薄暗い倉庫の中はがらんとしていて、各地から集まった積み荷が格納されているどころか、
壊れた木箱や、使わない台車やテーブルなどが投げ入れられるように放置されていた。
床には古い麻袋の切れ端が散らばり、誰かが落としたらしい釘や割れた瓶の破片が鈍く光っている。
天井近くの小窓から差し込む光は弱く、埃がその光の筋の中でゆっくりと漂っていた。
壁際には、かつて使われていたであろう帳簿棚の残骸が傾いたまま放置され、その下には、最近まで誰かが座っていたような木椅子がひとつだけぽつんと置かれている。
椅子の周囲だけ埃が薄く、ここが“誰かの待機場所”だったことを示していた。
そして、その一角に、廃棄物に紛れるように、不思議な青い石の入った箱が大量に積み上げられていた。
石は大小バラバラであったが、それらは全て、時折鈍く輝き、物によっては僅かに振動さえしていた。
倉庫の静けさの中で、その微かな震えが床板を通して足元に伝わってくる。
今は魔族の領域、かつてロスマジシアと呼ばれた王国で採掘された、高品質の魔石だった。
数人の男たちが、それを確かめるように手に取り、光にかざして品質を確認した後、そこには大きな布がかけられた。
まるで“見なかったことにする”かのように。
その魔石の山を背に、金田たちは階段を上がり、使われていない倉庫とは対照的な、妙に整った会議室へと通された。
1階の物置さながらの雰囲気とは違った2階の会議室では、午後の昼下がりの柔らかな光が差し込む中で、全員がテーブルを囲み、振舞われた紅茶と紅茶菓子で和やかに話が進められていた。
表面上は。
ミオンはいつもと違うアヤシイ雰囲気に眉をひそめていた。
異国の商人、リストリアの商人ギルド関係者、この2名がいつもの相手。
表向き魔族と取引できないリストリアの商人は、異国の商人を挟んでそこから手数料を上乗せした価格で魔石を入手している。
彼らが交渉の中で、隙あらば価格を下げさせようと仕掛けてくるのもいつものことなのでミオンもそれには慣れている。
しかし今回は、冒険者ギルドの関係者が混ざっていた。
「スマンね、今日はお邪魔させていただいてしまって」
商人ギルドのハイターから紹介を受けた男、ベクターが話に加わる。
短髪でひげ面、そして軽い調子の雰囲気にそぐわない隙のない目つき、軽装ではあるが甲冑で武装していた。
「先日、村の自警団を通じて、冒険者ギルドに調査の依頼があったんだが…」
ミオンとレプトルに一瞬の緊張が走る。
あの陽動作戦が、この局面で持ち出されるとは正直予想外だった。
ベクターは紙の依頼書をテーブルに置いて続きを話す。
「魔族による村の襲撃、その原因と再発の可能性を調べてほしい…ということなんだが、どうもとらえた男の情報によると魔族の仕業なのは間違いないらしい、とのことだ」
金田は、自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
捉えた男というのは、恐らく自分のことだろう。
そう思うと同時に、この依頼書の主が司祭かリーガンあたりだなと、予想がついた。
「…あちゃー」
ミオンは思わず声を上げてのけぞった。
その後、ちらりと金田を見たが、その眼は決して金田を責めるようなものではなかった。
そもそも陽動作戦としての村襲撃を実行したのは自分、という大前提がある。
しかしそれでも、金田は村での生活の中で軽はずみに魔族の一員としてしゃべってしまっていたことを今更ながら後悔した。
「…こちらとしても、正直やりたくねぇ、お前らを真面目に調査なんかしたら政治にも関わりかねんからな」
ベクターは腕組みをして、面倒くさそうに言った。
「…ただ、かといって、テキトーに報告書を出す、そういうわけにもイカンということで、魔族側の言い分も聞こうってことさ」
ベクターは軽い調子でそう続けた、しかしその目つきは鋭い
この言葉には裏がある、ミオンをはじめ魔族側の誰もがそう思った。
「…冒険者ギルドさんもここのところ、依頼が減っておりましてな」
整った身なりでやや肥満気味のメガネの男、ハイターが付け加える。まるで我関せずと言った態度と表情ではあったが、その言葉にはなにかのヒントを出すような含みが漂っていた。
…お互い大事にはしたくない、が…なにか交渉の材料を持ってこいということか。
金田は考えた。
ちらりとミオンを見る、彼女の顔には、予想外の展開に明らかに焦りの色がにじんでいた。
「…秋元という男を知っていますか?俺の友達なんですけど」
しばらくの沈黙の後、金田は言った。一同の注目が金田に集中した。
「…アキモト、今話題の音楽使いだな、。最近この町でライブ?をやってるという」
「お前、あいつの仲間なのか?」
ハイターはメガネの位置を直しながら、金田を見た。ベクターも興味深そうに金田に問いかける。
