「せ、船長……!? なんでベランダから……ッ!?」
突然の侵入者に俺が絶句していると、マリン船長は手に持った「最新型4K配信用カメラ」を構えながら、ベロリと艶っぽく唇を舐めた。
「あら〜〜ん、おれちゃん? 『道三が抜き身』だの『黒歴史で冷ます』だの、ベランダの下で聞いてたら面白すぎて我慢できなかったのよ〜ん❤️ 顧問として、部員の『夜の特訓』を暖かく……そう、生暖かく見守り(配信し)にきたのよ〜〜〜!!」
「見守るどころかカメラ構えて乱入してきてるじゃないッスかーーーーッ!!」
壁の向こうからスバルの絶叫が響く。
だが、マリン船長の出現によって、俺の脳内はパニックを起こしていた。
カメラ。レンズ。記録される、ということ。
その三つが、俺の中で最悪の一本の線に繋がった。
「くっ……ダメだ……! このままじゃ……あの『中学二年の夏』の悲劇が繰り返されてしまう……ッ!」
「あら? 『中学二年の夏』……? 何かしらそれ、あたしに詳しく教えて頂戴〜〜❤️」
マリン船長がカメラを回しながら迫ってくる。
俺は頭を抱え、必死に記憶の引き出しを閉ざそうとした。しかし、一度解き放たれた過去のトラウマは、走馬灯のように俺の脳裏を駆け巡っていく――。
◇
――それは、俺がまだ中学二年だった、青く甘酸っぱい(そして痛々しい)夏のことだ。
当時の俺は、いわゆる「中二病」の真っ只中にいた。
自分の右目には暗黒の魔力が封印されていると信じ込み、毎日眼帯をして登校し、ノートにはオリジナルの魔法陣やルビだらけのファンタジー設定を書き殴っていた。
——眼帯を買ったのは、四月だった。スバルの顔をまともに見られなくなった、あの春と同じ月だ。当時の俺は、その二つを結びつけて考えたことなど一度もなかった。
そして、その痛々しい青春のピーク時に事件は起きた。
夏休み前の歴史の授業。
スクリーンの教材に映し出されたのは、戦国時代の武将――斎藤道三の肖像画であった。
『美濃のマムシ』と呼ばれ、一国の主へと成り上がった下剋上の天才。その鋭い眼光と、泥臭く泥沼から這い上がる圧倒的な野心。
(か……カッコよすぎる……ッ!!)
中二病を拗らせていた俺の心に、道三の生き様は電撃のように突き刺さった。
「闇の血族」などという生ぬるい設定を捨て去り、俺は「己の中に戦国大名の野望を宿す男」として生きることを誓ったのだ。
その日の夜、俺は自室で密かに『儀式』を行った。
歴史の資料集に載っていた道三の肖像画を机に祀り、ろうそくに火を灯し、全集中で念じたのだ。
『我に宿れ……美濃のマムシよ! 天下を喰らい尽くす野望の力を、我が身に宿らせ給え……!』
思い返せば、あれは単なる痛い中学生の妄想儀式に過ぎなかった。
……そう、「あるハプニング」さえ起きなければ。
なんと、その『儀式』の最中に、当時クラス委員だったスバルが、プリントを届けに俺の家にやってきてしまったのだ!
『おーいおれちゃん! 夏休みの宿題のプリント持ってきたッス……って、うわあああああッ!? なに部屋を真っ暗にしてろうそく立てて変なおじさんの絵にお祈りしてるんスかーーーーッ!!?』
ノックもなしに部屋のドアを開けたスバルは、真っ暗な部屋でろうそくの火に照らされ、眼帯をしたまま道三の肖像画に向かって奇声を上げていた俺の姿を目撃してしまった。
プリントが宙に舞った。
『ヒギャアーーッ! おれちゃんが怪しいカルト宗教に洗脳されたッスーーーッ!!』
『ち、違うんだスバル! これは洗脳じゃなくて、俺の中に道三を召喚する儀式で……!』
慌てて弁明しようとした俺は、足元のコードに足を引っかけ、勢いよく転倒した。
その拍子に、机の上のろうそくが倒れ、あろうことか俺の股間に直撃したのだ!!
「アッツゥゥゥゥゥーーーーーッッ!!!!」
熱狂的な情熱(物理)と、熱々のロウの激痛!
そして、大好きな(?)幼馴染に見られたという人生最大級の恥ずかしさと精神的ショック!
「精神の極限状態」と「股間への物理的ダメージ」が奇跡の融合を果たしたその瞬間――。
俺の潜在意識に『斎藤道三』という概念が焼き付けられ、俺の股間には『欲望が高まるとイキリ立つ暴走武将・道三』という悪魔のシステムが完全構築されてしまったのである……!
◇
「……というわけだったのか……ッ!」
過去の回想から引き戻された俺は、自室の床で膝をついていた。
中二病の痛烈な黒歴史と、物理的熱量、そしてスバルに見られた恐怖のトラウマが生み出した『呪い』だったのだ!!
「あら〜〜〜〜ん!!❤️ なんて最高に香ばしくて痛々しい過去なのかしら〜〜〜〜ん!!」
だが、俺が過去のトラウマに絶望したその瞬間――マリン船長が妖艶な笑みを浮かべ、手に持った4Kカメラのレンズを、汗だくで床に崩れ落ちた俺の顔に至近距離で突きつけた!
『ギュルリ……』と機械音を立ててズームし、俺の情けない表情を余すところなく捉えるレンズ。
「決めたわ〜〜ん❤️ タイトルは『闇の血族、深夜に吼える ~ある男子高校生の黒歴史全記録~』! 顧問として、部員の青春を全世界にドキュメンタリー配信してあげるわね〜〜〜❤️」
「タイトルが完成してるーーーッ!! やめろ、カメラを向けるな船長ッ!!」
黒歴史の爆撃によって一度は鎮火しかけたはずの『道三』が、マリン船長という危険すぎる大人の刺激(フェロモン)と、「黒歴史が全世界に配信される」という極限の危機感を糧にして、激しく脈打ち始めた!
『ぬおおおおおッ! 新たな刺激と危機なりーッ! マムシ、ここに最悪の再覚醒(リボーン)を果たす!!』
「くっ……ダメだ……! 船長がカメラを向けたせいで……道三が刺激されて……『美濃のマムシ(完全体)』へ覚醒しちまったーーーッ! 船長、お前事態を悪化させてるだけじゃないかーッ!!」
「あら〜〜ん❤️ 顧問の愛よ〜〜❤️」