仮面ライダーディアウト with アウトサイダーズ 作:から傘お化け
ディケイド龍騎編のアビスにあたるオリジナルライダーが登場します。
鏡の世界から離脱したファムとゾルダは、窓から飛び出してきたかと思えば元いた住宅街の道路に放り出された。
鏡が割れるかのようにライダーの装甲が砕け散ると二人の変身はたちどころに解け、人間の姿に戻る。
「ふぅ……なんとか撒けたようね」
ファムに変身していた女性はシザースからの逃亡に成功したことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。そして安心も冷めやらぬまま、ゾルダから変身解除してまだ腰が抜けているゆいなに声をかけ、手を差し伸べる。
「はい、立てる?」
「ひっ……!」
「いやだから攻撃する気は無いって……あなたよくそれで弁護士を志そうと思ったわね。今時はライダー裁判制度もあるってのに……」
「ふぇっ……ごっ、ごめんなさい……」
「だから別に怒ってないって。はぁ……無理矢理にでも立たせるからね」
手を取らず未だ伏し目がちにビクビク怯えている推定弁護士のゆいなを前に困りつつも、強引に身を起こしてあげて立たせる。女性の助けで起き上がったゆいなの脚は仔鹿のようにガクガクと震え、安定感が皆無だ。
女性はそんな不安定な姿にまだ安心は出来ないが、話を進める為に質問を投げかける。
「さて、一つ聞くけど……あなた、自分がライダー裁判の参加者ってことは分かってる?」
女性はそう質問し、俯いているゆいなの顔を覗き込む。
ゆいなは彼女を見つめ返してみるが、その真っ直ぐな視線に耐えられずすぐに逸らしてしまう。
ライダー裁判。勿論記憶喪失のゆいなに聞き覚えは無い。
ゆいなは目を合わせないままフルフルと首を横に振り、否定の意を示す。
「えぇ……マジで?じゃあライダー裁判がどういう制度かは――フルフル――分かんないか……」
知らない単語の概要を聞かれると察知するや否や、女性が言い終わるよりも早くゆいなは首を振る。
弁護士でありながら世間知らずってレベルじゃないくらい無知なゆいなに、女性は衝撃を通り越して変な息が出てしまう。
(何も知らなすぎて逆に怖いんだけど……でも嘘吐いてる感じには見えないんだよね)
女性はもう一度ゆいなの様子を見る。
常に何かに怯えているかのようなオドオドした出で立ち。今にも泣き出してしまいそうなあどけなさが残る大きな瞳。
ファムの女性とてバトルに勝ちたいのは本心だが、生まれつき戦士として過ごした訳ではない。こんな戦場に迷い込んだ嬰児のような少女に対して、容赦無く暴力を振るい斬り伏せるほどの覚悟は備わっていなかった。
(流石にこのままライダーバトルに放り込むのも可哀想か)
こんな怯えた姿を見せられては、嫌でも道徳的な慈悲が芽生える。
女性は戦士としての冷徹さを一旦捨てて、ゆいなの心に一歩踏み出した。
「はぁ……とりあえず、あなた名前は?」
「ふぇっ……えっ、えと……そ、外道、ゆいな……です?」
ゆいなはゾックから与えられてそう時が浅くない名前を、まだ自分の名前という心地がしないまま名乗る。
するとゆいなが名乗った瞬間、ぐぐ〜と少し間の抜けた音が二人の間を走った。彼女の腹の虫が空腹に音を上げたのだ。そういえば目覚めてから何も口にしていない。ゆいなは恥ずかしさからかサッとへその辺りを押さえる。
女性は顔を赤くするゆいなの様子を見てフフッと微笑みつつも、改めて手を差し伸べた。
「ゆいな、ね。私は
*
「別世界から来た……?えっ、別世界……マジ?」
が、その数十分後にはミホは驚愕がキャパオーバーし、ゆいなが言ったことを鸚鵡返しするだけの機械にならざるを得なかった。
お腹を空かせている様子のゆいなの食欲を満たしつつ色々聞く為に、ミホは自分の行きつけのお好み焼き屋に彼女を連れて行った。
休日ということもあり家族連れの客も多く、ほぼ満席で非常に繁盛している店内。お好み焼きの生地が焼ける芳ばしい香りが店内を包み込む中、ミホ達は4人用のテーブル席で向かい合っていた。
席に着いて注文を済ませると、ミホはまずゆいなの素性のついて聞いた。
年齢、出身地、大まかな住所、本当に弁護士なのか、カードデッキは正式に裁判所から支給された物なのか。
だが、それに対するゆいなの回答は要領を得ないものばかりだった。
たぶん15〜16くらい、分からない、おっきい神社だと思う、いつの間にかこの服装になってた、気付いたらポケットに入ってた。
ゆいなの頑張って喉から絞り出した回答を聞いて、一向に彼女がどういうパーソナリティを持っているか掴めないミホは混乱する一方だった。
一体どういうこと?新手の謎掛け?
