仮面ライダーディアウト with アウトサイダーズ 作:から傘お化け
「長門さん!」
リーサルがミラーワールドから離脱し変身を解くと、ミホはいち早く彼に声をかけた。変身を解いた長門はカードデッキをポケットに入れると、ミホの方を向く。
「お気遣い感謝します、白羽さん。勝ててよかった。彼のカードは強力ですからね」
声をかけられた長門は謙遜しつつも自信に満ちた微笑みを浮かべ、懐から手帳を取り出しパラパラと捲る。
ゆいなは自身の視界にその中身がたまたま入ってしまった。勝手に人の手帳の中を見るのは失礼だとなんとなく思いつつも、脳が視覚情報を鮮明に焼き付けてしまう。
手帳の見開きの左側には今回の裁判の参加者たる仮面ライダー達の写真が各ページに貼られており、右ページにはそのライダーの能力の分析等に関するメモが、几帳面かつチマチマした字で記されていた。
長門はタイガの写真が貼られたページを開くと、手帳に添えられていた赤ペンでその写真に大きく☓を描いた。
タイガの立ち姿の上に塗られた赤い二つの直線の交差。それはまるでライダー裁判に脱落した彼の墓標のようだった。
「さて、白羽さん。そちらは?」
「ひぅっ……!」
長門はタイガの脱落を確かに記録し手帳を仕舞うと、見慣れない男女――ゆいなとゾックについてミホに質問した。
話題の対象が自分に移ったゆいなは、臆病な人見知りという気質だけでなく先程手帳を盗み見てしまったという後ろめたさから目を合わせられず、隠れる場所を探すかのように小さく手足と目線を泳がせる。
そんなゆいなにゾックは「相変わらずだな……」とでも言いたげな溜め息を吐くと、彼女と長門の間に割って立ち、自らの身を盾とした。ゆいなは未だゾックへの恐怖がこびり付いているが、他に隠れる宛も無いので藁に縋るように無意識に彼の背広をぎゅっと掴む。
「失礼。この子を必要以上に怖がらせないでくれるかな?」
「おっと、お名前をお伺いしたかっただけなのですが……怖がらせてしまったのなら申し訳ございません」
長門はゾックにそう言われると、言い方の圧故かゆいなを怖がらせたことを素直に謝罪した。ゾックは彼の濁りの無い態度に呆れを覚えつつも、彼の要望通りに自身とゆいなの名前を教える。
「ハァ……ゾックだ。で、こっちは外道ゆいな」
「ゾックさんと外道さん、ですね。私は検事の
長門は二人の名前を教えてもらった礼として自己紹介をすると、ゾックに自身の名刺を差し出す。白地にゴシック体の黒文字という飾り気の無いデザインが、彼の遊び心の狭量さを物語っている。
ゾックはそれを指で挟んで受け取り一瞥すると、顔を少し横に反らして目線でゆいなを指しながら、長門に対して気丈に言い放った。
「検事、それも恐らく蛇塚を起訴した奴か。ご丁寧に品定めしているところ悪いが、うちのゆいなは弁護士であり仮面ライダー、つまりアンタの判決と真っ向から対立するぞ」
「!?ゾ、ゾックさん、な、何をっ……!?」
「……ほう?」
長門を挑発するようなゾックの勝手な物言いに、ゆいなは慌てふためいた。
蛇塚のライダー裁判に参加していること、加えてライダー裁判の参加者は事件や被告の関係者から選ばれるということから、恐らく長門が検事として奴を起訴したのだろう。そしてその職業柄、彼は蛇塚の有罪を望んでいるはずだ。
一方のゆいなは弁護士。そのロールに素直に従うのなら、蛇塚の無罪、または減刑を主張するのが一般的だ。
検事と弁護士。
法廷が戦場に移ってもなお、両者は謂わば水と油の関係だ。
現にゾックの言葉を聴いた長門は、ゆいなの弁護士バッジを確認した瞬間から眼鏡の奥の瞼を冷たく細め、ジワジワと彼女に敵意を染み込ませている。まるで「蛇塚を擁護する気か?」とでも言いたげな責めるような視線だ。
ゆいなは静かな敵意に萎縮してしまい、今にも泣き出しそうな顔になってしまう。
「な、長門さん待ってください!彼女はちょっと特殊な事情がありまして……」
一触即発の火薬庫のような雰囲気にゆいなが耐えられなくなっているのを見て、ミホは慌てて長門に補足しようとする。
