仮面ライダーディアウト with アウトサイダーズ   作:から傘お化け

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プロローグ 無垢なる目覚め

 

 現世か高次元の世界かも分からないトンネルで、少女は目を覚ました。

 

 目覚めた少女の前に広がるは、橙色のナトリウムランプの光に照らされた灰色の世界。滑らかな表面をした無機質な壁が照明の光を乱反射させ、冷たいコンクリートの道路を伝って無限へと続いている。出口なんて無いのかもしれない。そう考えるのも容易いほど、画一的で退屈な景色だけが浮かんでいる。

 

 少女はゆっくりと身を起こし、覚醒しきっていない鈍痛が沈殿する頭で思考を開始する。

 だが、驚くことに何も思い浮かばなかった。

 名前、出自、経歴、そして何より『何故ここで眠っていたのか』。自分自身のことに関する記憶が、少女の頭から綺麗に抜け落ちていた。

 普通の人間なら、身に覚えの無いトンネルで目覚めたら何かしらアクションを起こすだろう。とりあえず出口を探しに歩く、外部との連絡を取ろうと試みる等。自分自身のことを惜しみ本来あるべき生に帰還する為の行動を取ろうとするはずだ。

 

 しかし、記憶を失った彼女は例外だった。

 上半身を起こした少女だったが、下半身も同じようにはいかなかった。空っぽの脳が『このトンネルから出るべき理由』を算出出来ず、彼女の脚に指令を送ろうとしないのだ。家族、名誉、夢。少女にはここから出るのに十分な理由になるほどの抱えているものが一切無い。このトンネルがそもそも彼女の居場所という可能性すら、判断材料が無さ過ぎて否定出来ない。

 

 自分が置かれている状況を全く理解出来ていないまま、少女は無防備な獲物のようにその場にへたり込んでいるだけだった。

 

「ようやく見つけた。ディアウト」

 

 そんな彼女の背後から声がする。

 少女は半ば反射的に振り向き、声のした方へと顔を向ける。

 

 声の主はアングラ風の精悍な顔つきをした長身の男性だった。

 筋肉質でガタイの良い肉体を胸元を少しはだけさせたスーツで包み、栗色に明るく脱色した髪があちこちに跳ねている。指にはゴールドやシルバーなど複数のリングが嵌っており、手の甲からは蔦のような柄の禍々しいタトゥーが覗く。トンネル内の照明のせいで橙と黒以外の色が奪われた世界でも闇夜に輝くネオンのような仰々しさを纏っている、如何にも『夜の男』の見た目をした男性だ。

 

 男は少女を見るや否や僅かに口角を上げ、地面にへたり込んでいる彼女とジリジリと距離を詰める。もちろん少女はこの男について何も知らない。故に味方とも外敵とも識別出来ない。

 未だ状況を飲み込めず後退の一つもしない少女との距離は一瞬で縮まる。男の足先が少女の座り込んでいる脛に触れると、彼はすぐさま少し体勢を低くして大きな掌に伸ばし、抵抗を知らない彼女の顎に指をかけた。

 

「へぇ……可哀想で可愛いちっちゃい子、最っ高に俺好みだ」

「えっ……その……あぅ……」

 

 男は少女の顎を捕まえたまま、その顔を隅々まで観察し品評する。自分が何者かも分からない少女に男性への対処術なんて知っている筈もなく、困惑の声を漏らすだけで男の為すがままに視線で弄られることしか出来なかった。

 

「……その反応、やっぱり何も分かってないんだな」

 

 男は少女の反応を見て察したのか、彼女の現状を結論づけると、やや乱暴に指を離し突き放す。そして屈めていた背筋を戻し、突き刺すような目線で少女を見下ろす。

 

「俺はゾック。まあ……君のプロデューサーってとこだ」

 

 男――ゾックはそう自己紹介する。

 ゾック。少女は心の中でその名を反芻するが、やはり何もヒットしない。

 自分の無条件の味方かも確定していないにも関わらず呑気に脳内検索をしている少女を前にして、ゾックは呆れを隠さず溜息をついた。

 

