世界を救う。言うだけなら簡単だ。
ちなみに僕は多分2回失敗している。
十年間、みんなで必死に強くなった。
妖魔を倒した。事件を解決した。死にそうになった。実際、何人も死んだ。
それだけやって、最後には世界ごと滅びた。
戦う道、手を取り合う道、両方ダメだった。
多分、両方必要だった。
なら、歴史を変える。
死ぬはずだった人を助ける。
もう一つの力だって手に入れる。
そして、あの胡散臭い教祖――山彦鏡佳の計画を成功させる。
やることはいくらでもある。
でも、その前に。
「検証しよう」
僕は寮の自室の床にノートを広げた。
僕の城。懐かしい。
拠点がぶち壊されるまで、僕は卒業してもこの寮で生活してたっけ。
机の傷。 カーテンの柄。 本棚に並んだ漫画。壁に貼ったポスター。
全部覚えている。
7年後には、もうない。
「…………」
駄目だ。
いちいち感傷に浸っていたら何もできないし、今はそれどころじゃない。
ノートに大きく書く。
【僕の知らない僕について】
「…………」
怖い題名になった。
でも他に言いようがない。
僕の頭には、僕ではない僕の記憶がある。
黒影。黒い犬。使い魔。僕の半身。
精霊。妖魔っぽいの。悪意を抜いて散らしてた。
指輪。使い魔との同調率を上げる不思議アイテム。
知らない街。知らない学校。なのに、知っている人達。
昨日の任務で使った力もそうだ。妖魔へ左手を伸ばした。
触れてもいないのに、あいつの恐怖が流れ込んできた。
怖い。
痛い。
逃げたい。
殺さないで。
そして僕はそれを吸い取って、丸めて、石にした。もう一人の僕がやってたみたいに。そのあと、妖魔は風に溶けて消えてしまった。
今思い返しても意味が分からない。
それが殺すのとどう違うのかすら、僕にはわからない。
きっと先生もわからないと思う。
「…………」
左手を見る。昨日、ここから力が流れた。
知っている。知らないのに、知っている。
あの力は、本来なら指輪を媒体にして使う。
そして、使い魔から力を汲み上げる。
媒体も源もなしに出来ることなんて、ちょっと鎮めるくらい。
それでも、ずっと僕はこれを使ってきた。
体が覚えてる。
「……ずっと?」
自分で考えて、自分で気持ち悪くなった。
僕は使っていない。昨日が初めてだ。初めてなのに、10年の重みがあった。
隣に、小さな黒い毛玉の気配すらした。
黒影。僕の相棒。
ふさふさの尻尾。
疲れて座り込んだ僕の膝へ顎を乗せる。
撫でると、尻尾が床を叩く。
『わん!』
「…………」
会いたい。
胸が締めつけられた。
「いや、知らないから」
知らない犬だ。
僕は飼っていない。
会ったこともない。
なのに、たまらなく会いたい。
「……本当に何なんだよ」
でも。
今は考えても答えが出ない。
大切なのは、この知識が使えるということだ。
昨日は偶然だったかもしれない。
僕自身の知らない術が発現した可能性だってある。
なら。
もう一つ試せばいい。
「何がいいかな」
あの世界の技術。
治癒。
却下。
怪我したくない。
精霊との対話。
却下。
いきなり妖魔に突っ込むのは危ない。
浄化。
却下。
あれは準備が必要なんだ。
結局、もっと簡単で、安全で、一人で出来て、成功したか分かりやすいもの。
僕が一番やりたいと思っていることは一つだけ。
ああそうさ、認めよう。
「……使い魔作成」
あの世界の特徴にして奥義。これがなければ始まらない。
僕は記憶を引っ張り出す。
黒影の尻尾を振る様子と可愛らしい鳴き声がリアルに耳元で聞こえた。
そして、記憶はさらに遡る。
それはそもそもの、僕と黒影の出会いの記憶。
◇
『使い魔作成で一番大切なのは、周囲から浮かないことです』
教室。
黒板。
知らない制服を着た僕。
黒板の前にいるのは――先生。
でも服装が違う。
雰囲気も違う。
黒板には、やたら可愛らしい動物の絵が並んでいる。
犬。
猫。
鳥。
鼠。
兎。
『使い魔の外見は、普通の生き物に近いものにしましょう。その辺にいてもおかしくないものです。いいですか、空想上の生物なんてもってのほか。身近な生き物ですよ』
先生がにこやかに言う。
『絶対に二度見するようなものは作ってはいけません』
「…………」
『いいですね?』
「……はい」
思わず返事をした。
記憶が途切れる。
自分の部屋。
「…………」
怖っ。
でも。
「結構思い出せたぞ」
あとは絆の卵さえあれば……僕は集中する。
僕の中にもう一人の僕がいるとするならば、ワンチャン出せないかな絆の卵。
僕は精神集中する。
そして、心臓のあたりから、卵がふわっと出てきた。
出せたー!
