エルドリアの秘術学院では、入学時に各学生に魔力ランクが割り当てられていた。
F。E。D。C。B。A。S。
そして、極めて稀に、伝説級。
そのランクは各生徒の魔法の才を示し、契約の儀式で強力な存在を得られる確率を決めた。契約の儀式とは、各学生が自分を一生涯守り伴う存在を召喚する儀式のことだ。
才能ある生徒はしばしば竜や高位の悪魔、先祖の精霊、伝説の守護者を召喚した。
才能のない者は弱いありふれた生き物を得た。
そして、アンネがいた。
ランクF。
学院で最も魔力適性の低い生徒。
嘲笑は絶えなかった。
「リスでも召喚するんじゃねえか」
「それすら無理だろ」
「魔法陣すら動かないんじゃないか」
笑い声が巨大な儀式の間を響いた。
一人ずつ、生徒たちが前に進んだ。
氷の竜。
高位の悪魔。
儀式の間に集まった生徒たちの視線が、最後尾に立つアンネに集中していた。彼女の手は震え、床に描かれた魔法陣の前で立ち尽くしている。
「やれやれ、とうとうアンネの番か」
嘲笑が再び響く中、アンネは深呼吸をして、震える手で杖を掲げた。彼女の魔力は微々たるもので、魔法陣が光る様子もない。
「ほら見ろ、何も起きないぞ」
生徒の一人が大声で笑った。他の者もそれに続く。アンネの顔が真っ赤になり、涙が目に浮かんだ。
しかし、次の瞬間—
魔法陣が突然黒い光を放ち始めた。床が揺れ、儀式の間全体が暗黒のオーラに包まれる。
「な、何だこれは!?」
教師たちが驚愕の表情を浮かべた。黒い稲妻が魔法陣から天井へと走り、空間そのものが歪み始める。
黒い光が凄まじい勢いで膨れ上がり、アンネの小さな体がその中心に引き込まれるように浮かび上がった。生徒たちの笑い声は悲鳴に変わり、教師たちも慌てて後ずさる。
「儀式を止めろ!」
一人の教師が叫んだが、もう遅かった。魔法陣から放たれる黒い波動が周囲の空気を圧し潰し、儀式の間全体が咆哮のような轟音に包まれる。
突然、天井を突き破って巨大な影が現れた。それは黒く輝く鱗に覆われた龍の頭部だった。瞳は血のように赤く、視線だけで人々を竦ませる。
「黒...龍...?」
誰かが震える声で呟いた。伝説の存在が、アンネの召喚に応えて現れたのだ。
黒龍ミラボレアスの赤い瞳が、魔法陣の中心で浮かぶアンネを見下ろした。その視線は冷徹で、しかしどこか興味深そうだった。
アンネは恐怖で動けなかった。黒龍の巨大な頭部だけでも彼女の身長の何倍もあり、その威圧感は常人の精神を容易に崩壊させるほどだ。
「な、何故...」
教師の一人が呟いた。黒龍ミラボレアスは、伝説によれば遥か古代文明を滅ぼしたとされる存在。それがFランクの魔力しか持たないアンネに呼び出されたという事実が、誰も理解できなかった。
儀式の間は静まり返り、全員が息を呑んで状況を見守っている。黒龍はゆっくりと首を下げ、アンネに顔を近づけた。その鼻先から熱気が漂い、アンネの髪を揺らした。
黒龍ミラボレアスの鼻先がアンネの小さな体に触れる寸前、その赤い瞳が彼女を観察していた。何かを探るような視線だ。
「く、来るな...」
アンネは震える声で呟いたが、身体は動かない。黒龍の巨大な顎が開き、鋭い牙が並ぶ口腔が露わになった。その息は熱く、彼女の肌を焦がすようだ。
「まさか...食う気か?」
誰かが恐怖に震える声で叫んだ。黒龍は伝説では人間を貪り食う存在とされている。アンネの魔力では、黒龍にとってもはや食料以外の何物でもないように見えた。
しかし、黒龍はアンネを喰らう代わりに、その首をさらに近づけ、彼女の頬に自分の鼻先を押し付けた。まるで...匂いを嗅ぐように。
黒龍ミラボレアスの鼻先がアンネの頬に触れた瞬間、その赤い瞳が細められた。まるで満足したような仕草だ。周囲の生徒たちは驚愕し、教師たちも目を見開いた。
「な、何だと...?」
黒龍はアンネを食わず、むしろ懐くような態度を見せている。これは伝説にも記されていない異常事態だった。黒龍はさらに顔を擦り付け、まるで子猫が親に甘えるような仕草をする。
「アンネが...黒龍を手懐けた?」
一人の生徒が信じられないという表情で呟いた。アンネのFランクの魔力では、黒龍を制御するどころか存在を感知することすら不可能なはずだった。
黒龍はアンネから離れると、天井に向かって咆哮を上げた。その音圧で儀式の間の窓が割れ、風が吹き荒れる。そして、アンネの周りをゆっくりと旋回し始めた。まるで...自分の主人を確認するかのように。
ネタが続く限り続けます。