未来を変える。
そう決めた翌日。
「まずは僕の夏休みを取り戻そう」
「違うよ」
即座に白峰先生に却下された。
「大事ですよ!?」
「大事だけど最優先ではないね」
「僕達まだ十五歳ですよ。十五歳の夏休みは一生に一回しかないんですよ!」
「三回目じゃねーか」
「健」
僕は静かに健を見る。
「それを言ったら戦争だぞ」
「何のだよ」
月喰が机の上で「きゅう」と鳴いた。
分かってくれるか月喰。
僕の十五歳は三回目でも、月喰の十五歳は――まだゼロ歳だった。
駄目だ。味方にならない。
「さて」
白峰先生が黒板へ向き直った。
場所は空き教室。
僕の部屋では狭すぎたので、作戦会議の会場が変更されたのだ。
黒板には大きく、
【直近で起きる事件】
と書かれている。
「十年後の巨大妖魔、七年後の拠点襲撃、桜達の死亡。どれも重要だけど、まず必要なのは琥珀の記憶がどの程度使えるかの検証だ」
「はい」
「そこで、近いうちに起きると確実に覚えている出来事は?」
「…………」
僕は腕を組んだ。
入学直後の健の死亡。これは回避した。
その後。
何があった?
任務。
訓練。
妖魔。
任務。
飯。
妖魔。
訓練。
妖魔。
「お前の青春、妖魔しかいねーの?」
「うるさいな!」
「今ずっと妖魔って呟いてたわよ」
「聞かないでよ!」
一周目の十五歳なんて十年前だぞ。
昨日食べた夕飯だって怪しいのに、十年前の細かい予定なんて覚えているわけがない。まして当時は健が死んだ直後だった。僕も桜も、かなり荒れていた。
「事件じゃなくてもいいよ」
先生が助け舟を出す。
「ニュースになったこと。学校の出来事。大きな妖魔が出たとか、誰かが怪我をしたとか」
「大きな妖魔……」
記憶を探る。
入学。
健。健はもういいって。済み!
それから。
「あ」
あった。
「三週間後」
三人が僕を見る。
「列車が止まります」
「列車?」
「はい。山の中を通る路線。妖魔が出て……」
そこまで言って、記憶が蘇った。
夜。
横倒しになった車両。
救急車が何台も来て、担架がいくつも運ばれた。啜り泣きが耳にこびりついている。
「脱線する」
白峰先生の顔色が変わった。
「被害は?」
「死者が出たはずです。何人かは分からない。妖魔が線路に入り込んで、列車が……」
「場所は?」
「分かります」
今度は言えた。地図を広げて、指を滑らせる。
「この辺」
「時刻は?」
「夜。雨が降ってました」
「日付は?」
「三週間後なのは覚えてます。ニュースを見た日が……」
考える。数字や画面を思い出していると、シーンが思い出される。先生がニュースを消したシーン。桜が泣いていた。えっ何で桜が泣くんだ?
「桜泣いてる。知り合いが死んだのかも」
「えっ」
桜は慌てて地図をみる。
「…………いや、違う」
別の記憶が混ざる。
雨。
森。
黒影。僕の可愛い子犬さん。相棒。頼れるパートナー。
「待って」
すぐに言った。
「ここから怪しいです」
白峰先生が頷く。
「いい判断だね」
先生は黒板へ書いた。
【確定度・高】
・約三週間後
・山間部の鉄道路線
・妖魔が関係する事故
【確定度・中】
・脱線
・夜間
・死傷者あり
【確定度・低】
・雨
・正確な日時
・桜の知り合いが列車に乗った日?
「こんな感じでどう?」
「私は知り合いが列車に乗る予定がないか調べますね」
桜がこわばった顔で言った。
「じゃあ僕は列車を調べる?」
「うん。ただし」
白峰先生は僕を見る。
「勝手に行かない」
「…………」
「琥珀?」
「はい」
「妖魔が出ると分かってる場所へ一人で先回りしない」
「はい」
「鏡佳にも連絡しない」
「しませんよ! 連絡先知らないし!」
「本当に?」
「…………本当です!」
ん? いやでも、未来情報から連絡先思い出せないかな?
「琥珀」
「しません!」
信用がない……。悲しい。僕はこんなに信頼できるいい子ですよ!
