科(化)学系チート持ち転生者のお話 Re:オタクルート   作:金属粘性生命体

1 / 1
1歩

 

 

 

 人生で最初に確認したのは、家族の顔でも、自分につけられた新しい名前でもなかった。

 

 この世界に、初音ミクがいるかどうかだった。

 

 もっとも、生まれたばかりの赤ん坊にインターネットで検索することなどできない。実際に答えを得られたのは、家のパソコンを触らせてもらえる程度に成長してからになる。

 

 結果として、いた。

 

 ミクも、ポケモンも、カードゲームも、ロボアニメも。

 

 前世で好きだったものは、この世界にもちゃんと存在していた。

 

 なら、まあ。

 

 生きる理由としては十分だった。

 

 

 

 

 

 事の始まりは、よくある転生というやつだ。

 

 前世の記憶を持ったまま新しい命として生を受け、どういうわけか、頭の中にはとんでもない量の知識が詰まっていた。

 

 今後、人類が数百世紀をかけて開発し、発見していく科(化)学技術。

 

 人類が創作の中で思い描いてきた科(化)学技術と、それらを現実に成立させるための理論。

 

 そして、その膨大な知識によって人格や価値観を塗り潰されないための処置。

 

 普通なら夢物語で終わるはずのものを思い浮かべても、俺の中では具体的な理論や部品、必要な工程へと分解されていく。

 

 人工知能。

 

 ナノマシン。

 

 常温核融合。

 

 完全没入型の仮想現実。

 

 空間投影。

 

 人間と変わらない身体を持つ機械。

 

 空を飛ぶ巨大ロボット。

 

 どれも、どうすれば作れるのか分からない未知の技術ではない。必要な設備と材料さえ揃えば、現実へ持ち込めるものだった。

 

 だからといって、世界を変えたいわけではない。

 

 歴史に名を残したいわけでも、科学の進歩に人生を捧げたいわけでもなかった。

 

 ただ、前世から好きだったものを、自分の手で現実にしてみたかった。

 

 画面の向こうにしかいなかった存在と話してみたい。

 

 アニメや漫画の中でしか動かなかった道具を、実際に手に取って遊んでみたい。

 

 それだけだ。

 

 とはいえ、知識があるからといって、幼い頃から好き勝手に動けるわけではない。

 

 突然、3歳児が謎の電子機器を組み上げたり、5歳児が複雑なアルゴリズムを書き始めたりすれば、どう考えても親を不安にさせる。

 

 病院へ連れていかれる程度ならまだいい。

 

 下手をすれば、お祓いまで検討されかねない。

 

 子供の身体で天才らしく振る舞うことはできても、その後で親が泣く。

 

 それはさすがに御免だった。

 

 趣味に生きたいのであって、家族を不安にさせたいわけではない。

 

 だから、しばらくは普通の子供として過ごすことにした。

 

 泣きたい時には泣き、おもちゃを与えられれば遊び、学校に行けと言われれば大人しくランドセルを背負う。

 

 家族と食卓を囲み、友人と遊び、前世で知っていた作品をもう一度最初から楽しむ。

 

 極めて真っ当で、親孝行なスローライフである。

 

 もちろん、その間も頭の中は忙しかった。

 

 家のパソコンを自由に使えるようになると、ローカルフォルダの奥に『趣味ノート』と名付けたテキストファイルを作った。

 

 そこへ、思いついたものを少しずつ書き足していく。

 

 ボーカロイドに返事をしてもらう。

 

 カードからモンスターを出す。

 

 ポケモンと散歩する。

 

 妖怪ウォッチを作る。

 

 ロボットのコックピットに座る。

 

 書き始めれば、やりたいことはいくらでも出てきた。

 

 ボーカロイドと一口に言っても、ただ質問に答えるだけの会話ソフトでは足りない。

 

 歌っていない時にもそこにいて、こちらの言葉を聞き、考え、その時々で違う言葉を返してほしい。

 

 カードゲームなら、モンスターを立体映像で表示するだけではなく、攻撃や魔法、フィールドそのものまで目の前に広げたい。

 

 ポケモンとは写真を撮るだけでなく、同じ道を歩き、こちらの呼びかけに反応してほしい。

 

 思いつくたびに条件を付け足していけば、必要になる技術と設備も増えていく。

 

 どれも今すぐ作る気はなかった。

 

 けれど、いつか必ず作る。

 

 そう決めて、趣味ノートへ少しずつ夢を書き足しながら、至って平凡な学生生活を送った。

 

 

 

 そして高校へ進学した春。

 

 ようやく、自分で趣味に使う金を稼げるようになった。

 

 高校生になって最初に始めたのは、近所のスーパーでのアルバイトだった。

 

 放課後に制服から着替え、売り場へ商品を並べる。混雑していればレジへ入り、閉店が近づけば崩れた棚を整える。

 

 数百世紀先の科学知識など、まるで必要のない仕事である。

 

 それでも不満はなかった。

 

 働いた時間に応じて給料が発生し、その金を自分の判断で使える。幼い頃には持てなかった自由が、ようやく少しだけ手に入ったのだ。

 