俄然やる気が出てきた。
レッツ! メイキング使い魔である!
◇
材料!
絆の卵。
月の光。
霊木を燃やした炎。
パワーストーン。
銀の輪。
聖水。
自分の髪。
自分の血液。
そして自分の力と信念をこめた核石。
核石は感情と力を固めて石にする。
負の念の方が固めやすいので、黒泥石を核石の核に使うこともある。
ここがブレると全部ブレる。
僕の軸。信念はなんだ。
僕は自身と対話する。
世界を救うんだ。
あと、僕も黒影みたいな激かわペット欲しい……。
ぺろぺろはマストだよな……。
最強とか良くね?
あと山彦にザマァもしたい……。
ヨシ! 信念ダウンロード完了!
あとは全部絆の卵に突っ込んで月の光で温めるだけ!
あれ、聖水で霊木の火消しちゃった。まあなんとかなるか……。
月の光を当てつつ、いよいよ成形だ。
どんな使い魔を作りたいか。それを絆の卵に刻みつけていく。
形を明確に想像する。
記憶の中では授業で普通に出来ていた。
初めての使い魔作成はみんな楽しそうだった。
健がグリフォン生み出してめっちゃ叱られてたのホンマ。
『いいですか? 身近な生き物ですよ』
「分かってます」
陣へ置いた卵に力を送る。
『珍しい生き物は避けましょう』
「はい」
『角を生やしたり』
「はい」
『余計な翼をつけたり』
「はい」
『複数の生き物を混ぜたり』
「はい」
『火を吐かせたりしないように』
「……でもですね、先生」
僕は手を止めた。
使い魔。僕は、健のグリフがめっちゃ羨ましかったんです。
黒影は可愛い。可愛いよ?
黒い子犬とか可愛くないはずがないでしょ?
でも俺、もっと上を狙えたと思うんだよね。
黒影は黒影で、また黒影そっくりの犬を作るのは違うでしょって気もするしさ。
犬は違う。猫は山彦と被る。じゃあどうするの?
「鳥……」
雀。
先生。
正直、思ってたんだ。雀は可愛いけどさ。
最強の先生が雀使いって違くない?
「…………」
いや。
待て。
そうだよ。
僕の使い魔だぞ。
自分で一から作れるんだぞ?
せっかくなら。
もっと。
格好いいのがいい。
ここでは僕が先駆者。僕がルール。そうじゃない?
『琥珀君』
「…………」
『身近な生き物ですよ』
「分かってます」
蜥蜴。
身近だ。
『琥珀君』
鳥。
身近だ。
『琥珀君』
角のある動物。
いる。
『琥珀君?』
「全部実在するな」
『組み合わせるなと言いましたよね?』
「先生」
『はい』
「ここ、先生の世界じゃないんですよ」
『…………』
勝った。
記憶に勝った。
僕はこの世界の創始者。
ルールを決めるのは僕だっ!!
