ライブが終わってからも、観客は興奮冷めやらぬ様子で、周囲の者たちと初めての体験について盛り上がっていた。
会場はそのままフリースペースとされ、以前金田たちが破壊した干し肉屋の露店が肉と酒を売っていた。
五曲を全力で歌い切り、ヘトヘトになったミリアは、司祭と女性数人に連れられて修道院に戻っていった。
金田は、興奮が収まらないリーガンにつかまり、酒をしこたま勧められ、片付けもままならない状態だった。
だが、ライブの成功はうれしかった。
早く秋元と今日のライブについて話したい。これをきっかけに、どんどん規模を拡大させていきたい。
頭の中で成功の形がどんどん広がっていくのを感じ、金田はそわそわしていた。
…そういえば、秋元はどこだ?
ふとそう思い、辺りを見回して秋元の姿を探す。
そして、意外な姿を発見する。
「…お前は見ない方がいい」
それまで上機嫌だったリーガンが、血の気が引いたような顔つきに変わり、気まずそうに呟いた。
秋元はステージ横で、村人とは明らかに違う、きちんとした身なりの男たち数人と話し込んでいた。
その表情は、金田の前でもあまり見せたことがない“仕事向きの顔”だった。
そこにいるのはオタクの秋元ではない。商談を取り付ける営業職のような、そんな雰囲気を漂わせていた。
秋元は話が終わると、彼らに深々とお辞儀をしてその姿を見送っていた。
あれはただのファンではない。
金田は胸の奥に嫌な予感が走り、秋元のところへ走り出した。
「…なんだ?今の連中!?」
秋元の肩をつかむ。金田の声には警戒の色が強く出ていた。
「…ちょっと静かなところに行こうよ」
秋元は金田の視線から逃れるように背中を向け、ゆっくりと歩き出した。
金田は、まるで別人のような秋元の背中を見て、言い知れない不安を感じていた。
秋元と歩いて、こんなに距離を感じたのは初めてだった。
二人は、ステージからほど近くに流れる川へ向かった。
収穫祭の喧騒が完全に届かないほどではないが、込み入った話をするには十分に離れた場所だった。
秋元が川の手前で立ち止まる。金田も足を止め、そのまま無言の時間が流れた。
「で、なんだったんだ?大丈夫か?」
秋元の隣に立ち、金田は言った。
秋元の気まずさが痛いほど伝わる。金田は秋元が心配だった。
二人は向き合わず、視線は川の流れを追うように下へ向いていた。
「…あれは、ライブを見に来てくれた町の商会の人だよ。今後、拠点を町に移して活動する時の…お世話をしてくれるんだ」
秋元は、言いにくそうに言葉を切りながら続けた。
「…どういうことだ?いつの間にそんなこと…」
金田は驚いて秋元を見る。
思考が追いつかなかった。
ミリアの活動が村から町へ移る――それは喜ぶべきことのはずだ。
なのに、なぜ自分には話がなかった?
サプライズだとしたら、この空気はなんだ?
なぜ自分は今、不安を抱えている?
金田の問いかけに、秋元は相変わらず顔を合わせられない。
「…司祭さんが呼んだんだ。今日のライブの内容によって、ミリアちゃんとぼくと契約するかどうか決めるって…」
重い空気に耐えられなくなったのか、秋元はちらりと金田を見て、作ったような明るい口調で言った。
「…ミリアちゃんと…秋元!?」
金田の心臓が跳ねた。言葉が出なかった。
なぜそこに自分の名前がないのか。
それを聞くどころか、考えることすら頭が拒否していた。
「…司祭さんが…ぼくにミリアちゃんを託したんだ。ミリアちゃんを中央広場に連れていくのは村人みんなの願いなんだ、って…」
秋元は続ける。言葉を選んでいるのか、その口ぶりは重かった。
金田は、そういえばリーガンがそんなことを言っていたと思い出したが、それもすぐに別の感情でかき消された。
「…え!?俺…は?」
金田はおそるおそる話の核心に踏み込んだ。
この時点で自分の名前が出るとは到底思えなかったが、聞くしかなかった。
「…うん…」
秋元は押し黙った。
その沈黙が、金田の恐怖と不安を掻き立て、体が震えた。
「なんで黙ってる!?」
行き場のない苛立ちが金田の胸の中で渦を巻き、自然と語気が荒くなった。
それを受けてもなお秋元は、しばらく黙り込んだままだった。
「…金田…ミリアちゃんのこと好きでしょ…異性として…」
「…あ、ああ…」
秋元がひときわ言いづらそうに絞り出したその言葉に、金田は激しく動揺した。
苛立ちと不安の中にいきなり放り込まれた理解不能な秋元の言葉に、頭が混乱する。