「ハァ……その呆けた顔殴りたくなるけど……まあいい。突然だが君には今からたっぷりと痛めつけられてもらう」

「ふぇっ……?」

「ったく、そういうとこが殴りたくなるんだよ……じゃ、また後で」

 

 ゾックは明確な暴力性を前にしてもまだ無垢な瞳で困惑するだけの少女により呆れつつも、くるりと踵を返す。そして懐から取り出した銃のようなデバイスにカードを差し込む。

 

『アタックライド』

『インビジブル!』

 

 機械音声がトンネルの壁に反響すると、ゾックの実像が揺らめく。そして瞬く間に実像は残像へと霧散し、まるで手品のようにその場から消えてしまった。

 

 一人残された少女はゾックとの出会いに余計に混乱し、尚も立ち上がることは出来なかった。

 どうやら自分はこれから痛めつけられるらしい。が、全くと言っていいほど実感が湧かない。今すぐこの場から逃げるなど思いつきもしない。

 

 だがそんな平和ボケ気味の彼女を裏切るかの如く、トンネルの奥の方から死神の足音が聴こえ始めた。

 奥から十名ほどの一団が、少女のいる方へと近づく。照明の逆光によりその姿は真っ黒でよく見えず、少女は目を凝らしてみる。

 

「ひっ……!?」

 

 やがて少女が一団を認識できるぐらいまで互いの距離が近づくと、彼女は思わず短い悲鳴を上げた。

 

 その一団に人間は一人もいなかった。

 白い紋様が描かれた黒い身体に白い骸骨のような頭部を持った異形『ポーンジャマト』。奴らが一団のほとんどを占めていた。

 更に一団の長のような者は重装備をしている。

 有刺のツタのような装飾を肩や首元に象った黒と緑の戦士。腰には左側に植物がデザインされたバックルのようなものが装填されたベルトを装着しているそれは『ジャマトライダー』と呼ばれる亡者だ。

 

 少女はこの異形の怪物のことは勿論何も知らない。が、その禍々しい見た目に本能が恐怖を示していた。流石に逃げようとするが、腰が抜けて立ち上がることもままならない。

 そんな少女の怯えを無慈悲にも意に介さず、ジャマト達は少女に近づく。

 

 やがて一団から先行して少女に近づいたジャマトライダーは彼女に手を伸ばし――その顔面を拳で粉砕した。

 

「ガハッ……!ガッ……ァ……ゥゥゥッ!ゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 人間を遥かに凌駕する怪力で殴られ、少女は吹き飛ばされる。

 彼女の頬は激しく腫れ上がり、顔からポタポタと血が滴る。顔が熱い。想像を絶する痛みに少女は涙を流して人とは思えない絶叫をする。

 ジャマトライダーは大怪我どころでは済まない惨状の彼女に手を緩めることなく、コンクリートの床に組み伏せる。そして先ほど殴られた箇所を、まるで傷口を抉るかのように執拗に拳を振るう。

 さらに追いついたポーンジャマト達が脇から彼女の腕や腹、足を踏みにじる。顔だけでなく身体のあちこちから血が流れたり青黒く腫れる。

 

「ガッ……ゴフッ……ヤ……ヤ、メ……」

 

 最初は号泣して悶えていた少女も、壮絶なリンチの末にその反応は控えめになり、やがて気を失ったのか、はたまた死亡したのか、一切の反応を示さなくなった。

 少女が全く動かなくなってもなお、ジャマト達は暴行を緩めることは一切無い。

 

 ジャマトライダーは原型を留めていないまでにひどく腫れ上がった血塗れの少女の顔目掛けて、何度目かも分からない拳を振り上げる。

 その時――

 

「ジャッ!?」

 

 少女の身体が闇の如き紫の光に包まれたかと思えば四方に衝撃を放ち、彼女の周囲のジャマトが一斉に吹き飛ばされた。

 

