世界を救う作戦会議が始まった。
なお、開催場所は僕の部屋である。
「狭い」
「健がでかいんだよ」
「お前の荷物が多いんだろ」
「勝手に漫画積み直すなよ。順番あるんだから」
「知らねーよ!」
世界救済の第一歩は、床に散乱した漫画を片づけるところから始まった。
僕の机を白峰先生が使い、桜はベッド、健は床。僕は月喰を抱いて座布団に座る。月喰専用クッションもあるのだが、本人が僕の膝を選んだので仕方ない。
「きゅ」
「月喰は世界救済会議に参加したいそうです」
「今の鳴き声でそこまで分かるの?」
「絆です」
「便利だね、絆」
白峰先生が苦笑しながら、僕のノートを開いた。
表紙には【僕の知らない僕について】。
その横に、先生が持ってきた新品のノートが置かれている。
こっちの表紙には、先生の字で【未来情報整理】と書かれていた。
「まず確認しよう」
白峰先生の声が変わる。
さっきまでの緩い雰囲気が消えた。
「琥珀。君が経験した世界の滅亡は、今から十年後で間違いない?」
「はい」
「原因は巨大妖魔」
「はい。空を覆うくらい大きいです。眷属も滅茶苦茶います」
「発生場所は?」
「…………分かりません」
「出現時期は?」
「最終決戦なら分かります。でも、それ以前からいた可能性があります」
「名前」
「知らないです」
「発生原因」
「分かりません」
「弱点」
「分かりません」
「…………」
「…………」
先生がペンを置いた。
「琥珀」
「はい」
「よく十年間戦ったね」
「褒められた!」
「褒めてないと思う」
桜が冷静に突っ込んだ。
「情報がなさすぎるって意味だろ」
健まで。
「だって僕、世界救済の責任者じゃなかったんだもん!」
現場の退魔師だったのだ。
妖魔が出る。
呼ばれる。
殺す。
その繰り返し。考えるのは僕の仕事ではない。
偉い人達が何を調べていたのかなんて知らない。
「上層部が情報を持っていた可能性は?」
「あると思います。というか絶対持ってる。僕達に降りてきてなかっただけで」
「じゃあ一つ目」
先生がノートへ書く。
【巨大妖魔について、現在から情報を集める】
「十年ある。過去の記録から調べよう。巨大妖魔が突然生まれたのか、それとも以前から存在したものが成長したのか。それだけでも違う」
「はい」
「次。眷属について覚えてる?」
「いっぱい」
「もう少し詳しく」
「滅茶苦茶いっぱい」
「琥珀」
「すみません」
難しいんだよ!
死ぬほどいたんだよ!
「形は?」
「色々です。人型、獣型、虫っぽいの。飛ぶ奴もいた。あと……」
僕は目を閉じる。
黒い空。
燃える街。
血。
怒号。
先生。
桜。
健。
死体。
「…………」
「琥珀?」
「大丈夫です」
月喰を撫でる。
柔らかい。
温かい。
ここは十年前。
みんな生きている。
「眷属は全部、巨大妖魔と繋がっていたんじゃないかと思います。倒しても倒しても出てきた。多分、あいつから生まれてたんだと思う」
「その繋がりは見えた?」
「当時は見えませんでした。でも……」
僕の中に、世界滅亡の記憶は二つある。
「調霊術を使ってた世界では、繋がってました」
先生が頷いた。
「それも記録しておこう。ただし、今は仮説」
「はい」
ペンが走る。
【眷属と本体に霊的接続の可能性】
【調霊術による解析候補】
なんか。
すごい。
僕の「なんか繋がってた」が、先生の手にかかるとちゃんとした情報に見える。
「先生」
「何?」
「頭いいですね」
「教師だからね」
「先生が最初から作戦会議にいてくれたら……」
言いかけて。
止まった。
いた。
先生はいた。
途中までは。
「…………」
白峰先生も察したらしい。
「僕はいつ死ぬ?」
さらっと聞かれた。
「先生」
「必要な情報だよ」
「…………七年後」
部屋が静かになった。
「多分」
「原因は?」
「拠点襲撃です」
覚えている。
忘れるわけがない。
「僕達が使ってた拠点が壊滅しました。先生は最後まで残って……僕達を逃がして……」
そこから先は言いたくない。
「分かった」
先生は追及しなかった。
ただノートへ書く。
【七年後 拠点襲撃】
【白峰千景死亡】
【詳細確認・対策必須】
「…………」
自分の死亡予定を自分で書くなよ。
嫌だ。
文字になった途端。
本当に嫌だ。
「先生」
「うん?」
「絶対死なせませんから」
「ありがとう」
「本当に」
「うん」
「僕が逃げろって言っても残るんですよ」
「そうなんだ」
「今から直してください」
「状況によるかな」
「ほらぁ!」
全然反省してない!
