仮面ライダーディアウト with アウトサイダーズ 作:から傘お化け
王蛇の世界
ゆいなは先程ゾックにぶたれた痛みの残り香に涙ぐみつつも、潤んだ目で彼が指し示した掛け軸を眺めた。
紫のコブラ。
先のトンネルでの戦いでそのようなモンスターを使役したような気がするが、あいにくあの時の記憶はモヤがかかっているかのようによく覚えていない。
「で、いつ出てってくれるの?」
物想いにふけっていたゆいなの脳に、ゾックの冷たい言葉が突き刺さる。後ろを振り返ると、さっきは優しい声色だったゾックが不機嫌さを隠そうともせず睨んでいる。
「もう世界は移動したから。さっさと外に出て務めを果たしてくれない?」
「あっ……うぅっ……はぃ……」
ゾックの態度にゆいなは萎縮しきってしまい、ビクビク怯えながら返事をした。完全にさっき暴力を振るわれたのがトラウマになってしまっている。
さっき風呂から上がったばかりで髪も乾いていない。だがここで口答えをすればまた殴られる。
ゆいなは彼の機嫌を伺い怯え切りながら足を震わせ、社務所を出る。そんな彼女の背中を見送りながら、ゾックは愉悦の笑みを浮かべ呟くのだった。
「……王蛇の世界」
*
ゾックに半ば追い出される形で外に出て、神社の入り口の長い石段を下りる。
石段を下りた先に広がったのは、何の変哲もない普通の住宅街だった。
ジャマトのような異形がいるようには到底見えないが、本当に仮面ライダーの世界に移動したのだろうか。
率直にそう思ったゆいなが何気なく視線を落とすと、いつの間にか自分の身に降りかかった不思議な現象に気付き驚く羽目になった。
パーカーにショーパンというラフな格好だったゆいなの服装は、いつの間にかシワの一つも無い紺色のスーツへと置き換わっていた。風呂上がりで濡れていた長髪は一瞬のうちに乾き、後ろで簡単に束ねられている。ジャケットの襟にはシンプルなデザインながら特別感のある金色のバッジ――ゆいなはピンと来ていないが弁護士バッジが取り付けられていた。
更に、ゆいなはズボンのポケットに何か入っているのに気付く。取り出してみると、それは掌にちょうど収まるくらいの緑色の板だった。大きく牛のエンブレムが刻まれたそれはカード入れのようで、中にはディアウトのものとは異なるカードが何枚か入っている。
一体何が起こったのか、それにこのカード入れは何なのか。
ゆいなは次々と自分の身に振り注ぐ不思議な出来事に困惑する。
「……ッ!あなたッ……!」
そこに、凛とした女性の声が横槍を入れた。ゆいなは声のした方へ視線を向ける。
声の主は明るいブラウンのロングヘアを持った、つり目の美人な女性だ。
ゆいなの弁護士バッジと手に持っている緑の板を睨みつつ驚愕している彼女は、カツカツとヒールを鳴らしながら近づいてくる。
「弁護士……にしては子供っぽい気もするけど、そのカードデッキ、あなたも今回の裁判のライダーね?」
「へっ……?あ、あのっ……わ、わ、わたしっ……」
女性はカードデッキと呼んだ緑の板を見て何かを確信し、キツい目つきで自分より背丈の小さいゆいなを見下ろし睨みつける。
何やら激しい敵意を向けてくる女性に威圧され、ゆいなは全身の毛が震えを起こし半ばパニックになっていた。
何か気に障るようなことをしただろうか。またぶたれるのだろうか。
「弁護士ってことは、あの男を無罪にするつもり?ハッ、冗談じゃない。私がここでぶっ潰してやる」
女性はそう吐き捨てると、フレアパンツのポケットから何かを取り出す。
白鳥のエンブレムが描かれた白い板。それは先程彼女がカードデッキと呼んでいた、ゆいなが持っているものと同一の規格のものだった。