考えれば考えるほど、夢が膨らむ。
鱗。
格好いい。
角。
欲しい。
翼。
絶対いる。
空を飛べる。
爪。
戦える。
尻尾。
当然。
炎。
「…………吐けたら格好いいな」
『琥珀君!!』
「うるさい!」
決めた。
「ドラゴンにしよう」
最高だ。
ドラゴンを相棒にして世界を救う。
十五歳の僕が格好いいと言っている。
二十五歳の僕も格好いいと言っている。
多数決だ。
『駄目です』
「二対一!」
僕は陣へ一層強く力を送った。
力を流し込む。
月の光を受け、いい感じに絆の卵の中身が動く。
僕はコントロールしてドラゴンを作っていく。
力の流れも分かる。
何をどう繋げればいいか。
どこへ命を吹き込むのか。
知っている。
僕はこれを知っている。
光が陣を走る。
「おお……!」
部屋いっぱいに風が吹いた。
紙が舞う。
カーテンが大きく膨らむ。
光が中央へ集まる。
そして。
消えた。
「…………」
床の真ん中にで、光を失った卵があった。
「…………成功?」
黒っぽい卵。
紫色の模様。
手のひらに乗せられるくらい。
犬を作った時は――。
「…………」
違う。
僕は犬を作っていない。
黒影を作ったのは、僕じゃない。
でも知っている。
「……もういいや」
考えるのをやめた。
卵へ近づく。
つつく。
硬い。
「失敗?」
耳を当てる。
コツ。
「…………」
今。
コツ。
コツ。
「え」
卵が動いた。
「えっ、待って」
何を待つのか分からない。
ピシ。
殻に亀裂が入った。
「うわっ」
僕は慌てて卵の前に正座した。
ピシ。
ピシピシ。
中から何かが殻を押している。
「頑張れ」
思わず言った。
「頑張れ。もうちょっと」
コツ。
ピシ。
「頑張れ!」
拳を握る。
完全に応援していた。
殻の一部が、ぽろっと落ちた。
穴。
そこから。
小さな鼻先が出た。
「…………」
黒い。
鼻。
引っ込んだ。
また出た。
「…………ちっちゃ」
ピシ。
殻が割れる。
頭が出た。
黒紫の鱗。
つぶらな瞳。
小さな角。
「…………」
息を止めた。
小さな前脚が殻を引っ掻く。
翼が引っかかった。
「えっ、手伝う? これ手伝っていいやつ?」
分からない。
「頑張れ! もうちょっとだから!」
「きゅ……!」
「鳴いた!」
パキン。
殻が大きく割れた。
ころん。
小さな体が床へ転がった。
「きゅ」
「…………」
ドラゴンだった。
手のひら二つ分くらい。
黒紫色の鱗。
小さな角。
まだ頼りない翼。
長い尻尾。
小さな爪。
僕が。
作った。
僕のドラゴン。
「きゅ?」
「…………」
こっち見た。
ぷるぷるしながら立ち上がる。
一歩。
よろっ。
「危ない!」
手を出した。
小竜が僕の手のひらへ倒れ込む。
温かい。
「…………」
顔を上げた。
僕を見る。
「きゅう」
「…………か」
なんだ。
これ。
「かわ……」
ちっちゃい。
温かい。
目がくりくり。
角もちっちゃい。
翼もちっちゃい。
爪までちっちゃい。
僕の指を前脚で抱えた。
「きゅ」
「かぁわぁいいいいいいいいいいいいいい!!?」
理性が吹き飛んだ。
「何これ! 何これ何これ! 可愛い!! 僕が作ったの!? 僕の!? 僕のドラゴン!?」
「きゅー!」
「返事したぁぁぁぁぁ!!」
抱き上げる。
軽い。
ほっぺへ寄せる。
「きゅ」
「はわわわわわわわ」
舐められた。
「舐めた!! 僕のこと舐めた!!」
当然である。
僕の使い魔なんだから。
でもそんな理屈はどうでもいい。
「可愛い……!」
頭を撫でる。