彼女は他所の世界からの来訪者で、更には記憶喪失。この世界においては弁護士という肩書を持っているだけの臆病な少女だ。
ミホとて妹を殺した蛇塚が憎いのは事実だし、彼を弁護する者も実質同罪として許せない。
だが、ゆいなはそもそも蛇塚のことを知らない。どうしても弁護士への憎しみより先に、どこか不憫な彼女への保護欲が勝ってしまうのだ。
ミホは「ゆいなはそういう事情があるわけで蛇塚を弁護する気は(今のところ)無い」ということを、弱気で説明どころではない本人に代わって示す為に、長門とゾックの間に割って入った。
「特殊な事情……ですか?」
「はい。ただ少々、というかかなりぶっ飛んでいる話なので信じていただけるかどうか……」
「……暫しお待ち下さい」
ミホが理解してもらえるか懸念しつつもゆいなの事情を説明しようと口を開いたその時、長門は彼女の言葉を遮った。
ミホの懸念が空振り思わず彼の顔を見上げると、長門の瞳はゆいなではなく別の所を見据えていた。瞼により力を込めてゆいなを睨んでいた時よりも鋭い目つきになった彼に、ミホもゆいなも凄みを覚えて思わず息を呑む。
彼の視線を辿ると、そこには交差点の手前で信号待ちしているバイクがあった。
ミホがどうしたのだろうと首を傾げると、長門は懐から水玉模様の可愛らしい水風船を取り出し――バイクの運転手目掛けて勢いよく投げつけた。
「うわっ!?」
水風船は運転手の青年のヘルメットに勢いよく命中すると破裂し、水を撒き散らした。
柔らかい故に衝撃はほとんど無いものの、ヘルメットのカバーにいきなりぶちまけられた水で不規則な紋様を描かれ視界が歪められ、青年は何が起こったのかと動揺する。
青年が困惑し慌てふためいている間に、長門はツカツカと彼に早足で歩み寄る。
そしてバイクのハンドルを握っている彼の腕を強く掴むと、修羅のような形相で青年を睨みつけこう言った。
「停止線を越えている。気をつけろ」
長門の言うように、青年のバイクの前輪は僅かに交差点前の停止線を踏んで停まっていた。僅か数ミリ、よく目を凝らさないと分からないレベルだ。
「ひっ……!すいませんっ……!」
青年は長門の静かながら猛火のような圧に気圧され、「たかがこれくらい」と反論することも出来ず震えながら小さな声で謝罪した。
「はぁ……」
それを遠目から見ていたミホは眉間を押さえ溜め息をついた。
そうだった。彼は融通が利かないところがある。
停止線を越えて停車することは確かに良くないことではあるが、正直とんでもない悪行と言うほどでもない。
だが、長門はそれをまるで大罪を犯したかのように責め立て正そうとするのだ。
その過剰なまでに悪を許さないスタンスは蛇塚に対しても同様で、奴に対する憎しみは被害者遺族であるミホでも時偶ついて行けないことがある。
少し余所見をしてゆいなの方を見てみると、案の定青年に詰める長門の姿に緊張し怯え、歯をガタガタと鳴らしている。
この子にとっては無理もないか。
ミホは心の中でそう独りごち、長門とゆいなの関係がどうなるだろうかと少し胃を痛めた。
そんなミホのストレスなど露知らず、長門は青年に注意し終わると彼女の元へと戻ってきた。そして先ほどまで青年に向けていた鬼のような形相を緩めて、ミホに改めて話の続きを聞く。
「失礼、ああいうのを見ると無性に許せないもので。それで白羽さん、彼女の特殊な事情というのは?」
「ああ、えっと、そのですね……」
ミホは頼むから二人の関係が悪くならないでくれと内心祈りながら、異世界から来たというゆいなの奇天烈な略歴の説明を始めた。
*
「あのテングザル、とんだ厄介だな……」
日が傾き空が山吹色に染まる頃、ゾックはゆいなと一緒に住居である神社の社務所に戻ると、長門に対して悪態をついた。
あの時、ミホは長門にゆいなのアレコレを一から説明した。ゆいなやゾックに逐一情報が正しいか確認しながら、出来る限り正確に。
ミホの説明が終わると、長門は開口一番こう言った。
『白羽さん、戯曲はそこまでにして早く本題に入ってください』
