港町ネクリア。
街に足を踏み入れると、まず耳に飛び込んでくるのは人々の声だった。
露店の呼び込み、商人同士の値段交渉、どこかの楽団が奏でる軽いリズム。
海風に混じって、焼いた魚と甘い果実酒の匂いが漂ってくる。
石畳の通りには、荷車を押す商人と、旅装束の若者たちが行き交っていた。
王都よりも建物は低いが、そのぶん空が広く、どこか開放的な雰囲気がある。
港へ続く大通りには、色とりどりの布を張った屋台が並び、異国の香辛料や魔道具、見たことのない果物が雑多に積まれている。
「これが、異世界の町か!ホントRPGの中みたいだな…」
金田は思わず周囲を見回した。
斎藤も同様に、初めて見る異世界の喧騒に目を奪われている。
その横で、田所がフードを深くかぶったレプトルと話を続けていた。
レプトルは人混みを避けるように肩をすぼめ、まるで自分の存在を薄めようとするかのように歩いている。
「…ロスマジシア、というのが魔族の国の名前…ですか」
「はい、王が失われてただの地域になる前は、れっきとした国だったんです。もともと魔力が豊富な土地で、上質な魔石が採掘できるんです」
レプトルは周囲を気にしながら、小さな声で答える。
ミオンとレプトルは魔族の領域で採掘された魔石の取引のため、定期的にこの港町を訪れている。
主な取引相手はリストリア王国の外から商船でやってくる商人たち。
今日、金田たちは、その手続きのために指定の倉庫へ向かっていた。
「…それが、今もなお続く魔族の収入源というわけですね」
田所が言うと、レプトルはうなずいた。
「はい、昔はもっと採掘できたんですけど…純度の高い魔石が採掘できたのはロスマジシア城周辺の山なんですが、今は魔力濃度が高すぎて安易に近づけないんです」
「誰も手が出せないから、魔王が封印されても地域として残されていると?」
「そうですね。今の状態では我々でもそれなりに苦労します。人間では恐らく採掘できないでしょうね…」
レプトルは言った。
この町の人の多さは何度来ても慣れないらしく、しゃべるたびに露わになる口元をしきりに隠している。
突然、屋台のスキマから大きな箱を抱えた男が飛び出してきた。
「おお!スマン」
寸前で男が声を上げたが、予測不能な角度からの男の出現に、レプトルも交わしきれずに接触してしまう。
そして、フードが落ちて、素顔があらわになってしまう。
「あ…」
一瞬固まる男。
魔族だ、そう言いたげに口元がぱくぱくと動き、血の気が引いていた。
レプトルもこの状況に、さすがに焦りを隠せないでいた。
一同が戸惑いの中で次の展開を模索していた。
立ち尽くすレプトルを、周囲の者たちも怪訝な視線を向け始める。
辺りは不穏な空気に包まれていく。
レプトルの頬を嫌な汗が伝う。
…まずい。
金田は思った。そして、その中ですかさず、山田にアイコンタクトを送る。
山田はいち早くそれに反応し、二人がレプトルをかばうように男の前に出る。
「よくできてるでしょ、これ!魔族の着ぐるみ!我々、旅芸人でして…なぁ、山田君!」
「そうそう!ウリエルちゃんが徹夜で作ったんだよー、ウリエルちゃんがー」
金田の調子に合わせながら、笑顔でそういう山田。山田は金田の誤魔化しに全力で手を貸しながらも足元では、金田の足を何度も踏みつけていた。
「ははは!山田は本当に手先が器用なヤツなんです!なー、山田、山田!コイツほどスゲー山田はおらんのですよー!まさに山田オブ山田!」
金田は山田の激しい踏み付けに耐えながら、山田の頭に手を置いた。
一見頭を撫でているようだが、その指先の力は強い。
「あははー、こんなに褒められてやだなー、困っちゃうなー!ボクはウリエルちゃんだって何度言えばいいかなー、こんな着ぐるみが作れるボクの器用な指先で金田の使わない下半身つぶしてあげたくなっちゃうなー!」
山田は頭を握りつぶさんばかりに力を加えてくる金田の手を笑顔でひっかきながら、そう言った。
「…お、おう、そうかー、が、頑張ってくれ、いろいろ」
二人のその光景を見せられた男は、魔族を目撃した恐怖などどこかに失せて、何とも言えないしょうもなさに心が塗り替えられていった。
いろんな意味で、関わりたくない。
そう思った男は、足早にその場を去って行った。
男が去ってもなお、金田と山田は着ぐるみを連呼しながら奇妙な掛け合いを続けていた。
その、あまりにもいろいろスレスレの二人の雰囲気に、次第に周囲の者たちは目を背け始める。
