部屋を包んだピンク色の眩い光が弾け――ポーン!!
「きゃぁぁぁっ!?」
「うわぁぁぁぁッ!」
気がつくと、俺たち三人は――俺の精神世界『限界突破バブみ世界』の真ん中に倒れ込んでいた。
雲は綿菓子、空からはミルクの雨。
目の前に鎮座するのは、マリン船長の過剰な母性を吸収してトロトロに溶けた、巨大な『スライム状のバブみ道三』。
『ふにゃぁぁぁ……心地よいのじゃ……。おれちゃんの意識も一緒に溶かして、この揺籃(ゆりかご)のごとき甘やかしの沼で、永遠に揺れるのじゃぁぁぁ……』
「ゆりかごだと……? ふざけるなッ! そんなもんに沈んだら、二度と朝が来ねぇだろうがッ!」
「そうはさせるかーーーッ!!」
俺は間髪入れずに木刀を構え、スライム状の道三へ一直線に飛び込んだ。
「秘技・朧月夜・マムシ一閃!!」
渾身の力で振り下ろされた木刀。だが――ズブッ……!!
「お、おれちゃん!木刀が沼に食われてるッスーーーッ!!」
「な……ッ!? 攻撃が効かないんじゃない……ッ! 俺の殺気ごと『甘やかし』に変換されて吸収されてやがるんだ……ッ!!」
沼から伸びたピンク色の手が、スバルの足首を掴んだ。
「うわっ……!? な、なんスかこれ、あったかい……ッ!」
膝まで引き込まれながら、それでもスバルは足を踏ん張った。彼女の視線は一度も沼を見ていない。まっすぐ、俺だけを見ていた。
「おれちゃん、手ェ出すッス! スバルが引っ張り上げ……」
伸ばした腕が、深みへ届いてしまった。
ピンク色が、その手首から肩へと駆け上がっていく。
「あ……れ……ッス……。あった……かい……あー……うー……」
万策尽き、俺の膝が沼へと沈みかけた――その時。
胸まで浸かったマリン船長が、うっとりと溶けかけた顔のまま、両手でカメラを持ち上げていた。精神世界にまで己のカメラを持ち込んでいる。この人は、そういう人だった。
「船長ッ! そんなことしてる場合か! 自分が沈んでるんだぞ!?」
「今夜は……撮らないって……言ったけど……ぉ❤️」
レンズが、ゆっくりとこちらを向く。
「……気が変わったわ……。今のキミ、ちゃんと見せてあげなきゃ……ねぇ……?」
「見せるって、誰に……ッ!」
「キミによ〜ん❤️」
ギュルリ、と機械音を立てて、レンズが俺を捉える。
そして船長の手は、そのまま沼の底へと沈んでいった。
「船長ォォォッ!!」
――だが、沈む寸前。傾いたカメラの液晶モニターが、一瞬だけ俺の方を向いた。
そこに映っていたのは。
ピンク色の沼に腰まで浸かり、木刀を沼に食われ、口を半開きにして「ばぶ」と発音しかけている――情けない男子高校生の顔だった。
「……ぁ。」
息が、止まった。
知っている。俺はこの顔を知っている。
真っ暗な部屋。机に立てたろうそくの火。眼帯。資料集から切り抜いた肖像画。そして『我に宿れ、美濃のマムシよ』と、誰にも聞かれていないつもりで奇声を上げていた――中学二年の、あの夜の俺の顔だ。
何ひとつ変わっていない。
……いや。
一つだけ、違う。
あの夜、ドアを開けたスバルに見られて、俺は死ぬほど恥ずかしかった。だがあれは、誰に見られても同じだけ恥ずかしい種類のやつだった。母親でも、担任でも、クラスの誰かでも。見られたくない相手の顔なんて、あの頃の俺にはなかった——そう思っていた。
なのに今、この画面を見ながら俺が思い浮かべているのは、たった一人だ。
同じ顔をして、同じことをして。恥ずかしさの中身だけが、いつの間にか入れ替わっている。
――ああ。
昨夜、あいつは言った。
『それは我の管轄ではないわ』
丸投げされたと思っていた。違う。お前のものだと言われていたのだ。
恥ずかしくてたまらないはずのその顔から、俺は目を逸らせなかった。
沼に沈みかけたスバルが、溶けかけた呂律で何か言った。
「……おれちゃん……その顔……」
「え」
「……中二んとき……と……おんなじ……ッス……」
言い終わる前に、スバルの頭がピンク色の中へ沈んだ。
あいつは見ていたのだ。あの夜、ろうそくの前で奇声を上げていた俺を、真正面から。この世でただ一人。
沼の底で、トロけきった道三が、甘え声の合間に寂しげな素の口調を漏らした。
『……ところで……我を……こんな姿で呼び出したのは……誰じゃったかのう……?』
「――俺だ。」
迷いは、なかった。
二度、聞かなかったことにした。三度目はもう、ごまかす言葉が残っていなかった。