目を細めた。
「可愛い……!!」
翼を触る。
ぱたぱたした。
「飛ぶの!?」
「きゅ!」
「飛ぶんだぁ!!」
まだ飛べないだろう。
どう見ても。
でもいつか飛ぶ。
僕のドラゴンが。
空を。
「…………名前」
「きゅ?」
「名前つけなきゃ」
僕の使い魔だ。
世界を救う相棒になる。
そこらの名前ではいけない。
十年後には、空を覆う大妖魔と戦うかもしれない。
だったら。
それに相応しい名前を。
「黒龍……いや、そのまますぎる」
「きゅ」
「黒炎……冥牙……夜天……」
黒。
夜。
闇。
月。
「…………月」
いつか。
巨大な翼で夜空を飛ぶ。
その翼が月を覆う。
月さえ喰らう黒竜。
「…………決めた」
両手で小竜を掲げた。
「お前の名前は――月喰だ!」
「きゅー!」
「気に入った!?」
「きゅ!」
「月をも喰らう漆黒の竜、月喰!」
「きゅー!」
「格好いい!!」
最高だ。
我ながら、とんでもなく格好いい。
「月喰!」
「きゅ!」
「月喰!」
「きゅー!」
「はわわわわわ、自分の名前もう分かるの!? 天才!!」
抱きしめる。
月喰が僕の頬を舐める。
「月喰ぅぅぅぅ!」
『琥珀君』
「…………」
記憶の中。
先生が笑っている。
『使い魔の名前も、出来れば人前で呼びやすいものにしましょうね』
「月喰は呼びやすいです」
『そういう意味ではありません』
「月喰!」
「きゅー!」
完璧だ。
◇
一時間後。
「…………待てよ」
「きゅ?」
冷静になった。
月喰を見る。
ドラゴン。
どこからどう見てもドラゴン。
犬ではない。
猫でもない。
鳥でもない。
この世界には――。
「いないな」
「きゅ」
「…………まずい」
使い魔という文化も、この世界にはない。
いるのは人類の敵の妖魔だけ。
「…………妖魔」
「きゅ?」
「君じゃないよ」
撫でる。
「月喰は月喰」
「きゅ!」
でも、他人がそう思ってくれるとは限らない。
「隠そう」
「きゅ!」
「絶対に見つかるなよ」
「きゅ!」
いい返事だ。
鞄へ入れる。
顔が出た。
「頭」
「きゅ」
引っ込んだ。
尻尾が出た。
「尻尾」
引っ込む。
翼が出た。
「翼」
「きゅ!」
「そう。全部中!」
完璧。
これならバレない。
◇
「琥珀君」
「はい」
「その鞄、何?」
「鞄です」
翌日。
登校して三分で担任に捕まった。
「それは見れば分かるよ」
「じゃあ、どうして聞いたんですか」
「動いてるから」
「…………」
鞄がもぞもぞ動く。
「動く鞄です」
「そう」
「はい」
「開けて」
「嫌です」
「どうして?」
「プライバシーです」
「きゅ」
「…………」
「…………」
先生が鞄を見る。
僕も見る。
「今の何?」
「僕です」
「もう一回やってみて」
「…………きゅ」
「下手だね」
「…………」
「開けようか」
「嫌です」
「琥珀君」
「はい」
「開けようね」
「…………はい」
終わった。
俺の頭の中で、先生じゃない先生が頭を押さえていた。
ごめんて。
◇
「妖魔!?」
健が飛び退いた。
「妖魔じゃない!」
「じゃあ何だよそれ!」
「使い魔!」
「使い魔って何!?」
「僕が作った!」
「妖魔作ったの!?」
「だから違うって!」
「きゅー!」
「ほら! 本人も違うって!」
「分かるか!」
教室の机の中央で、月喰があざとかわいさをばら撒いていた。
僕たちはそれを囲む。
月喰は呑気に自分の尻尾を追いかけていた。
くるくる。
くるくる。
ころん。
「きゅ!」
ああんあざと可愛いん!