女性は白いカードデッキを近くに停まっていた車のフロントガラス目掛けて掲げる。すると鏡像の彼女に銀のバックル『Vバックル』が装着され、それに連動して本物の彼女の腰にも同一のものが現れる。
「変身!」
そう声高に叫ぶと、バックルのサイドからガシャッとカードデッキを嵌める。するとどこからか現れた複数の影が女性の身体にオーバーラップし、その身を鎧に包んだ。
マントをはためかせる気高き白鳥の騎士『仮面ライダーファム』に、女性は変身した。
その様子を一部始終見ていたゆいなは、先程までの敵意に対する恐怖が暫しの間ライダーに対する衝撃にすり替わっていた。
早速自分以外の仮面ライダーに出会った。客観的に見たらライダーってこんな感じなのか。気品があってかっこいいかも。そんな呑気な考えまで浮かんでくる。
「……あなたも早く変身してくれる?まさか逃げるつもり?」
だがそんな考えは、ファムの明らかに苛立っている声色でぶち壊された。
間違いなく機嫌を損ねている。
ゆいなのトラウマを刺激するスイッチは見事に踏まれ、彼女をパニックへと導く。
ゆいなは過呼吸気味になりながらも、ファムの要望に応えるために、震える手で自分のカードデッキを握り締める。そしてさっきのファムの変身の見様見真似で車のガラスにそれを翳し、吃音になりながらも細い声で叫んだ。
「へっ、へへっ……変身っ!」
カードデッキをVバックルに装填し、ゆいなは変身する。
緑のアンダースーツ、そしてファムに比べてメカニカルかつ無骨な装甲が特徴のその姿は『仮面ライダーゾルダ』と呼ばれる重火器の使い手だ。
「あっ……あわわっ……」
ゾルダに変身したゆいなは、ガラスに映る自分の姿を見て顔や肩の感触を手探り確かめながら慌てふためく。
一方のファムはゆいなが変身したのを確認すると、そのまま無言でガラスに向かって歩き出した。普通なら通り抜けられず激突するはずだ。だが、ファムの身体はガラスにヒビの一つも与えることなく、不思議の国に迷い込むかのようにガラスの中に吸い込まれた。
ゾルダは不可解な現象に驚愕する間も無く、パニック故か半ば反射的にファムを追ってガラスの中に潜り込んだ。
*
ガラスの中に広がるは鏡の世界。
ゾルダとファムが辺り一面を鏡で覆った不思議な一本道を抜けると、そこには異常が無いように見えて確かな珍妙さがしこりのように残る世界が広がっていた。
一見さっきまでいた住宅街と何一つ変わらないように見える。だがそこには得も言えぬ違和感が這い、迷い込んだ人々の平衡感覚を狂わせている。
それもそのはず、この世界は現実世界の鏡写しのようにあらゆるものの左右が反転していた。
「さあ……いざ!」
フロントガラスから出てきて地面に放り出されるゾルダ。
彼女がこの不思議な世界の様子をきちんと知覚するより早く、ファムはそう言うと剣を抜いてゾルダの装甲に鋭い突きを放った。
ファムが携えしレイピア『ブランバイザー』の刃とゾルダの装甲がぶつかり、火花を散らす。幸いゾルダの厚い装甲が衝撃を吸収してくれたので致命傷には至ってないが、それでも鋭い痛みは鎧を伝達し、中のゆいなに苦痛を与えた。
明確な敵意、そして痛み。ゆいなの頭の中に、ジャマトに襲われた悍ましい記憶がフラッシュバックした。
「痛っ……!や……やめ……!」
ゾルダの必死の訴えに意に介さず、ファムは一撃、二撃とブランバイザーを振るう。膝を地に着いてもなお止まない猛攻に、ゾルダは重厚なパーツを鳴らしながら地面を転がる。
このままじゃ、このままじゃジャマトの時みたいに痛い思いをする。
かつてのトラウマが神経を駆けるゾルダは腰を抜かしつつ、本能的にあたふたと手をバタつかせて探り、無意識かつ無我夢中にベルトの腰に取り付けられた武器の取っ手を掴んでいた。
