普段表に出ない僕が、一度だけイベントスタッフとして接客をしたことがある。
メンバーの思いつきで、オーナーである僕が一日だけ既存のスタッフに混じり接客をする回を設けたのだ。
物珍しさから普段よりも多くの客が訪れ、僕は僕目当てで来てくれた彼らのために、全力で接客をした。直接喜びの反応を受け取ることはむず痒くも嬉しく、イベント終了後は珍しくハイになっていたように思う。
スタッフから、今後も表に立ったらいいのではないかとからかいを込めて提案され、そのつもりはないと即答した。イベントの主役は、僕以外の参加者だ。今日彼らの目線を体験できたことは幸運だった。僕はバックヤードを愛している。そこから、友達が楽しそうにしているのを見るのが、好きなのだ。
同じころ、イベントの訪問者数増加に伴い、イベントの規模拡大を計画していた。スタッフ募集をかけると、フレンドやフレンドのフレンド、客として訪れていた人、別のイベントのスタッフから初対面の人まで、様々な人が応募してきた。
マネージャーとともに丁寧に面接をし、志望動機を聞く。イベントの雰囲気やスタッフの名前が挙がる中で、「ウラタロに憧れて」「ウラタロと一緒にイベントを作りたくて」という声を聞いた。ウラタロというのは僕の名前だ。僕への信用の証として嬉しく思う一方、かすかに危うさを覚えた。このイベントは僕だけのものではない。しかし、僕が抜けたらどうなるのだろう?
あまり考えないようにした。素晴らしいメンバーと作り上げてきた大切なイベントを手放す気はない。一人一人に伴走し、すべての参加者に特別な夜を届ける。それが僕が最初から、このイベントを通してやりたかったことだ。
新しく参加したメンバーとともに、準備と本番を重ねていく。縁が広がったことで、個人や他イベントから相談を持ち込まれることが増えた。そのすべてに対応しながら、少し、息切れしていた。
大丈夫。慣れれば持ち直せる。少なくともイベントに関しては、指針や計画を書類に残し全員に共有している。僕が抜けたらという不吉な予感への対策は、きちんと打った。引き継ぎ資料を読めば、次にどうすればいいか、誰でも分かるだろう。
僕たちを試す機会は、現実のほうから訪れた。
期の変わり目に担当エリアが二つに増え、上司も替わった。新しい上司は数字の詰め方が細かく、僕は帰宅してからもノートパソコンを開くようになった。自分の時間が限られるにつれ、VRChatに入るのはイベントのための会議や開催日だけになった。メンバーたちとの雑談も減り、ここで楽しんでやっていたことさえ業務めいてきた。
メッセージをくれたのはユノというワールド制作担当の一人だ。モデリングに精通している彼は、最も古いフレンドの一人でもある。ボイスチャットを繋ぐと、挨拶もそこそこに本題に入った。
「二周年に向けたワールドアップデートの話なんだけど、ぶっちゃけ今だとタイミングが悪い」
「Unityのバージョンアップのこと?」
「そうそう。時期は未定だけどたぶん来る。そうすると何が起こるかっていうと、前のバージョン移行のときみたいに、SDKが合わなくて表示がおかしくなるかもしれない」
「旧バージョンのワールドはどうなる?」
「今上がってるぶんはそのまま動くはず」
はず、をユノは強調した。技術者らしい誠実さだ。
「ただ、旧バージョンでワールドをアップデートするのは今後更新していくにあたってコスパが悪い」
「そうだね。ワールドの大規模改修は時期をずらそう。報告ありがとう。二周年イベントでは、飾り付け程度の小さなアップデートにしよう」
「悪いね、こちらの都合で」
「公式の仕様変更なら仕方ない。指示書を書きかえるから少し待っていてほしい」
「ああ……」
僕が話した内容を打ち込んでいると、ユノが尋ねた。
「ウラタロさん、大丈夫? 最近」
「え?」
意表を突かれ、指が止まる。
「忙しいでしょ。この件もあるし、他イベントからの相談も受けてる。仕事のことも以前より口にすることが増えたし、不満があるわけじゃないけど、メールの温度感も変化している」
「よく観察しているね」
滅多にプライベートに触れないユノに指摘されるなんて、よほど余裕を失っていたのか。声を沈ませまいとする僕に、彼はきっぱりと言った。
「ウラタロさんがパンクしないか心配だよ。俺たちはそれぞれの分野でベストは尽くせるけれど、君という指揮者がいなくなっては、立ち止まらざるを得ない」
「そうか」
僕はすぐに代替案を探した。
「今補佐をしているミサトさんを、僕と同等の権限を持つ相談役にする。時間があれば僕が対応するけれど、イベントとVRChatについて熟知しているミサトさんなら、僕と同じ判断を下すだろう」
ユノが平らかな声を出す。
「そうだね。ひとまずそれでいいと思う」
僕はユノに礼を言って、通話を終えた。すぐにミサトにメールし、相談役について合意を取り付けたあと、サーバーに通知した。
いくらか肩の荷が降りて、実際にイベントにまつわる業務も減った。ミサトはマネージャーとして優秀で、その判断は無欠だった。僕のオーナー、顔役という側面はますます強くなり、それは少し寂しかった。
イベントのコンセプトを掲げ、守るための重要な判断を下す。
あのときユノはもっと他に懸念を抱えていたはずだ。それをミサトをはじめとする他のメンバーには打ち明けたかもしれない。彼は僕に言わないことにした。僕はそれを尊重した。その判断は妥当だった。
問題の芽は摘み取る。表出していないものには対処しない。不安や、噂話に留まるものなど。
そのときの僕は、そんなふうに考えるようになっていた。