「…………かわいい」
桜が呟いた。
「でしょ!? もう超可愛いでしょ!?」
「いや、今そこじゃないから」
先生に止められた。
「琥珀君。本当に君が作ったの?」
「はい!」
「どうやって?」
「…………」
知らない人生の記憶で作りました。
言えるか。
「勘?」
「勘で生命を作らないで」
ごもっとも。
「名前は?」
先生が聞いた。
来た。
待ってました。
「月喰です。月喰らう竜と書いて月喰!」
「…………」
「…………」
「…………」
三人が黙った。
「月を喰らう竜と書いて、月喰です」
「漢字まで説明してくれてありがとう。あと竜いらないよね?」
「そうかもしれません。でも格好いいでしょう?」
「…………」
先生が桜を見る。
桜が先生を見る。
健が天井を見る。
「なんですか、その反応」
「いや」
健が口を開いた。
「格好いいんじゃね?」
「だよな!? さすがグリフの男!」
「お、おう? なんだグリフの男って」
「なんで目を逸らすんだよ」
「逸らしてねえ」
「逸らしてる」
桜が月喰の顎を撫でる。
「月喰ちゃん」
「月喰」
「月喰ちゃん」
「月を喰らう竜にちゃん付けしないで」
僕は抗議する。
「このサイズで?」
「今はね!」
先生が口元を押さえた。
「先生、笑ってます?」
「笑ってないよ」
「目が笑ってる」
「いい名前だと思うよ」
「本当ですか?」
「十五歳らしくて」
「ですよね!」
「…………うん」
なんだ。
今の間は。
「十年後には、きっと立派で巨大な黒竜になってますから」
「きゅ!」
「ほら!」
「何がほらなのよ」
「いつか月まで飛ぶぞ!」
「それで月を喰うの?」
「実際には食べないけど、それぐらい偉大な存在になるってことで!」
「…………そっかぁ」
桜がものすごく優しい目になった。
「何その目」
「ううん」
桜が微笑んだ。
「大事にしてあげてね」
「もちろん」
「その気持ち、ずっと忘れないでね」
「なんで!?」
先生が後ろを向いた。
肩が震えている。
「先生!」
「ごめん。ちょっと咳が」
「絶対笑ってる!」
「笑ってないよ。月喰、いい名前だよ」
「でしょう!?」
「キュ!」
「うんうん」
生暖かい。
なんだ、この空気。
理解できない。
月喰。
最高に格好いいのに。
「なあ、月喰」
「きゅ?」
「格好いいよな?」
「きゅー!」
「ほら!!」
本人もそう言っている。
やっぱり最高の名前だ。
僕は満足して月喰を抱き上げた。
桜と健がまた目を合わせた。
先生は遠い目をしていた。
失礼な奴らである。
「それで」
先生の声が変わった。
「琥珀」
「はい」
「ちょっと調べさせてもらうよ」
「…………」
月喰を抱く腕に力が入った。
◇
既知の妖魔とは構造が違う。
邪悪さも霊力の澱みも感じられない。
僕との間には、明確な繋がりがある。
僕の命令を理解する。
僕から一定の力を受け取っている。
逆に。
僕も月喰から力を受け取れる。
「…………やっぱり」
月喰を抱いたまま呟いた。
昨日は媒体も源もなかった。
だから、ほんの少し鎮めることしか出来なかった。
今は違う。
月喰がいる。
指輪はない。
でも。
源がある。
繋がっている。
「本当に使い魔なんだね」
先生が呟く。
「だから最初から言ってるじゃないですか」
「僕達は使い魔ってものを知らないからね」
「とりあえず」
先生が立ち上がった。
「これは僕だけでは判断できない。報告を上げさせてもらうよ」
「…………」
嫌な予感がした。
◇
大人が増えた。
教師。
