になっている理由は簡単だ。西方大森林の一角をスプラッタな事にした後、撤退中の探索隊と合流できなかったのである。
彼女は元々戦闘特化で索敵は得意でなく、それも目視かorbit走査と呼ばれる短射程の探知機能に頼ったものが多い。
一方、探索隊にはそのスペシャリストのレティがいる。
結局初日に追いつくことができず、二日目の雨で痕跡も消滅。
こうして森を出た先で待っていることしかできないのである。
暇を持て余した彼女は北の山脈の麓に観光しに行って、そこを縄張りにしていた龍種に追いかけ回されたり、返り血を綺麗にしようと川に行ったら鉄砲水に流されかけたりしたが、それはまた別のお話。
「平和ですね。あなたもそう思いませんか?」
そう言いながら半透明の謎物体をもちもちしてみる。
サイズは大きくて三十センチメートル程度。
この草原に点在していて草花を食べている様子から一応生き物なのだと理解できる。
臆病なのか大抵の個体は近づくと逃げていくが、体当たりしてくる勇敢な個体もいる。
だがとても弱い。ちなみに今もちもちされている個体がそれだ。
逃げられないと観念したのか少ししょんぼりした感じでおとなしくなったので、抱き枕にしている。
少しひんやりしていて抱き心地が良い。
昼寝でもしてもう少しこの平和を堪能しよう。
ーー
轟音。鳴り響くサイレン。
慌てて隊舎から飛び出す。
安全だと思っていた基地がたった一体の龍種に蹂躙されている。
中央の指令部はすでに崩壊、周辺の格納庫や隊舎にも火の手が迫って来ている。
龍種自体は元から世界にいたが目の前で暴れているのはマ素で暴走、或いは適合した個体。
幼い彼女でも簡単に理解できる。戦うのは不可能、逃げねば死ぬと──
ーー
「ーきーてー」
脅威となる外敵も見当たらず、平和な陽気に気持ちよくなって盛大に爆睡してしまった。
少し前に龍種に出会ったせいで見たであろう嫌な夢の記憶がぼんやり残っている。
聞いたことのある声も聞こえる。
「起きないとほっぺもちもちしちゃうz──」
危険を察知し、つい勢いよく起き上がると少女と衝突し、そのままころころびたーんと転がったのが目に入る。
「お久しぶりです、レティ…?」
「追いついて来ないから死んじゃったんじゃないかって思っちゃったから元気でよかったよー!」
安堵によるものか頭をぶつけた痛みによるものか、レティの目元には涙が見えた。
「んで、お前さんはここで何してんだ…? ってそれスライムか?」
振り返るとやや呆れ顔のリーダーと探索隊が目に映る。
「この水枕、スライムというのですね」
もちもちすると、顔はないが諦め切っていることだけは伝わってくる。
「狼の殲滅後、追いつけなかったのでここで待っていました。そちらも無事で何よりです」
「殲滅って…まじかよ」
武器とエネルギーが心許なかったものの、周りを気にしないで済む戦闘は正直楽だった、というのは心の中にとどめておこう。
「まあ、大暴れしてくれたおかげでこっちも楽に抜けられた。あんがとな」
「どういたしまして」
探索隊はかなり疲労が溜まっている様子だが誰一人欠けること無く森を抜けることができたようだ。
「俺らはこのまま拠点の街まで行くんだが、お前さんも一緒に来るか?」
「ええ、是非。幾らか荷物もお持ちしましょう」
渡りに船だ。街の場所は分かっているが、ある程度の城壁と門番がいることから着の身着のままの今の状態では追い返されるのが目に見えていた。
隊員の荷物の中から明らかに重そうなものを選択して括り付けてもらう。
リーダーが重心どうなってるんだと言っているが気にせず出発する。
ちなみに水枕、もといスライムは適当な鞄に詰めて強制連行した。
リーダー曰く街に連れて入れるかは運勝負らしい。
そうして、彼らが拠点としている城壁、ではなくホーンという街まで1時間ほど歩く。
その間に今の世界のことをいろいろ聞くことができた。
