クロノアールは何処へゆく ─ 先史時代の英傑の新世界探訪記 ─ 作:彗砦
窓越しに都市が輝くのが見える。
文明の灯りではなく、滅びの炎によって夜が照らされている。
人類繁栄の象徴と言わんばかりの高層建築群が崩壊していく。
軍属する前は孤児で、街への思い入れはほとんど無かったが、都市があっさり滅ぶ姿は幼い自分の目に強く焼きついている。
軍の施設は郊外にあったお陰で、今こうして鉄道によって脱出することができた。
ーー
目が覚める。
出発の日だというのに不吉な夢を見た。
窓の外は薄暗く、向かいのベッドではレティが気持ちよさそうに寝ている。
「んへへ……おいしいスライム……」
寝言の内容は聞き取れたが、理解はできなかった。
昨日はギルドタグを受け取ってから大忙しであった。荷物の準備、駅への輸送、ギルドへのスライムの登録、それと腕試しをしたい脳筋の相手。身体的な疲れとは無縁でも精神的には疲れた気がした。
久しく忘れていた感覚だ。
散歩にでも出たい。夜明け前の街を見ているとなんとなくそんな気がした。
善は急げ。ハンガーに掛かり、出番を待ちわびている服に袖を通す。
動き易さを損なわず、それでいて身体にフィットしている。あの短時間で調整したとは思えない出来だ。
思っていたより高かったのかレティの顔が一瞬ひきつっていたのも納得できる。
書き置きを残し部屋を出よう。水まくらと名付けたスライムにも伝えてみたら返事をしていたように見えたから大丈夫だろう。
そう思いつつ軋んだ扉がレティを起こさないようにそっと出かける。
日が昇る前だというのにギルドには少なくない人が集まっている。
シーカー達と軽く挨拶を交わし、未だ静かな街へと出る。
店の準備をする者やギルドへ向かうシーカー達、見回りをする衛兵を横目に街を進む。
人で溢れていた市場も早朝ともなれば広く静かだ。
少しは人も居るが、そのほとんどが屋台の準備に来た人なのだろう。
市場を抜けて少しした頃、魔灯のぼんやりとした灯りと香ばしい香りに誘われ、小さなパン屋に立ち寄る。
早朝から開いているとシーカーたちの噂で耳にした店だ。
ドアに付いたベルの音が小さな店内に響く。
「いらっしゃい」
店の奥から声が聞こえる。
出ているパンの種類は3種類ほど。
小さいものを一つ、それと土産にいくつか選ぼうと小さな革袋を取り出す。
足りる。
リーダーから幾らか小銭を渡されていて助かった。
シーカーになったとはいえ、依頼も未だ受けたことのない一文無しなことに変わりはなく、彼らの好意に甘えてばかりだ。
「すみません」
「はいよ〜。お嬢ちゃん、もしかして噂のシーカーちゃん? ギルドの人達が銀髪の凄い子が入って来たって自慢してきたのよ」
焼きたてのパンを持ってきた店主が目を輝かせている。
「それでしたら恐らく私ですね」
「聞いてたよりずっとずっと可愛いじゃない。仕事柄なかなか店から離れられなくてね、一度会ってみたいと思ってたのよ!」
パン屋の店主は眼福と言わんばかりの笑顔で応える。
「では、この小さいのを一つ、それとこれを2つほど」
「一個おまけしちゃうわね!」
「えっと、ありがとうございます」
選んだパンに焼きたてのものも加わり、携行していた袋が膨らむ。
日の出前の街はほんのり涼しく、パンの温もりが心地よい。
中心部の市街を抜けると高い壁が連なる城のような建物が目に留まる。
この地域が開拓され始めた頃、魔獣や野生動物を退け開拓の橋頭堡なった砦。それを改築した都市庁舎、とギルド職員が言っていた。
灯りがぼんやり照らす入り組んだ階段を登ると庁舎前の広場へと出る。
「期待通りの眺めです」
外壁やその間を縫うように作られた階段は風の通りも良いとは言えず、抜けた先の夜明け前の風はとても心地よい。