学校の管理職。
術式の研究者。
知らない顔ばかり。
月喰は僕の腕の中。
「きゅ……」
「大丈夫」
頭を撫でる。
落ち着かないのだろう。僕だって落ち着かない。
「妖魔ではない?」
「少なくとも既知の妖魔とは異なります」
「危険性は?」
「不明」
「成長後は?」
「不明です」
「能力は?」
「現時点では不明」
「作成方法は?」
視線が僕へ集まる。
「…………秘密です」
「琥珀」
先生に名前を呼ばれた。
「準備に一年掛かります」
「いつの間にそんな研究をしていたの?」
「男の子も秘密を持つのです……時が来たらちゃんと言います」
知らない世界の術。
使い魔。
精霊。
妖魔を鎮める力。
僕自身が何も理解していないのに、全部渡すわけにはいかない。
でも全く渡さないわけでもない。
「前例がない」
一人が言った。
「処分が妥当でしょう」
「…………」
一瞬。
意味が分からなかった。
「……処分?」
「危険性が確認できない以上――」
「殺すってこと?」
月喰が僕を見上げた。
「きゅ?」
「生まれたばっかりですよ」
「だからこそです。成長し、制御不能になってからでは遅い」
「何もしてない」
「琥珀君」
「この子、何もしてない!」
抱きしめる。
小さい。
温かい。
胸に耳を寄せれば、心臓が動いている。
僕が作った。
僕を見ている。
僕を信じている。
それを。
殺す?
「駄目です」
「未知の存在です」
「僕の使い魔です」
「制御できる保証は?」
「できます!」
「根拠は?」
「…………」
言葉に詰まった。
僕は初心者だ。
知らない僕は使い魔を使っていた。
何年も。
でも。
僕自身が作ったのは初めて。
『身近な生き物にしてくださいね』
「…………」
あれだけ止められていた。
全部無視した。
角。
翼。
爪。
炎。
夢を全部盛った。
だから今こうなってる?
せめて猫とかの姿だったら誤魔化せたかもしれないのに。
今さら背中に冷や汗が流れた。
でも。
だからって。
「殺すのは違う」
それだけは分かる。
「何もしてないのに」
「感情論です」
「感情で何が悪いんですか」
「琥珀」
先生だった。
僕を見る。僕も先生を見る。
僕の知らない記憶の中では、雀を指へ止めて優しく笑っていた人。
同じ顔。
同じ声。
先生が前へ出た。
「現時点での処分には反対します」
「先生……」
「理由は?」
「まず、この個体には攻撃性が確認されていません」
「現時点では、でしょう」
「はい。だから監視が必要です」
先生は淡々としていた。
「琥珀との間には明確な術的接続がある。命令にも従う。既知の妖魔とは構造そのものが違う。研究対象としての価値も高い」
「危険です」
「危険かどうかを調べるためにも、生きている必要があります」
「…………」
「それに」
先生が僕を見る。
「作成者がいる」
目が合った。
「琥珀と、この個体」
「月喰です」
「…………」
「月喰」
「今?」
「大事なので」
「……琥珀と月喰の監督責任を、僕が持ちます」
「先生」
「ただし」
声が変わった。
優しい。
でも。
甘くない。
「琥珀」
「……はい」
「月喰が人を襲う兆候を見せた場合」
「…………」
「僕が処分する」
「きゅ」
月喰が僕の胸元へ顔を押しつけた。
僕は何も言えなかった。
先生なら。
やる。
分かる。
先生はいつだってそうだった。
記憶の中。
雀が先生の指に止まる。
『可愛いでしょう?』
僕の知らない先生が笑っている。
目の前の先生は、僕の使い魔を殺すという。