 最初の給料が振り込まれた日、スマートフォンの画面に表示された口座残高をしばらく眺めた。

 

 金額自体は、それほど多くない。

 

 未来技術を利用して金を稼ぐ方法なら、いくらでも考えられた。

 

 株価や為替の変動を予測してもいい。既存のシステムの脆弱性を見つけてもいいし、現代より数段進んだ技術を適当に売り込んでもいい。

 

 ただ、高校に入ったばかりの少年が突然大金を手に入れれば、親が心配しないはずがない。

 

 何より、最初からそこまで急ぐ理由もなかった。

 

 今は普通に働き、少しずつ貯めればいい。

 

 給料の全てを貯金へ回すようなこともしなかった。

 

 友人と出かければ普通に金を使い、欲しいゲームが発売されれば買う。漫画や音楽まで我慢して、通帳の数字だけを増やすつもりはない。

 

 趣味のために働き始めたのに、その趣味を我慢し続けるのでは本末転倒だ。

 

 その月に使う分を先に分け、残った金を貯金する。

 

 最初は数万円だった数字が、少しずつ増えていく。

 

 夏には10万円へ届き、秋にはそれを超えた。

 

 冬に発売された限定版のゲームを前にした時は少し悩んだが、結局は予約した。

 

 届いた日は開発資金のことを忘れて遊び、クリアした後になってから、気になった画面構成や操作感を趣味ノートの端へ書き残した。

 

 ゲームを作る技術そのものなら、既に知っている。

 

 だが、現代の人間が何を面白いと感じ、何を不便に思うのかまで、知識だけで決めつけるつもりはなかった。

 

 面白い作品は、まず普通に楽しむ。

 

 分析するのは、その後でいい。

 

 やがて高校1年の終わりが近づいた頃には、口座の残高は25万円を少し超えていた。

 

 当初の予定とほぼ同じ金額である。

 

 高校2年へ進級した春休み。

 

 俺は自室のパソコンで、以前から少しずつ作っていた部品表を開いた。

 

 CPU、GPU、マザーボード、電源、冷却装置。

 

 ゲームを遊ぶだけなら、25万円でも十分な性能のパソコンを組める。

 

 しかし、俺が必要としているのはゲーミングPCではない。

 

 ゲーム開発と並行して、制作を補助するAIを動かす。

 

 コードの作成補助や検証、バグの捜索、素材の制作、大量の自動テストを同時に処理する。

 

 制作途中のデータだけでなく、過去のバージョンや動作記録も可能な限り残しておきたい。

 

 そのため、メモリとSSDはあまり削りたくなかった。

 

 高速なSSDは開発環境用と作業データ用に分ける。長期保存用には容量の大きいHDDも欲しい。

 

 今後の拡張を考えれば、マザーボードや電源にも余裕が必要になる。

 

 安さだけを優先して組み、少し後になって全体を買い直すより、最初から機能を足しやすい構成にしておいた方がいい。

 

 予備部品と周辺機器まで含めた合計金額は、およそ50万円。

 

 口座にある金の、ほぼ倍だった。

 

「やっぱり足りない、か」

 

 メモリを半分にすれば安くなる。

 

 SSDも1枚に減らせるし、HDDは後回しでもいい。GPUの性能を落とせば、さらに余裕はできる。

 

 ただ、それでは開発用の土台として中途半端になる。

 

 もう1年間アルバイトを続ければ、残りの金も用意できるだろう。

 

 待てないほど長い時間ではない。

 

 だが、今の貯金を使ってゲームを作れる環境を整え、そのゲームから収益を得られれば、アルバイトだけで残りを貯め続けるより早い。

 

 そのためには、最初の環境で妥協しすぎない方がいい。

 

「……借りるのが一番かな」

 

 親から貰うのではなく、借りる。

 

 ゲームが売れれば、売上から返す。売れなければ、今まで通りアルバイトを続けて返せばいい。

 

 1年間働いて貯金した事実を見せれば、少なくとも思いつきで高いパソコンを欲しがっているとは受け取られないはずだ。

 

 数日かけて部品表を見直し、簡単な返済計画も作った。

 

 最初から大作を1本作るつもりはない。

 

 まずは制作環境の試験を兼ねて、小さなゲームを1本。

 

 実際に公開して得られた反応を、次に作る2本へ反映する。

 

 そこから少しずつ数を増やし、どれかが伸びれば、その収益を開発環境へ戻していく。

 

 売れる保証はない。

 

 だからこそ、失敗した場合の返済方法も用意しておく必要があった。

 

 

 準備を終えた日の夕食後、通帳と印刷した部品表を持ってリビングへ向かった。

 

「父さん、母さん。少し相談してもいい?」

 

 テレビを見ていた父さんがリモコンで音量を下げ、母さんも手にしていたスマートフォンをテーブルへ置いた。

 

「どうしたの?」

 

「パソコンを新しく組みたいんだ。ゲーム制作とプログラミングに使うもの」

 

「今のパソコンでは駄目なのか?」

 

「簡単なものなら作れると思う。でも、これから何本も作るなら、最初にきちんとした環境を整えたい」

 

