港町の外れにある、冒険者ギルドの裏手の休憩所。
夕暮れの柔らかな光が差し込む中、金田たちはベクターに呼ばれてそこに集まっていた。
「いやー、お疲れさん。悪ぃね、わざわざ来てもらって」
ベクターは豪快に笑いながら、テーブルに腰を下ろした。
誰もいないその部屋には、すでに人数分の紅茶が注がれ、並べられていた。
その状態が、あくまでここも非公式の場、ということを意味していた。
「恐れ入ります、というか、あなたギルド関係者どころかギルド長じゃないですか、まったく悪い人だ」
全員が着席するとまず、田所が肩をすくめながら言う。
レプトルは前回以降、用心のために街に出るのを避けるようになった。代わりに、交渉事は田所に一任するようになった。
「そうだな、だからこそ、どんなことをしても冒険者ギルドをつぶすワケにゃあいかんのよ」
田所の呆れた様子にも、ベクターは態度を崩すこともなく真正面から切り返す。
「…で、どうだった?」
「はい、あくまで…処理に困った質の悪い魔石を、うっかり、間違えて、誰かさんのオススメポイントに捨ててきましたよ」
田所もまた、当然といった様子でベクターの依頼に念入りな回答を返す。
「全部がモンスター化するかわからんけど、魔力が抜けきった魔石はただの石になるから問題ないよ。どんなモンスターになるかはあたしも知らん」
ミオンが、出された紅茶をすすりながら言う。人間の悪事に加担しているせいか、その態度はいささかそっけない。
「そうか。もともとモンスターの遭遇件数が多い地域で、出現頻度がちょっと増えたってだけなら、大した危険はねぇからな」
ベクターは腕を組んで、満足そうに頷く。
「なんとなく不穏…な空気が作られれば、討伐依頼以外の仕事も増えるかもしれませんしね。こちらも捨てられない魔石の処理が捗って助かりますが…魔族に悪意が向き過ぎないようにお願いしますよ」
田所が昭和社長の顔でベクターに視線だけを向ける。ベクターもうなずきと目線だけでそれを返し、お互いが不敵な笑みを浮かべて笑い合った。
二人の間には、悪い大人の空気が流れていた。
「…ところで、だ」
魔石の話がひと段落すると、ベクターが声を潜めた。
「お前らを襲った商人な。あれ、戦争国家の商人なんだわ。多分、今回の件は国の思惑で動いたんだと思うぞ」
ベクターがやや真剣な表情で話を続ける。
ミオンは眉をひそめた。
「…魔導兵器の話だろ?あれ、ホントに嘘だからな?そっちにもいるんだよ、その噂に釣られて居住区まで入り込んでくる冒険者!」
「こりゃ、スマンね。なんかうまいこと言っておくわ」
ミオンの鋭い口ぶりに、ベクターは思わず頭をかいた。
「よろしく頼むわ。マジ迷惑なんだ」
ミオンがため息をつく。
「…まぁ、疑われてもしゃーねぇ部分もあるとは思うが…」
ベクターは再び腕を組みなおすと、独り言のように呟いた、そしてまたすぐに、何かを思い出したような顔をした。
「しかしよくあの襲撃を凌いだな。正直意外だったんだが」
彼は顎ひげを撫でながら、感心したようなトーンでそう言った。
「見てたなら、なんで助けねーんだよ」
ミオンは、明らかに不満げな態度で声を上げる。
「…悪いな、こっちもどっちかの見方する、なんてできねぇんだわ、立場上な」
ベクターは、ミオンの睨みの効いた視線から逃げるように顔を背けて苦笑いを浮かべる。
「でもよ、いるじゃねぇか、そこに腕利きの剣士がよ」
しかし、すぐにそう反論すると、斎藤を指さした。
「あと二人増えていたら、どうなっていたかわからんでござる」
斎藤は、ベクターと目線を合わせずに飄々とした態度でそう答える。
「嘘つけ。あと三人いても、普通の切り合いならお前さん勝てたんだろう?」