なんと一から百まで作り話か何かだと思われていたのだ。
ミホは一生懸命ジョークじゃないと弁明したし、ゾックも痺れを切らして声を上げた。
が、長門は信用する為の回路をシャットアウトして『白羽さん、疲れているようなら今日は休みなさい』と、まるで子供の戯言に付き合うかのようにあしらった。
挙句の果てに『これから用事がある』と言って長門は踵を返し、共同お遊戯会だと思われたミホ達3人はポツンとその場に残されたのだった。
という訳でミホとも一旦解散し、ゾックとゆいなは一先ず家に帰ったのだった。
「ハァ……俺が一番嫌いなタイプだ、あのゼイン気取りが」
ゾックは座布団の上にどかっと腰を落とすと、手のひらを額に当てて長門のことで愚痴を吐いた。
ゆいなは男の人の直の愚痴に怖じ気付き、遠慮がちに別の座布団を自分の近くに引き寄せて、足を攣らないように楽な姿勢で座る。
ゾックは長門への不満を溜め息にして吐き出すと、ゆいなの方を向いて言った。
「ま、あの長門とかいう奴がいようがいまいが、君の役目は変わらない」
「……?」
「王蛇との接触――とりあえず牢屋にいる蛇塚と接見してきな。弁護士なんだから出来るでしょ」
「!?」
ゆいなはゾックがそう提案した瞬間、一気に血の気が引いて常に不安げな目を見開いた。
接見、つまり面会する?会ったこともない蛇塚と二人きりで?
無理、絶対無理だ。普通にゾックやミホと話すだけでも緊張して震えが止まらないのに、況や傷害や殺人を行ったという凶悪犯相手なんて……
ゆいなはブルブルと何度も首を横に振り、出来ないということを全身で示す。
「は?何一丁前に……いや、待てよ……」
ゾックは拒否権なんて無いくせに王蛇と会うという己の役目を断ろうとするゆいなに殴りかかろうと身を乗り出すが、その直前にあることを思い出し、振り上げようとしていた手を唇に当てて身体を止めた。
たしかこの時代で弁護士が被告人と接見する際の手続きは、警察署や拘置所で弁護士バッジか弁護士身分証明書を提示するだけでよかったはずだ。
ゆいなの性格から鑑みるに、蛇塚との接見どころかその手続きさえも出来るか怪しいだろう。
「少し待ってて」
ゾックはゆいなにそう言うと立ち上がり、恐らく隣の部屋へと繋がっているであろう襖の方へと向かった。ゆいなは何をするのだろう、もしかしてまた殴られるのかと心臓をバクバクさせながら顔を強張らせる。
「おい出てこい。出番だぞ」
ゾックは植物の蔦が描かれた襖を少しだけ開けると、中にいる何者かを呼んだ。
ゆいなが『誰が出てくるのだろう』と緊張しながら待っていると、奴は襖を開けてその姿を現した。
全身に張り付いたキヌガサタケのようなレース状の網の外骨格。それで構成された、チェスのビショップの駒を思わせるシルエットの頭部。赤銅と青紫が基調の不気味なカラーリング。
襖から現れたのは菌糸類の怪人『ビショップジャマト』だった。
「ひぃっ!?」
かつてその同族に死ぬ寸前まで痛めつけられたゆいなは、ビショップジャマトを見るや否やあの時のトラウマが蘇り、『どうしてそんな奴が隣の部屋に普通にいるのか』という単純な疑問も忘れて悲鳴を上げ、異常なまでに怯えた。
ゆいなの中では目覚めた直後に襲ってきた奴らと目の前の怪人が同じ『ジャマト』という区分であることは知る由もない。
だが、彼女の海馬がビショップジャマトからあの時と同じナニカを感じ取り、激しく警鐘を鳴らしていた。
「……まぁその反応も仕方ないか」
ゾックはゆいなの反応に呆れつつも納得し、腰を抜かしている彼女の前に屈む。そして彼女の小さい頭を大きな手でがっちりと掴み、無理矢理ビショップジャマトの方を向かせた。
ゆいなは彼の握力で軋む頭蓋の痛みと、無理矢理目の前に映される怪物の悍ましい姿に涙を浮かべる。
「あいつは人間に幻覚を見せることができる。その力で君に化けて手続きを代わりにやっておくから、ゆいなは蛇塚に会ってくるだけでいい。これならできる?」
ゾックは折衷案を提案して言葉を続ける。
「俺がここまで協力してるの、分かんない?それでも無理だって言うのか?
