また、トワから提案があった。彼が書いた企画書を前に、ミサトが淡々と話す。
「スタッフの接客力向上のために、講習会を開きたいそうです。古参はすでにスタイルを確立しているのでともかく、彼の言うとおり新人の中には不慣れな子もいます。イベントの志望理由が会話術の向上だったスタッフもいますし、トワくんの能力を他のメンバーに還元できるなら、いい機会ではないでしょうか」
ミサトがそう言うときは、僕の意見も同じだった。
「そうだね。今回はトワくんに任せてみよう。実践メインで個別にフィードバックをするみたいだし、教わる側もやりがいがありそうだ」
「そうですね。決定の返事を書きます。ウラタロさんも出席されますか?」
「というと?」
「そのほうが、トワくんが喜ぶと思うので。もちろん私も出席します」
この人の優しさが多くの人に理解されていればいい、と僕は思った。
「一緒に行こう。楽しみだな。僕も教える側に回ろうかな?」
キーボードを叩きながら、ミサトが言う。
「ウラタロさんはやめておいたほうがいいですよ」
「というと?」
「あなたのやり方は、相手に寄り添いすぎるので」
乾いた笑いが漏れた。
「確かに、僕以外だと危険かもしれないな」
ミサトは何も言わなかった。
後日、講習会が開かれた。用事があるスタッフ以外はほぼ全員が集まり、トワによる手ほどきを受けた。
まず一人の受講者を相手に手本を見せたあと、トワは接客の要点を押さえて説明をした。相手の話に耳を傾けること。話題を展開していくこと。どんな言葉にも応じ、決して遮らないこと。実力に裏打ちされた会話術を惜しげもなく授ける姿は、とても二十歳の学生には見えなかった。
彼は参加したスタッフたちに接客と客役の両方をローテーションでやらせ、彼らの感想や要望を聞きながら丁寧にフィードバックした。熟練スタッフの意見を受け入れ、些細な質問にも根拠を添えて回答する。それらのすべてが実体験に基づいているのだろう。一朝一夕で身につくスキルではないことが窺えた。
講習会は一時間で終了した。場には白熱の余韻と達成感が確かに漂っていて、トワの前にはさらなるアドバイスを求めて受講者たちが列をなしていた。ミサトをはじめとする古参たちと僕は、少し離れたところで接客やイベント経験について振り返る雑談をしていた。何度かトワと目が合い、列がなくなると僕とミサトは彼に話しかけに行った。
「お疲れ様です」
トワは溌剌として頭を下げた。
「お疲れ様。今日はありがとう。とてもいい講習だったよ」
「ありがとうございます。皆さんの熱意が高くて、僕も楽しかったです。ミサトさんも、相談に乗ってもらってありがとうございました」
「いいえ、私は何もしていません」
僕が睨むと、ミサトが付け足した。
「トワくんの頑張りあってこそです」
「ありがとうございます!」
トワはリアルで体育会系だろう、と僕は直感した。落ち着いて質問する。
「次回の開催って考えていたりする? もちろんトワくんがやりたければで構わない。うちのイベントはロールプレイ要素があるし、世界観の補強も扱ってもらえたら嬉しいんだ」
トワの喜びがフルボディトラッキングを通して伝わってきた。
「ウラタロさんからそんなことを言っていただけるなんて……願ってもないことです! ぜひやらせてください!」
僕は大きく頷き、ミサトとトワの顔を交互に見る。
「ありがとう。それじゃあ、次回について引き続きミサトと相談してほしい。ワールドや各スタッフの設定はサーバーにまとまっているものを参照して、分からないことがあれば質問してね」
「分かりました。ミサトさん、引き続きよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。くれぐれも無理のない範囲で進めるようにしてくださいね」
ミサトの最大限の気遣いに、トワは軽やかに答えた。
「大丈夫ですよ。イベントのためなら、無理なんてないです」
僕と同じ想いを、僕の背中を見た後輩が口にしている。このイベントに救われて、今度は救いたいと願った青年が。
僕は感慨深く、目の前のアバターを見つめた。そういえば、トワを面接した日、彼の耳に僕のメインカラーと同じ色のピアスが付いていたのを、思い出した。