広場は外壁と同じかそれより高く、街を一望できる。
昨日歩いた街、さっき歩いてきた道を目でなぞってみていると薄明が世界を照らし始めたことに気づく。
夜明けはすぐそこだ。
徐にパンを取り出しかぶりつく。歩いてるうちに表面は冷めてしまったが、中はまだ暖かい。
始まりの夜明け、終わりの夜明け、数多くの夜明けを経験したが、この夜明けに流れる時間は最も穏やかだと思える。
太陽が顔を出す。暁が波となり、薄暗い大地に一日の始まりを伝える。
夜闇を吹き飛ばすような風が吹き、銀の髪を揺らす。
「行きましょう、果てまで」
自分を鼓舞する、或いは待ち人に出立を伝える、そんな宣言をする。
景色を目に焼き付け、あまり遅くなっても良くないと広場を後に──
「あ」「あ」
階段を上り切る直前で硬直しているリーダーが何故か視界に入る。
庁舎に用があるのだろうがそれにしても変だ。
「何かおかしいことをしてしまいましたか……?」
「あ、あー、いや、昔の知り合いを思い出しちまってな……。ま、昔んことだ」
彼にしては珍しくややカタコトに言い訳をしている。
「あと二時間程度で出発だから早めに戻っとけよ」
紙束を抱えたリーダーがそう言い残しながら庁舎に吸い込まれていくのを見届け、帰路に着いた。
ーー
「ただいま戻りました──」
部屋に戻るとレティはまだ寝ている。
起床時間前だから当然ではあるが、なぜか彼女のではなく自分のベッドで水まくらを抱いて寝ている。
「むにゃ……デザート……」
レティはこれまた気持ちよさそうに寝ている一方で、水まくらは助けを求めてしなしなしている。
「レティ起きてください」
「むにゃ……おっきい肉串が飛んで……」
土産をテーブルに置きつつ声をかけてみても夢から出てくる気配は無い。更に夢の深いところへと向かっているのかもしれない。
「仕方ありません」
隊長から教わった秘技の通り、レティの耳元で囁く。
「お、起きないと、イ……イタズラしちゃいますよ」
「むにゃ……どわーーーーー!」
隊長から教わった小技はどうしてこう恥ずかしさを感じるものが多いのかと考える刹那、飛び起きたレティに吹き飛ばされた。
「ったー、ってくろちゃんどうしたの……?」
「おはようございます、レティ。水まくらを解放していただけませんか」
逆さまの視界で答える。
レティが力んだ衝撃で息も絶え絶えなスライムは解放されるとすぐに寝床の鞄の中に逃げ込んでしまった。
ほっと息をつき、体を起こす。
「散歩の土産なのですが朝食か昼食にどうでしょうか」
「じゃあ……少しだけ!」
広げた手程度の大きさのパンを半分、また半分とちぎり、渡す。断面から麦の匂いが漂い食欲を誘う。
パンを頬張りながら着替えるレティを横目に鞄の中で不貞腐れていそうな水まくらにもちぎって渡す。
口がどこにあるかは分からないが、体内に入ったパンがしゅわしゅわと消化されていくのがわかる。
ささっとベッドの周りを片付け、鞄を肩に掛け出発の準備を完了させた。
「先に駅に向かいます。また後で会いましょう」
「えーもう行っちゃうのー!」
レティは不満そうだったが、ギルドに残っていても面倒ごとに巻き込まれる気がしてならないとささっと撤退する。
夜明けから暫く経ったギルドの中は既に混み合い始めている。
そんな中でもとても目立っているジョイスと目が合う。トレーニングの後なのか、彼はややほかほかしていた。
「早起きだな。もう出発か?」
「はい。またいつか会いましょう」
「ははっ、俺の直感はそう遠くないうちにまた会えるって言ってる。気負わず行ってこい、期待の新星」
「行ってきます」
借りていた部屋の退室手続きを素早く済ませ裏口から抜け出す。