「先生!」
「琥珀。僕一人が残れば十人助かる状況なら、今の僕だって残るよ」
「だからそれをやめろって言ってるんです!」
「難しい相談だなぁ」
「こいつ駄目だ!」
「先生にこいつって言うな」
健が僕の頭を叩く。
「痛い!」
「でも」
桜が小さく手を挙げた。
「その状況を作らなきゃいいんじゃない?」
「…………」
「七年後に拠点が襲われるって分かってるんでしょ? だったら避難経路増やすとか、そもそも別の場所にするとか」
「桜」
「何?」
「天才」
「普通だと思う」
普通。
そうか。
これが。
未来を知っているってことか。
先生を説得して、自己犠牲をやめさせなくてもいい。
先生が自己犠牲をする必要がある状況そのものを潰せばいい。
「よし」
僕は先生のノートへ書き足した。
【先生を死なせない】
「琥珀、抽象的」
「最重要事項です」
「気持ちは嬉しいけど」
「消さないで」
「消さないよ」
よし。
◇
「次、私」
桜が言った。
「五年後?」
「…………」
「さっき言ってたでしょ。私、五年後に死ぬって」
覚えてたか。
「はい」
「何で?」
「任務」
「どこ?」
「…………」
僕は答えようとして。
止まった。
「琥珀?」
「待って」
何か変だ。
桜が五年後に死ぬ。知っている。間違いなく知っている。
雨。
森。
桜の血。
僕は。
「…………犬?」
「は?」
健が言った。
「犬がいた」
「月喰じゃなくて?」
「黒影」
黒い犬が僕の足元にいた。
血の臭いを嗅いで、不安そうにきゅうんと鳴いて。
雨。
倒れている桜。
僕は左手を伸ばしている。
指輪。黒影。精霊。
「違う」
ぞわっとした。
「それ、違う」
「何が?」
「僕じゃない」
桜の顔を見る。同じだ。
いや。同じなのか?
髪。
目。
声。
記憶。
でも。
服が違う。
「待って」
頭を押さえる。
「五年後に死んだ桜は……どっちだ?」
「どっち?」
白峰先生がすぐ反応した。
「琥珀。ゆっくりでいい。何が混ざった?」
「分からない」
目を閉じて探す。
五年後。
桜。
死。
二つ。
ある。
「…………」
一つは。
妖魔。
血。
武器。
僕は間に合わなかった。
もう一つは。
精霊。
雨。
黒影。
僕は。
そこにいた。
「両方?」
「え?」
「桜……両方で死んでる?」
「私、そんな死ぬ?」
「ごめん!」
「謝られると余計怖い!」
でも。
違う。
時期が。
「こっちの桜は五年後じゃない」
「じゃあいつ!?」
「待って! 今整理してる!」
白峰先生が新品の紙を二枚出した。
一枚へ【こちら】。
もう一枚へ【もう一つ】。
「琥珀。今後は全部分けよう」
「はい」
「確実にこちらの記憶だと言えるものだけ左。もう一つの記憶だと確定しているものは右。判断できないものは?」
三枚目。
【不明】
「ここ」
「…………先生」
「何?」
「やっぱり頭いい」
「だから教師なんだって」
◇
そこからは地獄だった。
「健が死んだのは?」
「こっち。入学直後。回避済み」
【こちら】。
「向こうの健は?」
「早くに死んでる」
「いつ?」
「…………分からん」
【もう一つ】。
「桜」
「両方で死ぬ」
「嫌な言い方!」
「ごめん!」
時期不明。
原因混同。
【不明】。
「白峰先生」
「こっちは七年後」
「向こうは?」
「…………生きてた気がする」
雀。
白い服。
穏やかな笑顔。
でも。
最後は?
