ルートB   作:かりん2022

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戦闘

 未来を一つ変えた。つまり僕達は無敵である。

 

「違うよ」

「まだ何も言ってないですけど!?」

 

 朝食の席で白峰先生に先回りされた。

 

「顔に書いてあった」

「何て?」

「僕達は未来を変えた。つまりこの調子で全部解決できる」

「先生、読心術まで使えるんですか?」

「琥珀が分かりやすいだけ」

 

 失礼な。

 月喰へ切った林檎を渡す。

 

「きゅ!」

 

 月喰は元気いっぱいである。なお、竜に肉の味を覚えさせるのはチャレンジ精神がすぎるので、果物と野菜しかやるな。絶対生肉を食わすなと厳命されている。

 わかる。グリフが野生動物を狩って大騒ぎになったから。

 月喰にはいつまでも家畜のままでいて欲しい。

 列車事故を防いでから三日、僕の中ではかなり気分が上向いていた。

 

 一周目では何もできなかった。

 大勢が死んだ。

 先生も死んだ。

 桜も死んだ。

 世界まで滅んだ。

 

 でも今回は違う。

 

 健は生きている。

 列車事故も起きなかった。

 未来は変えられる。

 

「いやー、やっぱり僕って世界を救うために戻ってきたんですね」

「調子に乗ってる」

「桜まで!」

「昨日からずっとそれ言ってるもの」

「世界を救う男なんだから多少は許してよ」

「三回十五歳やってる男の台詞じゃねーな」

「健」

 

 僕は箸を置いた。

 

「最近それ気に入ってない?」

「効くからな」

「人の年齢を攻撃材料にするな!」

「えーと、二十五歳が2回に十五歳が一回で、65歳? 定年だな」

「足すな!」

 

 僕が定年なんて、そんな。

 

 いや。

 

 待て。

 

 一周目が二十五歳までで、向こうの僕が――。

 

「琥珀」

「はい?」

「計算しなくていいよ。二十五歳までを2回と五十歳までを一回だとまた違うから」

「何で分かったんです?」

「顔」

 

 僕はそんなに顔に出る人間だっただろうか。

 二つの人生のどちらを思い返しても、もう少しクールだった気がする。

 こんな僕、僕じゃない。はっ これがボケとか老害とかいうやつか……!?

 

「きゅ」

 

 月喰が林檎を要求している。

 

「はいはい」

 

 今は考えるのをやめよう。

 

 ◇

 

 午後。

 

 僕達四人と一匹は、授業の一環で討伐任務へ向かっていた。

 

 場所は街外れの古い団地。

 十年以上前から建て替えが進められているが、一棟だけ取り壊しが延期されているらしい。

 

 理由は単純。

 

 妖魔が出るから。

 

「低級が数体。昨日、調査員が一人怪我をしてる」

 

 歩きながら白峰先生が説明する。

 

「人に積極的に近づいてくる。今のところ死亡者はいない。ただし攻撃性は高い」

「じゃあ普通に討伐?」

「その予定」

「調霊術は?」

 

 僕が聞くと、先生は僕を見た。

 

「琥珀はどう思う?」

「見てから決めたいです」

「うん。それでいい」

 

 最近、先生はこういう聞き方をする。

 最初から答えを渡してこない。

 

 嫌だ。

 先生なら全部教えて。

 僕を楽させて。

 

「顔」

「何も考えてません」

「今、先生が全部決めてくれればいいのにって考えたでしょ」

「…………」

「当たり?」

「先生、僕のこと好きすぎません?」

「話を逸らさない」

 

 ちっ。

 

「きゅっ」

 

 月喰まで笑った。

 

「お前は僕の味方だろ」

「きゅー」

 

 最近本当に自我が強い。

 

 誰に似たんだ。

 

 僕だな!

