「それでは、この件も片付きましたし…いつも通りカタルートさんが一度すべてを買い上げて、我々に手数料を上乗せする形でいいですかな?」
空気がひと段落すると、ハイターが手を叩き、場を仕切る。
カタルートと呼ばれた異国の商人は、無言でうなずくと席を立ち、一度部屋を後にした。
全身をフードで覆った無口な男、ちらりとうかがえるその顔には、口元があらわになった仮面を付けている。そもそもこの男はハイターの紹介の商人で、はっきりした素性は明かされていなかった。
「私は契約書を揃えますので、一旦は休憩ということでお願いします」
「…なら俺は、これで帰らせてもらう、報告書も書かにゃあならんしな」
ハイターがそういうと、続いてベクターも立ち上がる。
金田たちも立ち上がり、いったんミオンのそばにみんなが集まっていた。
そんな中に、ベクターが割って入ってくる。
「スマンね、帰る前にどうしても魔族のねーちゃんに一言言っておきたかったんだ」
ベクターはおどけた調子で輪の中に入ってくると、ミオンの前で立ち止まり、少し険しい表情を浮かべて顔を近づける。
そして、持参した鞄の中身をまさぐるハイターの背中をちらりと一瞥してから、小声で言った。
「…まだ終わってない、気を抜かん方がいい」
言い終えると、ミオンの肩を軽く叩いて、部屋を出て行った。
「…なんだ、あれ」
金田がキョトンとした顔でベクターの背中を眺めていた。
レプトルは警戒感を強め、ミオンは謎めいた一言の意味を計っていた。
田所は、なんとなく辺りを見回し、山田は取り出したボンタンアメを口に居れようとしていた。
斎藤はドアの方向へ一歩前に出ると、ポツリと呟いた。
「…3人」
ミオンたちが斎藤の方を見る。斎藤は少しだけ身体を前にかがめた。
ベクターが部屋から出た。
と同時に、3人の黒ずくめの男が部屋に飛び込んでくる。
全員が身構える間もなく、一度の踏み込みで男二人が金田たちの両脇を駆け抜けていく。
それは一瞬の出来事。
これに対応できたのは斎藤だけだった。
斎藤は向かって左を駆け抜けようとした男の腹部を抜刀と同時の薙ぎ払いで斬りつける。
それを受けた男は、すかさず横に飛び、ダメージを最小限にとどめたが、姿勢を崩して頃がっていった。
斎藤はこの時、致命的なミスに歯噛みした。
「レプトル殿!」
そしてレプトルを見る。
レプトルは右を駆け抜ける男に、かろうじて右フックを当てることができた、だが浅い。
そして、レプトルも斎藤同様に気づく。
男はレプトルに受けたパンチに体制を崩しながらも、すれ違いざまに山田の手を引っ張った。
ボンタンアメの箱が宙を舞った。
ミオンが正面に迫る男をカウンターで殴りつける。
それをまともに受けた男は、ドアの前まで吹っ飛んでいった。
しかし、相手の目的は最初から誰かをとらえること。よりによって一番幼い山田が犠牲になったことで勝負は完全にミオンたちの敗北だった。
山田を確保した男が、ハイターの傍らに無言で立つ。
その顔には、カタルートと同じ種類の仮面が付けられていた。
ハイターは何食わぬ顔で契約書をテーブルに広げ始め、遅れて戻ってきたカタルートを笑顔で招き入れた。
傍らに転がる二人の男、一人は完全に気を失い、一人は斎藤に斬られたであろう腹部を抑えたまま動けないでいる。
そして、テーブルを挟んで正面では、ハイターが勝ち誇った顔で表情の見えないカタルートと並んでミオンたちを見ている。
その傍らには黒ずくめの男に刃物を突き付けられている山田の姿。
山田はあまりに突然の出来事に、ただただ、眼をいろいろな方向に向けるのが精いっぱいだった。
その様子に理解が追い付かず、呆然としていた金田だったが、遅れて襲ってきたこの現実に恐怖で膝が震えた。
すぐ隣では、怒りと悔しさを隠そうともせずに、そばにあった椅子を殴りつけて粉々にしたミオンがそれでもなお収まらない怒りを立ち上らせていた。
「てめぇら!なにしてくれてんだ!」
ミオンの怒号が会議室に響いた。
それにつられて、やっと現実に追いついた山田が悲鳴を上げる。
しかし、目の前の刃物を見て、出した悲鳴もすぐに飲み込むことを余儀なくされた。
「…静かに」