考えれば考えるほど、一般的な社会常識では理解出来ない不可解さ。推理が難航する探偵みたいなマインドになっていたミホは、半ばヤケクソになってこう問いかけた。
『もしかして異世界転生?』
流石にそんなはずはない。軽いジョークのつもりだった。
だが、事件解決の糸口は思わぬ所から見つかる。
ゆいなは異世界転生という言葉の意味を記憶喪失なりに頭の中で分解して噛み締め、自分の境遇と照らし合わせる。すると7割方は輪郭が一致したので、ミホの問いにコクリと頷いた。
「えっ?」と目を見開くミホ。だがゆいなは途切れ途切れになりながらも息継ぎをしつつ自分の経歴を話す。
記憶喪失のこと。ディアウトのこと。異世界を旅していること。
ミホの頭の中に怒涛のように情報が押し寄せる。
そういう訳で、鸚鵡返ししか出来ない現在のミホの混乱に至った。
「ちょっと待って、整理させて。あなたは記憶喪失で、仮面ライダーの力を集める為に異世界を巡って旅している?」
ミホは鉄板に油を引きつつ4度目の確認をし、情報の発信源であるゆいなに正誤を問う。
ゆいなは初めてのお好み焼きを作る様子に少し興味が湧きながらも、首を縦に振ってミホの確認は合っていると肯定する。
嘘が混じっていない玉のような瞳。何度聞いても真実には変わりないらしい。
「……私が折れたほうがよさそう……だ、よ、ね……」
ミホはついに疑うことを諦め、ゆいなが話したことは真実だと認める。まだ心が完全に追いついておらず顔を引き攣らせながらも、ボウルに入ったイカ玉をよく混ぜて鉄板の上に投入した。ドロっとした塊が鉄板の上に着地し、ジュ〜と良い音を立てる。ゆいなは初めての経験に少し身を乗り出して、理科の実験をしているかのように観察する。
「ほら、あなたも早いとこ焼いちゃいなよ」
そんなゆいなに、ミホはそう促す。
ゆいなが視線を自身の手元に戻すと、そこにはもう一つ生地と具が入ったボウルがある。ミホが注文してくれたゆいなの分の豚玉だ。
ゆいなはぎこちない手つきながらもミホがやっていたようにボウルを傾けようとする。
だが、初めてに失敗は付き物だった。
「ひゃあっ!?」
「あっ!?」
ゆいなとミホはほぼ同時に悲鳴を上げる。
ゆいながうっかり手を滑らせてボウルを思いっきりひっくり返し、豚玉の生地をミホが焼いていたお好み焼きの上に盛大にぶちまけたのだ。ゆいながぶちまけた生地は瞬く間に円状に広がり、二つの玉は一つに重なる。焼く前の状態で分離するのも当然無理で、結果として通常の倍の量の合体お好み焼きになってしまった。
「ちょっとも〜〜!ドジ踏んだわね!?」
「ご、ごめ……わたしっ……熱っ!?」
「直で鉄板は火傷するって!あーもう、私が何とかするから!」
大惨事になってしまった鉄板を前に、自分のせいだと思い詰めたゆいなは咄嗟に尻拭いをする為に手を伸ばすが、不用意にも熱々の鉄板を触ってしまい指先の薄い皮膚が赤く染まってしまう。ドミノ倒し的に厄災が降りかかるゆいなに、ミホはこれ以上アクシデントが連鎖しないように全部自分に任せるよう指示する。
戦力外通告されたゆいなはしゅん……と小さくなり、落ち込みながら火傷の痛みに耐えつつ椅子に深く座る。
そんな彼女のしおらしい様子を気の毒に思いつつも、ミホは本題を切り出した。
「それで、各世界?のライダーに会えば良いんだっけ?とりあえずライダー裁判について教えればいいのかな……?」
「お、お願い、します……」
「オッケー。それじゃあこれを見て。それはやっとくから」
ミホはそう言って合体お好み焼きの世話を請け負うと、カバンから1冊の雑誌を取り出しゆいなに渡した。ゆいなは受け取って表紙を見る。