一息でそう言い終わると、ゾックはゆいなの頭を鷲掴みにする握力を強めた。
手続きだけは代わりにやってあげることで、本命である蛇塚との接見を通しやすくする。
恩を売ることで相手に貸しを作り、それを返さないといけない責任感につけ込む作戦だ。
今は大人しくしているだけで、ゾックが合図すれば容赦無くゆいなに襲いかかる。石像のように動かず主の指示を待っているビショップジャマトだが、その佇まいからは番犬として飼い慣らされた狂犬のように牙の匂いがしていた。
「わっ、わかりましたぁ……」
交渉術も何も持たないゆいな。
殆ど脅迫であるこの要求をあっさり飲み込み、ポロポロと涙を零しながら了承してしまった。
ゾックは満足そうに目を細め頷くと、握力を緩めて恐怖のあまり泣き出してしまったゆいなの髪を優しく撫でる。
ずっと棒立ちで無言だったビショップジャマトもいきなりしゃがむと、主人の真似をしたかったのか、グローブのように丸くキノコが生えた腕でゆいなの頭を撫でてあげた。
……まあ正直な話、蛇塚との接見は怖いし行きたくないが、同時に自分に必要なことだとも頭では分かっていた。
仮面ライダー王蛇に接触することもそうだが、ゆいなにとってはそれ以上に『ライダー裁判における、空っぽの自分の行動指針を定める』ということが重要だった。
例えばミホは妹を蛇塚に殺されたから復讐も兼ねて彼の有罪を望む。長門は検事として法の下の正義を執行する。他のライダーだって、皆様々な思惑があってライダー裁判に参加しているはずだ。
だが、自分には弁護士という肩書しかない。蛇塚をどうしたいか、何故それを望むのかという確固たる信念が彼女には欠落していた。
だからこそ蛇塚本人と直接会って、ゆいな自身が彼をどうしたいのか決める。それを決めて初めてライダー裁判の土俵に立つ資格を得られるような気がしたのだ。
それに、ゆいなの頭の中にはまだ『蛇塚は元刑事』という情報が沈殿していた。
よく知らないが、たぶん人々の平穏を守るのが刑事の仕事だ。その職に就いていたのなら、もしかしたら肩書ほど悪い人でもないのかもしれない。事件を起こしたのだって本意ではない、もしくは冤罪の可能性だってある。
もしそうなら、彼の不当な評価を正して弁護することが弁護士として自分に与えられた役割ではないだろうか?
とにかく、彼に実際に会ってみないことには分からない。
ゾックとビショップジャマトに撫でられ慰められながら、ゆいなは蛇塚に会うという弱々しい決意をするのだった。
*
「ごくっごくっ……は〜!肝臓に負荷かけるの最高〜!」
一方その頃、ミホは一人で居酒屋にて生ビールの悪魔的な美味しさに肝臓を唸らせていた。
自分の説明が長門に軽くあしらわれてしまった後、ミホは午後から仕事があるので仕方なくゆいな達と別れた。
職場に到着し夜まで書類の作成に打ち込んでいる間も、ミホの頭の中にはあのゆいなの保護欲を掻き立てる姿がずっと浮かんでいた。
臆病で泣き虫でオドオドしてて。戦いなんて到底向いているとは思えない少女。
(あ〜もう!なんであの子と重なるのよ!)
