真はその日、商店街での買い物中に不審な動きをする茶々丸を見つけた。
なぜかは知らないが、買い物をするわけでもなく商店街を歩き、不審なまでに自身の後方を気にしながら茶々丸は歩いていた。
どうしたのかとその後方を見てみると一匹の子猫が茶々丸の後をついてきており、明らかに茶々丸はその猫の存在に困っていることがわかると真ははてと首をかしげる。
猫を振り切りたいのかそうでないのかわからない茶々丸の奇妙な動きを見ながらしばらく考えたのち、すぐに納得する。
すなわち、餌をやっていたらあの子猫に懐かれてしまい、結果あの子猫がついてきてしまったのだと。
「なんていうか、あいつらしいな」
そう言って、苦笑すると真は歩く速さを少し上げ、前を歩く茶々丸に声をかける。
「絡繰?猫なんか引き連れてどうしたんだ?」
呼びかけた声に気づいた茶々丸が真の方向へと振り返り、軽く頭を下げて挨拶するのを手を振ることでやめさせ、その茶々丸の後方にいる猫を指さし、尋ねる。
「猫、どうしたんだ?ついてきちゃったのか?」
「いえ……あの……」
「ん?」
普段の茶々丸からは想像できないくらいに言葉に詰まる茶々丸を見て真はあれ?という風に内心で首をかしげる。
真もそんなにたくさん茶々丸とあっているわけではないが、それでも彼女は普段、このように曖昧な言葉は使わないことぐらいは短い付き合いの中でわかっていた。
二人の間に無言の時間が流れる。
茶々丸は何かの言葉を探し、真はその茶々丸を待つようにしながら時間が過ぎていく。
しかし待てども待てども二人の間に言葉という音は生まれず、商店街の真ん中で向かい合って言葉もなく立ち尽くす二人の周りにはひそひそと話をする見物人の輪ができ始める。
「別れ話のもつれですって」
「あら、やだわ、あんなにかわいい子を泣かせて」
「最低ね」
周りから突き刺さる視線と言葉に茶々丸はともかく真は軽くあたりを見回しうんざりしたように溜息をつく。
このまま茶々丸の言葉を待ってもいいが、そうなるともうしばらくはこの輪の中にいなければならなくなってしまい、今も真の耳に聞こえているひそひそ話の内容がこのままだとより悪化していきそうな予感を感じる。
今でさえ居心地が悪いのに、これ以上になってしまったら、そう考えたときには真はもう次の行動に移っていた。
「あー、絡繰」
右手で困ったように頭をかきながら茶々丸に呼びかけると、左手で自分の背後に位置する路地裏を指しこの囲みから抜けることを提案する。
「とりあえず、ここを離れないか。ちょっと話をするにも騒がしいしな」
「……はい」
そう言うと茶々丸はすでに歩き出した真の後を追って路地裏に入っていく。
真達が動き出すと、周りを囲んでいた輪も自然と溶け、後には真に対する鋭い視線のみが残るのみであった。
真もその視線から逃げるようにそそくさと路地裏に逃亡しそのあとを茶々丸、そしてその茶々丸の後にてってという足音を鳴らして猫が小走りでついていく。
後に残ったのは少しのざわつきと再び流れ始める日常という名の空気だった。
「ほら、メニュー。好きなのを頼みなよ」
「あの、清水さんこれは……?」
「あぁ、ここは前友達に教えてもらった場所でね。この時間なら人も少ないからな」
そう言って真はあたりを見回す。
二人と一匹は路地裏の喫茶店に来ていた。
以前浩輔に教えてもらった場所だったが、真の言葉通りこの時間、人はあまりおらずほぼ二人の貸切状態のようになっていた。
「決まったか?」
「いえ、あの……」
真は困惑している様子の茶々丸を見て、少々強引過ぎたかと思いながらも、あの場から逃げるためとはいえ、茶々丸を誘ったからには乗りかかった船だと思い、できる限り茶々丸の助けとなるつもりだった。
「んーじゃあ俺はおすすめで、絡繰もおすすめでいいか?何か飲めないものとかある?」
「いえ、そう言ったものはありませんが」
そう言ってなおも言葉を紡ごうとする茶々丸を遮るように、真はいつの間にか近くに来ていた定員に「じゃあそれで」と告げ注文を済ませてしまう。
その際に足元で開いている椅子に上ろうと奮戦している子猫に目を向け
「こいつにも何か適当なものをお願いできますか?」
と多少マナー違反な注文をしたのだが、それに慌てることなく定員はうっすらと笑みを浮かべ
「かしこまりました」
と一礼してメニューを回収し去っていく。
しばらくすると店員は真と茶々丸にはコーヒーを、そして何とか椅子の上に乗れた子猫の前に猫用のものですと前置きして皿に注がれたミルクを置いて去っていく。
「猫用のミルクなんてものがあるんだな」
「はい。人用のものはあまり猫にとってはよくありません」
茶々丸の言葉に一つ感心をしてから真は運ばれてきたコーヒーに口をつける。
コーヒーから薫る香りと路地裏のオープンテラスに流れる空気に時間の流れをゆっくりになったように感じながらちらっと対面に座る茶々丸を見ると彼女はコーヒーには口をつけず真の方を向いていた。
「どうした?飲まないのか?冷めるぞ?」
真がそう言うと茶々丸もコーヒーに口をつける。
そのまましばらく路地裏にはコーヒーカップと受け皿がぶつかるかすかな音と猫の鳴き声、風の音以外は聞こえなくなる。