渡されたゴシップ雑誌の表紙には『徹底解剖 仮面ライダーデータファイル』という見出しと共に、水色のサメのライダーの立ち姿が印刷されている。
「『仮面ライダー裁判制度』。10年前に導入した刑事裁判にのみ適応される制度よ。検事や弁護士、事件の関係者等総勢13名にカードデッキが配られ、鏡の中の世界『ミラーワールド』で仮面ライダーに変身して戦う。そして最後に勝ち残った一人が被告人に判決を下す権利を得る。まあその雑誌みたいにスポーツ観戦のようなエンタメとしてもそれなりに人気があるけどね」
ミホはすらすらと説明しながら、巨大お好み焼きをヘラで器用にひっくり返す。ゆいなは見事に裏返された一部始終に少し見惚れつつもすぐに意識を戻し、ミホが説明してくれたことをきちんと噛み砕く。裁判には馴染みが無いが、とにかく最後の一人になるまで戦うということは分かった。
「今行われている裁判の被告は元刑事であり傷害罪や傷害致死罪で起訴された男『蛇塚タケシ』。あなたはその蛇塚の弁護士にして仮面ライダーゾルダ……のはずなんだけど、別世界から来たんだよね……」
ミホは困ったようにそう言い、ある程度中まで火が通ったお好み焼きを二人で食べやすいようにヘラを使って切り分ける。ゆいなはそんな彼女のお節介さに申し訳なさを感じつつも、ミホが言ったことと全く同じ疑問を抱えていた。
自分は確かに記憶喪失で、この世界の人間ではないはずだ。弁護士資格を取った記憶も、カードデッキを貰う手続きもした記憶が無い。だが、今の自分は弁護士であり仮面ライダーゾルダだ。
どうやら、この世界に来た時に弁護士としての役割を与えられたらしい。意味も理屈も分からないが、そうとしか言えない。
「ま、まあそのことはあなたでもよく分かんないなら考えても仕方ないか」
ミホもこのことはこれ以上深掘りしても仕方ないとし、話を切り上げ別の話題に移る。
「でさ、ライダーに会うって言っても13人のうちどのライダーに会うの?世間で人気なのはその雑誌に載ってる『アビス』って奴だけど……」
「え、えと……わからないです……」
「そっかぁ……うーん、ライア?ガイ?それとも……」
「『王蛇』、だろ?」
刹那、突如何者かが二人の耳の位置よりも上の方から声を発し、ミホの話を遮った。二人は突然の出来事に思考がフリーズし、声の主を見る。脚、胴体、首と視線を動かし最後に顔が映ったその時、ゆいなの表情は一気に強張った。
カジュアルな店内には少々浮いている大柄のホスト風の男――ゾックだった。
「ゾ、ゾックさん……」
「えっと……どちら様?知り合い?」
彼のことを知らないミホはその派手な姿、そして彼の口から飛び出してきた『王蛇』という単語に驚きつつも、ゆいなに知っているのかどうか質問する。
「ああ、この子の保護者さ。ね?ゆいな?」
ゾックはそう答えると当たり前のようにゆいなの隣に座り、無遠慮に彼女の頭の上をポンポンする。彼の掌が彼女の髪に触れた瞬間、ゆいなはビクッと痙攣し、緊張で歯が震える。
ミホが急変したゆいなの様子に困惑しつつも、ゾックはその視線を意に介さず温かみの無い声色で言う。
「それよりさあ、お前『どのライダーを探せばいいか』って問いに『分かんない』はないだろ。仮に知らなくてもディアウトのカードを全部見せれば、お姉さんだって王蛇のカードに気付いて閃いただろうに。ねえ分かる?」
「ひっ……あのっ……」