今向かっている街は中央大陸の
ここ数百年かけて森を切り拓いたが、戦火による予算削減と大森林北部山地の龍種を刺激しないために今の姿になってから数十年経っているらしい。
そしてリーダーやレティが所属するギルド、これが重要である。
登録して、ある程度階級を上げると街の出入りや関所の通過が割引き或いは無料になるとのことで、現状無一文なため是非登録したい。
加えて角持ちボアの撃破を隊の多くが見ているおかげで初めから割引きの付く階級に推薦できるかもしれないとリーダーは話す。
そうして、あれこれ現代のレクチャーを受けているうちに城壁が見えてきた。
遠くからでもわかるほど緻密で荘厳な石積みの城壁だ。
森の中で何度も見かけたボアくらいなら無敵の防御を誇りそうである。
壁を囲む空堀にかかる跳ね橋を渡る頃には食事や報酬の話題で疲れた隊員にも元気が戻ってきていた。
「黒鐘さん、それとレティも来てください」
ボスに呼ばれた。おそらく街へ入る手続きについてだろう。
「あなたは身分証の類は持っていないですよね?」
「それは…はい。なんなら一文無しです」
二万年前の身分証が使えないか一瞬考えてしまったが無理そうなのでやめた。
「ということで、第一発見者、レティさん」
「!」
嫌な予感を察知したレティが身構える。
「黒鐘さんの分の通行料の支払いをお願いしますね」
「ぅ」
レティが変な声と共にしなしなになってしまった。
「レティ、半分は出してやるから元気出せって。ボスもレティいじりはほどほどにしといてくれ」
「金銭に余裕ができたらお返しするので気を確かに…!」
つい気を取り乱してしまったがスライムのことも確認しておく。
「あと、これの通行許可は取れますか?」
鞄の中にいるしなしなになったレティより諦め切った感じのスライムを見せる。
指で突こうとすると最後の抵抗とばかりに指を避けているので一応生きているようだ。
衛兵がかなり困った顔をして上司に確認を取ったりしていたが、ギルドの身分証を持つレティが仮の主人となる事で話がついたようだ。
スライムも一応魔獣に区分されるらしく、追加の通行量でレティがさらにしなしなになってしまった。
普通なら帰還時に人数が変わらないか減る探索隊が一人と一匹増えた事以外は特に問題なく手続きが終わり、夕日が落ちる前に街の中に入ることができた。
「お前ら! ギルドへ帰り着くまでが遠征だぞ!」
リーダーの掛け声と共に隊員が街の中を進んでいく。
この街も空から見てはいたが実際に歩いてみると思っていたより大きい。
大森林側は裏門だったようでいくらか静かに感じたが、中心部に向かうと屋台や商店が並び活気に満ちている。
街の中心部に着くと増築を繰り返したのか凸凹している建物が目に入る。これがギルドの建物なのだろう。
「うーす、探索隊戻ったぞー」
リーダーが気の抜けた声を出しながら開けた扉に隊員たちが吸い込まれていく。
「くろちゃんもぼーっとしてないではやくー!」
不思議な見た目のギルドに見とれているとレティに急かされてしまった。
背中に出っ張った荷物をぶつけないように扉をくぐると、リーダー以上の身長で筋骨隆々な大男が立っていた。
「お前が隕石少女☆黒鐘か。俺がここのギルドマスターのジョイスだ。あいつらからお前の試験をしてみろって言われたんだがこの後やるか?」
明らかに変な事を吹き込まれている。
それはそうとして、すぐに受けられるというのならありがたい。
「是非、と言いたいところですがどの程度の時間がかかりますか? 現状、顔見知りの方々から離れるわけにもいかないので」
「ほう、やる気はあるか。なら荷物置いてこい、お前らも見るだろ?」
ギルド中の注目がその声に集まる。
「ギルマスと黒鐘の一本勝負? 見ないわけないだろ!」
珍しく子供のようにノリノリなリーダーに続いてギルドに居たほぼ全員が裏手の演習場に向かった。
「ルールは、ギルマス相手に一本取るか、線の外に出す、それだけだ! 始め!!」