 部品表を2人の前へ置く。

 

 父さんは上から順番に目を通し、最後に書かれた合計額を見たところで手を止めた。

 

「50万円か」

 

「うん。自分で25万円は用意したから、残りの25万円を貸してほしい」

 

「貸して、なのね?」

 

「貰うつもりはないよ。ゲームが売れたら、最初に返す。売れなかった場合は、今まで通りアルバイトを続けて返す」

 

 通帳を開き、1年間の給与と残高を見せる。

 

 母さんは貯まっている金額に少し驚いたようだった。

 

「こんなに残していたの?」

 

「使う分は使ってるよ。全部我慢して貯めたわけじゃない」

 

「それならいいけど……これを買った後、バイトを増やしたりしない?」

 

「増やさない。学校も今まで通り通うし、試験前は開発も止める。返すのを急いで生活を崩すつもりはないよ」

 

 父さんは部品表の横に置いた計画書へ目を移した。

 

「ゲームは、もう作れるのか?」

 

「作り方は分かってる。でも、実際に売れるかどうかは出してみないと分からない。最初は小さいものを1本作って試すつもりだよ」

 

「いきなり大きなゲームを作るわけではないんだな」

 

「無名の個人が時間をかけて1本作っても、誰にも見つけてもらえない可能性があるからね。最初は何本か出して、反応を見たい」

 

「それで、このメモリとSSDというものが多いのは?」

 

「ゲームを作りながら、コードや素材を作る補助ソフトも同時に動かしたいんだ。SSDは作業用。HDDは過去のデータや検証記録を残すため。あと、後から機能を追加できるように、拡張しやすい部品を選んでる」

 

 未来技術や人工知能について、そのまま話す必要はない。

 

 ゲーム制作の補助ソフトという説明でも嘘ではなかった。

 

 父さんは幾つか質問を続け、俺はできるだけ分かりやすく答えていく。

 

 母さんはそのやり取りを聞きながら、通帳と返済計画を何度か見比べていた。

 

「去年からずっと、このためにアルバイトしていたの?」

 

「一番最初の目的はこれだね。その先に作りたいものもあるけど、まずはパソコンがないと始まらないから」

 

「その先って?」

 

「それは、もう少し形になってから見せるよ」

 

 今の段階で、ボーカロイドと話せるようにしたい、カードからモンスターを出したいと説明しても、さすがに冗談だと思われるだろう。

 

 父さんはしばらく計画書を眺めた後、母さんと顔を見合わせた。

 

「分かった。25万円は貸そう」

 

「本当に?」

 

「1年間働いて半分を貯めたんだ。何も考えずに欲しがっているわけではないことは分かった。ただし、学校を疎かにしないこと。ゲームが売れなかったからといって、無理にバイトを増やさないこと」

 

「分かった。ありがとう」

 

「それと、夜更かしのしすぎも駄目よ」

 

「気をつけるよ」

 

「できるだけ、ではなくて?」

 

「……なるべく早く寝ます」

 

 母さんは完全には納得していない顔をしていたが、それ以上は追及しなかった。

 

 数日後、父さんから借りた25万円が口座へ振り込まれた。

 

 残高に並ぶ数字を確認し、俺は保存していた部品表を開く。

 

 もう一度、全体の構成を見直す。

 

 将来交換する可能性が高い部品に金をかけすぎず、長く使うケース、電源、マザーボードには余裕を持たせる。

 

 メモリとSSDは予定通り確保し、保存用のHDDも削らない。

 

 複数の通販サイトを見比べ、在庫と価格を確認してから、選んでいた部品を一つずつカートへ入れていく。

 

 合計金額は、予算の範囲内。

 

 最後に配送先と支払い方法を確認し、注文を確定した。

 

『ご注文ありがとうございます』

 

 画面へ表示された文字を眺めてから、ローカルフォルダの奥にある『趣味ノート』を開いた。

 

 最初に並んでいるのは、ボーカロイドに返事をしてもらうという目標。

 

 その下には、前世から抱えてきた夢が幾つも続いている。

 

 やりたいことは変わっていない。

 

 ただ、いきなり本命へ手をつけるつもりもなかった。

 

 趣味には金がいる。

 

 それも、俺がやりたい趣味には、普通とは桁の違う金がかかる。

 

 だから、まずはゲームを作る。

 

 その前に、一人でも何本ものゲームを作れるよう、考案、コード作成、素材制作、検証を補助するAIと、自分専用の開発環境を用意する。

 

 必要になった機能は、その都度足せばいい。

 

 ゲームエンジンも物理エンジンも、既存のものへ自分を合わせるより、自分が使いやすい形で最初から作った方が早いだろう。

 

 趣味ノートの一番上へ、新しい項目を書き足す。

 

『第1段階――資金集め』

 

『最初に作るもの――制作AI』

 

 注文した部品が届けば、ようやく始められる。

 

 前世では画面の向こうに手を伸ばすことしかできなかった。

 

 今度は、その距離を自分の手で少しずつ縮めていく。

 

「さて。ここからだな」

 

 静かな部屋の中で、注文完了を知らせるメールが立て続けに届き始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。