メモ帳を閉じる、ぽんっ、という音が部屋に響く。
「…おっさんはー、まだ帰んないっと…これで、よし!」
「ちょっとミオン様、話早すぎやしませんかね?まだなにも言ってませんよ?」
メモ帳を机の上に置いて、仕事がひと段落したという態度で言うミオンに金田が突っ込む。
そばに立っているレプトルは、度々見せられるこのコントに割り込むことはしなかった。
召喚者たちは希望すればいつでもそれぞれの時代に帰ることができる、それを知ったのが今だった。
この話は、村襲撃の後に召喚者全員に伝えられていたことだったが、そこにいなかった金田は当然聞いていなかった。
人数とタイミングにもよるが、戻すことについてはさほど難しいことではないという。
なんというホワイトな魔王軍、金田は改めて、この魔族のまともさに驚きを隠せないでいた。
ちなみに今回、原始人と金田を襲った二人が帰るリストに含まれていた。
「だっておっさん、あたしのこともう好きだろー?3回話すと惚れるんだろー?」
「…最近ぼくのこと楽しみすぎじゃありませんかね?ミオン様」
明らかに金田を小ばかにするミオン。
からかいやすいと言えばそれまでかも知れないが、確かに彼女は、誰にも見せない無邪気な一面を金田にだけは見せている。
しかし、金田の心はそれによって確実にえぐられていた。
それを見ているレプトルは、申し訳ないが面白い、と感じていた。
「ププー…まぁ、どっちにしろ友達のメガネ君が残ってるからまだ帰らないでしょ?」
「ま、そうなんですよね」
そこはミオンの言う通りだった。
ミリアと夢を追いかけた秋元、それに置いて行かれた自分。
イクラ待ってると言われても、惨めな気持ちの自分のまま追いかける気にはとてもなれず、今もまだ魔王軍の底辺でくすぶっている。
だからと言って黙って先に帰る、という選択肢はさすがになかった。
「…ウリちゃんは今回も帰らないそうです」
「…そっか、だろうね」
頃合いを図って、レプトルが会話に入る。金田の知らない召喚者の話だった。
それを聞いたミオンは少し、心配そうな表情をした。
「…少し、心配ではありますね」
レプトルは続ける。
ミオンは少し思案するように中空に目をやった後、ふと、なにかを思いついたように手を叩く。
「…よし!」
満面の笑みで金田を真っすぐにとらえるミオン。
その顔を見た金田は、嫌な予感しかしなかった。
「おっさん、お前の大好きなギャルゲー展開にしてやるぞ、妹っぽいの紹介してやる」
ミオンの言葉に金田は唖然とし、レプトルは引いた。
紹介、とはすなわち、現在掘削作業のメンバーとして一緒にいる田所、斎藤からさらにもう一人追加する、ということだった。
ミオンとレプトルに半ば強制連行される格好で、金田は部屋に案内される。
ミオンがドアを2回ノック。
部屋に入るとそこは薄暗く、床には食べかけの“青い果物”の皮や、魔族が差し入れた黒いクッキーの欠片が散乱していた。
木製のコップが転がり、魔力が切れて光らなくなった小さな魔石がスマホの充電ケーブルと一緒に床を這っている。
その散らかりの中心では、布団にくるまってジャージを着たショートカットの小さな女の子がスマホゲームに興じたまま寝落ちしている姿があった。
それは、恐ろしくだらしない光景だった。
「あ、ミオン、おはよ…」
少女は金田たちに気が付いたのか、ゆっくり起き上がるとミオンに向かってそういった。
敬称はつけない、親しいというかあまり距離感を気にしないタイプのように思えた。
「…あー、今日帰る日だっけ?ごめんね、もうちょっとここに居ていい?」
少女は別段悪びれる様子もなく、そう言った。
身長が小さいだけで、実際は中学生くらいか。
どことなく髪もぼさっとしていて、眼の周りも腫れぼったい。
こいつは、ゲームで徹夜をしている!
金田は直感した。
「んー、まぁ、いいよ、でも部屋汚くない?」
「あー、なんかここにいると引きこもりがはかどっちゃって」
ミオンのなんともいえない返答に、苦笑いで返す少女。
その手に持っているスマホには、独特のデザインのバッテリーが刺さっていた。
それを指さしてレプトルが問いかける。
「あ、どうです?そのモバイルバッテリー、そちらの製品に対応できるようにしてみたんですが…」
「めっちゃ助かった!でも、この超急速充電モードは使うと一発で再起動かかってダメだねー」
少女はレプトルにそう返す。
やはり、相手が魔族でも対応や距離感はあまり変わらなかった。
「そうですか、やはり魔術ではそこらへんが対応の限界というところでしょうか」
「ここから配信できると楽しいのにねー、魔族のみんなをリスナーに見せたいよ!」
少女は言った、むしろ魔族とは仲がいいらしかった。
「…で、このちびっこに穴掘りさせるの?」
「そそ、お手伝いとして同行させるから、よろー」
訝しむ金田に、ミオンは軽いノリでそう返す。
お手伝いということは、掘削作業をやらせよう、ということではないな。
と、金田は思った。
少女は警戒したような眼で金田を見た。
「…なにこの、秋葉原好きそうなおっさん」
好きそう、ではなく好きだ、金田は心の中でそう突っ込む。
だが、不思議といつもの“オタクを見る女子の視線”は飛んでこなかった。
「…気を付けてね、このおっさん、相手が女の子なら2回喋っただけで告ってくるから」
ミオンは少女の耳元で、しかし金田に聞こえるようにわざと大きめに囁いた。
「…なにそれこわい」
少女の金田を見る目が確実に、クズを見る目に変わった。
「ちょっとミオン様!?」
ドン引きした少女を見て、金田が最速でミオンに突っ込みを入れる。
こらえきれずにレプトルが後ろを向いた。
「ボクは学校に行かない系ライバー山田ウリエルちゃんだよ!山田って言ったら殺すからな」
山田は、電波が圏外になっているスマホを金田に突き出した。
画面には、写真加工アプリで盛りに盛ったプロフィール写真と、微妙な閲覧数の配信履歴が並んでいた。
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『ボクが見た優しい異世界の話。』
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