ただの保護欲だけでは説明出来ない。
彼女の姿はミホの中で、自身の妹の面影と溶け合っていた。
正直に言うと、妹とゆいなの顔が特別似てる訳でもない。性格だってあの子はもっと活発で、ゆいなとは真反対だ。
だが一つだけ共通点があった。
ミホの妹もゆいなが昼やらかしたように、よく手を滑らせてお好み焼きのボウルを落とし、ミホが焼いていたものの上にぶちまけていた。
(それだけでしょ!なのになんで……)
ミホはチョロい解釈をする自分の思考にツッコミを入れつつも、一度重なった影を切り離すことは出来なかった。
事実、あの時のランチはミホにとってどこか懐かしいものを感じた。
仕事終わりの時とかに妹と二人でよくお好み焼き屋に行ったあの日々。彼女が2回に1回の頻度でドジを踏んで図らずとも合体お好み焼きが出来上がり、苦笑しながら笑い合ったあの日々。
そして、もう二度と戻らないあの日々。
前回のライダー裁判。
妹が通っていた大学で発生した傷害事件にて、あの子は被告人の関係者として裁判に参加した。
その裁判で、あの子は当事者でもないのに「ライダーに選ばれたということは自分にしか出来ない役割があるはずだ」と意気込み、当事者以上に熱くなって奔走した。
昔からそうだった。
学級委員や打ち上げの幹事など、自分に課されたタスクを必要以上に背負い込み、全力で取り組む。
責任感が強いと言えば聞こえは良いが、裏を返せば一つのことにキャパシティの多くを費やす。他のことには手が回らないこともあった。
そんな彼女は、戦いに溺れた蛇塚に殺された。
あの時、あの子がライダー裁判の参加を打診された時に意地でも自分が止めていれば。「あなたが責任を感じることじゃない」と引き留めていれば。
仮定の後悔がミホの頭に今でも蠢く。
だからこそ、ゆいなの存在はミホの中で特別な位置を占拠しつつあった。
例えそっかしくてドジなところしか共通点が無くても、妹の面影を重ねずにはいられなかった。
(ゆいなちゃん……これから大丈夫かな……)
彼女はあの性格でありながら王蛇と出会う使命や異世界への旅、更にはDV保護者と、前途多難に溢れている。
できることなら力になりたい。そうしないと自分がどこかむず痒い。
……あ、でも。
彼女の連絡先を知らないし、住所も本人曰く「たぶん神社」らしいがどの神社か分からない。
力になるにあたって重大な欠陥に気付いたミホは項垂れ、気を紛らわす為にビールを流し込んだ。
*
「それでは外道さん、こちらが面会室です」
翌日、蛇塚が留置されている警察署を訪れたゆいなは、職員に案内されて面会室の扉の前に立っていた。
緊張と不安で眠れない夜を過ごした後、ゆいなはゾックの作戦通り手続きだけビショップジャマトに任せて蛇塚との接見に臨んだ。
ゆいなに先行して警察署の受付に入ったビショップジャマトは、幻覚作用のある胞子を撒き散らして自身の姿をゆいなのものに誤認させ、職員を欺いた。
本物のゆいなが到着した頃には手続きは既に完了しており、本番前の彼女の役目は待合室で少し待つことだけになっていた。
何かの間違いで中止にならないかな。
そんな淡い期待も脆く崩れ去り、接見の準備が完了したことを職員が告げた。
(うぅ〜……帰りたいですぅ……)
面会室の扉の前に立ったゆいなは緊張が限界突破し、ここに来て逃げ出したい気持ちで一杯になった。
でもこのまま帰ればゾックに責められ場合によっては殴られるだろうし、何より自分の為にならない。
『この世界で自分のするべきことをはっきりさせる』と曲がりなりにも昨日決意したのは誰だったか。
つい先日の自分の決断で自身の首を絞めていることに気付き逃げ道を塞がれたゆいな。
そんな彼女を更に袋小路に追い詰めるように、職員が面会室の扉を開けた。
ついに来る。蛇塚タケシと接見する時が。
ゆいなはドアを開けてお辞儀をしている職員に会釈を返すと、ついに蛇塚の待つ面会室に足を踏み入れた。
飾り気の無い無機質な面会室。
部屋を半分に隔てるアクリル越しに、件の男は座っていた。
勾留されている故か手入れが行き届いておらずパサパサでパーマがかかった茶髪を長く伸ばした、色白で長身痩躯の男。一見すると快楽の為に殺人を犯すようには思えない、神経質そうで線が細い真面目そうな青年。
彼こそが今回の裁判の被告人『蛇塚タケシ』だった。
職員が扉を完全に閉めると、面会室はゆいなと蛇塚だけの空間となる。
「あなたは……俺の弁護士……ですか?」
部屋に入室したゆいなの姿を見ると、蛇塚は目を見開いて問いかけた。
開いた口からはパックリと二又に割れた細い舌が覗き、まるで獲物を品定めする蛇のような印象を与える。所謂スプリットタンというやつだ。
ゆいなは粗相をしないように緊張し舌が滑りながらも自己紹介をする。
何しろ相手は凶悪犯だ。下手に失礼なことをすると何をされるか分からない。
「はっ、はははっ、はいっ!そ、外道ゆいなと、も、申しますっ……!」
「外道ゆいな……?そんな名前だったか……?」
ゆいなの名前を聞いた蛇塚は眉をひそめ、怪訝そうな顔をする。
当初は違う弁護士が担当していたのだろうか?