◇
未来の事故現場へ行くことになった。
もちろん三週間後ではない。
今日である。ちなみに、日付は特定できた。
桜のご両親が旅行予定だったのだ。もちろん旅行はひとまず中止。
「何もないわね」
桜が線路を見下ろした。山間部で、木々の間を線路が走っている。
近くには細い川。民家はほとんどない。のどかで普通の場所だ。
「妖気も薄い」
健が周囲を見回す。
「本当にここ?」
「多分」
「多分かよ」
「十年前のニュース映像から場所を当てた僕をもっと褒めてほしい」
「えらいえらい」
「雑!」
白峰先生は線路へ近づかず、周辺の地形を確認していた。
当然、鉄道会社にも無断で線路へ入ったりはしない。
僕達は学校側から周辺調査という形で来ている。
「月喰、何か分かる?」
「きゅ?」
月喰を地面へ下ろす。
最近、少し大きくなった。
生まれた時は片手の掌の上に乗ったのに、今では腕で抱えるくらい。
しかも尻尾がかなりはみ出す。成長早くない?
大型犬くらいで止まってくれても可愛い。でも巨大な竜も格好いい。悩ましい……ちなみに健のグリフはめちゃくちゃスクスク育って隠すのも一苦労になった為、先生にとても叱られていた。グリフが目立つ為、夜の任務しか任されなかった。
もちろん今も夜である。月喰がバレたら大変な事になるので。
でも、僕じゃない僕の世界よりは秘密規定ゆるいので、そのうち妖魔の事も月喰の事も公表されないかなと密かに願っている。
「琥珀」
「はい?」
「月喰を見てないで調査」
「見てません」
「ずっと見てたよ」
「成長記録です」
「あとで書いてね」
「はい」
月喰が草の匂いを嗅ぐ。
とことこ。
とことこ。
「きゅ」
止まった。
「何かあった?」
何もない場所にしゃがむ。
土。
草。
石。
何もない。
「きゅう」
月喰が前脚で地面を掻いた。
「掘るの?」
「きゅ!」
「待って」
白峰先生が止める。
先生が慎重に地面を調べた。
「……妖気がある」
「え?」
健と桜も寄ってくる。
「でも、かなり薄いね。普通なら気づかない」
僕も集中する。
妖気。
ある。
でも変だ。まるで線みたいだ。
「月喰」
指輪へ触れる。細い銀の輪。小さな石。
月喰との繋がりを意識する。力を借りる。
世界が少しだけ変わった。
「…………あ」
見える。
黒くて細い。まるで綿を伸ばしたみたいに、地面の下へ伸びている。
「先生。何かあります」
「どこまで?」
「下。かなり深い」
僕は立ち上がった。線は一つではない。
木々の間。斜面。川。あちこちから集まっている。
そしてそれらは束ねられて、線路の下へ。
「…………集まってる」
「何が?」
「分からない。でも、これ……」
嫌な感じはする。
邪念?
違う。
妖気?
それとも、もっと別の……。
「向こうの僕なら分かる気がする」
口に出した瞬間、記憶が浮かんだ。
森の中で黒影が掘る。
僕は指輪に触れ、しゃがみこんで地面へ手を当てる。
何かを感じ取っている。
流れ。土地と水と精霊と。
――竜脈。
「…………」
僕は固まった。
「琥珀?」
「先生」
「うん」
「こっちの世界にも竜脈ってあります?」
「あるよ」
「あるんだ!?」
「何で驚くの?」
あるの!?
「いや、だって!」
「土地を流れる霊力の大きな経路をそう呼ぶことはあるね。ただ、今は実用的な研究分野じゃない。術式の土地相性を調べる時に見るくらいかな」
「…………」
向こうでは竜脈の調律が仕事だった。
調霊師が竜脈や精霊を鎮める。土地を整える。乱れた流れを戻す。
使い魔と一緒に。
「先生」
「何?」
「これ、竜脈かもしれません」
「…………」
先生の表情が変わった。
「分かるの?」
「向こうでは、こっちがメインの仕事だった……気がします」
しゃがむ。
地面へ左手を当てる。
指輪を通して、月喰と繋がる。
記憶を探り、黒影との記憶を思い出す。
知っている。
僕は知らない。
でも僕は知っている。
「…………詰まってる」
言葉が自然に出た。
「流れが悪い」
「何で?」
「分からない。でも、ここだけじゃない。向こうから来て……ここで溜まって……」
線路の下。
黒い流れが渦を巻いている。
気持ち悪い。
圧迫感。
息苦しい。
そして。
その中心にその黒いものがくるりくるりと回っている。
「いる」
「妖魔?」
「…………まだ」
自分で言って、ぞっとした。
「まだ?」
桜が聞き返す。
「妖魔じゃない」
でも、なりかけている。
黒い何かが溜まっている。
土地の力? 人間の感情? 死んだものの無念? 生きているものの懊悩?