ハイターが、山田に向かって指を口元に当てるジェスチャーを見せる。山田は小刻みに震えながら何度もうなずいた。
そして、ミオンの方に振り返る。
「…魔族風情が、いつまでも対等な取引ができると思うなよ」
ハイターはまるで独り言のように、吐き捨てた。
「ブッ殺すぞ!てめぇ!」
「…目的はなんですか?」
レプトルは、激しい怒りのあまり肩で息をしてうなりをあげているミオンを田所と抑えながら、努めて冷静な口調でそういった。
「この契約書にさいんをするだけでいい、魔石採掘の権利を我々に段階的に譲渡するように書いとる」
そう言って、ハイターは並べた契約書の中から一枚を取り出し、レプトルの方に向かって滑らせた。
「…魔石を独占したいの和判る、だが、あなたたちでは採掘できないのは承知のはずでは?」
レプトルは、受け取った契約書のそのあまりにも挑戦的な内容に怒りがこみ上げたが、その感情を無理やり抑え込んで会話を長引かせることに集中した。
「…確かに、人間では無理だ、しかし、そんなものは人間以下の畜生が掘ればいいんだ」
ハイターは得意げに、含みのある言い方でレプトルの詩的をかわした。
「…どういうことです?」
「…ここにいるカタルート君が共同採掘を申し出てくれとるんだ…人材は彼が担当してくれる…という条件まで付けてな」
ハイターは背筋が寒くなるような不快な笑みを浮かべると、カタルートの肩を叩いた。
カタルートはうなずく、しかし表情に変化はなかった。
二人の様子に困惑するレプトルに先んじて、何かに感づいた斎藤が口を開く。
「…奴隷貿易でござるか」
落ち着いた様子で、斎藤は刀を鞘に納めながら言った。
感情の乗っていない声色だったが、その表情は心なしか険しい。
「その通り、あまり話もしたくない、決断は手短に頼むよ」
ハイターはそういうと、黒ずくめの男の方に視線を送る。
男はためらいのない動きで、捉えた山田の顔に刃物を近づける。
「殺してやる!てめぇ、絶対殺してやるからな!」
「…落ち着いてください!ミオン様!」
恐怖に顔を引きつらせて切っ先から顔を賢明に背ける山田の様子を見て、逆上したミオンが叫ぶ。
レプトルと田所が今にもとびかからんばかりのミオンを賢明に食い止めている。
「おお、怖い怖い…そうだ、そこの男」
ハイターはその様子になんら動じることもなくそういうと、ふとなにかを思い出したように金田のことを指さした。
「さっき出してきた道具、あれを出しなさい」
続けざまに金田にそう言った。
…スマホのことか。
金田は、幾らか冷静になった頭でそう理解すると、できるだけゆっくりとした動作でポケットからスマホを取り出し、テーブルの上に置いた。
「…これが、アキモトが使っている、音と映像の道具か、これはどんなのが出せるんだ?」
ハイターは嬉しそうに金田のスマートフォンを手に取った。
しかし、しばらくはいろいろと眺めたり押したリしてみたものの、一向にはっきりした動きを見せないスマホに対して明らかな不満の表情を浮かべる。
「…どうなっとるんだ?魔術か?」
ハイターは言いながら、スマホを中空にかざしてそういった。
相当興味を引いたのか、カタルートも山田を捉えている男も、自然とスマホに身体が吸い寄せられていった。
それを見た金田は、思わず口元が緩んだ。
動かないのはただの顔認証だが、向こうはそれを知らない。
そして、ハイターだけではなく、両脇の二人もかなりスマホに興味津々という状態。
金田の脳裏に、これが物凄いチャンスなのではという直感が走った。
「…そっち言っていいか?俺じゃないと動かせないんだ、それ」
金田は言った。
しかし、これでハイターに近づけるか、近づいた後どうするかがまとまり切れていなかった。
「…わかった、だが、なにかできるとは考えんことだ、いいな?」
ハイターは渋々ながら金田の接近を認めた、しかし、当然ながらその警戒は強そうに見えた。
金田は一瞬振り返り、斎藤を見た。何かの合図と察した斎藤は黙ってうなずく。
レプトルも田所も、金田がなにかをしでかそうとするのは判った。
ミオンにも内容は判らないまでも、それが大きな危険性を背負った行動ということは痛いほど伝わった。
ミオンは衣服の裾を強くつかんで、この不安に耐えた。
