新しく接客担当のスタッフを面接した。彼の名前はトワといった。
若く意欲的で、年上との接し方が上手い青年だった。リアルでは接客業をしている学生らしい。声とアバターの印象は柔らかく、誰からも好かれそうな印象を受けた。
そして彼もまた、僕に憧れているという志望動機を話した。
「ウラタロさんの、スタッフも含めた参加者が主役であるという理念に共感しました。孤独だった時期にこのイベントに救われて、VRChatの中で居場所を得たんです。今度は僕が、それを提供する側に立ちたいと考えました」
ウラタロさんたちと一緒に。
落とす理由はなかった。彼のモチベーションに応えたいという点で、ミサトと僕の意見は一致した。採用の決定を下し、彼の教育をミサトをはじめとするスタッフたちに任せた。
トワの言に感じたのは嬉しさだけではない。しかしその違和感は、仲間たちの間で彼が成長しながら解決していけることだと信じた。この世界には救われたいから救う人が多い。けれども行動しなければ、その澱を自覚するきっかけさえつかめないのだ。
最初は問題なかった。新しく採用したスタッフの中でも、トワは高いパフォーマンスを発揮した。世界観への正しい理解に裏打ちされた丁寧な接客は、客から好評だった。他のスタッフとの連携も素早く柔軟で、天性の愛嬌もあり周囲からかわいがられた。彼がイベント内で一目置かれた存在になるのに、時間はかからなかった。
トワの活躍を、僕はバックヤードから見ていた。イベント中はデスクトップモードで全員の動向を把握し、会議中は彼が積極的に発言するのを聞く。時間に余裕のある限り、その場に居る全員に声をかけるようにした。誰かを特別扱いすることなく、オーナーらしく、平等に。
事務作業をする時間はなくなった。相談役もミサトに任せている。だからこそ、あなたのことを見ていると、メンバー一人一人に伝えたかった。
Unityのバージョン移行が完了し、満を持してワールドをアップデートしたころ、こんな話がミサトから上がった。
「トワくんからイベントを収益化しないかと個別で相談を受けました」
「収益化? どうして」
寝耳に水だった僕は、率直に聞き返した。Discordがミサトの冷静な声を届ける。
「高クオリティなイベントの維持のために、現在ウラタロさん個人にワールド制作費や宣伝費を負担していただいているところを、収益で埋め合わせたいそうです。ワールドのコンセプトブックや、スタッフのグッズ販売を提案しています」
ミサトは僕の判断に予想がついているようだった。僕は一拍置いてそれを伝える。
「トワくんの気遣いはありがたい。その上で僕の結論を述べさせてもらうと」
「はい」
「収益化はしない。金銭が絡むと配分や透明性に不満が出る。イベント内ではよくても、お客様の心象まではコントロールできない。そのようなリスクを負うくらいなら、僕が出し続けたほうが遙かに管理しやすい。今のところそれで、誰も困っていないのだし」
本当に困っていなかった。だからミサトも同意し、こう続けた。
「ただ、トワくんの狙いはよりイベントを広めたいというところにもあるようです」
「イベントを愛してくれているんだね」
「そうですね……。その点ではグッズ販売は方法として適切ですが、そもそもそれにリソースを割いてイベント本番が疎かになってはいけません。ウラタロさんと私を含め、管理側もこれ以上のタスクを抱えきれませんから」
僕たちは毎回が本番のイベントには対応できる。成果への反応を直接客から受け取り、続けるモチベーションをもらえるからだ。
しかし、裏側で制作を進めるとなると話は変わってくる。今まで制作を行っていたスタッフでは、グッズの制作までは手が回らない。接客担当のスタッフたちに仕事を割り振って、締め切りのことで信頼を損なうようなことがあっては、元も子もない。
これは僕たちが愛する仲間と一緒にいるために始めた物語だからだ。
「申し訳ないけれど、トワくんには断りのメッセージを送っておいて」
「承知しました」
「いつもありがとうね、ミサトさん」
画面の向こうで、無欠のマネージャーが笑った気配がした。
「ウラタロさんにそう言っていただければ、どうってことないですよ」
後日、イベントの終了後にトワに声をかけた。アイデアを採用できなかったことを詫びると、「こちらこそ聞いていただきありがとうございました」と明るく返された。ちょうど彼と同期の子たちもいたので、いい機会だと思い改めてイベントに対する僕の考えを話した。彼らは聞き入り、共感してくれていたように思う。
高いモチベーションや能力は、かえって周囲との軋轢を生む。これは当人のせいではなく、構造ゆえに避けられないことだ。
だから僕たちは話をする。なんでもない雑談をして、互いの心を毛繕いする。能力とは関係ないところで楽しさを共有できれば、壁など気にならないはずだ。
それを僕自身が、一人一人と話して実践する。こうしてイベントの後に、ふざけ合いながら。笑い合いながら。
ここでは僕らは、何者でもないのだから。
聡いトワの瞳が放つ光を、僕は希望の象徴と信じていた。