ゾックはゆいなの不手際を指摘し冷たくじりじりと言い詰めつつ、彼女の荷物から有無を言わさずディアウトのカードを収納したアウトブッカーを取り出す。そして中からライダーが描かれている1枚のカメンライドカードをドローし、ゆいなとミホに見せる。
白色化しており色こそ抜けているが、コブラを象った鉄仮面の戦士。
ミホは間違いないと確信した。確かに仮面ライダー王蛇だ。
ミホはゆいなが探しているライダーがまさかの王蛇という事実に驚愕し、下唇を噛む。
だが、それと同時に見過ごせないことがもう一つある。
ゆいなとゾック、二人の関係性のおかしさがミホの心につっかえていた。
彼はゆいなの『保護者』と名乗った。記憶喪失らしくしかも臆病なゆいなを支える存在なら心強いだろう。
しかし、目の前に広がっている光景はそうはいかなかった。
庇護するべき相手のミスを厳しく詰問し、傷つきやすい怯えさせる。しかもミホから見れば、ゾックはその行為を『悦んで』行っているように見える。
これは保護ではない。恐らくDVの類いだ。
「ほら、あなたの分だよ」
ミホは会ったばかりの彼に不快感を覚えていた。
詰められている状況を中断させる為にわざと割って入り、切り分けたお好み焼きをヘラでゆいなの皿に渡す。
ゾックの詰め寄りから解放されたゆいなは怯えた顔から一転、初めてのお好み焼きに目をキラキラと輝かせる。ソースと鰹節をかけてあげつつも、好みが割れそうな紅生姜や歯にくっついてしまう青海苔は手を付けないミホの甲斐甲斐しさでデコレーションされたお好み焼きがゆいなの前に現れる。
ゆいなは目の前の初めての料理を味わう為に、箸を取る。ぎこちない箸捌き故に豆腐でもないのに掴むのに苦戦するが、箸の先で刺すことでなんとか持ち上げることに成功する。
不安定な箸の支えにより皿に落ちてしまう前に、ゆいなはひと思いにそれを口に放り込んだ。
「んぷっ……おえぇっ!ゴホッゴホッ!」
――だが、身体が拒絶した。
口に入れた瞬間、口内がとてつもない嘔吐感に襲われたゆいなは反射反応で折角のお好み焼きを吐き出してしまった。皿の上に中途半端に咀嚼された唾液まみれのお好み焼きがボトッと落ち、ゆいなは苦しさで激しく咳き込む。
「大丈夫!?もしかして火が通ってなかった!?」
ミホは思わず立ち上がってしまい、ただならぬ様子のゆいなを心配する。
もしかして自分の調理が甘かったか?普通サイズより大きい故に火の通り方も異なるとは言え、ミホは似たようなお好み焼きを何度か焼いたことがある。焼き加減の調整などは慣れているはずなのだが……
「ああ、気にしないでいいよ。この子、水以外受けつけないから」
「え……?」
狼狽えるミホに対して、ゾックはゆいなの背中を撫で水を飲ませながら、落ち着いた口調でそう説明する。ミホは簡単には信じ難い説明に思わず絶句する。
水しか口にできない?拒食症というやつか?いや、華奢とはいえ痩せ過ぎという程ではない。拒食症ならもっと細く折れそうなはずだ。
そもそも、ゾックは何故それを知っていながら、お好み焼きを食べようとするゆいなを止めなかったのか。
ミホはゾックに対する不信感が募りに募り、彼を睨んで露骨に嫌悪をぶつける。
ゾックはそれを涼しい顔で受け流しつつ、ゆいなが吐いたお好み焼きを捨てやすいようにティッシュで包む。そして彼女の嫌悪なんて気付いてすらいないかのようにミホに話を振った。
「それよりあんた、王蛇について知っているようだね。彼は一体どこにいる?ライダー裁判とやらに参加してるのか?」
ゾックの本題に関する質問に、ミホの心が揺らぐ。
彼のことは正直嫌いだ。だが王蛇のことはゆいなにとっても必要な情報。でも肝心の王蛇は今……
