山田ウリエル。
そう名乗った少女は、金田より先にこの世界に召喚された中学1年の女の子だった。
「…2025年というと、俺より十年先だな」
金田は言う。
坑道を歩く二人の足音が、湿った岩肌に吸い込まれていく。
奥へ進むほど空気は重く、頭上の空気管から「ゴォ…」という低い音が響いていた。
前方では掘削班の掛け声が反響し、岩を砕く鈍い音が一定のリズムで続いている。
今日は田所と斎藤に合流する予定だったが、前回と違ってそこは、魔族の姿もちらほら見えた。
「深夜にマンションの屋上でスマホいじってたら、そのままこっち来ちゃったんだ」
山田は軽い調子で言う。
そこに不満も戸惑いもない。
むしろ“望んで来た”ような、そんな空気すらあった。
金田は、胸の奥に小さな違和感を覚えた。
「…なんでそんなところに」
その違和感の正体を探るように、言葉を返す。
「…よし、死ぬか!って思ったんだよね」
山田は事も無げに言った。
まるで今日の天気の話でもするように。
「…ああ…」
金田は山田の言葉に一瞬ドキリとした。
心の中で、いくつかの“ありそうな理由”が浮かんでは消えていく。
思春期なんて、それだけで死にたくなる理由が毎日出てくる。
自分がそうだった。
だから、妙に納得した。
「…あるな、そういう時…」
結局、あえて深くは突っ込まないことにした。
「へー、金田もあるんだ。すぐ振られるから?」
山田が意外そうに見上げてくる。
やはり敬称はつけない。
だが悪気はまったくないのが分かる。
「…ミオン様のせいで、すっかり恋愛弱者キャラになっちまったな…」
金田は苦笑いを浮かべるしかなかった。
そしてふと、過去の自分を思い出す。
数々の黒歴史が脳裏を駆け抜け、いたたまれない気持ちがこみ上げる。
その思い出の隣にはいつも、秋元がいた。
「あ、ワニブチだ」
掘削現場には、やはり数人の魔族がいた。
山田はその中の一人、鰐が服を着て立っているような男に親しげに話しかける。
「ウリちゃんじゃないですか、今度はここのチームに?」
ワニブチと呼ばれた魔族は、山田に気づくとスコップで石を掻き出す作業の手を止めた。
そして、レプトル同様の丁寧な言葉遣いでそう言った。
「そうそう!ワニブチは今日もホントにワニだねぇ」
山田が嬉しそうに返す。
その様子はまるで、ペットを愛でる飼い主のようですらある。
「…ワニブチ…」
「だって、顔がめっちゃワニじゃん!超かわいいよね!」
金田は妙に納得感のある山田のネーミングセンスに驚いた。
そして、やはり山田は魔族とは不思議と隔たりを感じさせない距離感を持っていた。
「今度のメンバーはいい人たちだといいですね」
ワニブチが言うと、山田は肩をすくめた。
「…そうだねー。でもボクは魔族さんといる方がいいんだけど」
「…このちびっこはなんかしたんですか?」
ワニブチと山田の会話に割って入る金田。
「…どうも召喚者のみなさんとは相性が悪いみたいで…よく対立してしまうみたいなんです」
ワニブチが少し困ったように言うと、山田はすかさずそれに反論する。
その表情は先ほどまでと違い、真剣そのものだった。
「だってみんなあほなんだもん!金田は別の意味であほそうだけど」
彼女の声には、伝わらないことへのもどかしさが滲んでいた。
「おおー、なるほど」
金田は、山田の反応を見て状況をなんとなく理解した。
恐らく山田は、秋元を見ると“ゴブリン”とあだ名を付けるだろう。
それこそ悪気なく。
優しい魔族相手なら、それでも不思議とかみ合っている。
だけど、人間には、時としてその遠慮ない物言いが衝突の種になりかねない。
山田が自分のいた時代に帰らないこと。
ミオンが自分に山田を任せたこと。
その理由を、金田はなんとなく察してしまった。
「真メンバーの山田さんです!」
ヘルメットをかぶった金田が叫ぶ、まるで新入りバイトを紹介する作業現場を彷彿とさせる空気。
「…ほぉ」
「…女子で、ござるな…」
田所も斎藤も、金田の隣でヘルメットをかぶってしかめっ面でボンタンアメを口に入れる山田の姿に何とも言えない不思議さを感じていた。
どこから突っ込むべきか、そういった戸惑いが見える。
「では、山田さん、一言どうぞ!」
金田が山田を促す、山田はなにかを言いたげな字と目で金田を睨んだ。
「…おや?山田さん?」
「…」
金田は再度、山田を呼ぶ、その態度はどこかわざとらしい。
無言の山田、こめかみがわずかにピクピクと震えていた。
「山田君?…おーい、山田?やーまだー?」
金田は構わず“山田”を連呼し、その度に山田の機嫌は悪くなっていった。
そして爆発する。
「…うるせー!ウリエルだっつてんだろーが!山田言うなし!SNS炎上させんぞコラァ!」
「ジャージでゲーム廃人の分際で、ウリエルちゃんなどと100年早いわ!今のお前は山田だ!わかったか、山田!」
山田の怒りを金田が速攻で切り返す。
「ぐぬぬ…配信中はちゃんとウリエルちゃんだもん!かわいー、って言われるもん!」
「言ってるヤツは100パーセントおっさんだけだ!」
応戦する山田に、金田はバッサリと言い切った。
その目は、大人げなくも勝ち誇っていた。
「ムキー!そーだろうよ!どうせボクのリスナーなんて金田みたいな恋愛弱者でロリコンのおっさんしかいないもんねー!金田みたいなおっさんでロリコンで、ウリエルたんペロペロとか言って…あれ、ホントはお前だろ!?」
煽られた山田は、金田に掴みかからんばかりの勢いで顔を真っ赤にして言い返す。
「…はは、仲いいですね…」
「うむ、いろいろ伝わったでござる」
田所と斎藤は、半ば引き気味にこの光景を見ていた。
そして、金田が優位に立つパターンもあるのだな…と、思っていた。
「…と、まぁ、こんな山田ウリエルさんですが、仲良くやっていきましょう」
暴れる山田の頭をヘルメットの上から押さえつけながら、金田は言った。
「…お前だけは許さねーからな、絶対にだ!」
山田は息を荒くしながら、金田を睨みつけた。
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『ボクが見た優しい異世界の話。』
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