 

 ◇

 

 団地へ入った瞬間、嫌な感じがした。

 

「……いる」

 

 桜が呟く。

 

「うん」

 

 健も武器へ手を掛ける。

 妖気は強くない。でも濃い。

 べっとりとまとわりつくような、気持ちの悪い妖気。

 この間の竜脈の淀みとは違う。

 あれは色々なものが混ざって腐り始めたものだった。

 

 これは。

 

「悪意」

 

 僕は呟いた。

 

「分かる?」

 

 白峰先生が聞く。

 

「多分」

 

 指輪へ触れる。

 月喰が僕の足元で低く唸った。

 

「きゅるるる……」

 

 珍しい。

 

 月喰は妖魔を見ても、いつもこうなるわけではない。

 むしろ興味津々で首を傾げることもある。

 でも今回は。

 

「嫌い?」

「ギュウ」

「すげー嫌そう」

「僕より分かりやすいな」

「琥珀も大概よ」

 

 失礼な。

 

 階段を上る。

 

 三階。

 

 四階。

 

 五階。

 

 途中で、笑い声が聞こえた。

 

「……子供?」

 

 桜が足を止める。女の子の声だ。

 

 くすくす。くすくすと。

 

 楽しそうな笑い声が、古びた廊下の奥から聞こえてくる。

 

「いるわけないよな?」

「立入禁止区域だよ」

 

 白峰先生の声が低くなる。

 また笑った。

 

『こっち』

 

 幼い声。

 

『遊ぼう』

 

「…………」

 

 嫌だ。

 

 これ。

 

 知ってる。

 

「琥珀?」

「待って」

 

 頭の奥が疼く。こっちじゃない。向こうであったこと。

 白い建物。

 森。

 子供の姿をした精霊。

 くすくすと笑い声。

 黒影。

 そして、うんざりするほど何度も繰り返された任務。

 

「…………向こうにもいた」

 

 三人が僕を見る。

 

「同じやつ?」

「多分」

「どうなった?」

 

 健に聞かれた。

 

 答えたくない。

 

 でも、答えなきゃ駄目だ。

 

「何度も鎮めた」

 

 白峰先生の表情が変わる。

 

「何度も?」

「向こうでは精霊でした。子供の姿をして、人を誘う。怖がらせる。傷つける。それで調べると、いつも邪念が溜まってた」

 

 記憶が浮かぶ。

 指輪を通して、黒影と繋がる。

 子供の姿をした精霊から、黒い邪念を抜いていく。

 

「邪念を抜くと大人しくなるんです」

「じゃあ、それで解決したんじゃないの?」

 

 桜が聞く。

 

「しなかった」

 

 しばらくするとまた人を誘う。

 怖がらせ、傷つけ、殺す。そのたびに邪念が溜まっていた。

 だから、何度も出動した。

 

「また抜いた。何度も何度も」

「それで?」

「その度に大人しくなった」

「……それでまた、やった?」

「うん。何度も被害が出た」

 

 また邪念が溜まった。

 また人を襲った。

 また鎮めた。

 何度も、何度も、何度も……。

 

「封印もしたと思う。でも、封じっぱなしにするんじゃなくて、落ち着かせる方法を探してた。邪念を抜いて、調律して、経過を見て……」

「結果は?」

 

 白峰先生が静かに聞いた。

 

「…………人を食べた。何度も」

 

 空気が止まった。

 

「邪念を抜いた後も?」

 

 健が聞く。

 

「うん」

「じゃあ邪念のせいじゃなかったってことか?」

「多分。悪意どうこうじゃなくて、悪気なくそういう事をする性格で、習性だったんだと思う」

 

 そこが向こうの僕達には、なかなか理解できなかった。

 荒れているなら鎮める。

 苦しんでいるなら原因を取り除く。

 邪念が溜まっているなら抜く。

 危険なら封じる。

 それでも駄目なら、もっと丁寧に原因を探す。

 そういう世界だった。

 

「向こうでは……殺さなかったの?」

 

 桜が聞いた。

 

「うん。そんなこと考えるの、山彦だけだった」

 

 殺す。

 その言葉自体が、選択肢に入らない。

 

「精霊を殺すなんて、普通は考えないから」

 