「……今のライダー裁判に奴はいない。蛇塚タケシ、その裁判の被告人がかつての王蛇よ」
ミホの告白にゆいなは咳き込み涙目になりながらも、その意味を理解する。対するゾックは眉一つ動かさずに彼女の話を傾聴する。
「蛇塚が元々刑事、そしてライダー裁判には事件の関係者が選ばれることは話したわよね?被告を逮捕した刑事も参加資格を持つことが多いの。優秀な刑事として多くの容疑者を逮捕してきた蛇塚もその一人で、仮面ライダー王蛇として裁判に参加しては何度も勝利を収めた」
ミホは絞り出すようにぽつぽつと、蛇塚タケシが仮面ライダーになった経緯を話す。
だが、内側からこみ上げてくる怒りは抑えることが出来なかった。
無意識に語気が強くなっていき、ゆいなは少し恐怖を感じる羽目になる。
「でもアイツは戦いに溺れた!前回の裁判に参加したアイツは、必要以上に他のライダーをいたぶり重傷を負わせた!中にはその怪我が原因で亡くなった参加者もいるわ!あの時参加した私の妹もそれでっ……!」
「……っ!」
ミホは思わず感情的になって残る説明を全て吐き出した。はぁはぁと荒ぶった息を整え、水を飲む。
ゆいなはさっきまで自分に世話を焼いてくれていたミホの感情的な一面に神経が張り詰め怯えが隠せない。
「ごめん、ついカッとなり過ぎちゃって。怖かったよね?」
ミホはゆいなの前で怒鳴るような口調になってしまったことを反省し、彼女に謝る。だがゆいなはさっきのミホにまだ少し怖がりつつも、点と点が線で繋がる別の感覚を覚えていた。
ゆいなは何となく理解したのだ。
何故ファムが最初自分――つまり一般的に被告人の蛇塚を弁護する立場である弁護士に容赦無く攻撃したのかを。
「……私の妹は蛇塚タケシに殺された。あの子の無念を晴らす為に、私は絶対に負けられない」
ゆいなの推論を証明するかの如く、ミホは拳を握り自分に誓うようにそう付け加えた。
*
「ありがとうございました!またお越しください」
ミホがゆいなの分も奢って会計を済ませると、ゾック含めた3人は店を退店した。
あの後、結局ゆいなは一口も食べることが出来ず、ミホが2人前請け負うことになった。ゾックは「食事制限している」という嘘か本当か分からない理由を言って口を付けず、全てミホに押し付けた。
店の扉を閉めたミホは流石に胃もたれしているようで、くびれている腹部を手でさすっている。
ゆいなはミホに無理をさせてしまったと心の中で詫びながら、自身の存在、そしてこれからの展望に対する不安を無視出来なくなっていた。
お好み焼きを口に入れたあの時、ゆいなの身体は「異物を口にした」と危険信号を飛ばした。
食物を受け付けないなんて、自分の体は一体どうなっているんだ?記憶が無い。それ故の自分に関する無知が、「もしかして化け物ではないか」という不安を増長させる。
それに加え蛇塚タケシのことだ。
彼が王蛇の変身資格を剥奪されており接触が難しいこともそうだが、ゆいなにとっての懸念は別の所にあった。
弁護士という立場上、基本的には彼のことを弁護するのが課せられた仕事だろう。
だが、目の前にいるミホはその蛇塚に愛する家族を殺された。
弁護士という役割だけしかない空っぽの自分が、彼女の悲しみや復讐心を突っぱねて被告人を弁護することなんてできるだろうか?否、できない。
また、ゆいなの頭の中には蛇塚タケシに関するある情報がどうも引っ掛かっていた。
『元刑事』
ちゃんとは知らないが、刑事というのは良いことをする職業だ。そして蛇塚は元々その仕事に就いていた。
もしかして彼は悪い人ではないんじゃないか?事件を起こしたのだって何か理由があるんじゃないか?
