結局、カタルートには逃げられたが、ハイターを捉えて取引は後日に持ち越しとなった。
山田が今回の取引の一部始終を自分のスマホで録音していたという事実が明かされ、今後の取引にかなり有利な結果をもたらすことになった。
「…ほら、行きましょう、ミオン様」
緊張の糸が切れて気を失った山田を負ぶったレプトルが言った。
荒れた会議室の様子は、田所と斎藤、金田で、できるだけ直した。
倒れた男二人は、斎藤に切られた男の応急処置をした後に、レプトルがまとめて縛り上げて部屋の隅に放置した。
ミオンは、今だ収まりのつかない感情をハイターにぶつけていた。
何度も拳が振り下ろされ、鈍い音が響いた。顔は見る影もなく腫れ上がっていた。
しかし、だれもそれをとがめることができなかった。
あまりに悲しげなその背中に、かける言葉が見つからなかった。
「…それ以上やったら死んでしまう」
たまりかねた金田が、背後からミオンの肩をつかんでゆする。
「…だって…こいつが…こいつが…!」
振り向いたミオンは、怒りと涙でぐちゃぐちゃになった顔で、まとまらない感情のまとまらない言葉を繰り返した。
金田には何も言えなかった。
ただ分かったのは、魔族のトップとして、山田に危害を加えたこの男が許せない。
と、同時に山田を危険にさらした自分にも腹が立っている。そう見えた。
そういう感情に、振り回されていた。
果たして、これまでにこういった危機がなかったのか、ある度にこうなのか、それは金田には分らなかった。
しかし、今のミオンの感情は行き場がなく、どうしようもなく、弱くてもろいものに感じた。
…ま、いつも強いわけがないんだ。
いつかの強い瞳を思い出しながら、金田はそう思った。
うつむいて歯を食いしばるミオン。
金田にはそれが、この期に及んでまだなにかを我慢しているように見えた。
金田はつい、ミオンの頭に手を置いた、それは無意識だった。
一瞬、ミオンははっとした表情を浮かべて金田を見た。
金田もまた、自分の行動に戸惑いはしたが、自分が殴られてもミオンの気が晴れるならいいかとも考えた。
黙り込むミオン。
しかし、何かを思い出した彼女は、放心した顔を、再び怒りの表情に変えて声を上げる。
「お前もだ!」
そして、金田の頬に思いっきり平手打ちを浴びせる。
「」…え?
いきなりの衝撃に驚く金田、理由がわからずに戸惑う。
乾いた音が部屋に響き、遠巻きに成り行きを見守っていた三人も驚いた。
ミオンに張られた頬がジンジンと熱くなっていった。
どうしていいかわからない金田の胸ぐらを、ミオンがつかむ。
「…死んだらどーすんだ!」
ミオンは絞り出すような声でそう叫ぶと、金田を物凄い形相で睨みつける。
しかしすぐに、その怒りの表情は崩れ、眼に涙がにじむ。
まるで母親に叱られたような痛痒い感覚が金田の身体にじんわりと広がる、しかしミオンのその表情を見ると、それ以上の胸が強く締め付けられる感じが下。
…死んだらやだぁー!…死なないでよぉー!…」
ミオンは大粒の涙をこぼしながら、子供のように号泣した。
溢れる感情のままに、言葉にならない言葉をこぼしながら、声をあげて泣いた。
レプトル、田所、斎藤は穏やかな顔でそれを見ていた。
金田は目の前で少女が泣いている、こういう時に取るべき行動をいろいろ考えていた。
しかし、思いついたそのどれも実行できなかった。
全部正しいようで全部違う。マンガやアニメほど、上手くできない、そう思った。
なので、ただそこにいてミオンが落ち着くのを待った。
そしていくらか時間が過ぎた、会議室の割れた窓から、夕刻の赤い光が陣割と差し込んできていた。
「…ほら、帰ろうぜ」
金田はそういうと、ミオンの手を取って立ち上がらせた。
最新話まで一気読みしたい方はこちらからどうぞ。
カクヨム版では、最新話まで公開しています。
『ボクが見た優しい異世界の話。』
https://kakuyomu.jp/works/2912051601353541835