まあ異世界からの来訪者であるゆいなが彼の弁護士兼仮面ライダーゾルダという役割を得た以上、気付かぬ間に何か超常的な力で他者と存在が入れ替わっていてもおかしくはない。
「……まあいい。それで、わざわざどのようなご用で?」
当然ゆいなのそんな事情を知る由もない蛇塚はこのことについて考えるのを一旦止め、ここを訪ねに来た理由を聞く。
ゆいなは震える手でパイプ椅子を引き、アクリル越しに蛇塚の向かいに座る。
「えっと……そっ、そのっ……」
『どうしてあんな事件を起こしたのですか?』
その言葉が恐怖と緊張で塞がった喉でつっかえ、なかなか出てこない。
ゆいなは口をパクパクさせることしか出来ず、彼の気を害しているのではないかと早速パニックになっていた。凶悪犯を怒らせないようにと気を張った結果、余計に緊張して何も言えなくなる悪循環に嵌まりつつあった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう――
コン、コン、コン。
「……?」
その時、パニック状態だったゆいなの頭の中に予想外の音が割り込んだ。
ゆいなが思わず反応してバッと顔を上げると、向かいに座っている蛇塚が人差し指の爪で二人を隔てるアクリルを軽く叩いていた。
蛇塚が目線を下ろし顔を上げたゆいなと目が合うと、彼は優しく目を細め柔和そうな表情でゆいなに微笑みかけた。
「自分で言うのもアレだけど、俺と話すのって緊張しますよね。大丈夫。ゆっくり深呼吸して。落ち着いて。俺はいつでも待ってますから」
蛇塚は自虐を挟みつつもそう言い、まるで保育園の先生のような優しい口調でゆいなを諭した。
ゆいなは彼の予想外の言葉に目を丸くする。
凶悪犯というのだから、てっきりオドオドした自分の態度に苛立っていると思っていた。
だが、彼はむしろゆいなを安心させようとしてくれている。こうしている間にも彼は優しい眼差しを一切ブレさせず、ゆいなが言いたいことを言うのをずっと待ってくれている。
予想だにしなかった彼の思わぬ優しさに、ゆいなの緊張は幾分か和らいでいた。
「とりあえず雑談でもしません?俺、外道さんのこと知りたいな」
蛇塚は柔らかく眩しい笑顔でそう言い、ゆいなにウィンクした。
真っ直ぐな優しさを前に、ゆいなは胸がトクンと高鳴るのを感じた。
彼女が今まで関わってきた人間は、少なくとも1回は敵意や悪意を向けてきた。ゾックは言わずもがな、ミホや長門も勘違いとはいえ最初はゆいなに敵意を表していた。
だが、蛇塚は違った。
ゆいなは初めて最初から優しくされて、心の糸がとろけつつあった。
そう思っていると、自然と張り詰めていた気持ちも段々と和らいでくる。
この人なら怒鳴らないし睨んだりもしないので安心できる。
言われた通りに深呼吸をし緊張の波を落ち着かせると、ゆいなは自分の事情を話し始めた。
ゆいなの話を聞いている間も、蛇塚は柔和な表情を一切崩さず彼女の話に耳を傾けてくれていた。
元々喋りが得意ではないゆいなの話を遮ることなく相槌を打ちながら静かに聞いてくれる。
しかも突拍子もないように思えるゆいなの身の上話も、長門のように冗談としてあしらわずに親身になって聞いてくれた。
大変でしたね。よく頑張りました。
彼が相槌を打つ度に、ゆいなの心の張りは溶かされていった。
やがてあらかた自分のことを話したゆいなは、その勢いで蛇塚の話へと移行した。
「そのっ……!蛇塚さんはどうしてあんなことをしたんですかっ……?」
「あんなこと?」