演習場を抜け小川を飛び越えると小道へと出る。
銀の髪が寝ぼけ眼の住民を釘付けにしながら小道をじぐざぐと北へ抜ける。
この時代の人々は結構カラフルな髪色をしている。しかし銀髪というのは珍しいらしくよく目立つ。
フードの付いた上着も用意すればよかったと思いながらまだ人気の少ない裏通りを早足で進んでいく。
庁舎の塀が途切れる頃、大通りに入ると視界の先に北門が見えた。
「止まれ、身分証を。ふむ、お前あの噂のシーカーか?」
「噂……たしかに変に有名になってしまってはいますね」
ギルドタグを操作し、外れたひとまわり小さいタグを門兵に渡す。
北門には国家事業として造成された鉄路の駅が増設されている。そのため警備も他の門と比べ強固になっていると聞いた。
「情報を確認した。これは返却する」
先ほどは一瞬気が抜けたように見えたが仕事に忠実な良き兵だ。
タグを元に戻していると目の前の小門が開く。
門兵に軽く会釈をして門を通り抜けると広場と倉庫群が視界に入る。普段は荷物で溢れているらしいが、発車前ともあって閑散としている。
綺麗に舗装された順路を進むと、ようやく駅舎と乗降場に到着した。
「これが鉄路……」
歴史の講義で見かけたような二軸の貨車や客車が連なり、先頭に不思議な形状の機関車が牽引する形式で、連邦にもあった鉄道に近しい技術のようだ。
二万年も経てばかつての技術のほとんどは失われているはずで、この鉄路も今の世界の人々がゼロから作り上げたものなのだろう。相変わらず人類というのは逞しい。
駅舎の中は広い待合室が占めており、出発を待つ人々が談笑している。纏う衣は豪華で質の良さそうなものばかりで利用者の身分は分かりやすい。
鉄路が庶民へ普及するのはまだまだ先の話なのかもしれない。
豪勢な作りをした駅舎を眺めつつ、先頭車両へと足を向ける。
列車後方で慌ただしく貨物の積み込みがされている一方で、乗客の荷物を積み込むポーターたちは穏やかだ。
その中で指示を飛ばしている車掌を表す帽子を被った紳士に声をかける。
「おはようございます。ギルドにて護衛依頼を承った黒鐘です。発車まで車両または乗降場にて待機しても問題ありませんか?」
「構いません。貴女方は二等乗客としても登録されています。待合室の利用も可能ですが如何ですか?」
「ご厚意、感謝します。ですが人混みは得意ではないので遠慮しておきます」
何かあれば車掌車までと言い残し去っていく車掌は、ギルドで会った人々とは大きく違うタイプの紳士であった。
連なる客車を過ぎると漸く目的の警護車へと着く。貴重な物資の護送と警護員の詰め所を兼ねており、他の客車や貨車より一回り大きい車両だ。
荷物室と警護室を挟み込むように前後に通路が通してあり、何かあればすぐに対処しに行けるだろう。
車内を覗くと先に搬入された黒い大剣が佇んでいる。
シェルターで見つけた物資の殆どは警護車の半分以上を占める金庫室に収められているが、
「今度こそ出来るだけ大切に使いたいところです」
そう呟きつつ警護車の前を見る。
かつての鉄道と同じく列車を牽引する機関車なのだろうが、今まで見たどの形状とも異なる不思議な形をしている。
他の客車と同じようなシンプルな足回りに、中央付近の少し盛り上がったところに運転室と思わしき箱が乗っかっている。
特に目を引くのは、運転室と車体を横に貫くように組み込まれた巨大なドラム。その姿はまるで
「かたつむり……?」
「おらの駆動城を遅く言うのは誰だー!」
小さく溢した独り言に反応してか機関車から毛の玉が飛び出してきた。
「……あ? 人の気配があると思ったん──」
毛玉かと思ったそれと目が合う。服の至る所に工具や道具をくくり付け、腰の下まであるふさふさの髪を一つに結んだ少女と。