リーダーの掛け声と共に火蓋が切られた。
武器は小柄な自分に合わせてくれたのか小さな剣一本。対するは、大剣を構える大男。
「坊主がああは言ってるが俺が見るのはお前の実力だ。勝ちにこだわりすぎるなよ。さぁ来い!」
啖呵に応え、小手調べに軽く切り掛かってみる。
「やはりこの剣では軽いですね。もっと重くて大きいものが好みなのですが」
「勝てたらコイツを振らせてやってもいいぞ」
こちらの軽口に呑気にこたえる彼は両手剣を持っているというのに確実にこちらの剣を捉えている。
見た目とは裏腹に繊細な動きをしているのが感じられ、相当な鍛錬を積んでいるのがよく伝わってくる。
最大出力からは程遠いとはいえ高速で動く相手に大剣で対応する姿を見て観衆の盛り上がりは最高潮に達しそうだ。
しかし、これ以上加速しなければ一本取れる気がしない。
それでは一瞬で片がついてしまい、迫力に欠けるだろう。
このギルドのような実力がものをいう組織では、技量をわかりやすく示せなければ舐められると相場が決まっている。
かつて指揮した部隊の荒くれ者のような部下たちを思い出す。
見た目で判断してきた舐め切った新人を伸したのもいい思い出だ。
こちらの技量は示せたと認識しつつ、ギルドマスターの剣捌きも十分堪能し終えた。
ならば一つ技の次は力で勝負してみようと思いつく。
「良い剣です。では、正面から行きますよ」
剣を振りかぶりそのまま顔に向かって投擲する。思わず両手剣で防御する隙を見逃さず瞬時に距離を詰め、あえて攻撃せず防御を誘う。
「定格装填。高出力で行きます! しっかり受け止めてくださいね!!」
「ほぅ。なら魅せてみなぁ!」
こちらの狙いを瞬時に理解したギルドマスターが大剣を目一杯に使い全力で防御体勢になる。
そこに拳を当て、叫ぶ。
「
「おぉ!?」
「あ」
やらかしたらしい。ギルドマスターがスローモーションで宙を舞っている。線の外に押し出せる程度にするつもりが、盛大に吹っ飛ばしてしまった。
目を見開いて夕暮れの空を見上げる彼に急いで駆け寄るとリーダーの声が響く。
「しょ、勝者、黒鐘!!」
リーダーの声で観衆が我に帰る。
「…ぶっ、がーはっは! この俺を吹っ飛ばすとは! 合格だ!!」
歓声が響く。まるで祭りのようだ。
「怪我の方は大丈夫なのでしょうか?」
「ははっ、心配してくれるとは優しいな。ギルドマスターを打ち負かしたんだから、もっと誇っていいんだぞ。」
正直、力加減を間違えたことが恥ずかしいが、ここは誇らないとむしろ失礼だと判断する。
「で、ではお言葉に甘え」「うおーーーーーー!!!」
さっきまでの疲れが吹き飛んだレティにいいところを全て持って行かれた。
「知ってる? 今日みたいな日はギルマス達の奢りでいいものが食べられるんだよ!!」
彼女の疲れはどこに行ったのやら、今までで一番のテンションでそうはしゃぐ。
「そうなんでしょうか、ギルドマスター?」
「そうだ! 今日は探索隊の帰還も併せて盛大にやらんとな!」
あたりが暗くなるに連れてギルドはさらに賑やかになっていった。
ーー
喧騒というのは少し遠くから聴いているくらいがちょうどいい。
そう思いながらギルドの屋根の上で夜風に吹かれている。
宴が始まった直後は、ギルドマスターを始めとするギルドの面々の対応で忙しく、話題が探索隊に移った頃にそそくさと抜け出してきた、というわけだ。
傍には拝借してきた少量の肉類と果実水。
食い意地が張りそうになってしまうのを我慢しつつ、ある程度しっかりエネルギーになるものを選んできた。
持ってきたものはわずかだが、並んでいたメニューは肉や酒を中心に果物や野菜等々種類豊かだ。
この街は西方大森林への開拓拠点である一方で、周囲の村や街の農産品の集積地としての役割もあると聞いた。
これが宴の華やかさに一役買っているのだろう。
夜空は澄み渡り、満天の星が映る。
