この国の交易を担う海沿いの商業都市――ネクリア。
王都が政治の中心だとすれば、物資と文化、そして情報の発信源は常にこの町だった。
仕事も刺激も多く、ここを目指す若者は後を絶たない。
そんな、活気と熱気に満ちた場所。
そのネクリアの野外ステージに、ミリアは立っていた。
規模こそ王都の大舞台には及ばないが、村の特設ステージとは比べものにならないほどしっかりとした造り。
ここはネクリアに三つある劇場のうちの一つで、扱いとしては最も敷居が低い。
誰でも立てる小規模で簡易的な場所で、毎日誰かしらの歌や演劇、大道芸が順番に催されている。
そんな“ほのぼのとした空間”に、今日は異常な光景が広がっていた。
ステージ下では、多くの若者がサイリウムを振り、音に合わせて跳ね、叫び、踊り狂っている。
ステージ袖では、同じ舞台で芸を披露した――あるいはこれから披露しようとしていた演者たちが、呆然と立ち尽くしていた。
秋元が操作するスマホの音が、ステージ両脇のスピーカーから響き渡る。
この“スピーカー”という装置でさえ、この世界では物珍しい。
そこから流れ出すのは、この世界では再現できない音。
知らないはずなのに、どうしようもなく耳に馴染むメロディ。
そして、誰も見たことのないセンスで“可愛さ”に振り切った衣装をまとう美少女が、七色の光を浴びながら天性の歌声を披露する。
これに魅了されない者などいるはずがなかった。
事実、最初は「珍妙な男と田舎の美少女の二人組」
その程度の評価だった。
だが、ステージが始まると、その圧倒的なインパクトとパフォーマンスに誰もが度肝を抜かれた。
観客全員が数秒でねじ伏せられ、瞬く間にミリアのペースに巻き込まれていった。
最初に出資を約束してくれたのは、司祭を通じて話を聞いた商会の面々だけだった。
しかし、この光景を目の当たりにしてからは違う。
冒険者ギルドの幹部が顔色を変え、興行ギルドのギルド長が慌てて席を立ち、すぐに出資の名乗りを上げた。
ステージでは最後の曲が流れ、スローなテンポに合わせてサイリウムが揺れる。
観客は皆、ミリアの歌声に酔いしれていた。
秋元は、このライブの成功に胸をなでおろしていた。
決して自信がなかったわけではない。
しかし、金田という“判断を共有できる相棒”がいないというのは、想像以上にプレッシャーだった。
秋元はミリアに金田のことをすべて伝えていない。
「あとで必ず追いつく」
そう伝えてある。
ミリアに余計な心配をかけたくなかった。
そして――それは秋元自身の願いでもあった。
ミリアのステージを見つめながら、秋元は静かに覚悟を固める。
ここからは遊びでは終われない。
たとえ金田が来なくても、ぼくはミリアを中央広場まで連れていく。
きっとそれが、ぼくの夢になったんだと思う。
秋元は、胸の底から湧き上がる熱い衝動の正体をそう結論付けた。
そして、その様子を遠くから見ている一人の男がいた。
男は怪訝な表情を浮かべながら、注意深くこの光景を観察するようなまなざしを向けていた。
確かに面白い…しかし、それだけじゃない。なにかがある。
自分の中に生まれた違和感の正体が掴めないまま、男はローブをひるがえし、ネクリアの喧騒へと姿を消した。
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カクヨム:ボクが見た優しい異世界の話。
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