「ごきげんよう」
爽やかな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐりぬける。
登下校時にマリア様にお祈りを捧げる生徒の中にもマフラーをつけた姿が出始めた。歩道の横には落葉がつもって、冷たい風が吹きすさぶ。リリアン女学園にも冬の空気が漂いはじめた。
「志摩子さんは環境整備委員会で集まりがあるので。遅れるそうです。」
その日は志摩子だけがいない日だった。学園祭も終わって、私と由乃の破局騒ぎも終わって、学期末試験前の束の間の平穏な日。放課後の薔薇の館で温かい飲み物を片手におしゃべりに興じていると、ふとあることが思い浮かんだ。
「千尋はさ。どうして志摩子のことを『さん』付けなの?」
ずっと気になっていることだった。リリアン女学園では同級生や下級生にたいしては下の名前に「さん」を付けて呼ぶ。上級生なら下の名前に「さま」。名字呼びだった外部生もしばらくすれば、このリリアンの慣習に染まる。
しかし、親しい間柄に限って呼び捨てが許される。例えば、妹だったり、部活の後輩だったり。で、志摩子の場合は、なかなか千尋が呼び捨てにしないから、白薔薇様が「志摩子」と呼ぶようになって皆もそれにならった。
「なんか自然と『さん』をつけたくなるんだよね。しっかりしているからかな。」
「でもさ。距離を感じない?」
「全く。このくらいが丁度いい。」
ぞっこんなクセによく言う。
千尋は志摩子を妹にしてから空気が柔らかくなった。
付き合ってみれば人あたりはよいほうであったけれど。どこか張り詰めた空気を纏っていた。去年のクリスマス以降はとくに酷くなって心配したけれど、志摩子が薔薇の館に出入りするようになってからは、リラックスした表情を浮かべるようになった。
私は千尋たちの家庭の事情に気付く機会があり、2人の間には実の姉妹と変わらない関係があることを知った。
志摩子が何か戸惑うようなことがあると、彼女の目はひそかに千尋に尋ねる。すると、千尋は灰色の瞳を鋭くして無言で助ける。突き放すような冷淡さは千尋が志摩子のことを嫌いなのではないかと思うほど。
けれど、ふとした瞬間に冷たい雪の瞳に春風が吹く。
志摩子が薔薇様と取り留めのない世間話をしていたり、こまねずみのようにクルクル駆け回りながら雑用に奮闘していたり。穏やかな眼差しは、どこか子どもを見守る母親のように温かい。徐々に薔薇の館になじんでいく妹の姿を喜んでいるようにもみえた。
「でもさ。呼び方って大事じゃない?」
「そうよね。本人たちはよくても周りが邪推してしまうわ。祥子だってもう祐巳ちゃんのこと呼び捨てなのに。」
「今度は白薔薇革命かな。」
薔薇様方がここぞとばかりに畳みかける。実は志摩子の呼び方をとくに気にしているのはお姉さま方だ。千尋の志摩子への接し方をよくみていれば、可愛がっているのは丸わかりなのだけど、他の生徒がいる前ではあからさまに構うことがないから。薔薇様方は志摩子が気にしていないかとても気を配っている。
「志摩子、悩んでいるかもよ。」
「......そんなことはないと思いますが。」
あ、少し考えた。
「呼び捨てが難しいなら『ちゃん』づけは?」
面白くなって冗談をいうと、ちょっとの間、瞠目し「ありかもしれない」と真面目に頷いた。
(ありなのか)
すぐに却下されるかと思ったら、千尋はなぜか乗り気だった。どういう風の吹き回しだろう。祥子も「おや?」と静かに表情を変えた。
「え、本当に『ちゃん』づけで呼ぶの?」
「おかしいかな。」
千尋は首を傾げた。
「いいえ、大丈夫よ、千尋。志摩子も『さん』ではなく『ちゃん』づけのほうがきっと喜ぶわ。」
お姉さまが優雅に微笑んでいる。妹の私にはわかる。あれは内心の好奇心をおさえている作り笑いだ。
これは面白いことになってきた。いきなり「志摩子ちゃん」と呼ばれた蕾の妹はどうするのだろう。日本人離れした容貌の白薔薇ファミリーの末っ子でふわふわの髪をした下級生は由乃や祐巳ちゃんに比べるとあまり動じない。性格は穏やかで例えるなら縁側で昼寝をする猫みたいな子だ。
心の中で「ごめん」と謝りながらもワクワクする自分がいた。
「じゃあ、明日の放課後から千尋は新しい呼び方をするように。フライングは無しね。」
「わかりました。」