大都市の灯りで星空が見えなかった頃とは違い、まるで一人孤島で夜空を眺めているとすら錯覚するほどだ。
「見つけたー! 主役がこんなところで何してるの!」
こっそり抜け出してきたつもりだったが、レティの目は誤魔化せなかったようだ。
「見つかってしまいましたか。さすがレティです。ところでそれは…?」
ご馳走を乗せた木皿の傍の見慣れない小袋が目に入った。
「雫の実だよ。たくさんあったから貰ってきちゃった! しばらくはおやつに困らないねー」
「雫の実?」
渡されたその実を一瞬眺め、口に放り込む。
ナッツ類特有の硬めの食感と懐かしい味だ。
「百年も、千年も、万年も経っているのに、この木の実はあの夜に食べた時と変わらない味なのですね」
過去の思い出が口から漏れる。
「戦いは終わらない、仲間達は一人また一人と減っていく、都市も次々と滅んでていった」
頭の中で渦巻くもやが言葉となって口から流れ出る。
「あの時とは世界も状況も大きく違う、でもこうして変わらないものもある。不思議な感覚です」
涙の出ない身体でも小さな木の実一つで心の堰は決壊していく。
「世界が変わっても、私はこの世界を憶えています。でも、この世界は私を憶えている
のでしょうか。私は過去に置いて行かれた亡霊だったりするのでしょうか」
無意識に夜空に手を伸ばしていた。血の気のない無機質な手。
人類を守り抜く力を対価に見届ける者として魂を縛り付ける檻。
「真空の檻に閉じ込められ何処にも行けなかったのに、いきなり何処にでも行けるようになっても、どうすればいいか、どこに行けばいいか分からなくなってしまいました」
口から溢れる迷える言葉が宴の喧騒に消えてゆく。
「私は…」
「なら、どこでもいいんじゃない? 適当に旅してみるとか!」
もっぱら肉に夢中で、もぐもぐと頬張っているレティが覗き込みつつそう口にする。
「旅ですか…?」
「くろちゃんって昔の世界の事知ってるの? なら知ってるところ巡ってみるとか〜」
かつての戦場、滅んだ都市、記憶にある土地はどこも様変わりしているであろう。
それでも残り続けているものを探しに行っても良いかもしれない。
世界に残り続けているもの。
心に残り続けていること。
戦友達の最後の地。
隊長の最後の地。
「……隊長」
何故こんな簡単なことに悩んでいたのだろう。
何故こんな大切なことを忘れていたのだろう。
行くべき場所はあった。いや、行かねばならない場所があった。
宇宙から祈ることしかできなかった場所があった。
今なら行ける。
「レティ、ありがとう」
思わず抱きしめた彼女から出た喜びと困惑と幸福と他色々な感情が混ざった声にならない声が喧騒に溶けていく。
「この世界を見て、聞いて、感じて、たくさんの土産話を持っていきます」
小さく、しかし力強く噛み締めるように思いを溢す。
「隊長、もう少し、もう少しだけ待っていてください」
宣言に応えたかのように一筋の流れ星が星々瞬く夜空を駆けていく。
「くろちゃん…ぎぶぎぶ…」
「ご、ごめんなさい! 興奮しすぎてしまいました」
「いいのいいのっ! 幸せすぎて危なかっただけだから」
心ここに在らずな彼女は感触を記憶に焼き付けるようにわきわきしていた。
「善は急げです。明日にでも出発を──」「え! また居なくなっちゃうの」
つい溢した独り言にレティが光の如き速さで反応する。
「とても遠いところですし、これ以上私のわがままに付き合わせるわけにもいきません」
「じゃあわたしのわがままの番! 連れてって! どこまでも一緒に行くから!」
その笑顔は今が昼であるかと錯覚するほどに眩しかった。
その輝きに手を伸ばしつつ想いを唱える。
「では、改めて問います。貴女さえ良ければ、東の果てまで一緒に来てくれませんか」
また主人公に変なあだ名が増えましたね。
初期プロットのエクストリーム厨二チックなやつと比べたらまだまだですけども。