「分からない」
【不明】。
「山彦鏡佳」
「山彦はどちらの世界でも、最終決戦まで生きてた」
「えっ」
白峰先生が顔を上げる。
「生きてたの?」
「両方の最終決戦で活躍したから覚えてます。役立ったのそこだけだし。そこで死んだけど」
「そう……」
少し嬉しそう。
何で教祖の生存確認でそんな顔するんだ。
「でもあいつ、両方の世界で敵でしたよ。精霊博愛主義が主流だった向こうでは精霊を殺す主義を掲げてて」
「鏡佳が?」
「先生を悲しませたの、僕、根に持ってます。最後だけ味方してくれたからって、許しませんよ」
「そっか。最後は味方になってくれたんだ」
「それで許しちゃダメです!」
僕はプリプリした。
「でも」
先生は少し考えた。
「面白いね」
「何がです?」
「向こうの鏡佳は、精霊を殺そうとしていたんだろう?」
「はい」
「こっちでは妖魔を生かそうとしている」
「…………」
「真逆だ」
そう。
真逆。
なのに。
「どっちも世界に逆らってる」
僕が言うと、先生が止まった。
「こっちは妖魔を殺すのが普通だから、山彦は生かそうとする。向こうは精霊と共存するのが普通だから、山彦は殺そうとする」
「…………」
「何なんだ、あいつ」
反抗期か?
世界に対する反抗期なのか?
「鏡佳らしい」
白峰先生が笑った。
「そうなんです?」
「うん」
「どういう人なんです?」
「皆が右へ行くと左へ行きたがる」
「面倒臭い!」
「でも、皆が見落としてるものを見つけることもある」
先生は少し懐かしそうに言った。
「昔からそういう奴だよ」
「…………」
なるほど。
だから、世界が滅びる最後の最後まで誰とも違う方法を捨てなかったのか。
「まあいいです。使える部分だけ使い倒してやります」
「琥珀」
「根に持ってますから!」
◇
夜。
机の上には、紙が三つの山になっていた。
【こちら】
【もう一つ】
【不明】
一番多いのは。
【不明】。
「役に立たねぇ!」
僕は机へ突っ伏した。
「そうでもないよ」
白峰先生が紙を揃える。
「むしろ大きな収穫だ」
「どこがです?」
「君の記憶を、僕達が無条件で未来予知として扱わなくて済んだ」
「……」
「琥珀が嘘をついているという意味じゃないよ。でも、二つの人生が混ざっているなら、勘違いは必ず起きる」
先生は【不明】の束を指で叩いた。
「だから検証する」
「検証」
「君が『この人は裏切る』と言っても、それだけで今のその人を敵にはしない。『ここで事件が起きる』と言ったら、記録を調べて兆候を探す。君の記憶と現実が一致したら、情報の信頼度を上げる」
「はい」
「逆に違ったら?」
「修正する」
「そう」
白峰先生が笑った。
「未来を知ってるからって、未来に従う必要はないんだよ」
「…………」
刺さった。
僕はきっと、未来を変えるために戻ってきた。
なのに知らないうちに、1回目の未来を正解として見ていたのかもしれない。
「未来は参考資料」
「そういうこと」
「先生」
「何?」
「格好いい」
「ありがとう」
「きゅ!」
「月喰も格好いいって」
「それは嬉しいな」
月喰が先生の差し出した指へ鼻先を寄せる。
白峰先生は笑った。
その姿は、雀を指へ止めていたもう一人の先生と一瞬だけ、重なった。
強くて儚い人。
「…………」
「琥珀?」
「先生」
「うん?」