「蛇塚さんは刑事さんだったんですよねっ……?ならっ、どうして人を傷付けるようなことをしちゃったのかなって……」
ゆいなは聞きづらそうに俯きながらそう聞くと、まずいことを聞いちゃったかなと身を縮こまらせる。
見守るようにゆいなの言葉を聴いていた蛇塚は、彼女の声が途切れると唇に指を当てて彼女を改めて観察した。
弁護士とは思えないほど臆病そうで純粋な少女。元刑事という肩書から、自分に対して性善説を唱えて一縷の望みを信じてくれるお人好し。
暫く何か考え事をした後、スプリットタンを覗かせて蛇塚はこう切り出した。
「……コアミラーです」
「ふぇっ?」
ゆいなは聞き慣れない単語に反応し、疑問符を浮かべた。
蛇塚はじっとゆいなの目を見ながら解説する。
「ミラーワールドを安定させる為の意思を持った核、それがコアミラー。俺はそのコアミラーに操られたんです」
コアミラーという単語を口にする度に、蛇塚は苦いことを思い出したかのようにその表情が曇り、拳を握る。
「王蛇として何度も裁判に参加しミラーワールドに潜った俺は、いつしかコアミラーに精神を蝕まれた。『他のライダーを殺し、その生命力を献上せよ』……そんな声がずっと聴こえたんです」
「蛇塚さん……」
「人を殺すなんて、そんなこと出来るはずがない……!でもあの声は日に日に増して……これ以上抑えられなくなった時――俺は取り返しのつかないことをしてしまいました」
蛇塚は悲しげな顔で自分の手のひらを眺める。
人を殺めてしまった罪人の手。コアミラーによって人生を狂わされた手。
「外道さん、俺のわがままを聞いてくれますか?」
「は、はい……」
「弁護士として、コアミラーを破壊してくれませんか?」
蛇塚は真剣な面持ちで、ゆいなに頼み込む。
冗談ではない。彼の目は本気以外の何物でもなかった。
「俺の減刑に繋がるのもそうですけど……それ以上に見たくないんです。俺みたいにコアミラーに狂わされる人を。だから外道さん、どうかお願いします!」
そう言い切り、蛇塚は深く頭を下げた。
彼の必死の頼みを前に、ゆいなは驚き以上に非常に強い納得があった。
やはり元刑事の彼は悪い人ではなかった。コアミラーとやらに操られて罪を着させられただけだった。
おまけに当の本人は自身の名誉回復よりも、同じような被害者を生まないことを優先し、頼みの綱であるゆいなに頭を下げている。
汚名を着せられてもなお他者を慮るとは、なんて人間ができているのだろう。
この人の力になりたい。
さっきまで自分を優しく見守ってくれた彼の頼みを断る理由なんて、ゆいなにはどこにもなかった。
「は、はいっ!戦いは怖いけど…それ以上に蛇塚さんの為にわたし、精一杯頑張りますっ!」
即答だった。
ゆいなの快い返事に蛇塚は顔を上げ、パッと嬉しそうに表情筋を動かす。
「ありがとうございます外道さん!本当にどうお礼を言っていいか……」
蛇塚は嬉しさが抑えられずアクリルに向かって身を乗り出しゆいなに出来る限り近づく。アクリルが無かったら彼女の手を両手で握っていた勢いにゆいなは気圧されるも、それはゾックの高圧的な態度に対する反応とは明らかに違った。
目標も何も無かったゆいなの中に、『蛇塚の為にコアミラーを破壊する』という道標が立った。
*
「おや外道さん。こんにちは」
接見を終えてやや浮足立った状態で警察署を出たゆいな。
すると突然声をかけられ、思わずスキップしそうになっていた足が絡まり転びそうになった。
入り口前の柱にもたれかかっている声の主は長門だった。