「大丈夫っすよ、俺、そもそも秋元の処に戻るつもりだったし…取引なんて関係なかったっすわ」
わざとらしくそう呟きながら、テーブル伝いに歩いていく金田。
その場にいる全員に注目される中で、金田の頭はフル回転してこの状況からの打開策を考えていた。
…なにか、時間を引き延ばせるもの?いや、なにか注意を引くもの…どちらにしろ中途半端はダメだ。
冷静を装っている金田だったが、心臓の鼓動がすごかった、胃袋もねじ切れそうなほどの不快感を感じていた。
しかし、すれ違いざまに男に抱えられて身動きの取れない山田を見て、気持ちを奮い立たせた。
山田と視線が合い、金田は精一杯の強がった笑を作って見せた。
「…で、なに見たいっすか?」
警戒するハイターに過剰なまでの下卑た笑いを浮かべて金田が言う。
「…なんでもいい、アキモトがやってるやつとか…それ以外なにができるんだこれは?」
顔を近づけてくる金田に、ハイターがうっとおしそうに答えた。
金田は更に、過剰なまでの低姿勢と小物っぽい立ち回りで相手の警戒心を根こそぎ刈り取っていく。
「…いいのありまっせ、見ます?そこの商人も、そこの子供抱えた兄ちゃんも、ほら…ちょっとこっち来なって」
金田はそういいながら、自ら作り出したこの緩み切った空気の支配下に二人を強引に引きずり込んでいく。
いきなりの訳の分からない男にペースをかき乱されて戸惑う二人だったが、結局スマホに対する興味にあらがえず、三人が身を寄せ合って一つのスマホを凝視する恰好が形成された。
金田はその中心でスマホを操作し、テーブルに置いた。
「…ったく、売り物にならんモンだったら承知せんぞお前…」
ハイターは文句を言いながらも、その見たこともない液晶の画面に期待を募らせていた。
「大丈夫っっすよ!俺あのアキモト君の友達っすよ?あのライブ以上の素材もってますんで!」
正直今の金田には、あのアキモトがどのくらいの秋元なのかも知らなかった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
金田は、自分でも驚くほどにこのバカみたいなノリのキャラクターを演じきっていた。
「ほら、いきますよー!これ絶対売れますって!」
そう言って、動画の再生ボタンを押す。
演じてはいるものの、この動画については正直ヤケクソ気味だった。
ただ、ほかのどの動画も持っていない一つの武器があった、金田はそれに賭けた。
…お兄ちゃん…大好き…」
フルボリュームで、かなり甘ったるいアニメ声が響いた。
その動画は、実写ではなくアニメ。
場の空気が凍り付いた。
動画を見ていた3人はおろか、田所、レプトル、ミオンでさえもこの展開に唖然とした。
そして全員が、絶対失敗した、と思った。
斎藤は辛うじてこの展開に耐えきり、金田が作り出すチャンスの兆しが表れるのを観察していた。
可愛い妹キャラが画面の向こうのお兄ちゃんに甘く囁いてくれるショート動画、ツインテールの女の子は、画面を通じてお兄ちゃんに一生懸命アピールをしてくる。
ハイターをはじめとした3人は、この実写ですらない訳の分からない、しかし異常に可愛さだけに特化した、背徳的な映像に目が離せないでいた。
…なんなんだ、これは…。
頭の中で小さなパニックを起こす、3人。
やがて愛くるしい表情が少し恥ずかしさを帯びる。
「…お兄ちゃん、見て…」
金田は素早く山田に視線を送り、山田はなにかに気づいた様子でニヤリとした。
画面の向こうの少女はほおを赤く染め、伏し目がちな表情でスカートの裾をつかむ。
まさか、この先があるのか?
3人はこのアニメ動画が、しょうもなく、くだらないとわかっていても目が離せないでいた。
金田に突っ込むことも忘れて、ちょっとドキドキしながら画面を凝視してしまう。
画面の奥の少女がゆっくりとスカートを持ち上げる。
…なんだかよくわからんけど、それ以上はダメなんじゃないか?
3人はそう思った。
正直3人は、このアニメで自分の趣味が刺激されるとかそんなことはなかった、ただ、このろくでもない不謹慎さがどこで終わりを迎えるのか、それが気になっている。
だから、なおさら目が離せない。
少女の太腿が露わになり、きわどい部分に達しようとしたその瞬間だった。
ギャーーーーーー!!
