秋元のスマホのイヤホンジャックに見慣れないものが刺さっていた。
先端には青い魔石を削って作った小さな珠がついていて、スマホの操作に合わせるように、ぽうっと淡く光った。
そして、それに反応するように、舞台の両脇に設置した箱から音が流れ出す。
それは秋元のスマホに入っている天使エミリーの曲だった。
「モニタースピーカーの返しはどう?」
秋元が聞くと、舞台真ん中に立っているミリアが、足元前方に置かれた二つの箱を気にしながら手を振って合図した。
ミリアが手にしているのは、先端に魔石をはめ込んだ短いステッキ。
どう見ても“この世界なりのマイク”だった。
「大丈夫ー聞こえる」
ミリアはそのマイクで秋元に答え、金田は三脚に括りつけた謎の筒を必死に角度調整しながら、ミリアにスポットを当てていた。
「…おいおい、お前らなんかスゲーことしてんな…全然想像と違うんだが…」
金田の隣でリーガンが驚きを隠せないでいた。
金田と秋元は思っていた。
恐らくこの世界でも“音を大きくして歌う”くらいは珍しくない。
だが、あくまでやりたいのは自分たちの世界のライブ。
一見回りくどい仕掛けかもしれないが、その舞台装置含めての興奮を楽しんでもらおうと考えていた。
スピーカーという見た目の迫力、照明の演出、そしてミリアの衣装も演出に欠かせないポイントだった。
急いで作ってもらった制服風の衣装とニーソックス。これは二人のおっさんとしての絶対譲れないこだわりだった。
なにより、この世界にはないジャンルの音。これこそ最大の武器だった。
「ほら、リーガンさんは暇なんだから、これでも配ってきてくださいよ」
金田は言いながら、傍らの箱を指さす。
そこには、まんまサイリウムと言って差し支えない形の棒が数十本入っていた。
「…これ、なんに使うんだ?」
「振ると楽しい!そして、ミリアちゃんを応援するという意味になります」
理解が何一つ追いつかないリーガンに、金田はテンション高めで答えた。
「…ますます意味がわからねぇ」
リーガンはサイリウムを一つ手に取って振り回す。
すると一瞬で発光したそれは、昼間でも強烈なオレンジ色がリーガンの目を突き刺した。
今日は村の収穫祭だった。
金田と秋元、そしてミリアはこの日の催しの一つとして、特設ステージでミニライブを行うことをリーガンや司祭に提案していた。
リーガンはもとより、ならず者二人の仕掛けということで反対かと思われた司祭も、これには協力的だった。
内容を見せる前から、率先して近くの村や町にライブ告知の知らせを送ってくれた。
育ての親として、娘の晴れ舞台がうれしかったのだろう、―リーガンは金田にそんなことを漏らしていた。
告知の効果もあってか、毎年村人だけで行われていたこの行事も、今回はそこそこの人数が来ていた。
もともと“歌うまじない師”として村の外でも力を発揮していたミリアなので、まったくの無名というわけではなかった。
開演数十分前。
金田は参加者をステージの前まで案内する。その数ざっと百人弱。
大半が村人だったが、明らかに外からの参加であろう人もちらほらいた。
金田は参加者の前でざっとライブの楽しみ方を説明し、それを聞いた人々は、その初めての作法に興味津々だった。
夕陽が沈みかける。
ちょうど光の演出が効果を出せる程度には日が落ちていた。
…そろそろころあいかな。
金田は秋元に目配せをする、秋元はうなずくと、ステージ裏に引っ込んだ。
金田がスポットライトで舞台の中心を照らすと、いつの間にかそこに立っていたミリアが辺りを見回し、一度大きく一礼をした。
そして、顔を上げる。
日常と違う見たことのない衣装に身を包んだミリアは、初めてのライブにやや緊張しながらも、いつもの柔らかい笑顔を観客全員に向けて振りまいていた。
スポットライトに照らされた彼女の存在は、全身が圧倒的な可憐さと可愛さを備えていた。
金田と秋元から見れば、まごうことなきアイドルの姿。
観客はその未体験の魅力に釘付けになった。
ため息と歓声と拍手が同時に沸き起こり、そこへ間髪入れずに秋元が仕掛ける。
舞台両脇に置いた巨大なスピーカーからは突然、
突き刺すような高音、しびれるような中音、殴られたような低音が、騒音ギリギリのバランスで鳴り響き、観客の耳を襲う。
けたたましい音の攻撃に戸惑う観客に見せつけるように、ステージ上のミリアはその轟音に身体を委ね、笑顔とともにステップを踏み、腕を振り、それが音楽であることを全身で示した。
スポットライトの光がめまぐるしくその方向や色を変化させていく。
一曲目のイントロは続く。
「サイリウムを振って!ミリアちゃんを応援してくれ!」
金田はここぞとばかりにサイリウムを振って観客を煽る。
次第に観客たちは金田に倣うようにサイリウムを振り始め、周囲すべてが曲のリズムに支配されていった。
その顔はみんな、驚きつつも笑顔。
そして、キレのあるリズムにポップなメロディーが乗り、期待感を思いっきり高めた後に――いよいよそこにミリアの歌が乗った。
月夜で見たあの儚さとはまた別の顔。
可愛さとそれが生み出す勢いを全面に押し出したその歌は、一曲目にはうってつけだった。
村人さえ知らない彼女の新しい一面に、そこにいる全員が沸いた。
引き出したのは秋元。
天使エミリーのすべての曲を知る彼は、ミリアの魅力を最大にする曲をチョイスしていた。
…やっぱり、ミリアちゃんは可愛い系の曲でもめちゃくちゃハマる!
ステージ横で音量を調整しながら、秋元は自分の戦略がこの状況を生み出したことの興奮で震えていた。
二コーラス目が終わろうとしていた。
ミリアの歌声は甘くのびやかに、ポップにリズムの上を流れ、観客の耳を蕩けさせていく。
この時点でもう、観客に戸惑いはなく、音とミリアの魅力の中で踊り狂わされていた。
空気が震え、そこにいる全員の胸の奥まで音が突き刺さる。
「…すげぇな…」
それまでステージの横で黙って見ていたリーガンが、開いた口を閉じられないまま呟いた。
ミリアの歌に酔いしれる者。
聴いたことがない刺激的な音とリズムに感情を持っていかれる者。
完全にこの村から飛び出そうとしているミリアの成長に涙すら見せる者。
様々な感情が渦巻く、ちょっとした狂気の渦を、彼らは生まれて初めて経験していた。
うねるようなギターソロが流れる間奏部分に差し掛かったころ、リーガンは我慢できないといった様子でサイリウムを握って集団の中に飛び込んでいった。
「みんなも歌って!」
最後のサビが繰り返される。
ミリアはマイクを観客に向けて可愛らしく叫び、観客たちはサイリウムを振って縦横に揺れながら、ろくに知りもしない歌詞を雰囲気だけで大合唱した。
…すごい。最初からこんなに歌ってくれるなんてまずありえない。
金田は音と感情の洪水の中で、このライブの成功を確信した。
そして以前同様に、自分の心の深くにある純粋な感情が心を飛び出して空に消えてしまいそうな恍惚とした感覚に見舞われた。