言い出した金田が思う以上に、秋元の名前は広く知られていたようで、二人の反応に、逆に金田が戸惑ってしまう。
「…俺もあいつと同じ音が出せる道具を持っている…としたら?」
冷静を装いつつ、金田は自分のスマートフォンを二人に差し出す。
自分のスマホ一つでこの件が手打ちになればいい、そう腹をくくっていた。
ミオンが少し、心配そうにこの成り行きを見守っているのが判った。
金田は気にするな、とでも言わんばかりの軽い笑みでそれに応える。
「確かに、アキモトと同じ音楽が使えるなら、考える余地はあるな…」
「…ほう、どれどれ」
言いながら、ハイターはスマホを手に取り、ベクターも隣でそれを覗き見る。
そして、しばらくの沈黙が流れる。
金田は、祈るような気持ちでその時間を絶えた。
「…女の裸の…絵だな…これを、売るのか?」
画面を見たハイターが、何とも言えない表情でそういった。
ベクターは画面を一瞥すると、渋い顔で金田の回答を待っている。
金田は自分が二人に見せた者が、天使エミリーの動画ではなく、秘密のエロ画像フォルダーの一部だったことに一瞬で気づいてしまう。
「あ!それ間違い!それじゃない!」
金田は慌ててハイターからひったくるようにスマホを取り上げる。
「お前、ホントあほだなー」
山田がポツリと呟き、ミオンが頭を抱えた。
その場が、いたたまれない空気に支配されていった。
「大丈夫ですよ、金田さん、この空気…むしろ最高です」
田所が、しどろもどろになった金田の肩を叩く。
そして、どことなくやる気の削がれた感のあるベクターを見た。
「…村の襲撃。いいじゃないですか、そもそも我々は魔王の復活を企てていますし」
田所は、全員が注目する中で紅茶を少し口に含んで口内を潤すと、さらりとそんなことを言った。
ミオンはもとより、レプトルさえも、この発言にはいささか驚きを隠せないでいた。
「何をバカな、10年前に魔王は倒された、それを復活などと…」
それを聞いたベクターはあきれたように半笑いで田所の言葉を返す。
だが、眼は笑っていない。むしろ興味を示している。
そして、田所もその話に食いつくベクターを見ている。
「…まぁ、手段は今はいいじゃないですか…でも、我々の動きが不穏な方が都合がいい…と」
言いながら、勿体つけるように会話を切り、再び紅茶を口に運び、手に持ったティーカップとソーサーを横に置いた。
「むしろ、したいのはそういう話なんじゃないかと、私は思ってますよ?」
少し小声でそういうと、わざとらしく身を乗り出す。
「…魔族の村の襲撃を歓迎する冒険者ギルドがいると?」
ベクターは自分の目の前に置かれたティーカップをソーサーごと傍らに移動させると、その空いたスペースに自分の肘を突き出すように置いた。
甲冑のこすれる音と、肘をテーブルにたたきつけるような音がした。やや威圧的とも思える行動に、場の空気が一瞬緊張した。
「…まさか、しかし再び不穏な動きを始めた我々は…冒険者ギルドさんの方針次第では魔石モンスターを放って人間の生活を脅かすかもしれませんね」
それでも田所は顔色一つ変えずに、営業スマイルのまま話を続ける。
しかし、一見人のよさそうなこの男の雰囲気に反して、ベクターを見る瞳には、純粋さのかけらもない昭和社長の泥臭い強さを宿していた。
冒険者ギルドも平和過ぎては仕事も少ない、不安をあおってでも依頼をふやしたい。
しかしそれを自分から言うわけにはいかない、田所にはそんな相手の本音が見えていた。
ベクターの片眉がわずかに動き、威圧感が引いた。
「…確かに、お前ら魔族は抜け目ない奴らだからな、王都からはるか離れたクソ田舎にモンスターを発生させる…こともあるかもしれんな」
ベクターは、再び椅子の背もたれに深く体を預けると、顎に手をやり、深く思案するような様子を見せながら、ニヤリと口元を吊り上げる。
それに合わせるように、田所も身を引いて口調を戻して話をつづけた。
「…全くです、これは冒険者ギルドさんも大忙しですね、モンスターの素材が流通するのは…」
田所はわざとらしい笑顔を浮かべて、ベクターにそう言い、ちらりと目線をハイターに向ける。
「…嫌がる人間は、おらんでしょうな」
ハイターは何食わぬ顔でそういった。
しかし、その表情の節々には、まずまずの落としどころに満足しているという色をにじませている。
「では、皆さんが安心できる報告書をまとめてください、詳細はまた後程ということで」
田所はにこやかな笑顔でそういうと、ミオンとレプトルに視線を送る。
ミオンもレプトルも、田所の意外な程に鮮やかな交渉力を見て、目を丸くしていた。
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『ボクが見た優しい異世界の話。』
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