白薔薇様は人差し指を千尋につきつけて宣言した。わざわざフライングしないように念を押したのは、志摩子の反応が楽しみだからだろう。いつも冷静で、おっとりしている志摩子が、大好きなお姉さまに「志摩子ちゃん」と呼ばれてどういう反応をするのか。とても楽しみだ。
「ねえ、令ちゃん。明日の放課後がとっても楽しみね。」
学校からの帰り道、由乃は満面の笑みで令に尋ねた。
由乃は退院してからすっかりお転婆になって、強気な性格に歯止めが利かなくなっている。好奇心旺盛なところは(本人には言わないが)お姉さまに似ている。
「千尋がちゃんづけって想像できないな。」
千尋は由乃や祐巳ちゃんにたいしても、「さん」づけで呼んでいる。加えて令や祥子のことも。
「令ちゃんや祥子さまにも『さん』づけよね。なんで?」
「背が大きくて怖がられやすいから、「さん」づけにしているって聞いたよ。」
「へー、千尋さまもそういうの気にされるのね。」
「千尋は気配りする人だから。本当は呼び捨てにしてほしいけどね。」
以前、マリア祭で天使の格好をした幼稚舎の子どもに遭遇したら、泣かれたという逸話がある。このことは千尋の名誉のためにも黙っておこう。
「だから、祥子さまのヒステリーもよく受け入れているのね。」
「それ絶対、祥子の前で言っちゃだめよ。」
令の脳裏に怪獣のように荒れ狂う祥子の姿が想像された。
祐巳たちは息をのんでその瞬間を待っていた。
「ごきげんよう。志摩子ちゃん。」
水曜日の放課後。
昨日、話していた志摩子さんを「ちゃん」づけで呼ぶ作戦の決行を見届けるために、急ぎの用はないのに薔薇の館には全員が揃っていた。このために紅薔薇様は放課後、薔薇の館で会議があると志摩子さんに伝えてと祐巳に頼んだ。由乃さんも他のメンバーが先に薔薇の館にスタンバイできるように一緒に来なさいと黄薔薇様から言われていたようなので協力する。
「会議って何かしらね?」
「クリスマスかしら。」
「もう、祐巳さんったらまだ先の話よ。」
話しながら二階にあがる。古い階段だから物音でお姉さま方は祐巳たちが来たことに気づいていることだろう。
何も、知らない志摩子さんが今、ビスケット扉を開ける。
「ごきげんよう。志摩子ちゃん。」
「ごきげんよう。ちひ、」
普段のように挨拶をしようとして不自然なところで止まってしまった。千尋さまは不思議そうに志摩子さんのほうに近づいた。「おーい」と顔の前で手を振られても志摩子さんは固まったままだ。
正直、その気持ちはよくわかる。私もお姉さまに「祐巳」と初めて呼び捨てにされたときは、嬉しさと恥ずかしさと切なさの入りまじった何とも言えない幸福感に包まれていたのだから。でも、志摩子さんの場合は祐巳とは違って、驚愕しているみたいだった。
「どうしたんですか?」
真顔で志摩子さんが千尋さまに尋ねている。
「いつまでもさん付けだとよそよそしいってアドバイスされて。」
悪戯っぽく「どうだった?」と確認する千尋さま。志摩子さんは「悪い方ですね」と頬をほころばせた。そうか、志摩子さんだけでなく、私達全員が千尋さまにからかわれていたんだ。
「反応薄くてつまらないわ。千尋も志摩子も淡白すぎる。」
「千尋も志摩子もたまにはサービスしてもいいんじゃない?。」
黄薔薇さまと紅薔薇が文句を言っても、2人は苦笑するだけだ。
「なんだかダシにされた気分。」
「ギャ!」
後ろからドサッと聖様に抱きつかれた。そのまま「私達も対抗しよう」と云われてキスされそうになったところでお姉さまが助けてくれた。
「どさくさ紛れに祐巳に手をだすのはやめてください。」
「だって妹と孫がイチャイチャしているんだもん。」
ふらふらと手をだそうとする白薔薇様とシャーと威嚇するお姉さま。間に挟まれた祐巳に逃げ場はない。これもお二人のじゃれあいだとわかってはいるのだけど、心臓に悪い。
「千尋、どうにかしてよ!あなたお姉さまじゃない!」
「受験でお疲れなんだよ。大目にみてあげて。あ、志摩子さん、着て早々悪いけれど紅茶お願いね。」
「かしこまりました。」
「私もお願いできるかしら。」
便乗して紅薔薇さまも紅茶のおかわりを頼んでいる。白薔薇のつぼみ姉妹はすっかり正常運転でとくに引きずっていないようだ。姉妹仲はいいのだけど。こういうところは切り替えの早いところがある。
「悪ふざけに付き合わせてごめんね。志摩子さん。」
「新鮮で楽しかったです。」