 自分を包囲し痛めつけていたジャマトを退けた少女は、人が変わったかのように今まで動かなかった腰を持ち上げ立ち上がる。衣服こそ先のリンチによってボロボロで自身の血が染み付いているが、外傷はこの一瞬でいつの間にか綺麗に完治し、きめ細やかな柔肌に戻っている。瞳には当初の呑気さもジャマトへの恐怖も消え失せ、この世の理から逸脱したとさえ思わせる、不気味かつ物々しい光が宿っている。

 そして何より、その小さな手には先ほどまで無かった純黒のバックルが握られていた。

 

 少女は別人が憑依したかのように手慣れた様子でバックル――ディアウトドライバーを自分の腹部に押し付ける。するとドライバーからベルト帯が伸び、彼女の細い腰にガッチリと巻き付く。そして腰に取り付けられたカードケースから1枚のカードを取り出し、ジャマトの前に掲げる。

 

「変身」

 

 一切の迷い無くそう呟くと少女はドライバーにカードを装填し、左右のハンドルを中央へ押し込んだ。

 

『カメンライド』

『ディアウト!』

 

 男性のシステム音声がトンネルに反響し、少女の周囲に複数の虚像が現れる。虚像は少女の身体に重なるように一点に集まり――その姿を戦士へと変えた。

 

 頭から爪先まで一貫した漆黒と紫のボディ。生気を感じさせない白濁した複眼。そこに無数の板のようなものが全身に不規則に突き刺さる。

 邪道に在る者達(アウトサイダーズ)を束ねる漆黒の騎士、『仮面ライダーディアウト』が、今ここに降誕した。

 

 吹き飛ばされたジャマト達は体勢を立て直すと、一斉にディアウトに向かって襲いかかった。

 ディアウトは達人の如き最小限で無駄の無い動きで四方八方から飛んでくる攻撃を躱し、受け流す。あの記憶喪失でトンネルから出ようと試みることさえしなかった少女とは思えないほど練達した見切りに、ジャマト達は焦りを隠せない。

 

 ディアウトはジャマトの攻撃を見切りつつ、腰のカードケース――アウトブッカーから1枚のカードを取り出し、変身の時と同じようにディアウトドライバーに装填する。

 

『カメンライド』

『デザスト!』

 

 ディアウトの鎧がその姿を変ずる。

 腰に巻かれたディアウトドライバーと黒を基調とした体はそのままに、紅く広がった面に剣のような一本角が生えたその姿は、異界の魔人が変身した剣士『仮面ライダーデザスト』と同一のものだ。

 

 D(ディ)O(アウト)デザストは腰のアウトブッカーを手に取ると、刃を展開して長剣たるソードモードに変形させる。そしてそのまま流れるように、目にも留まらぬ速さの剣術でポーンジャマトを斬り裂いた。十数体はいたポーンジャマトは瞬く間にアウトブッカーの冥き刃の錆へと消え、頭目たるジャマトライダーを残し無情にも露払いされた。

 

 単騎になってしまったジャマトライダーは、ポーンジャマトを斬り伏せたばかりのDOデザストを背後から一気に距離を詰めて狙い不意打ちを試みる。

 

 だが、DOデザストはそれを分かっていて迎え撃つかのように新たな2枚のカードをドライバーに投入した。

 

『カメンライド』

『サウザー!』

『アタックライド』

『サウザンドジャッカー!』

 

 黒き鎧は一転、仰々しい黄金のそれへと塗り替えられる。『仮面ライダーサウザー』の力を身に纏ったDOサウザーは、カードの力で召喚した金色の槍『サウザンドジャッカー』の柄を握る力を強める。

 ジャマトライダーのパンチを背後から喰らう直前、DOサウザーは素早く振り返り、カウンターでサウザンドジャッカーを奴の腹に突き刺す。そしてそのまま柄の尻に取り付けられたレバーを引き、この槍の真髄を発動させる。

 

『ジャックライズ!』

 

 対象のデータの抽出。それこそがサウザンドジャッカーの力。

 DOサウザーが打った無慈悲な一手が、ジャマトライダーのスーツからその未来から来たテクノロジーを抽出、コピーする。ジャマトライダーはスーツの出力の低下を感じ動きが鈍る。DOサウザーはそんな弱った姿を前に容赦することなく、柄のトリガーに指を込めた。