表通りの喧騒も遠いオープンテラスで二人は先ほどの焼き直しのように向かい合い無言で、先ほどとは違い手に持ったコーヒーカップを傾けていく。
「俺の場合なんだけど」
もうカップの中身がなくなろうかというところで、真はそう前置きをして話し始める。
「頭ン中がごちゃごちゃしちまった時はさ、コーヒーを飲んでぼーっとしてると妙に すっきりするんだよ。こういう静かな場所だととくにね」
ここは最近知ったんだけどな、とそう言って真はカップを置く。
「だからさ、何があったかは知らないし、まあお節介かもしれないけど、絡繰も落ち 着いたら何があったのか相談してみないか?」
そこでいったん言葉を切り、照れくさそうに笑いながら話し続ける。
「ま、なんだって解決とはいかないが頼れる先輩としては、かわいい後輩の力になっ てやりたいんだよ」
「……」
恥ずかしさを我慢して言った真に対する茶々丸の返事は沈黙だった。
(さすがに、気障すぎた)
そんな風に悶絶する内心を表情に出さないように笑顔をキープすることに必死になっていた真だったがしばらくすると茶々丸はその重たい口を開いた。
「わかりません」
「わからない?」
真のおうむ返しの質問に茶々丸は軽く頷き、自分の胸に手を当ててゆっくりと話し出す。
「私がなぜ、言葉に詰まるのか。なぜ胸が痛いのか。なぜ体が動かなくなるのか。」
そして椅子の上から茶々丸を見つめる子猫を一瞥する。
「なぜこの子が私についてくるのか。私にはわかりません」
茶々丸はそう言ってなぜかあふれる胸の痛みに耐えるように目を閉じる。
生まれたての何も知らない少女を襲う感情という濁流から逃げるように、隠れるように彼女はその体を自分で抱くように縮こまらせる。
なー、と子猫は茶々丸を心配するかのように鳴くがその声にすら茶々丸はおびえるように体を震わせる。
そんな茶々丸の様子に真も話す言葉を探して二人の間には重い静寂が落ちる。
しかしその重い空気を吹き散らすかのように一つ息を吐いて真は話し出す。
「とりあえず、今日会ったことを話してみないか。絡繰だけじゃわからないことも、 俺と、こいつと絡繰の3人で考えればわかるかもしれないだろう」
そう言って真は傍らの猫をに目を向ける。
子猫も真の言葉がわかっているかのように胸を張って一つ、なーと鳴く。
そんな猫の様子に笑みを浮かべ、茶々丸の方を覗うと彼女は驚いたような顔をしながらもその口元には無自覚ではあろうが若干の笑みが浮かんでいるようだった。
「さぁ観念して話してみろよ」
それでもためらう茶々丸を押し切るように促すと、茶々丸もポツリポツリと話し始める。
この子猫がいつか話したけがをさせてしまった猫であること。
今日子猫を触ろうとしたらこの子がおびえたこと。
その時に原因不明の痛みとエラーが発生したこと。
自然と体が猫から離れたこと。
猫がずっとついてきていること。
猫から離れようとすると体が勝手に動かなくなること。
茶々丸は一通りのことを話し終えると何かを考えている様子の真に目を向ける。
しばらく真は何かを考えている様子だったが、突然自分の荷物の中からスケッチブックと鉛筆を取り出し、突然のことについていけていない茶々丸を置きざりに猫をスケッチし始める。
「なんとなくはわかったよ」
どうすべきかとおろおろしている茶々丸の方には目を向けずに真はそう言った。
「絡繰はさ、その子も含めて猫が好きなんだよ」
「そう、でしょうか」
あぁ、と真は頷き、手を止めることなく話続ける。
「好きだから、怖いんだ」
そう言った真の表情は過ぎ去った遠い過去を懐かしんでいるかのように、そして悲しんでいるかのようだった。
「怖い、ですか」
よくわからないといった表情を浮かべる茶々丸だが真はただひたすらにスケッチブックに猫をかきながら話し続ける。
「好きだから、傷つけるのが怖い。好きだから、嫌われるのが怖い」
そこまで話して真は手を止め茶々丸の方へ振り返る。
「傷つけたくないから、嫌われたくないから離れようとした」
そう語る真はまるで自分のことを言っているような悲しみを含んだ笑みを浮かべながら話し続ける。
「それでも、好きだから近くにいたいって気持ちもあって、それで離れたいって気持 ちの板挟みになっちゃったんだろ」
そこまで真が話し終えたとき、茶々丸は自分の中で渦巻いていた鉛のような重さが少し軽くなったように感じた。
それは真が言ったことが的外れではなく、逆に茶々丸の内面を的確に表しているからだったのだろう。
ただそれで茶々丸の悩みすべてが解決したわけではなく自然と茶々丸の目は椅子の上でくつろいでいる猫に向かう。
それは真もまた承知していることであった。
まだ残されている茶々丸の悩みのもと、それは子猫に嫌われているかどうかという点だった。
自分の感情がわかってもこの子猫に嫌われていたら、そう考えると茶々丸の胸を鋭い痛みが襲う。
子猫から目を背け痛みを耐えるようにする茶々丸を見て真は自分の描いた絵をもう一度見て覚悟を決めるように軽く目を閉じ、そしてその後、目を開けるとその顔に道化師のような笑みを浮かべる。
「絡繰、笑わないで聞いてほしいんだけどさ」
そう前置きをして、真は騙る。
「俺はさ、魔法使いなんだ」
次かその次くらいでこの章も終わる予定です。
これからもどうぞよろしくお願いします。