マグナバイザー、ゾルダの得物たるハンドガンだ。
震える両手でマグナバイザーを持つと、ゾルダは防衛本能からファムに対して発砲した。ファムは一瞬警戒し、ブランバイザーで銃弾を防ぐ為に守りの構えを取る。
「えっ?」
だが、放たれた銃弾は1発たりともファムに命中しなかった。怯えによる手の震えで全く狙いが定まっていないのだ。ファムは敵前でありながら思わず警戒姿勢が解けてしまい拍子抜けする。
とは言ってもこれは戦いだ。手を抜くわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせたファムは、銃口がブレブレなマグナバイザーを連射している手目掛けて回し蹴りを放つ。蹴りはゾルダの手にクリーンヒット、マグナバイザーを彼女から離れた場所へと弾き飛ばす。
武器を失ったゾルダは大慌てで腰が抜けながらもマグナバイザーを取りに行こうとするが、ファムは手を緩めない。Vバックルに嵌められたカードデッキから1枚のカードをドローすると、それをブランバイザーに備え付けられたカードリーダーにセットする。
『ソードベント』
システム音声が作動した刹那、天から新たな武器が振ってきて、ファムの戦力となる。
己の体躯よりも大きい金色の薙刀『ウイングスラッシャー』。それを手にして凛と立つファムの姿はさながら戦乙女のようだ。
ファムは自慢の薙刀術でゾルダの退路を断つようにウイングスラッシャーの刃を操る。そして狩りのように敵の反撃に警戒しつつも確実に逃げ場を奪い、両端の刃で敵を斬り裂いた。ウイングスラッシャーの刃とゾルダの装甲がぶつかる度に、ゆいなの身体を激しい衝撃が襲う。
ゾルダはハンドガンやキャノン砲などの火器を操る遠距離攻撃が得意なライダーだ。重装故の機動力の低さも相まって、懐に潜り込まれたら相当厳しい。
武器を失いファムの猛攻を受けるがまま。もはや一方的な勝負だった。
何度目かの斬撃がゾルダを抉り、ゾルダは立っていられるほどの気力を失って地に倒れる。そんなゾルダの眼前に、ファムは無慈悲にもウイングスラッシャーの刃を向ける。
「これで終わりよ」
「うぅ……もうやだぁ……!うえぇぇ……!」
ゾルダは完全に戦意喪失し、泣き出してしまう。
そんな彼女に対してファムはこの戦いに決着をつけるべく、無慈悲にもトドメのウイングスラッシャーを振り上げた。
――だがそんな心意気に反し、ファムの腕は動かなかった
「……あのさ、あなたもしかして影武者か何かなの?誰かに押し付けられて無理矢理戦わされてるとか……」
ファムはとどめを刺せる絶好の機会にも関わらずウイングスラッシャーを下ろすと、困惑と心配が混ざった声色でゾルダにそう問いかけた。
いくらなんでも戦い慣れしてなさ過ぎるし、向こうからの戦意がゼロどころか完全に怯え切っている。そんな相手を一方的に蹂躙するのは、流石に良心が呵責を起こし気が引けたのだ。
誰かに言われるがまま戦わされてるんじゃないか?ファムにとってはそう思えてしまった。
ファムは武器を地面に置くと、姿勢を低くし倒れているゾルダに目線を合わせる。敵を油断させる為の罠ではないかという考えも過ったが、以前から死線を潜り抜け騙し討ちも経験したファムの勘が、彼女は嘘を吐いてないと告げている。
「ひっ……!」
「そんな怯えなくても……あーいや、これ私のせいか」
だがゾルダはファムが近づくと小さな悲鳴を上げて怯え、反射的に後退る。ファムはそんな彼女の反応の原因は恐らく自分だということを自覚し、自業自得とはいえ少しショックを受ける。
「ごめん、ごめんて。さっきのは謝るから。とりあえずあなたの事情を聞かせてくれる?」
「やっ……!ふぇぇ……」