 だから山彦鏡佳は異端だった。

 精霊を殺すべきだと主張した。

 人間だけの世界を求めた。

 世界中から危険人物として扱われた。

 僕だって。

 あいつはおかしいと思っていた。

 

「…………」

 

 嫌なことに気づいた。

 

「もしかして」

 

 言いたくない。

 滅茶苦茶言いたくない。

 

「山彦、これについては正しかった?」

「琥珀?」

「嫌だ!」

「何が!?」

「山彦が正しかったなんて思いたくない! 精霊がいちゃいけない存在だなんて、人間だけがいればいいなんて、そんな事思いたくない!」

「まだ何も決まってないよ。それに、悪い人がいたから人間は全部悪い存在だ、なんて思わないでしょう?」

 

 白峰先生が苦笑する。

 

「そう、だけど……でも嫌だ! やはり精霊は殺すべきなのだ、なんてしたり顔で言われたら蹴っちゃうかも!」

「別世界の鏡佳にまで厳しいね、君」

「先生が甘すぎるんです!」

 

 何で僕が死んだ世界でまで山彦にポイント加算しなきゃいけないんだ。

 嫌だ。

 減点材料を探したい。

 

『遊ぼう』

 

 声がした。

 近い。

 僕達は一斉に廊下の奥を見る。

 

『ねえ』

『こっち』

 

 曲がり角から女の子が出てきた。

 白いワンピース。裸足。長い髪。

 

 一見すれば、可憐な女の子。

 

 ただし、顔がない。

 

「うわ」

 

 健が素直に引いた。

 

『遊ぼう』

 

 顔のない女の子が首を傾げる。

 そして。

 にゅう。

 首が伸びた。

 

「気持ち悪っ!」

 

 健が飛び退く。

 

「来るよ!」

 

 白峰先生の声。

 次の瞬間、女の子の身体が裂けた。中から黒い腕が何本も飛び出す。

 

「桜!」

「はい!」

 

 桜が種子を飛ばす。

 その種は女の子に根付き、養分を吸い取って動きを阻害して、美しい花を咲かす。

 腕が一瞬止まった。

 そこへ健が飛び込む。

 

「おらぁ!」

 

 双剣を振り抜く。

 

 一本。

 

 二本。

 

 黒い腕が千切れる。

 

『いたい』

 

 子供の声。

 

『いたいよ』

「…………」

 

 知ってる。この声、向こうでも聞いた。何度も聞いた。

 

『たすけて』

 

 泣く。

 

『こわい』

 

 左手が反射的に動いた。

 調霊術。邪念を抜く。鎮める。

 身体が覚えている。

 

「琥珀!」

 

 白峰先生の声。

 

 ハッと我に返った。

 

 女の子が僕を見ていた。顔なんてない。

 

 なのに。

 

 笑ったのが分かった。

 僕が止まった一瞬を狙って、床から黒い腕が飛び出した。

 

「っ!」

「ギュアッ!」

 

 月喰が僕の前へ飛び出す。

 火。

 まだ小さい。

 でも鋭い。

 伸びてきた腕が燃えた。

 

『あはは』

 

 女の子の声。

 

『まただ』

「…………また?」

『みんな、そう』

 

 ぞわりとした。

 

『かわいそうって』

『たすけたいって』

『やさしいね』

 

 黒い腕が増える。

 

『だから』

『食べやすい』

「…………」

 

 向こうの記憶が繋がった。

 邪念を抜いた。大人しくなった。また人を襲った。

 また邪念が溜まった。また抜いた。また襲った。

 僕達は。

 順番を逆に考えていた?