見てはいけないもの、金田たちはそういう扱いにされた。
それにつられて、周囲の不穏な空気も失せ、町はいつもの雰囲気を取り戻していった。
レプトルは、急いでフードをかぶりなおすと、自分を落ち着かせるために一度大きく深呼吸をした。
ミオンも田所も斎藤も、とりあえずは一安心といった様子で胸をなでおろす。
だが、トラブルが去った後も二人は止まらなかった。
レプトルをかばうつもりの行動が、ものの数分でただのののしり合いに変わっていた。
「…ありがとうございます、助かりました」
「痛ぇな山田のクセに!」
「うるせー!ウリエルちゃんだ!このヒキニート!」
「…あんたら、スゲーな…」
レプトルの言葉も届かないまま言い合いを続ける金田と山田に、ミオンはドン引きしていた。
それは田所も斎藤も同じだった。
「…しかし、魔族は危険と言っておきながら、その裏では魔族に資源を頼っているとは…すっきりしないでござるな」
二人の興奮がひと段落した後、斎藤があきれたように言う。
先ほどのレプトルに対する人間の反応を見た後だけに、その言葉は金田も納得だった。
「そうねー、たまに冒険者が勝手に魔石を取りに来たりするけど…やっぱり魔力濃度の濃いエリアは無理みたい」
ミオンが会話を戻す。
彼女もフードを深めに被っているが、見た目がほぼ人間のため、
レプトルほどの緊張感はない。
「…おお、いるんだ冒険者!さすが異世界」
金田は目を輝かせる。
その横でミオンは露骨に眉をひそめた。
「いるよ、魔石のほかにモンスターを刈りにきたりもする、そもそもモンスターも質の悪い魔石が元で生まれるから、それを駆除してくれるのはいいんだけど…たまに魔族の居住区に迷い込んでくるのはね…」
「…なんか、ゆめがないなぁ」
ミオンの溜息交じりの言葉に、金田は落胆の色を隠せない。
「じゃあ、人間にも取れない、魔族も大変なものなんてどうやって採ってるの?」
山田がボンタンアメを口に放り込みながら尋ねる。
「召喚者。あんたたちは魔力を感じる機能がないから、なんの問題もなく出入りできるみたいなんだ」
ミオンは田所、斎藤、金田を順に見て、ニヤリと笑った。
「…ひでぇ話…」
「はは、とんだ丁稚奉公でござるな」
金田と斎藤が同時に溜息をつく。
「魔王軍のトップシークレットでございます。ご協力、感謝していますよ」
レプトルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「…この魔王軍って、ブラックなんだかホワイトなんだかわかんなくなるよねー」
「そうだな」
山田の呟きに、金田は思わず苦笑した。
「もうすぐ着くよ」
ミオンがそう言うと、一行は少しピリッとした空気に包まれた。
ミオンの指さす方向には、大通りを抜けた先に広がる港と倉庫の連なりがあった。
潮風が吹くたびに、積み上げられた木箱の隙間から縄のきしむ音が聞こえる。
港には大小さまざまな船が並び、帆を畳んだまま静かに揺れていた。
海は午後の光を受けて鈍く光り、
遠くでは、異国の旗を掲げた商船がゆっくりと入港してくる。
甲板の上では船員たちが怒鳴り合い、荷下ろしの準備を急かす声が風に乗って届いた。
倉庫街の前では、荷車を引く男たちが列を作り、
商人たちが帳簿を片手に値段を叫び合っている。
「…私たちもなにか受付とか必要ですか?」
田所が港の様子を見ながらそう言った。
「我々はあくまで見物人という扱いなので、受付はいらないんですよ。このまま知らん顔でいきましょう」
レプトルが言い、ミオンが続ける。
「大丈夫。商人ギルドも、魔族との商談案件なんて公にしたくないからスルーなんだ」
ミオンのその言い方に、金田は違和感を覚えた。
「…スルーということは、何が起ころうがスルーってことですかね?」
「そそ、海に沈んで魚のエサになってもスルー、ということ」
恐る恐る聞いた金田の言葉を、はっきりとした言葉で帰すミオン。
取引に対する覚悟と緊張で、目じりがキュッと引き締まっている。
隣でうなずくレプトルもまた、顔つきは変わらないまでも、警戒の雰囲気が強く漂っていた。
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『ボクが見た優しい異世界の話。』
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