「随分驚いているようですね。実はデッドリマーに張らせてもらったのです。あんな突拍子もないことを信じるつもりはありませんが、ライダーバトルのライバルですからね。少し調べさせてもらいました」
デッドリマーに張らせていた。
その言葉を聴いて、ゆいなは一瞬で後ろを振り向く。
すると彼の言う通り、警察署の自動ドアの反射にデッドリマーの姿が映っていた。
「フフフッ……」
デッドリマーはゆいなのスーツ目掛けて額の目からレーザーの光を放ち、不気味に笑いながら彼女を品定めしていた。
襲いかかるつもりは無いだろうが今の今まで尾行されていたようで、ゆいなは怖くなり少し後退る。
「それで、ここにいるということはあなたは蛇塚にでも会っていたのですか?」
長門は話を切り返すと、蛇塚とは違う冷たい眼差しでゆいなを見下ろす。
そうだ。彼は殺人を犯した蛇塚のことを嫌悪している。
でも、あれは全てコアミラーの仕業で蛇塚は悪くない。蛇塚本人は自分の名誉は後でいいと言っていたが、彼に好意を抱いていたゆいなの独断がそれを許さなかった。
「あっ、あのっ……蛇塚さんは悪くないです……」
「何……?」
「こっ、コアミラーのせいだって言ってました……コアミラーに操られて自分を止められなくなったって……」
「コアミラーが……?」
「あの人っ、コアミラーを壊して自分みたいな人を増やさないでほしいってわたしに頼んできて……だから、蛇塚さんを悪く言わないでいただけますかっ……?」
「……ほう」
長門は最後まで聴くと眼鏡の奥の瞳を細め、蛇塚を擁護するゆいなを改めて見た。
「……成程。理解しました。外道さん」
「はいぃっ……!?」
「実は私も、前々からコアミラーの危険性について思うところはあったんですよ」
「ふぇっ?」
「優秀な刑事だった彼が何故あのような凶行に走ったのかずっと疑問でしたが……成程コアミラーが関係していたのですか。それなら納得です」
長門はゆいなの言い分に納得した様子で、謎が解けたかのように晴れやかな顔をした。
蛇塚が悪人ではないと理解してくれた……のだろうか。
もっと頑固で怖い人だと思っていたが、案外物分かりが良くてゆいなは感謝より先に困惑してしまう。
「コアミラーの破壊……それが彼の望みですか。外道さん、その願い、よければ私に手伝わせて頂けないでしょうか?」
「へっ……?い、いいんですか……?」
「勿論。これ以上コアミラーの被害を増やしたくないという彼の願い、非常に心打たれました。外道さん、これからは一緒に戦いましょう」
そう言うと長門はゆいなに手を差し伸べ、仲間としての握手を求めた。
なんだ。怖い人かと思っていたけど良い人じゃん。
「はいっ!よろしくお願いしますっ!」
勿論、ゆいなにその手を突っぱねる理由は無かった。
ゆいなは差し出された手を強く握り返し、彼を仲間として認めた。
「同盟成立、ですね。早速ですが今から行けますか?彼の為にも早く願いを叶えてあげたいのです」
「はいっ!勿論です!」
長門の問いに、ゆいなは今までになく元気良く返事をする。
彼女の了承を得た長門は自動ドアの前に立つと、鏡像に向かってカードデッキを翳した。
ゆいなもそれに続き自身のカードデッキを翳す。
その手にはファムに蹂躙された時の震えは無い。
信頼できる人と頼もしい味方を得た嬉しさから、怯えた子犬はどこか堂々としていた。
「変身」「変身っ!」
二人は同時にカードデッキをVバックルに填めて変身する。
灰色のシルエットが重なって現れるのは黒猿と緑牛の騎士。
リーサルとゾルダ。
コアミラーを破壊する為に生まれた共同戦線は、警察署の職員に見守られながらミラーワールドに突入した。