おそらく全部だ。
全部が混ざって腐り始めている。
「三週間後」
僕は呟いた。
「これが妖魔になる?」
だから僕の世界では線路で妖魔が暴れて、僕じゃない僕の世界では、妖魔は現れなかった。
突然妖魔が暴れたんじゃない。
今ここで、妖魔が生まれようとしているんだ。
「先生」
「うん」
「これ、どうしたらいいんです?」
「僕に聞かれても困るな」
「先生!」
「こっちでは、妖魔になる前のものを処理する技術なんて聞いたことがないよ」
そうか……この世界では、妖魔になったら殺す。
妖魔になる前なんて誰も見ていない。
「…………」
僕じゃない僕の世界では違う。
僕はどうしてた?
思い出せ。僕じゃない僕の世界では解決できた問題だ。
竜脈。
詰まり。
精霊。
黒影。
僕じゃない僕は、何をしてた?
記憶の中、頼れる白峰先生がいた。
白い服を着て、雀を肩にのせて笑っている。
笑って僕があたふたしているのを監督している。
『無理に干渉して動かそうとしない』
「…………」
『まず、探知。何が流れを止めているのか探しましょう』
そうだ。
「探知。原因を探す。そーっと。溶け込むように」
僕は立ち上がった。
「先に原因を探します」
白峰先生が少し笑った。
「向こうの僕も同じこと言った?」
「言いました」
「そっか」
「先生、ちょっと嬉しそうですね」
「嬉しいよ。知らない世界でも、僕はちゃんと教師をやってたみたいだから」
「…………」
ずるい。そういうこと言う。
「やってましたよ」
「なら良かった」
「滅茶苦茶口うるさかったです」
「琥珀」
「はい」
「調査しようか」
「はい」
◇
原因は、川の上流にあった。
「何これ」
健が顔をしかめる。
大量の石が、川沿いの一角へ積み上げられている。
一つ一つに文字が刻まれていた。
「呪具?」
桜が触れようとする。
「待って」
先生が止めた。
「古いね」
僕も見る。知らない。これは向こうにはなかった。嫌な感じがする。
「封印?」
「近いと思う」
白峰先生がしゃがむ。
「この山、昔は妖魔が多かったらしいんだ。記録で見たことがある」
「それを封じた?」
「可能性はあるね」
「じゃあ取ったら駄目じゃないですか」
「うん」
「でもこれが竜脈止めてます」
「…………」
全員黙った。
「詰んだ?」
「すぐ詰むな」
健に言われた。
「だって封印取ったら妖魔出る。取らなかったら三週間後に妖魔出る。どっちでも妖魔じゃん!」
「ほんとだ」
「桜まで!」
先生は石を見つめる。
「古い封印を維持したまま、流れだけ戻せればいいんだけど」
「できます?」
「僕はできない」
「僕は?」
「君が聞くの?」
「向こうの僕に聞いてみます」
「便利だね、もう一人の自分」
便利じゃない。説明書が虫食いなんだぞ。
僕は指輪に触れる。指輪越しに、月喰と繋がる。
「きゅ」
「できる?」
「きゅ!」
「できるそうです」
「絶対分かってないだろ」
「健は月喰を何だと思ってるんだ!」
「生まれたばっかの竜」
「正しい!」
反論できない!
でもやってみる価値はある。
地面へ手をつく。目を閉じる。
流れ。詰まり。封印。壊さない。無理に押さない。別の道に迂回させて、逃がす。
「…………」
記憶が来る。僕の頭の中で、黒影が走って雀が飛んだ。
僕は月喰から受け取った力を指輪を通して土地に流していく。
『そう。それでいい』
白峰先生の声。いや違う。向こうの白峰先生の声。
同じ声で、でもずっと静かで穏やか。
「月喰」
「きゅ!」
銀の指輪が熱くなった。
黒い流れを押さず、引っ張らず、細い道をほんの少し広げる。
石の封印を避けて、川へ森へ、本来流れていた場所へ流れるようにしていく。
「…………っ」
頭が熱くなる。すごい勢いで計算してるってわかる。
膨大な情報を処理していく。流れをうまく整えていく。
コントロールだ! 僕!!