「それが条件だ」
「…………はい」
同じ人。
どう考えても。
同じ人なのに。
なんなんだ。
この違いは。
◇
月喰の処分は保留になった。
あくまで保留。
学校の監視対象。
定期的な検査。
能力測定。
成長記録。
僕から一定距離以上離さない。
無断で他の使い魔を作らない。
最後の条件だけ妙に強く念押しされた。
「作らないって」
多分。
「きゅー!」
寮へ戻るなり、月喰が僕の胸へ飛び込んできた。
「うわっ!」
ぱたぱた。
ほんの少しだけ。
空を飛んだ。
「飛んだ!」
「きゅ!」
「月喰、飛んだねぇ!」
抱きしめる。
「よかったぁ……」
全身から力が抜けた。
本当に。
殺されるかと思った。
「ごめんね」
「きゅ?」
「僕が馬鹿だった」
知らない世界の常識。
知らない世界の術。
それをこちらで使った。
使えるかどうかしか考えていなかった。
使えた後、どうなるかなんて考えていなかった。
それ以前に。
『絶対に身近な生き物にしてくださいね』
「…………」
先生。
あなたは正しかった。
『角を生やしたり』
「はい」
『翼をつけたり』
「はい」
『複数の生き物を混ぜたり』
「はい」
『火を吐かせたり――』
「…………」
僕は月喰を見る。
「月喰」
「きゅ?」
「…………君、火吐ける?」
「きゅ?」
首を傾げた。
可愛い。
「いや、さすがに――」
「きゅ――」
ぼっ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」
前髪が焦げた。
「きゅー!」
「吐けるぅぅぅぅぅ!!」
慌てて前髪を叩く。
「駄目! 月喰! 室内で火は駄目!」
「きゅ!」
「いい返事!」
頭を撫でる。
かわいい。
どうしよう。
めちゃくちゃかわいい。
「…………まあ」
初めてにしては。
「大成功では?」
『失敗作です』
「うるさい!」
誰もいない部屋で叫んだ。
でも。
証明できた。
知らない僕の知識は、この世界でも使える。
昨日の術。
今日の使い魔。
完全ではない。
この世界にとっては、明らかな異物。
使い方を間違えれば。
僕だけじゃない。
月喰まで殺される。
それでも。
使える。
「一個ずつだ」
「きゅ?」
「使えるものを試す」
月喰を抱き上げる。
「使えないものも調べる」
「きゅ」
「前回足りなかったものを集める」
「きゅ!」
「死ぬ奴を助ける」
「きゅ!」
「世界を救う」
「きゅー!」
「よし!」
拳を出した。
月喰が小さな前脚を乗せる。
可愛い。
「それから」
次だ。
未来では、妖魔との融和を唱えた男。
もう一つの記憶では、人間第一主義を唱え、精霊の抹殺を推し進めた男。
出来れば一生関わりたくない。
山彦鏡佳。
あいつ。絆の卵なしに、世界を滅ぼしたあの巨大妖魔へ確かに干渉した男。
「……奴の研究を奪う」
僕は笑った。
教祖だろうが何だろうが関係ない。
使えるものは全部使う。
「山彦鏡佳」
「きゅ?」
「会いに行くぞ、月喰」
「きゅ!」
今度こそ。
あの男の計画を成功させる。
僕は悪役っぽく笑い、月喰を抱きしめた。
この時。
僕はまだ知らなかった。
同じ頃。
僕が絶対に引き込んでやると決意した、その胡散臭い教祖が。
僕が作った存在についての報告書を読んでいたことを。
そして。
「――面白い」
月喰の記録写真を指先で撫でながら。
ひどく楽しそうに。
笑っていたことを。
「この子、欲しいな」
僕達は。
まだ会ってすらいなかった。
なのに。
どうやら最初から。
両思いだったらしい。