エフェクターをふんだんにかけた耳の痛い悲鳴とともに、いきなりゾンビの顔が画面いっぱいに飛び出してきた。
「うわっ!」
萌え動画でこれでもかと画面に注目させた後に、けたたましい悲鳴とホラーな画像の奇襲攻撃。
かつて金田自身が思いっきり引っかかった、スクリーム動画だった。
驚きの悲鳴を上げ、思わずのけぞるハイター。
表情は読み取れないものの、カタルートも確実に身体を後ろに引いている。
山田を捕えていた男もさすがに驚いた様子で、画面から目を背けて反射的に身構えるポーズをとっていた。
一瞬ではあるが、これを見た三人は、心臓がはねるような冷たい驚きを全身で味わっている。
声しか聞こえない場所にいるミオン、レプトル、田所でさえもこの音の落差に驚きを受けていた。
全員の動きが止まった。
金田はその隙を逃さず、姿勢を崩した男の持つナイフと山田の間に自分の身体をねじ込んだ。
「斎藤!」
大声で叫び、自らも死ぬ覚悟を下。
斎藤は金田が言い終わる前に、テーブルを踏み台にして宙を舞った。
斎藤の踏み込みで、テーブルに並べた契約書が飛び散った。
そして、慌ててナイフを振りかぶった男の手首めがけて刀を横に振りぬいた。
だが、その一劇は空を切る。
男は金田もろとも山田を突き飛ばし、自らも後方へ転がった。
金田は山田を抱えたまま、そばにあった椅子にしこたま背中を打ち付けて倒れこんだが、その状態を庇うように、着地した斎藤が体勢を立て直した男の前に立つ。
次の瞬間、側面からカタルートが懐から取り出したナイフを構えて斎藤にとびかかる。
しかし斎藤はその攻撃も、半歩身体を傾けると同時の、下からの切り上げでナイフをはじき返す。
そして、切り上げた切っ先を返す刀でもう一度横に薙ぎ払い、ほぼ同時に襲い掛かってきた男の腹部を斬りにいった。
男はとっさの判断で後ろに飛びのく、が、それを見透かしたかのように斎藤は追撃の着きを入れる。
男の口元が苦痛に歪む、致命傷ではないものの、脇腹を確実に刺されていた。
斎藤は、表情一つ変えず次の攻撃に備えた。
そこに殺気はなく、ただし隙もない。そしてためらわず、人間を切りに行くのが当たり前といった感覚を持った男の姿があった。
黒ずくめの男とカタルートは、この得体のしれない男の存在に恐怖と焦りを抱いた。
その攻防の後、斎藤とカタルートの間に、高速で光をまとった半透明の玉が突き抜けていく。
思わず飛びのくカタルート、彼は自分に向かって掌を向けているレプトルを見て、それが魔術による攻撃だと理解した。
部が悪い、そう感じたカタルートは傍らで呆然としていたハイターを羽交い絞めにし、首元にナイフを突きつける。
それを見た黒ずくめの男も、即座にカタルートの方向に駆けていく。
「…え?」
ハイターはわけもわからずに、しかし向けられたナイフの鈍い光を受けて短い悲鳴にも似た声を上げる。
「…動いたら、この男を殺す」
カタルートは静かに言った。
それを一番間近で聞いたハイターは半ばパニックを起こして何かをわめいていたが、すぐにカタルートに口をふさがれた。
ハイターのうめき声だけが聞こえる部屋の中を、カタルートたちはゆっくりと窓際まで移動していく。
ミオンは正直、ハイターもろともカタルートも殴り殺してしまいたいと思っていたが、レプトルに制しされ踏みとどまっていた。
「…ハイターさんをそそのかしたのがあなた…ですよね?本当に魔石の採掘権が目的なんですか?」
田所が尋ねると、ミオンがそれに続いた。
「そもそもお前…いつもの商人じゃねーだろ…」
レプトルが、かざした掌をカタルートに向けたままうなずいた。
黒ずくめの男が、大きな窓のガラスを割り、窓枠に足をかける。
カタルートも男と同様に、割れた窓に近づきながら、逃走の体勢を整えていた。
襲撃からここまでの行動は、明らかに商人とは思えなかった。
「…魔導兵器」
カタルートがポツリと呟く。
その単語を聴いた瞬間、レプトルの顔色が変わる。
「そんなものはない!そんなものは人間の勘違いだ!」
そして、声を荒げてそういった。
「…嘘をついても無駄なこと、予言に記された悪しき者どもめ!かつてのロスマジシア王が創りし破滅の光をもたらす魔導兵器…世界は静かにそれを狙っているものと思え!」
カタルートはそう言って、ハイターを突き飛ばしたかと思うと、先に2階から飛び降りた黒ずくめの男とともにその場から消えた。
最新話まで一気読みしたい方はこちらからどうぞ。
カクヨム版では、最新話まで公開しています。
『ボクが見た優しい異世界の話。』
https://kakuyomu.jp/works/2912051601353541835