「琥珀」
肩を掴まれた。白峰先生が心配している。
「無理しない」
「もうちょっと」
「顔色悪いよ」
「もうちょっとなんです!」
月喰が鳴く。
「きゅううう!」
力が増える。
「月喰、頑張れ!」
「きゅ!」
線が動く。メインの流れが変わる。
詰まっていたものを、少しずつ溶かして竜脈に流していく。
そうして、その流れを手元でくるくると回して、流れてきた黒いものを固めていく。取り出された黒いものを、僕は両手で掬って喉に流し込む……前に、手で口が塞がれていた。
「そこまで」
「先生!」
「それは食べちゃダメね。固められない? 桜、瓶」
「はい!」
「封印なら俺に任せろー!」
桜が瓶を出して、健が封印のお札を出す。
僕はハッとして、黒いものを固めてコロンと瓶に落とした。
「よし、いいこだ」
「危なかった。流れで飲んじゃうとこだった」
「絶対やめてね」
「なんでそっちの人達、これを飲もうとするの?」
「そうよ、明らかに体に悪いじゃない」
「さあ?」
立とうとして、足から力が抜けた。
「わっ」
先生に支えられる。足がガクガクしていた。
「はい。ここまで」
「まだいけます!」
「いけません」
「でも!」
「琥珀」
「はい」
「倒れるまでやるの、七年後の僕と何が違うの?」
「…………」
ぐうの音も出ない。
「妖気は感じられなくなったし、また調査に来てもいい。今日はここまで」
「でも、あとちょっとで」
「ここまで」
「はい」
◇
学校へ戻ってから、調査班が正式に組まれた。
古い封印。竜脈。周辺の妖気。過去の妖魔発生記録。鉄道路線。
全部調べ直すことになった。
僕達だけで解決するのは禁止。
当然である。
後日、竜脈を確認した。黒いものは完全に除去されて、妖魔の気配もなかった。
「未来情報が当たったわね」
桜が言った。
「事故、これでもう起きないかな?」
健が言う。
「起きないかなじゃなくて、起こさないんだよ」
僕は言った。
白峰先生がノートを開く。
【未来情報整理】
そして三週間後。雨が降った。
その夜。僕達は寮のテレビを見ていた。
ニュースは動物園でペンギンの子供が生まれたと言っていた。
平和な日常。
桜の両親は心配する桜を押し切り旅行を決行中である。
列車は脱線しなかった。桜の両親は旅行を楽しみ、誰も死ななかった。
「…………」
テレビを見る。
桜。
健。
白峰先生。
月喰。
誰も何も言わない。
僕は立ち上がり、机へ向かう。
四冊目。
【変えた未来】
開く。
一行目。
【健、生存】
その下へ。
書く。
【列車事故――発生せず】
「…………」
手が震えた。
できた。
本当に。
変わった。
「先生」
「うん」
「未来って」
喉が詰まる。
「こんな簡単に変わるんですね」
「簡単だった?」
「…………全然」
「じゃあ、一つずつだね」
「はい」
月喰が机へ前脚を掛けた。
「きゅ!」
「月喰も頑張ったもんな」
頭を撫でる。
嬉しい。
ものすごく。
だけど。
僕はもう一冊のノートを見た。
【未来情報整理】
事故を防げたということは、未来は変わる。
良い方向へ。そして当然、悪い方向にも。
「先生」
「うん?」
「これから僕の記憶と違うことが起き始めますよね」
「そうだろうね」
健が眉を寄せた。
「じゃあ未来知識、役に立たなくなるのか?」
「少しずつね」
白峰先生が答える。
「でも、それでいい」
「何で?」
「僕達は未来を再現したいわけじゃないから」
先生は。
【変えた未来】
そのノートを見る。
「変えたいんだから」
「…………」
そうだ。
僕は笑った。
「じゃあ、どんどん役立たずになろう」
「それでいいの?」
「最高じゃん」
僕が知っている未来なんて。
一個残らず役立たずになればいい。
先生が死ぬ未来も桜が死ぬ未来も。世界が滅ぶ未来も。
全部。
全部。
外れてしまえ。
◇
同じ頃、遠く離れた部屋で、一枚の報告書を読んでいた男がいた。
「…………へえ」
山彦鏡佳は、楽しそうに笑った。
山間部の古い封印。土地を流れる霊力の探知。
そして、生まれるはずの脅威を無にした偉業。
「竜脈まで分かるんだ」
指先で紙を叩く。
「調霊術、か」
妖魔から黒泥石を抜く。
妖魔を鎮める。
未知の生命を作る。
土地の流れを読む。
妖魔が生まれる前に消す。
「一年」
長いな。
山彦は頬杖をついた。
一年後、こちらから連絡すると約束した。
一年である。あまりにも長すぎる。
「…………」
少し考える。
そして。
「約束を守るのは大事だよね」
にっこり笑った。
「だから、会わなければいい」
直接は。
山彦は新しい紙を取り出した。
そこへいくつかの名前と場所を書き始める。
研究者。妖魔。呪具。封印。
そして最後に、白峰千景。
「さて」
琥珀は自分を使い倒すつもりらしい。
なら。
こちらも。
「一年後までに、欲しがるものをたくさん用意してあげよう」
最後に相手を取り込んで養分にしてしまうのは、さて、どちらかな?
琥珀には聞きたいことが沢山ある。欲しいものが沢山ある。
向こうがそうであるように。