「向こうの先生も、いい人でしたよ」
「そう」
「滅茶苦茶いい人」
「それは安心した」
空気を変えたくて、僕は話題を変えることにした。
「でも使い魔作る時すげー怒られた記憶があります」
「何したの?」
「僕じゃない。健がグリフォン作った」
「俺!?」
「向こうのお前」
「俺、グリフォン作れるの!?」
健の目が輝いた。
「そこ食いつく!?」
「格好いいじゃん!」
「お前、それで滅茶苦茶怒られてるからな!」
「何でだよ!」
「周囲に存在する自然な生物を作れって言われてグリフォン作ったから!」
「馬と鳥はいるだろ!」
「向こうのお前と全く同じこと言ってる気がする!」
「俺すげえ!」
「反省しろ!」
桜が笑い出す。
先生まで笑っている。
月喰も。
「きゅー!」
楽しそうに鳴いた。
「月喰、お前も笑うな。お前はもっとアウトだから」
「きゅ?」
「竜だからね。うん、ってことは向こうの僕がいないことをいいことに、こっちでは好き勝手やったってこと?」
白峰先生が痛いところをついてくる。
「ごめんなさい!」
◇
翌日。
僕達は正式に秘密を共有することになった。
といっても、学校や協会全部に公開するわけじゃない。
僕の記憶がどこまで正しいのか分からない。
並行世界。
逆行。
説明したところで信じてもらえるかも怪しい。
何より、山彦みたいなのに漏れる。
「山彦にはもうだいぶ漏れてますけど」
「琥珀」
「はい」
「しばらく鏡佳と接触禁止」
「ええー」
「ええー、じゃない」
「一年後に約束が」
「その一年で僕達が調べる」
「でも向こうも調べてくれますよ?」
「君は誘拐されたんだよ?」
「招待らしいですよ」
「琥珀」
「誘拐です」
先生怖い。
「ただし」
「はい?」
「鏡佳の研究そのものは調べる」
「!」
「君の話が正しいなら、巨大妖魔への干渉手段は必要だ。使えるものは使う」
「先生!」
「でも君を渡す気はない」
「僕も渡される気ないです」
「月喰も」
「当然!」
「きゅ!」
「研究の交換も、こちらの管理下で」
「…………」
「何その顔」
「先生が仲間になると山彦から毟れる量増えそうだなって」
「きゅっきゅっきゅ」
「言い方。月喰も悪い顔してる」
「山彦への恨みも材料に入ってるので」
「どこまで根に持ってるんだ……」
でも、そうだ。
一人じゃない。
未来の知識だけじゃない。
今の先生がいる。
今の桜がいる。
今の健がいる。
月喰がいる。
そして。
向こうの世界の記憶もある。
「よし」
僕は三冊のノートを机へ並べた。
【こちら】
【もう一つ】
【不明】
そして。
四冊目。
新品。
表紙へ書く。
【変えた未来】
「何それ?」
桜が覗き込む。
「これから増やすやつ」
最初の一行。
【健、生存】
「俺!」
「一個目だからね」
「もっと格好よく書けよ」
「じゃあ『健、死んだふりに騙されず生存』」
「やめろ!」
「事実じゃん」
「未来では騙されたけど今は騙されてねー!」
「僕のおかげでな」
「ぐっ……」
桜が笑う。
僕も笑った。
先生も。
そして。
月喰も。
「きゅ!」
二周目。
最初に変えた未来は。
世界なんて大きなものじゃなかった。
たった一人。
友達が。
今日も馬鹿みたいに騒いでいる。
それでいい。
一個ずつ。
増やそう。
最後には。
このノートを。
変えた未来でいっぱいにする。