 

「こいつ」

 

 指輪を通して見る。

 黒い。

 でも。

 外から邪念に侵されているんじゃない。

 こいつ自身が、人を怖がらせる。

 人を傷つける。

 その結果。

 

「悪いことするから邪念が溜まるんだ」

 

 逆だ。

 邪念があるから人を襲うんじゃない。

 人を襲う。

 人を苦しめる。

 それを繰り返すから邪念が溜まる。

 

 僕達は、結果を取り除いて、原因まで消えたと思っていた。

 

『たすけて』

 

 また、泣く。

 僕は左手を下ろした。

 

「嫌だ」

『いたいよ』

「知ってる」

『こわい』

「嘘つけ」

 

 武器を構える。僕の武器は鉤爪。

 精神を集中すると、ナックルから爪が生えてくる。

 その爪を、女の子に思い切り振り下ろした。

 こっちの身体が、知っている。

 十年間。何百、何千。妖魔を殺した。

 向こうの僕にはなかった技術。

 終わらせるための技術。

 

「先生」

「うん」

「こいつ、殺していいですか」

「いいよ」

 

 即答。

 あまりに早い決断。

 向こうの世界では、絶対に返ってこなかった答え。

 

「討伐する」

「はい!」

 

 そうして、僕は思い出した。

 何気ない日常、未来の中に。少しだけ手強いけど、なんて事ない普通の敵として。

 この女の子を屠っていた。

 

 ◇

 

 戦い方は忘れていなかった。

 以前いなかった健がいる。

 家族は無事で桜のコンディションは万全。

 負ける要素がない。

 

「健、右!」

「おう!」

 

 健が走る。

 黒い腕が伸びる。

 

「桜!」

「分かってる!」

 

 種子が蒔かれ、急成長した蔦が女の子を拘束する。

 そして、以前では絶対にあり得ない戦い方。

 

「月喰!」

「きゅあっ!」

 

 使い魔の攻撃。

 炎。

 顔のない女の子が身を捩る。

 

『いたい』

「知るか!」

 

 健が双剣を叩き込んだ。

 

『ひどい』

「人食っといて言うな!」

 

 僕は笑いそうになった。

 そうだよ、これでいい。

 悪いことをしている。止めてもやめない。

 鎮めても繰り返す。

 だから終わらせる。当然のことだ。

 黒い腕を避ける。

 身体が軽い。

 

 向こうの僕の記憶が入ってから、妙な迷いが増えた。

 

 妖魔の恐怖が分かる。

 

 苦痛が分かる。

 

 邪念が見える。

 

 殺さなくていい可能性が見える。

 

 でも。

 

 だからって。

 

 殺す技術を忘れたわけじゃない。

 

「僕は」

 

 踏み込む。

 

「両方できる」

 

 女の子の腕を潜る。

 鉤爪を振るう。

 裂く。

 

『いや』

「嫌でも」

『しにたくない』

「僕だって死にたくなかったよ」

 

 桜。

 健。

 先生。

 向こうで死んだ人達。

 こいつに食われた人達。

 

「みんなそうだ」

 

 白峰先生の術式が展開する。

 逃げ道が塞がれる。

 

「琥珀!」

「はい!」

 

 月喰が吠える。

 炎が走る。

 僕は迷わず、鉤爪を振り抜いた。

 

 妖魔が叫ぶ。

 

 子供の声ではない。

 

 耳をつんざくような異音。

 

 黒い身体が切り裂かれて崩れる。

 

 そして、消えた。何も残らなかった。

 

 黒泥石も何も。

 

 いつも通りの、討伐任務だった。

 

 ◇

 

「…………」

 

 静かになった廊下で、僕は妖魔が消えた場所を見つめていた。

 

「黒泥石、出ませんでしたね」

「そうだね」

 

 白峰先生が隣へ来る。

 

「何も残らなかった」

「うん」

「…………先生」

「何?」

「向こうでは、これを何回も鎮めたんです」

「うん」

「邪念を抜けば大人しくなった。だから、やっぱり助けられるんだって思った」

「うん」

「でも違った」

 

 邪念を抜く。

 それ自体は成功していた。

 調霊術は間違っていなかった。

 ただ、使う相手を間違えていた。

 

「こいつ、邪念が本体だったわけでもないんですよね」

「多分ね」

「邪念を抜いても、こいつはこいつだった」

「うん」

「人を食べるのも」

「うん」

「人が怖がるのを喜ぶのも……それがこの個体の性質だった可能性は高い」

「…………」

 

 僕は壁にもたれる。

 

