ボクが見た優しい異世界の話。   作:かぱえるくん

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…ビブラスのじじいめ…

宮廷魔術師として屈指の実力を持つ男、ピアズ・バーデンは、数刻前の門弟とのやりとりを思い返していた。

「…ビブラスのじじいめ…私の人生はあいつの出す迷惑な難題を解くためだけに存在するんじゃないかとさえ思えてくる…」

ピアズは椅子から立ち上がると、長い髪を無造作にかきあげて窓の外を見た。

リストリア王城の中でも比較的高層階に位置するその部屋は、あらゆる魔術書や資料を詰め込んだ多くの本棚と、実験用の水晶や魔石、用途の不明な測定器らしきものが雑然と並べられていた。

そして、窓に一番近い場所にはピアズが座る装飾の着いた椅子と机、その傍らに設けられた作業用の机があった。

「希代の大魔術師、そう称えられて死んでいった英雄のお弟子さんの言葉とは思えませんね」

彼の後ろでは、本棚に本を返す若い男性の姿。

ピアズと同じくローブをまとったその青年の眼には、ピアズにも負けない知性の輝きを感じさせた。

幾人かの門弟の中でも頭一つ優秀な彼は、ピアズの研究補佐を任されている。

「あいつは地位も名誉もこれっぽっちも興味はなかったよ。ただ誰より魔術に貪欲だった…そのためならどこの誰がどうなろうと、どうでもいいほどにな」

ピアズは心底忌々しげに、そう言って振り返った。

「でも、先生は個人的な理由で、魔王の封印を解こうとしていらっしゃる…同じようなものですよ」

彼は、いつものことだと言わんばかりの呆れたような視線をピアズに向けてそう呟いた。

ピアズもその言葉を慣れた様子の涼しい顔で受け取り、彼に手元にあった分厚い本を手渡す。

「しかし、本当にうまくできてますね…封印を扱うためには、最低でも奇跡2つ分に相当する魔力が必要になるなんて…先生じゃなくてもこれはお手上げ状態になります」

彼はそう言いながら、受け取った本の表紙を確認すると、それまでとは違う、少し立派な造りの本棚にそれを返した。

その本棚の本には、全て“ビブラス・コモンヒューズ”の名前が記されていた。

そこは、近年の魔術の進歩に多大な影響を与えた彼のすべての知識が詰まっている。

そしてこの部屋自体が、弟子のピアズがビブラスから丸ごと受け継いだものだった。

それは、王をはじめとした周囲の意向であったが、本人はあまり気乗りはしないものだった。

「…しかも用意したのが聖剣と…」

男の語り口が軽快になっていく一方で、ピアズの顔には僅かな嫌悪の色が差す。

「あぁ、すいません」

「いや、いい…ただ、封印の話を軽々しくしない方がいい。城の中では特にな」

ピアズの様子に気づいた青年は、慌てて口をつぐんだ。

「…ま、また今日も行かれるんですか?その…」

そして、半ば無理やりに話題を変えた。

「…ライブだな、封印を解くのに必要な魔力の確保に使えるかもしれん…近くでミオンとの約束もあるしな」

ピアズは言いながら、傍らに置いてある飲みかけのハーブティーを一気に飲み干した。

…あんな悪魔のような男と同じなものか。

ピアズの脳裏に、年老いた魔術師の影が浮かんでは消えていった。

その時だった。

遠くから、乾いた打音が重なって響く。

そして、激しいスネアドラムの連打音が、思考を断ち切るように鳴り響いたのをきっかけに、我に返った。

ピアズは冒険者ギルドの周知イベントで行われている、ミリアのライブを遠巻きに見ていた。

少し離れた程度では掻き消えることのない輪郭のはっきりした音が、観客の歓声と手拍子とが合わさった熱狂空間を突き抜けてくる。

そしてその音の空間の真ん中で飛び跳ねるように、時に戯れながら広がっていくミリアの声。

彼はミオンにミリアと秋元のこのライブの存在について聞かされてから、密に注目していた。

確かに奇抜で目新しく、人の心をとらえる見世物だとピアズも思っていた。

ましてこれが、異世界の文化だと言うのだから、その興味は尽きない。

しかし、それらとは別のなにか、芸能や文化以外のなにかを彼は感じていた。

それがミリアの声。

彼女の声が異世界のリズムと組み合わさった時、その場所に奇妙な力が生まれるのを彼は感じていた。

…リズムがある種のトランス状態を導き、観客の統一された動きはまるで儀式のようにも見える…だが、魔術や魔力ではない…。

ピアズは注意深くリズムを意識し、眼を閉じてミリアの歌声に耳を傾けた。

ミリアの歌声を受け入れると、まるで春の陽だまりのような温かさが心をじんわりと満たしていった。

それは声質の印象ではなく、ミリアが放つ波そのものだった。

…声を介して波を送っているのか、無意識で。

ピアズは驚きつつも、あえて自分の心の変化に身を委ねた。

自分の中の小さな光が、優しい手に掬い上げられて抱かれ、大きく育つのを感じた。光はやがて、ピアズの意識の全てを覆い、一瞬の瞬きとともに天へ昇るように空に溶けていった、そんなイメージがあった。

そして彼は、光が淡く消えていく中で、一人の少年の笑顔を垣間見る。

それは、ピアズが何度も思い描いた救いのイメージそのものだった。

…私は今…希望を見たのか…。

いつの間にか空を見ていたピアズの頬には、数年ぶりの涙が伝っていた。

 




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『ボクが見た優しい異世界の話。』
https://kakuyomu.jp/works/2912051601353541835
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