ベクターがすかさず突っ込む。
しかしその眼は鋭く斎藤を捉え、威圧、なんなら挑発的とも見える態度だった。
ベクターは同じ剣を持つものとして、斎藤の実力に興味をそそられている。
そんな態度だった。
斎藤はそれを受け流すように、少しだけ目を伏せた。
「…守りながら切るというのでなければ、恐らくは」
そして、やや言葉を濁しながら、斎藤は答えた。
ベクターはその答えに一応満足したのか、斎藤を計るようなそぶりをひっこめた。
「いや、強いな!誰も受けてくれねぇんだが、ドラゴンの討伐ってのもあるぞ?その気になったらいつでも来てくれ」
素直に斎藤の強さを認めると、おどけた調子で話を続けた。
「…はは、拙者は人間しか切れないでござる、しかも今は先生の元で修行中の身ゆえ」
そう言って、斎藤は金田の肩を軽く叩いた。
ベクターはその様子を見て、一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間、腹を抱えて大笑いした。
「ああ、その兄ちゃんか!無鉄砲とギャグセンスだけはサイコーだったな!」
金田は苦笑しながら頭をかいた。
山田はボンタンアメを口に放り込みながら、
「命がけの作戦で、エロを出してくるって…控えめに言ってイカれてると思う」
とぼそり。しかし、その声色にいつもの毒っ気は薄く、あきれてはいるが表情もどこか柔らかかった。
「まあな、喧嘩が強いとかそういう次元の問題じゃねぇんだ、だれでもできるこっちゃねぇ」
ベクターが山田に続く、爆笑はしているものの、言葉はしっかりと金田を評価していた。
ミオンは自分の隣で居心地悪そうにモジモジしているおっさんを見て、少し笑ってこう言った。
「このおっさんこそ、今回の勇者だからな」
「いやいや!こんな勇者いないってば、ミオン様!」
予想外のミオンの言葉に、金田は思わず素の反応で帰してしまう。
しかし、だれもそれに反論することはなかった。
「そうだ、勇者君よ、アキモトの友達なんだろ?あいつ最近、劇場以外でもいろんなところでライブやっててな、今日もやってると思うんだが…なんなら会ってくか?」
「…え、そうなんですか?」
金田は、ベクターのその突然の申し出に戸惑いが隠せなかった。
「いやー、今日は冒険者ギルド主催の周知イベントやっててな、特設ステージでミリアちゃんに出てもらってるんだわ。あいつらすげぇ人気だからな、それだけで人が集まるし、グッズもバカ売れするんだよ、お前らの国の言葉でアイドル?って言うんだろ?いや、可愛いし歌もうまいし、ステージはあの盛り上がりだろ?冒険者どもにもファンが多いんだよ」
ベクターは続けた。
彼の言葉はいろいろな評価と驚きは伝わったが、結局グッズの売れ行きが一番うれしそうな雰囲気だった。
「…いや、今日会うのは、ちょっと…」
金田は苦笑いを浮かべながらうつむいてしまう。
ベクターの語り口が熱を帯びれば帯びるほど、自分のつまらない感情が胸の奥で渦を巻いて大きくなるのがわかった。
ミオンはその様子をちらりと見て、軽くため息。
そして、テーブルの下で、誰にも気づかれないように金田の膝を指で弾いた。
「なんだ、訳ありか、そら残念だな」
ベクターは、金田の意外な反応に拍子抜けしたように、そう答えた。
だが、深く追及はしなかった。
そして、山田もまた、そんな金田の複雑な様子を怪訝そうな顔で見ていた。
最新話まで一気読みしたい方はこちらからどうぞ。
カクヨム版では、最新話まで公開しています。
『ボクが見た優しい異世界の話。』
https://kakuyomu.jp/works/2912051601353541835