「…司祭さんはミリアちゃんのお父さんみたいなものだから…その…一緒にしておくと未来に悪い影響が出ないか心配だって…ぼくは大丈夫って言ったんだけど…」
秋元の言葉は、精いっぱい金田を思いやって選んだものだった。
しかし金田にとっては、言葉選びなど何の意味もなかった。
要は、自分の少女への恋心が親にしてみれば気持ち悪いと思われていた、それだけのこと。
異世界でピンチを救った少女が歌が好きで、自分も彼女に恋して友達と一緒に彼女の夢を叶えるために頑張る日々がこれから始まる。
そう思っていた。
しかし、実際に突き付けられたのは、それとは程遠い現実。
「…そうか…俺がうんこ運んでる間に…そうか…」
怒りさえ抱くことが許されないこの状況に、彼はそのくらいしか言葉が出なかった。
ただただ、惨めで恥ずかしく、いたたまれないという強烈な自己否定だけが心をじんわりと侵食していくのを感じた。
次第に金田の頭はぼんやりと白くなり、何も考えられなくなっていった。
「…ごめんよ。ぼくは金田も一緒じゃないといやだって、何度も言ったんだけど…」
「…そうか…」
秋元は必死に訴えるが、金田にはもうほとんど聞こえていなかった。
友達だから、そう言ってくれるのだろう。
そのくらいには思ったが、金田にはどうでもよかった。
呆然としたまま、金田は秋元に背を向けて歩き出した。
どこに行くというわけではない。ただ、ここではないどこかへ行きたかった。
「…金田、ぼくは先に行って待ってる。絶対来てくれ!じゃないと…」
背後から秋元の声が聞こえた。
だが追ってくることはなかった。
秋元はいいやつだ。待っていてくれる。
そう思った。
同時に、夢を持った一人の男になったのだとも感じた。
その瞬間、自分の惨めさがさらに深く重くのしかかってきた。
暗い川沿いを歩く。
村の喧騒は、もうすっかり遠くに行ってしまった。
歩道でもない、ただの土と草が続く場所をしばらく歩き、
歩き疲れた金田は、川と陸のあいだにできた小さな段丘に腰を下ろした。
そして、ただぼんやりと川の流れを眺めていた。
そこの森に入ると魔王軍の領域だったな――
そんなことが頭をかすめたが、やはりどうでもよかった。
いっそ殺されても今なら問題ない。
金田はそう思っていた。
「…なんで一人なん?」
ふいに背後から声がした。
振り返ると、そこに居たのは夜の闇の中でもはっきりとわかる金髪と赤い瞳の少女、ミオンだった。
「…ケンカ?したんだ…いや、違うか…あいつはもう、戻ってこないかもな…」
金田は向き直り、言葉少なく答えた。
喧嘩というのは正しくないと思ったが、全部説明するのも面倒だった。
なにより、言葉を紡ぎ出すのが嫌だった。
言葉にすれば、よりつらくなるからだ。
「マジで!?ウケるー」
ミオンはからかうように言ったが、金田から反応がないことに少し意外そうな顔をした。
そして、何かを感じ取ったのか、ふっと柔らかい表情になると、少し距離を置いて金田の隣に座った。
ちらりと金田を見る。
金田は気づいて顔を背けるように下を向いた。
「…どしたん?」
空を見上げながら、ミオンは尋ねた。
「助けた女の子を好きになったら…その子は秋元…友達と手の届かないところに行ってしまったんです…」
金田は絞り出すように、そしてやや自嘲気味に言った。
気をつけても、声は震えた。
沈黙が続く。
「…おっさんが若い子を好きになっただけで…なんか悪いんでしょうかね…」
金田は頭をかきながら、半笑いで言った。
笑い話にでもしないと、胸の中に広がる情けなさでどうにかなりそうだった。
「…本気で好きだったんだろ?なら、お前は悪くない。全然悪くない」
ミオンはきっぱりと言い切った。
事情は分からない。
だが、このおっさんがどれほど好き勝手で無様かくらいは知っている。
そして、きっと全部本気だということも。
ミオンは金田たちの村襲撃を空から見ていた。
ミリアを守って仲間に叩きのめされたことも知っていた。
その時のことを思い出しながら、ミオンは言った。
空を見上げたまま、優しい口調で。
「…女の子守れて良かったな…勇者になったじゃん」
その言葉を聞いた金田ははっとして、ミオンの横顔を見た。
月明かりを受け、淡く輝く金髪がさらりと揺れた。
その横顔は幼さを残した少女、だが、瞳にはそれに不釣り合いなほどの強さと優しさが宿っていた。
金田は再びうつむき、肩を震わせて声を殺して泣いた。
「…ただ、おっさんはキモいからな」
ミオンは僅かに笑いながら言った。