「ちっ、お貴族のお嬢サマか。すまねが、面白れえもんは無えぞ。見てぇなら好きにしていいが駆動城に触ったりすんなよ」
そう言い残すと声をかける暇もなく機関車の中に戻ってしまった。
触るな、つまりは触らなければ大丈夫だと解釈し、近づいて観察する。
これから数日間はこの鉄路に揺られることとなる。事前に情報を集めておけば何かあった際に利用できるだろう。
少し屈んで見た限り仕組みは単純なようだ。中央のドラムが主動力、そこから複数の歯車を介して車軸に動力を供給している。
ドラムの中身はともかく、驚くほど単純な構造だ。
制動装置は車輪を押さえつけるもの、レールに押し付けるものと複数見える。用意周到だ。
ただし、制動装置が装備されているのはこの機関車と警護車だけのようだ。
車両の操作方法まで聞くことができれば万全だが先ほどの感じからして望みは薄い。
何よりこの世界での最新技術であろう鉄路は機密情報の塊である可能性も高い。
悩んでいても仕方がないので背後から忍び寄る影に声をかける。
「少し気になりますね。そうでしょう? レティ?」
「ぎくっ?!」
彼女の忍び足は恐ろしく静かで、出発前の喧騒に紛れれば気づかれることはないだろう。しかし、直感が危険信号を発しまくっていたせいでバレバレだった。
「背後からの奇襲とは卑怯です。いきなり抱きつかれたらこちらも困りますし」
「なんでそこまでバレたの?!?!」
リーダーにはバレなかったのに、とか言っているが、短い間ではあるが寝食を共にした相手の気配を覚えることは造作もないのである。
「んで、機関車なんて見つめて何してたんだ?」
「出発前の確認です。いざという時の為に操作方法も聞いておきたいのですが」
「そりゃやめとけ。こいつは俺も見たことがない、たぶん新型だ。じろじろ見てると厄介ごとに巻き込まれるかもな」
リーダーは小笑いしているがトラブルは勘弁願いたい。
そそくさと警護車に戻ったレティの後を追おうとしたその時、機関車の車台天板が勢いよく開いた。
「ぶっはー危ねー! 閉っ込められるとこだった。ってさっきのまだ居たのか」
呆れ顔でこちらを見ているが、自分の城に閉じ込められかかっているのはどうかと思う。
「っと、旦那か? 久しぶれーだな! もしかってそこのお嬢サマの護衛依頼ってか? 随分と丸かなったな」
かっかっと笑う彼女はどうやらリーダーの知り合いだったようだ。
「パシュ子、お前なんか勘違いしてるが、こいつも護衛のメンバーだぞ」
「え?」
「ええ」
「ええ!?」
笑い顔から一変、こちらとリーダーの顔を交互にしながら目を白黒させている。
「挨拶が遅れました。鉄路護衛依頼を承った黒鐘と申します。道中よろしくお願いします」
「やっぱり、実は貴族でした、とかじゃないよな?」
「さぁどうでしょう」
「おらを置いて話を進めるな!!」
なんとか状況を飲み込んだ彼女が工具の音と共に機関車から飛び降りてくる。
「んだ、旦那、結局新入りかなんかか?」
「ちょっち訳ありのな。実力は保証するぜ」
パシュ子と呼ばれる彼女はとても訝しんでいる。
「こんなちまっこいのがねぇ?」
ほとんど同じ背丈の相手にそう言われるのは不服だがとりあえずニコッと返しておく。
「ま、腕はあるよだな。おらは操鉄屋のパシュミトン。道中よろしかね」
挨拶を残し落とした工具を回収した彼女はさっさと機関車の中へと戻ってしまった。
「あいつは、ノースター、あー、大陸中央山脈の北部出身でちっと気難しいやつだが実力は確かさ」
そう言いながら警護車へと足を向けたリーダーに続いて機関車を後にした。
出発までもう少し。
パシュ子からは石炭の香りがしそう。