「ちょっ……そんな警戒しないでよ……流石に傷付くし。もう攻撃はしないから、ね?」
ファムは必死にもう敵意は無いことを示すが、ゾルダは中々信じようとしてくれない。
どうしたものか。
この時、猛牛でありながら小動物のように怯えるゾルダに手を拱いているファムは聞き逃していた。どこからか聞こえてくる金属がぶつかる音を。
ファムの意識外にて、別の二人の戦士が争いを繰り広げていた。
一方は蟹のライダー『仮面ライダーシザース』、もう一方はインパラのライダー『仮面ライダーインペラー』。
どうやら別の場所で勃発した戦いの場が、いつの間にかファムとゾルダのいるところまで移ったようだ。
「蛇塚タケシは有罪、私が勝って判決を下すのです!」
「いやいや刑事さん、それってただの妬みでしょ!」
「ッ……痛いところを突きますね、減刑派に買収された風見鶏が!」
「お褒めに預かりどうも!長いものには巻かれろ。それが俺の座右の銘なんでね!」
シザースとインペラーは激しく言い争いながら、一進一退の攻防を繰り広げる。
互角の戦いがしばらく続いた末、インペラーの蹴りがシザースの防御姿勢を華麗にすり抜け、オレンジの胸部装甲を強く打ちつけた。シザースは吹き飛ばされ、地面を転がる。
「くっ……風見鶏の分際で小癪な……!」
シザースは悔しさを滲ませて地面を叩く。そんな時、彼はインペラー以外の存在が近くにいることに気付いた。
それこそが見るからに戦意が無さそうなゾルダと、その彼女に寄り添っているファムだ。
「チャンス……!」
シザースは二人に狙いを変えて、カードデッキからカードをドローする。そして左腕の鋏が付いたガントレット『シザースバイザー』にスキャンし、能力を発動する。
『アドベント』
(っ!?しまっ――)
ファムの背後から、どこからか現れた影が飛びかかる。
人型をした黄金の蟹『ボルキャンサー』。シザースが使役したモンスターだ。
危険を感知したファムは血の気が引き、一気に警戒レベルがマックスまで高まる。
まずい。このままではゾルダも巻き添えを喰らう。この子を更に刺激して怖がらせてはいけない。
ファムはゾルダを守る為に急いでカードを引き抜き、ブランバイザーにセットした。
『アドベント』
シザースが使用したカードと同じ効果。それは自身が所有するモンスターの召喚。
空から飛翔する華麗なる翼。その巨体が、二人を襲わんとするボルキャンサー目掛けて急降下する。
「グシャッ!?」
伝承に登場すると錯覚するかのような巨大な美しい白鳥にしてファムの契約モンスター『ブランウイング』の体当たりがボルキャンサーを吹き飛ばし、二人を守った。
さらにそれだけではない。
ブランウイングはその優美な翼を羽ばたかせると突風を発生させ、白い羽毛を辺りに撒き散らした。
シザースとボルキャンサー、さらにインペラーの視界が一瞬でホワイトアウトし、数秒の間ファム達の姿を巧みに惑わせる。
「ほら立って!」
この異世界から離脱する方法は一つ。現実世界から入ってきたのと同じように、鏡に飛び込むこと。
逃げるなら今しか無い。
ファムは地面にへたり込んでいるゾルダの腕を掴んで無理やりにでも立たせる。そしてその手を離さないように強く握って引き、近くにあった住宅の窓に狙いを定め――そこ目掛けてダイブした。
突風が止み、純白の羽根のカーテンがその形を保っていられなくなり地面に散らばる。
シザースは目眩ましの術が解かれるや否やシザースバイザーを構えて辺りを見渡す。だが周囲にはインペラーと自身が召喚したボルキャンサーしかいない。既にファムとゾルダの姿は影一つ残さず消えていた。
白鳥の羽根が舞い散る幻想的なフィールドに紛れて、二人はこの不思議の世界での戦闘を離脱した。