「向こうじゃ、どうすれば良かったんだろ」

「封印?」

「やってました」

「もっと強い封印」

「多分、それも」

「それでも出た?」

「…………多分」

 

 断片的だ。

 

 でも。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 こいつと対峙した記憶がある。

 

「殺すって選択肢があれば」

 

 呟いた。

 

「もっと早く終わったのかな」

「そうだね。救うだけではできない事もある。殺すだけでもね」

 

 先生は否定しなかった。

 

「でも」

 

 こちらを見る。

 

「だから向こうの世界が全部間違っていた、にはならないよ」

「分かってます」

「本当に?」

「この間、竜脈で散々見せつけられましたから」

 

 こっちでは妖魔になるまで気づかなかった。

 向こうでは、妖魔になる前に処理していた。

 

「こっちは、終わらせるのが得意」

 

 僕は言った。

 

「向こうは、始まらせないのが得意だった」

 

 先生が少し目を見開いた。

 

「面白い言い方だね」

「だってそうじゃないですか」

 

 壊れたものを処分する。

 悪意が形を取る前に鎮める。

 どれも世界を救うのに必要なこと。

 

「多分、両方必要だった。でも片方しかなかったから滅んだ」

「そうなのかもしれないね。だからこれからは、どうするか考えていかないといけない。救うのか、殺すのか。毎回ね」

 

 僕はあーっと声を上げて伸びをする。

 

「面倒臭いなぁ! 全自動で仕分けて偉い人!」

「世界を救うんでしょ?」

「もっと簡単な世界にしてください!」

「僕に言われても」

 

 白峰先生が笑った。

 

「神様に言って」

「…………」

 

 神。

 そういえば、あの時。僕が逆行する前、声が聞こえた。

 

『ちょうどよく混じったね』

 

 とか言ってたな。

 

「…………」

 

 腹立ってきた。

 絶対何か知ってるだろ。

 

「琥珀?」

「神様に文句言いたくなってきました」

「会えるの?」

「なんだかそれっぽい声は聞いたことがあります」

「どんな事言ってた?」

「ちょうどよく混じったって」

「向こうの君と?」

「多分」

「本当に君は神様の選んだ救世主なのかもね」

「多分」

 

 ◇

 

 学校へ戻った。

 

 その日の作戦会議。

 

 白峰先生が新しいページを開く。

 

【調霊術 適用判断】

 

「必要だと思う」

 

 先生は項目を書き出していく。

 

【対象の自我】

【邪念との分離可能性】

【攻撃性】

【対話反応】

【過去の被害】

【再発の有無】

【調律後の変化】

 

「今回ので一番重要なの、これじゃないです?」

 

 僕は書き足した。

 

【邪念が原因なのか、結果なのか】

 

 先生のペンが止まる。

 

「うん。重要だね」

「今回のやつは結果だった」

 

 悪意に侵されたから、人を襲ったんじゃない。

 人を襲い続けたから。悪意を積み重ねたから、黒くなった。

 

「じゃあ今までの妖魔も調べ直せるんじゃない?」

 

 桜が言った。

 

「邪念を抜いたら大人しくなった妖魔と、また暴れた妖魔で違いがあるかも」

「あるかもしれない」

 

 先生が頷く。

 

「記録を取ろう」

「うへぇ」

 

 健が嫌そうな声を出す。

 

「何?」

「研究みたいになってきた」

「世界救済だぞ。真面目にやれ」

「お前が言うなよ」

「僕は真面目だよ!」

「黒いの飲もうとした奴が?」

「それは向こうの僕の習慣!」

「今のお前も飲もうとしただろ」

「身体が勝手に!」

「きゅ!」

 

 月喰が口を開けた。

 

「お前は食べちゃ駄目だからね!?」

「きゅ?」

「何で残念そうなの!?」

 

 桜が笑う。

 

「飼い主に似たんじゃない?」

「そんなところ似なくていい!」

 

 先生まで笑っている。

 何だ。

 僕以外全員敵か。

 

 ◇

 

 夜。

 

 僕は一人で【僕の知らない僕について】を開いた。

 