目覚めてそう日が浅くない故の世間知らずとも言える考えが、ゆいなの頭をぐるぐると旋回していた。
これから自分はどうすればいいのか。
キィィィン……キィィィン……
「!?」
そんなゆいなの思考を、どこからか鳴り始めたガラスを引っ掻いたような甲高い音が突き刺した。不意に思考に割り込んできた慣れない高音に、ゆいなは思わず耳を押さえ鳥肌が立ってしまう。
隣を見るとミホとゾックにも聴こえているようだが、二人は慣れているのかゆいなほど大した反応はしていない。
「この音……誰かが呼んでいる……!」
そう、この音はミラーワールドからの刺客の合図。
ミホが辺りを見渡すと、お好み焼き屋の窓に店内にはいない明らかに異質な者が映っていた。
ブルーとシルバーの装甲を身に纏った白虎のような騎士。その腰にはVバックルと青いカードデッキ。
間違いない、ミラーワールドからこちらを呼んでいる仮面ライダーの一人だ。
「『タイガ』……蛇塚減刑派の1人ね。ここは私が……!」
ミホは胃もたれを我慢しつつ、鏡の中にいる仮面ライダータイガの決闘申し込みに応じようとポケットの中のカードデッキに手をかける。
「待ちなさい。白羽くん」
だがカードデッキを窓に翳そうとしたその瞬間、誰かに呼び止められた。3人は声の主の方を見て正体を確認する。
ミホの背後にいたのは、40代くらいで眼鏡をかけたオールバックの男性だった。高級そうなスーツをサイズの過不足無く着こなし、針のように鋭い目元からは神経質そうな誰かを値踏みする光が覗いている。
だがしかし、その手には夏祭りで売られているような紐付き水風船が括り付けられており、バスケのドリブルのように下へとはたいている。
服装や顔つきはキャリアバリバリの大人なのに、手元だけは夏休みの少年。書道の作品の中に1個だけ硬筆の文字があるかのようなむず痒さを体現した男だった。
「な、
「白羽くん、ここは私が行きましょう。遠慮はしないで下さい。仮初とはいえ同盟相手なのですから」
長門と呼ばれた男は喉仏が震えるような慇懃無礼な物言いでミホに下がるように言う。
確かにさっきゆいなの分までお好み焼きを食べたので胃がやたらと重い。このまま戦えばどこかで支障が出て窮地に陥る可能性が高い。
ミホは素直に引き下がり、長門にこの戦いを任せることにした。
ミホに代わって窓の前に躍り出た長門は鏡の奥に映るタイガを鋭く睨むと、手に持った水風船を握り潰した。パァン!と軽快な音が鳴り、辺りに水が飛び散ってスーツのズボンを濡らすが、それを気にせずポケットから何かを取り出す。その特徴的な規格に、ゆいなは見覚えがある。
メガネザルの紋章が刻まれた黒いカードデッキ――そう、彼もまた仮面ライダーだった。
長門は窓にカードデッキを翳し、鏡像とリンクしてVバックルを装着する。店の内側にいる客達は翳されたカードデッキを見て、仮面ライダーの変身を間近で見れると沸き、食事を中断してスマホを構える。
「変身」
そんな周囲のカメラを気にせず、よく通る声でそう言うとカードデッキをバックルにセットし、その身を騎士の鎧に包み込んだ。
過度な装飾が無くシンプルなシルエットをした黒を基調とした装甲。アイアイにも儀式の悪魔にも見える、側頭部から広がる耳のようなパーツ。鉄仮面の下には、紅い二つの複眼に加えて額に埋め込まれた第3の眼が隠れ、隙間から妖しく光を放っている。
長門はメガネザルの騎士『仮面ライダーリーサル』に変身した。
店内の客達はガラス越しの生の仮面ライダーを前に「おおおおお!」と歓声を上げ、スマホのシャッターを切る。
リーサルはそんなオーディエンスに一瞥もせず窓に向かってゆっくりと歩き出す。
スマホのカメラに接近したと思ったらパッと被写体は消え、客達は戦いが始まったと沸き立つ。
その歓声は一切届かず、リーサルはタイガの待つミラーワールドに突入した。
*
「へぇ、ファムを呼んだはずなんだけど検事さんが来るんだぁ」
リーサルがミラーワールドに降り立つと、タイガは妙に落ち着いて間延びした口調でそう言った。一方のリーサルはミラーワールドの地面を踏みしめタイガを見据えると、彼に問いかける。
「『仮面ライダータイガ』……貴様はたしか蛇塚に恩人を殺されたはずだ。なのに何故減刑を望む?インペラーのようにベルデに与しているわけでもないだろう?」
「フフッ……君の言う通りだよ。あいつは僕の大切な人を奪った。でも、そんな憎い奴を赦す寛大な心こそが『英雄』ってやつじゃない?」
「……なるほどな。だがこの世に個の英雄というナルシズムなど必要ない。必要なのは絶対的な正義だけだ」
「だったら僕が勝ってその正義を塗り替えてあげるよ」
そう宣言したタイガは蒼い斧の召喚機『デストバイザー』を取り出すと、虎を模したカードリーダーにカードを挿入する。
『ストライクベント』
システム音声と共に空から武器が降ってきて、タイガの両腕に装着される。
鉄塊をも容易に切り裂けそうな巨大な手甲鉤『デストクロー』。それを装備したタイガはまるで獣の魔人のような仰々しさを放つ。
リーサルもまた、左腕に装着した紅い3つの眼を持つ猿の頭部を模したガントレット『デッドバイザー』に、1枚のカードをスキャンする。
『シュートベント』
タイガの手甲鉤に対抗するは、銀色の拳銃。
彼の契約モンスターの尻尾を模した『デッドガンナー』を召喚したリーサルは、手に持つや否やノーモーションで発砲し、タイガに先制攻撃を仕掛けた。
キィン!
