「…なんですかね?これは…」
金田はミオンが差し出したそれを見て、無表情でそう言った。
「ツルハシだな、もちろんヘルメットもあるぞー?」
ミオンは満面の笑みで金田にヘルメットとツルハシを手渡す。
「ぼくはあの夜決めたんです、秋元のライブをブッつぶす立派な魔王軍の一員になるぅって」
「そりゃあいい心がけだなー、だからとりあえず穴掘ってきてくれ」
無表情と笑顔のままやりとりは続く。
二人が立っている周囲には、石を加工して作られた建物が並び、間にはきれいに敷き詰められた石畳の道が走っている。
その脇には用水路も整備され、森の木々と不思議な調和を保っていた。
ただ、その多くには破壊の跡や長い年月の風化が残り、まるで“忘れられた高度文明の街並み”といった趣があった。
そこは、金田が最初に召喚された森のさらに奥、魔族が住む領域だった。
規模は小さいながら、金田がいた村よりよほど機能的な集落だった。
その一角で、金田とミオンは不思議な押し問答をしていた。
そしてそれを見ているひとりの魔族。
いや、一匹と言っても差し支えないくらいには見た目がトカゲだった。
トカゲが服を着て歩いている、そんな風体だった。
「もっとこう、魔王軍らしい仕事はないものですかね…幼稚園バスを乗っ取るとか」
「あるかそんなもん、最底辺の分際で、仕事選べると思うなよー?」
抵抗する金田に、ミオンは表情が変わらない作り笑いのままツルハシとヘルメットを金田の胸元に押し付けてくる。
金田は渋々道具を受け取るが、その表情にはやはり戸惑いの色が隠せなかった。
「あんまナメてっと、この前の夜の事全員にバラすかんな?」
ミオンは特別可愛い声色でそう言ったが、明らかに脅しだった。
「…おっさんが若い子好きになって何が悪いんだ…ウエーン、グスングスン…プププ」
そしてニヤニヤしながらそう言って、金田にとどめを刺す。
「…穴、掘らせて頂きます!」
「早く行ってきて、あんましゃべってると今度はあたしが好かれそうだわ、おー、キモいキモい」
ミオンはわざとらしく肩をすくめながらそう言うと、くるりと身体を回転させてその場を去ろうとする。
「ギャルは対象外なんです、ごめんなさい!」
金田はきっぱりと言い切った。
「…なんかそれはそれで…ムカツクんだよなー」
ミオンは振り返ると、不服そうな表情を浮かべ、金田の脛を軽く蹴る。
「ミオン様?痛いですよ、脛は痛い」
去っていくミオンの背中に向かって、金田はそう返した。
傍らでそれを見ていたトカゲの魔族が、軽く笑った。
彼の名はレプトル。ミオンが金田に一番最初に紹介した魔族で、主に今回召喚した人間の世話を担当している。
「いいですね、ミオン様のああいう姿を見るのは久しぶりです」
「そうなの?いつもああじゃないの?」
金田が尋ねると、レプトルは嬉しそうに応える。
「口調はそうでも、普段はもっとピリッとした雰囲気なんですよ?いつも我々の先頭に立って頑張ってくれていますから…時々、心配なくらいです…」
「…ふーん」
ミオンの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、金田はなんとなく、あの夜に見た強く優しい瞳を思い出していた。
この魔族が言うのは本当だろう。
恐らくミオンが本当にただのギャル魔族なだけだったら、ああいう瞳にはならない。
あれは、なにかとてつもないものを背負っているか、あるいは向き合っている、そんなことを容易にs想像させる瞳だった。
金田はそれが、すんなり理解できた。
「なので金田さんみたいな人がいてくれるのは、ありがたいことです」
レプトルは言う。
「…まぁ、サンドバッグくらいなら…」
金田は言いながら苦笑いを浮かべる。
金田がこの場所、魔族の領域であるいわゆる危険区域に来てから数日が経つ。
意外なことに魔族はその大半が温和でモラルも高く、言葉遣いも丁寧だった。
そして、身体能力も高く、魔法も当然のように操って見せた。
生活水準も、村より幾分高い気がした。
ただ、魔族の見た目はそれぞれがなかなかのインパクトだった。
「では、行きましょう」
二人は歩き出す。
「で、俺はどこまで穴を掘るんです?」
ツルハシを肩に担ぎ、金田は問う。
「はい、王都の地下深くにある封印の間まで穴を掘るんです。封印された我々の王がそこにいます」
「魔王様を迎えに行く…ということか」
「はい、王の復活が現在の我々の目標ですからね」
レプトルは言う。
「…魔王様は倒されたわけじゃないんですか?」
金田はふと、村でのリーガンと司祭のやりとりを思い出していた。
彼らの言葉によると、魔王は倒されている、勇者によって。
「表向きはそうなんですが…どうやら封印されているだけ、みたいなんです、これは確かな情報です。」
レプトルは言う、彼は彼でなにかの事実をつかんでいるような物言いだった。
「…魔王を復活させて、人間に復讐とか、人類滅亡とかさせるんですか?そういうのはちょっと、協力しかねるんですが…」
「…そういうのは多分ないです、王が復活したらなんて言い出すかはわかりませんが…」
恐る恐る尋ねる金田に、レプトルは笑ってそう答えた。
ないんかい、と、金田は心の中で突っ込んだ。
意外と重要なことを聞いたつもりの金田だったが、それに対するレプトルのあまりの軽さに、思わず拍子抜けしてしまう。
「…まぁ、恩返し、みたいなものですし」
レプトルは、どこか含むような言い方で、最後にそう付け加えた。
そしてまた、無言のまま歩き出す。
「…でも、ここからその場所まで穴を掘るって…相当な距離なんじゃあ」
森の中を慣れた様子で進むレプトルに、金田は尋ねる。
全くこの世界の地理を知らない金田にも、ここからその王都と呼ばれる場所までの道のりが近いわけがないことは予想がついた。
「転移魔法で最短までショートカットした上なので大丈夫です。実際はそこまで途方もない距離にはならないと思います」
「…おお、転移魔法とは、さすが…異世界らしくなってきた!」
異世界モノのアニメや漫画で散々聞いたその単語の登場に、金田のテンションが上がる。
「以前、村で騒動を起こしてもらったじゃないですか。実はあの裏側では我々の仲間が一人、村を通過して壊れた転移魔法陣を再設定していたんです」
「…あー、なるほど…壊れることもあるのね…意外にリアルなのね」
思わず苦笑いを浮かべる金田、あの時の襲撃が陽動作戦だったことをここにきて初めて理解した。
同時に、ミオンのその雑な作戦内容に驚きと呆れを隠しきれないでいた。
「…ここです。この転移魔法陣から、先日設置した転移先に出て、2回ほど転移魔法陣を中継して目的地まで行きます」
集落を抜けた森の中に、金田たちが初めて召喚されたときの魔法陣よりやや小さいもの、人間5人くらいが立てる規模のそれが地面に書いてあった。
「ここに立ってください。あの村を過ぎた山の中まで転移します」
レプトルは言いながら、先に魔法陣の中に入る。
金田も内心ドキドキしながらそこに足を踏み入れるが、ふと、あることを思い出す。
「…マンガに出てくる便利なドアがあって…それは一度人間を分子レベルまで分解して現地で再構成するっていう仮説があって…それだと死んで別人になったのと同じ、って聞いたけど…これは大丈夫?」
「…よくわかりませんが…死んで再構成では…ないですね」
レプトルは少し、引き気味に言った。