 

『ジャッキングブレイク!』

 

 限界まで引いたレバーが勢いよく戻り、コピーしたテクノロジーを放出する。サウザンドジャッカーから無数の植物の蔦が鞭のように放たれ、ジャマトライダーの体を打ちつけ、吹き飛ばし、その身を絡め取って拘束した。

 

『カメンライド』

『王蛇!』

『ファイナルアタックライド』

『オオオ王蛇!』

 

 断頭台の上の囚人を処刑するは、毒蛇のバーサーカー。

 コブラをモチーフとした戦闘狂『仮面ライダー王蛇』の姿を借りた死神が、身動きを封じられたジャマトライダーに静寂の死刑宣告を送る。

 DO王蛇が高く飛び上がると、その身がどこからか背後に現れた巨大なコブラのモンスター『ベノスネーカー』の頭部に重なる。神話の一節のようなどこか神々しい瞬間は一転、ベノスネーカーが吐き出した毒液の激流によってラグナロクへと様変わりする。DO王蛇はその毒液に乗って加速し、ジャマトライダーに強烈な連続蹴り『ベノクラッシュ』を放った。

 必殺の連撃を喰らったジャマトライダーはそのスーツがダメージの許容量を大幅にオーバーして大破し、大爆発を起こして絶命した。

 

『アタックライド』

『マシンディアウター!』

 

 爆炎の揺らめきと同時に、DO王蛇の姿は元のディアウトへと戻る。

 ディアウトはさっきまでジャマトライダーだった残骸を一瞥するとカードをドライバーに装填し、漆黒のバイク『マシンディアウター』を召喚した。

 マシンディアウターに跨ったディアウトは淡々とエンジンを吹かせる。

 そして何の感慨もなくジャマトの残骸を轢き潰し、トンネルの奥へと消えていった。

 

 

 

 

 どれくらい走っただろう。

 永遠とも一瞬とも形容できるほどトンネルでマシンディアウターを走らせていたディアウトは、気付いた時には神社の本殿の中にいた。

 

 最初に少女が目覚めたトンネルは出口を見つけたという確かな記憶も無いまま、幻だったかのように綺麗さっぱりに消えた。代わりにディアウトの眼前に広がるのは、七五三や初詣で目にするよくある神社の風景。ごく普通の景色の中に、全身真っ黒の鎧の戦士が本殿に物々しいバイクを停まらせているというのは、罰当たりかつシュールな絵面だ。

 

 ディアウトはドライバーのハンドルを引いて腰から取り外す。するとディアウトの鎧が虚像へと霧散し、本来の少女の姿へと戻った。変身解除と同時にマシンディアウターも虚像へと消え、その質量の痕跡を一切残さない。

 

「いつまで土足なわけ?」

 

 変身解除したばかりの少女の背後から冷たい声が投げかけられる。少女がビクッとして後ろを振り返ると、先程トンネルで出会った男ゾックが不機嫌そうな顔で彼女の足元を睨んでいる。

 少女はゾックの言葉の意味をよく理解出来ず、不機嫌の原因と思われる彼の視線の先――自分の足元を見てみる。するとそこには、外履きで境内の床を踏みしめている自分の足があった。

 記憶喪失とはいえそれが罰当たりだということはなんとなく察し、少女は軽くパニックになりながらも急いで靴を脱ぐ。

 

「あっ……うぅ……えっと……あの……」

 

 少女はゾックにマナー違反を謝罪しようとするが、上手く言葉が出てこない。記憶喪失による対人経験の不足と純粋さ故に、相手の気を損ねてしまったという申し訳なさで軽くパニックを起こし今にも泣き出しそうだ。

 

 そんな少女を前にゾックは、先程までの露骨に不機嫌そうな態度から一変、子供のおつかいを見守るかのような優しさに満ちた眼差しを据えて、彼女の頭にポンと掌を乗せた。

 

「別に怒ってないよ。それより、よく頑張ったね」

 