突然の攻撃にもタイガは対応し、デストクローを盾代わりにして防ぐ。
銃弾が弾かれ火花を散らしたのを決戦の合図とし、リーサルとタイガはお互いの方へと駆け出した。
タイガはデストクローをギラリと輝かせると、リーサル目掛けて大振りの斬撃を放つ。リーサルは猿の如き素早い身のこなしでそれを躱すと大きく跳躍し、近くの街灯にぶら下がる。そして逆さになりながらデッドガンナーを乱射する。
タイガは片方のデストクローで銃撃を防ぐと、それを盾にしながらファランクスのように突撃し、もう片方の鉤爪でリーサルのぶら下がる街灯を切断した。
足場が傾くが、リーサルは街灯が完全に倒れる前に近くの街路樹に飛び移り、再度銃撃を放つ。
タイガがそれを防ぎつつ追いかけて足場を切断し、リーサルがまた別の高所へ移る。
しばらくの間お互いにダメージが与えられないイタチごっこが続き、リーサルが足場にした街灯や街路樹の残骸が無残にも道路に点在していた。
「無駄だよ。君の銃じゃ僕には勝てない」
タイガは逃げ回るリーサルを挑発する。
彼の銃撃はこちらのデストクローを盾にすることで無効化出来る。高所を飛び移り逃げ回るのは厄介だが、いずれ逃げ場が無くなり地上での交戦を余儀なくされるはず。そうなれば武器の相性が有利なこちらのものだ。
「ふむ、貴様の言う通りこのままだと分が悪いな」
リーサルもそれを理解しているのか、タイガの挑発を否定しない。
「だが、私の力を忘れたか?」
不利なだけで負けているわけではない。
リーサルは不敵にそう言い放つと、カードデッキから2枚のドローする。そして最初のカードを左腕のデッドバイザーにスキャンし、その効果を発動させた。
『ストレンジベント』
一際変わった効果を持つカード。それは『別のカードに変化する』というもの。
デッドバイザーが自動的に未スキャン状態に戻ったかと思えば、挿入したストレンジベントのカードの絵柄が別のものに変わる。リーサルはそれを再スキャンし、本来なら持ち得ないはずの力を解放する。
『クリアーベント』
「消えたっ!?」
新たなカードを使用した瞬間、街灯の上にいたはずのリーサルの姿がみるみると透過し、手品のように消えてしまった。クリアーベント――透明化の力だ。
ほとんど勝ちを確信していたタイガはリーサルの予想のしようがない一手に完全に勝利のプランを崩され、狼狽のあまり指の一つも動かせなくなる。
『トリックベント』
そこにリーサルの姿はない。そのはずだが、どこからか彼が2枚目のカードを使用したということを示すシステム音声が鳴り渡る。
混乱しているタイガが状況を理解出来ず困惑しているその時――
「ぐあああぁぁ!?」
突如、重なる銃声と共にタイガの身体から無数の火花が激しく散った。
鎧越しの鈍く重い衝撃がタイガに変身する青年に絶え間なく襲いかかり、彼の体力と思考力を奪う。
不可視の猛攻が止む頃には、タイガにはカードをドローし反撃する気力すらも削がれていた。極度の疲労と激痛のストレスにより膝をつき、戦意を失いかけている。
そんなタイガを煽るかのようにリーサルはクリアーベントを解除して姿を現し、見えざる攻撃の種明かしをする。
1体だけではない。タイガの周りの街灯には4体のリーサルが陣取っていた。
ストレンジベントの次に使用したカード、それは『トリックベント』。使用者を分身させるカードだ。
クリアーベントで透明化した後トリックベントで分身しタイガを包囲、そのまま一斉掃射したというのが真実だ。
「英雄というのは名声に溺れ驕る。絶対的正義の前ではただの民だ」
