明鏡止水の儀   作:佐藤二時

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7話:強制連行! 精神世界の『バブみ沼』

 

部屋を包んだピンク色の眩い光が弾け――ポーン!!

 

「きゃぁぁぁっ!?」

 

「うわぁぁぁぁッ!」

 

気がつくと、俺たち三人は――俺の精神世界『限界突破バブみ世界』の真ん中に倒れ込んでいた。

 

雲は綿菓子、空からはミルクの雨。

 

目の前に鎮座するのは、マリン船長の過剰な母性を吸収してトロトロに溶けた、巨大な『スライム状のバブみ道三』。

 

『ふにゃぁぁぁ……心地よいのじゃ……。おれちゃんの意識も一緒に溶かして、この揺籃(ゆりかご)のごとき甘やかしの沼で、永遠に揺れるのじゃぁぁぁ……』

 

「ゆりかごだと……? ふざけるなッ! そんなもんに沈んだら、二度と朝が来ねぇだろうがッ!」

 

「そうはさせるかーーーッ!!」

 

俺は間髪入れずに木刀を構え、スライム状の道三へ一直線に飛び込んだ。

 

「秘技・朧月夜・マムシ一閃!!」

 

渾身の力で振り下ろされた木刀。だが――ズブッ……!!

 

「お、おれちゃん!木刀が沼に食われてるッスーーーッ!!」

 

「な……ッ!? 攻撃が効かないんじゃない……ッ! 俺の殺気ごと『甘やかし』に変換されて吸収されてやがるんだ……ッ!!」

 

沼から伸びたピンク色の手が、スバルの足首を掴んだ。

 

「うわっ……!? な、なんスかこれ、あったかい……ッ!」

 

膝まで引き込まれながら、それでもスバルは足を踏ん張った。彼女の視線は一度も沼を見ていない。まっすぐ、俺だけを見ていた。

 

「おれちゃん、手ェ出すッス! スバルが引っ張り上げ……」

 

伸ばした腕が、深みへ届いてしまった。

 

ピンク色が、その手首から肩へと駆け上がっていく。

 

「あ……れ……ッス……。あった……かい……あー……うー……」

 

万策尽き、俺の膝が沼へと沈みかけた――その時。

 

胸まで浸かったマリン船長が、うっとりと溶けかけた顔のまま、両手でカメラを持ち上げていた。精神世界にまで己のカメラを持ち込んでいる。この人は、そういう人だった。

 

「船長ッ! そんなことしてる場合か! 自分が沈んでるんだぞ!?」

 

「今夜は……撮らないって……言ったけど……ぉ❤️」

 

レンズが、ゆっくりとこちらを向く。

 

「……気が変わったわ……。今のキミ、ちゃんと見せてあげなきゃ……ねぇ……?」

 

「見せるって、誰に……ッ!」

 

「キミによ〜ん❤️」

 

ギュルリ、と機械音を立てて、レンズが俺を捉える。

 

そして船長の手は、そのまま沼の底へと沈んでいった。

 

「船長ォォォッ!!」

 

――だが、沈む寸前。傾いたカメラの液晶モニターが、一瞬だけ俺の方を向いた。

 

そこに映っていたのは。

 

ピンク色の沼に腰まで浸かり、木刀を沼に食われ、口を半開きにして「ばぶ」と発音しかけている――情けない男子高校生の顔だった。

 

「……ぁ。」

 

息が、止まった。

 

知っている。俺はこの顔を知っている。

 

真っ暗な部屋。机に立てたろうそくの火。眼帯。資料集から切り抜いた肖像画。そして『我に宿れ、美濃のマムシよ』と、誰にも聞かれていないつもりで奇声を上げていた――中学二年の、あの夜の俺の顔だ。

 

何ひとつ変わっていない。

 

……いや。

 

一つだけ、違う。

 

あの夜、ドアを開けたスバルに見られて、俺は死ぬほど恥ずかしかった。だがあれは、誰に見られても同じだけ恥ずかしい種類のやつだった。母親でも、担任でも、クラスの誰かでも。見られたくない相手の顔なんて、あの頃の俺にはなかった——そう思っていた。

 

なのに今、この画面を見ながら俺が思い浮かべているのは、たった一人だ。

 

同じ顔をして、同じことをして。恥ずかしさの中身だけが、いつの間にか入れ替わっている。

 

――ああ。

 

昨夜、あいつは言った。

 

『それは我の管轄ではないわ』

 

丸投げされたと思っていた。違う。お前のものだと言われていたのだ。

 

恥ずかしくてたまらないはずのその顔から、俺は目を逸らせなかった。

 

沼に沈みかけたスバルが、溶けかけた呂律で何か言った。

 

「……おれちゃん……その顔……」

 

「え」

 

「……中二んとき……と……おんなじ……ッス……」

 

言い終わる前に、スバルの頭がピンク色の中へ沈んだ。

 

あいつは見ていたのだ。あの夜、ろうそくの前で奇声を上げていた俺を、真正面から。この世でただ一人。

 

沼の底で、トロけきった道三が、甘え声の合間に寂しげな素の口調を漏らした。

 

『……ところで……我を……こんな姿で呼び出したのは……誰じゃったかのう……?』

 

「――俺だ。」

 

迷いは、なかった。

 

二度、聞かなかったことにした。三度目はもう、ごまかす言葉が残っていなかった。

 

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