 ゾックは慈愛に溢れた声色でそう言うと、少女を慈しむかのように彼女の頭を優しく撫でた。

 少女は怒らせてしまったと思っていた相手から真逆の感情を向けられて脳の処理が追いつかなくなってくる。

 

「あ、あぅ……」

「ここに来るまで結構汚れちゃったでしょ。向こうの社を君の家と思っていいから、風呂にでも入りなよ」

 

 何を返せばいいのか分からない少女に、ゾックはある建物を指差し彼女自身を労うよう指示した。彼が指し示す先にはこの神社の事務所兼神職の待機場所にあたる、木造の社務所がある。

 少女は縮こまってコクッコクッと礼をすると、彼の言葉に甘えて社務所へと向かった。

 

 

 

 社務所に併設された居住スペースは普通に生活を送るには十分設備が整っていた。

 

 少女は洗面所に立つと、鏡の前に立って自分の鏡像をまじまじと見つめる。トンネル内には鏡なんて無かったので、自分の姿を見るのはこれが初めてだ。

 鏡の奥にいるのは16〜17歳程度だろうか、150cmあるか無いかの小柄で華奢な少女だった。

 可憐で野ウサギを連想させるくらい人畜無害な童顔は、絹織物のように美しく長い黒髪を何の手も加えずそのまま下ろしているのも相まって、実年齢より更に4〜5歳幼くも見える。おまけに着ているのは白いワンピースと黒い長袖のカーディガンだ。ディアウトに変身する前のジャマトのリンチにより血が染み付いてこそいるが、それが無かったらまさしく育ちの良い子供といった出で立ちだろう。

 

 少女は鏡の奥の自分の姿を不思議そうに眺めつつ、血まみれの衣服を脱いでシャワーを浴びた。

 

 

 

「お、あがった?」

 

 用意されていた着替えを纏いパーカーとショーパン姿になった少女。洗面所を離れ髪の水気をタオルで吸いながら居間に行くと、そこにはゾックが、正座がきつかったのだろうか、座布団を敷いて脚を崩していた。

 

「女の子を立たせるのもあれだし、ここに座ってよ。説明しなきゃいけないことがあるからさ」

 

 ゾックは身を清めラフな格好になった少女を確認すると、自分の向かいの座布団をポンポンと叩き座るように言う。少女は言われた通りに座布団の上で正座する。慣れない正座に足が攣りそうだがなんとかこらえるその姿にゾックは憐憫と情愛が混ざったかのような笑みを浮かべつつも、ある提案をする。

 

「そうそう、君その様子じゃ自分の名前も分かってないよね。ディアウトって呼ぶのも少し味気無いし……そうだな……あの時代の命名式に則って……『外道(そちみち)ゆいな』なんてどう?」

 

 ゾックは指をパチンと鳴らし記憶を持たない少女に名前を与える。

 少女――ゆいなは自分の名前だという心地がまだしないまま、俯いてコクンと首を縦に振った。

 ゆいな本人の了承を得られたので、ゾックはついに本題を切り出す。

 

「さてゆいな。君はこれから9つの世界を巡り、そこに存在する仮面ライダーの力を集めてもらう」

「仮面、ライダー……?」

 

 ゆいなが聞き慣れないようなそうでないような固有名詞をポツリと零す。

 

「君が変身した戦士達のことだ。ディアウトは他のライダーの力をカードに記録し、自分のものにできる」

「カード……も、もしかしてこれっ……あれ?」

 

 ゆいなはディアウトが戦闘で使用したカードのことだとピンと来て、懐からアウトブッカーを取り出す。そしてアウトブッカーを開いて中から仮面ライダーの姿が描かれたカード――カメンライドのカードを取り出すが、そこには明らかな違和感があった。

 ディアウトのカードを除いて、9枚のカメンライドのカードはまるで力を失ったかのように白く色が抜けていたのだ。

 

「君がさっき使ったカードはいわば『贋作のお試し品』。期限を過ぎればその力は消滅する。だから各世界で仮面ライダーと直接接触し、その力をカードに定着させるのが君の役目だ」