リーサルはそう吐き捨てると、デッドバイザーに必殺の切り札をセットする。
『ファイナルベント』
分身が消えて一人に戻り、リーサルは必殺の一撃を発動させる。
抑揚の無いシステム音声が鳴り響くと、タイガの胸元に赤いレーザーポインターが照射される。
「フフフフッ……!」
それはリーサルの契約モンスターである三つ目のメガネザルの怪人『デッドリマー』が放つ眼光だった。
デッドリマーは額の眼から放つレーザーでタイガに狙いを澄まし、人の笑い声に近い鳴き声で不気味に微笑む。
タイガはこのままやられるわけにはいくまいと、最後の力を振り絞ってカードをドローする。
『フリーズベント』、敵の契約モンスターを凍結させるカードだ。ファイナルベントはモンスターとの連携技なので、相方を凍結させれば実質無効に出来る。
だが、フリーズベントを発動させることは叶わなかった。
「調べはついてるのだよ、貴様のカードもな」
フリーズベントでカウンターを仕掛けてくることを予め予想していたリーサルが、カードを持つタイガの手を撃ち抜き発動を阻止したのだ。
なけなしの反撃の芽は潰え、はらりと地面に落ちる。
勝利を確信したリーサルはデッドリマーと同時に街頭から飛び跳ね、宙を舞う。そして両者は空中で重なり、互いの足裏を合わせた。
デッドリマーは腰を捻って自身の身体をコマのように回転させると、思い切り脚を伸ばしてリーサルを蹴り飛ばす。蹴りの推進力と腰の捻りにより加わった回転がリーサルを射出し、デッドガンナーを乱射しながら人間ミサイルの如くタイガ目掛けて突っ込んだ。
「そんなっ……僕がっ……!」
タイガは自分の敗北を受け入れることが出来ないまま、リーサルが放った必殺技『ポインティングバレット』が直撃し、爆散した。
*
「ぐあぁっ!」
鏡越しに戦いを見守っていたゆいな達の前に、鏡の中から一人の青年が吹き飛ばされる。
今さっきリーサルの必殺技を喰らった、タイガに変身していた青年だ。
Vバックルに装填されていた彼のカードデッキは粉々に砕け散り、見るも無残な姿になっている。
カードデッキがなければ変身もミラーワールドでの戦闘も出来ない。それ即ち、『彼のライダー裁判での敗退』を意味していた。
「くっ……!」
タイガだった青年は悔しさを滲ませるもカードデッキを破壊された以上どうにも出来ず、覚束ない足取りでその場を逃げ出す。
敗走する背中を不安そうに見送り、ゆいなは鏡の中のリーサルの方を見る。
化け猿を従えた黒き仮面の騎士は、勝利を誇るかの如く一人ミラーワールドに佇んでいた。
以下、本作オリジナルの龍騎ライダー、仮面ライダーリーサルの設定です。
◆仮面ライダーリーサル
検事の長門がサル型のミラーモンスター『デッドリマー』と契約し変身した姿。(デッドリマーは龍騎本編の13〜14話に登場。忘れてたら是非ググってね)
召喚機はデッドリマーの頭部のような形をした左腕のガントレットでありレーザーポインターを照射する機能を持つ『デッドバイザー』。
●所持カード
・アドベント(4000AP)→デッドリマーを召喚
・シュートベント(2000AP)→デッドリマーの尻尾を模した拳銃『デッドガンナー』を装備
・トリックベント(1000AP)→最大4体に分身する
・ストレンジベント→何が起こるか分からない
・ファイナルベント(5000AP)→回転しながら跳躍したデッドリマーに蹴り飛ばしてもらい、デッドガンナーを乱射しながら敵に突撃する連携技『ポインティングバレット』を発動
……ファイナルベントって考えるのむずい()