 今日の妖魔。

 

 向こうでの記憶。

 

 思い出せる限りを書く。

 

 何度も邪念を抜いて、何度も鎮めた。何度も封じた。

 それでも繰り返した。

 

「…………」

 

 もしもあの時、こっちの僕の感覚があったら。

 ちゃんと被害なく終わらせられたんだろうか。

 一回目の僕達みたいに。

 

「…………」

 

 考えても仕方ない。

 向こうの僕は、向こうの世界で生きていた。

 殺すなんて、きっと思いつきもしなかった。

 だから、今の僕がいる。

 二つとも知っている。

 ノートへ書く。

 

【もう一つの世界の失敗】

【終わらせるべきものを、終わらせられなかった】

 

 その下。

 

【こちらの世界の失敗】

【終わらせなくてもいいものまで、終わらせていた】

 

 並べる。

 

「…………」

 

 武器だけでも駄目だった。

 手を差し伸べるだけでも駄目だった。

 

「友達と武器」

 

 呟いた。

 

「…………?」

 

 何だ?

 

 今。

 

 胸の奥が。

 

 妙にざわついた。

 

 友。

 

 武器。

 

 二つ。

 

 何か。

 

 ものすごく大事なことを思い出しかけたような。

 

『――どちらにする?』

「…………!」

 

 声。

 

 知らない。

 

 いや。

 

 知ってる?

 

 頭の奥に、一瞬だけ。

 

 二つの文字が浮かんだ。

 

【友】

 

【武器】

 

 それは遥か昔の選択肢。

 

「…………何だ、これ」

 

 手を伸ばす。

 

 でも。

 

 消えた。

 

「待って」

 

 思い出せ。

 

「待って待って。今の絶対大事なやつ!」

「きゅ?」

「月喰、静かに! 今、僕の脳みそが頑張ってる!」

「きゅ」

「…………」

 

 駄目だ。

 

 消えた。

 

「くそぉ……!」

 

 ノートへ慌てて書く。

 

【友】

【武器】

【どちらにする?】

 

 その下に、

 

【神?】

 

 と書いた。

 

「…………」

 

 神。

 

 二つの世界。

 

 僕。

 

 混ざった。

 

『ちょうどよく混じったね』

 

「…………」

 

 何なんだよ。

 

 お前。

 

 その時。

 

 窓が。

 

 こん。

 

 鳴った。

 

「?」

 

 顔を上げる。

 

 こん。

 

 もう一度。

 

 ここは二階。

 

 風?

 

 枝?

 

 いや。

 

 窓の外には何もない。

 

 月喰が立ち上がる。

 

「ギュルルル……」

 

 警戒している。

 僕も立つ。窓へ近づく。

 開けない。まずは確認。

 偉い。

 成長した。

 カーテンをほんの少し開く。

 

「…………」

 

 一羽の烏がいた。

 使い魔ではない、普通の烏。

 黒い羽。黒い嘴。黒い目。

 嘴に。

 折り畳まれた紙を咥えている。

 

「…………」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「開けませんよ」

『…………』

「帰ってください」

『…………』

「山彦?」

 

 烏がこてんと首を傾げた。

 

「絶対山彦じゃん!」

 

 開けない。

 

 偉い!

 

 僕はすぐに部屋を飛び出した。

 

「せんせー!!!」

 

 廊下を走る。

 

「山彦が直接会わなければセーフ理論を実践してます!!!」

 

 先生の部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「何!?」

「烏!」

「烏?」

「手紙!」

 

 白峰先生の顔から表情が消えた。

 

「…………鏡佳」

 

 怖い。すごく怖い。でも。ちょっと楽しそう。

 僕はちゃんと報告しましたから!

 僕は先生の後ろをついて部屋へ戻った。

 窓の外では、烏がまだ待っている。

 そして部屋の中では。

 

「きゅっきゅっきゅっ」

 

 月喰がものすごく楽しそうに笑っていた。

 

 一年。

 

 長いな。

 

 そう思っているのは。

 

 どうやら。

 

 僕だけではなかったらしい。

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