 

 色を失ったライダーと見つめ合うゆいなを見て、ゾックは補足を加えつつ、彼女の使命を説明する。

 

「どう?できるかい?」

 

 そして一通りの説明を終えると、最後にゆいなにそう問いかけた。

 

「えっと……その……」

 

 ゆいなはゾックの真っ直ぐな眼差しを突き刺され、思わず目を背けて俯いてしまう。

 

 世界を巡って仮面ライダーの力を集める?記憶を持たない空っぽの自分が?自分が何をしたいのかも分からないのに?それに仮面ライダーとして戦うということはさっきのジャマトみたいな怪物との戦闘も避けられないのに?ディアウトに変身している間はどうしてか恐怖がスッと消え戦えたが、それとこれとは話は別だ。壮絶な暴行を経験した変身前のゆいなにとっては怪人はもはや暴力と恐怖の象徴で、ディアウトの時のように戦うこともままならない。

 

「ご、ごご、ごめんなさい……で、き、ません……」

 

 目覚めて初めて芽生えた命惜しさから、ゆいなは震えた声でそう言葉を紡いだ。

 

「……そうかそうか」

 

 ゾックは一定のトーンでそう呟くと、掌を広げてゆいなの頭の上に置いた。

 ディアウトに変身してジャマトを倒したのを労った時と同じように彼女の頭を撫でるのだろう。

 

 ゆいなの緊張が解けたその時――ゾックは彼女を頭を鷲掴みにし、木造の床に叩きつけた。

 

 頭蓋が固い床に激突し、ゴッと鈍い音が鳴り響く。

 ゆいなは突然の出来事に混乱し、頭を強打した激痛で急速に涙が溢れ出す。声を押し殺して過呼吸気味に嗚咽を漏らす彼女に、ゾックは頭を床に押さえつけながら続ける。

 

「別にできないっていうならやらなくてもいいけど。でもその場合は今すぐここから追い出す」

 

 冷たくそう吐き捨てたかと思えば、次の瞬間にはゆいなを押さえる手の力を緩め、頭を撫でた時の声色に豹変する。

 

「でもね、俺はそんなことしたくないんだよ。何も知らない女の子を外に追い出すなんて印象悪いだろ?」

 

 ゾックはまるで彼女の痛むところを愛撫でかき消してあげるかのように、腫れ物を扱う手つきでゆいなの強打した頭部を撫でる。

 あまりの豹変ぶりに、ゆいなの情緒は混乱を極め涙を流している理由すら曖昧になっていた。

 

「もう一度聞くよ。できる?」

 

 ゾックは再び、今度は子供に語りかけるような優しい口調で問う。

 

 ゆいなは頭を撫でられながらも涙ぐんだ瞳でゾックを見る。

 今の彼は仏のような柔和な表情をしている。が、さっき申し出を断った故に殴ってきたのもまた同一人物だ。ゆいなにとって、自分より遥かに大きい男性に殴られるのは十分なトラウマになっていた。もしここでまた断ったら――

 

 コクン。

 

 ぶたれるのは嫌。

 暴力が怖い彼女にとって、それしか答えはなかった。

 

「うんうん。いい子だ」

 

 ゆいなの静かな返事を非常にお気に召したゾックは、更に気持ちの籠もった愛撫をしながら床に伏せていた彼女を起こしてあげる。

 ゾックの手助けを受けて起きながら、ゆいなは彼に対する恐怖で捕食者に怯える小動物のようにビクビク震えていた。逆らったらぶたれる。もはや彼の優しさを信用出来なくなっているのだ。

 

「それじゃ、言質も取れたし早速最初の世界に行こうか」

 

 そんなゆいなの様子に満足しながら、ゾックはそう言って居間の壁に掛けられた掛け軸を指差す。

 

 木造の壁に掛けられたやや大きめな掛け軸。そこに描かれているは『サイやエイのようなモンスターを襲う紫色の巨大なコブラ』。この旅の最初の試練。

 

 善意を穿つディアウトの冒険譚が今始まった。

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