志摩子さんの予想通り、千尋さまは最初からからかうことが目的だったみたい。普段の呼び方に戻そうとして、紅薔薇様が待ったをかけた。
「あら、白薔薇様は今日の放課後からと言ったのよ。せめて下校までぐらいは『ちゃん』づけで呼ばないと。」
「わかりました。」
千尋様はすんなり受け入れた。でも、志摩子さんは複雑な顔をしている。やっぱり嫌だったのかな。
「あ、それならもう一つ追加してもいい?」
「何をさせる気。」
ちょっと待った、という風に手を上げる令さま。突然のことに千尋様は警戒している。
「私と祥子のことを呼び捨てにしない?いい機会だからさ。」
「それ、いいわね。」
お姉さまも令さまに賛成のようだ。
「千尋、これからは私たちのことは呼び捨てにしなさい。」
ちょっと高飛車な祥子さま。だけど仰っている内容はかわいい。
「別に呼び方ぐらい。」
千尋さまの視線が彷徨う。
「どうしてそこで迷うのよ。」
「いや、だって。」
戸惑っていた目がすがるように白薔薇様に向けられる。
「呼び方ぐらいというのなら、呼び捨てにすればいいじゃない。」
白薔薇様は微笑んだ。
「そうよ。それとも千尋は私たちのことをいつまでも「さん」づけでいいと思っているわけ?私は厭よ。」
「千尋は私たちと仲良くしたくないの?」
祥子さまと令さまに責められる千尋さま。
「そんなことはないけれど。」
「じゃあ、これからは「さん」づけ禁止ね。」
「呼び捨てにしなかったら返事しないから。」
「そんなぁ。」
千尋さまが情けない声をあげても誰も助け船をださない。結局、千尋さまは祥子さまと令さまのことを呼捨てにすることにした。
呼び方って不思議だ。
それ一つで相手との仲が表現されてしまう。それに変えることで距離も変わってしまうみたい。「ちゃん」づけで呼ばれることになった志摩子さんはどこかソワソワしていたし、逆にお姉さまと令さまはご機嫌なようだった。
ふと、以前も感じた千尋さまの白薔薇さまの呼び方が気になった。千尋さまは白薔薇さまのことを「お姉さま」と呼んでいる場面に、相変わらず出くわしたことがない。千尋さまはシャイなご様子だから、もしかしたら滅多に呼ばないだけかもしれないけれど。
呼び方で周りが邪推するというのも的外れではないんだなと思った。
せっかく集まったのだからとクリスマス会の話しを軽くして、今日はお開きになった。薔薇の館では一年生だけが片付けをしている。
「お姉さまったら呼んでもらいたいからって、わざわざ千尋様に話しかけて。」
「まあまあ。祥子さまも普段より話しかけていたから。」
薔薇様方は先に帰り、2年生は千尋様が本を返すのに付き添っている。
「でも、私達もこうして3人でいられるわ。」
おそらくだけれど、お姉さま方はその意図もあったと思う。由乃さんが学校に復帰して2週間経つけど1年生だけで集まる機会はなかったから。
「そうね。もう大丈夫だって言うのに。令ちゃんったら相変わらず過保護なんだもの。」
「それだけ由乃さんのことが大切なのよ。」
「わかってるわよ。でも、家でも「由乃、ケーキ焼いたけど食べる?」、「由乃、剣客商売放送しているよ」って何かと用事を作ってべったりなんですもの。少しぐらい愚痴らせて。」
それはなかなか大変そうだ。でも、学校でしかお姉さまに会えない祐巳には羨ましくも思えた。
「その点、白薔薇のつぼみ姉妹はあっさりしているわよね。」
「そうかしら。」
「あ、私もそう思う。さっきだって、照れるのかなって思っていたら、全然そういう雰囲気にならなかったし。」
どちらかが赤面するかと思いきや、軽い戯れのように流していた。由乃さんと令さまが熟年期の夫婦だとしたら、志摩子さんと千尋さまは老年期の夫婦。縁側でお茶を飲みながら日向ぼっこしているような感じ。
「でも、由乃さんも令さまから別の呼び方をされても照れないでしょう?」
「私達は最初から呼び捨てだし。どちらかと言うと違和感のほうがあるわ。」
「私も同じ感覚だったの。」
そういうものなのだろうか。いや、天然な志摩子さんだからあり得るのかもしれない。
「ねえねえ、思いついたのだけど、私達も呼び捨てにしない?」
丈夫になって、すっかりイケイケ青信号になった由乃さんが提案する。
「ええ!」
「何よ、嫌なの?」
そういうわけではないけれど、祐巳もどちらかと言えば千尋様のように同級生は「さん」づけ派だ。もう1人のほうにも視線を向けると穏やか微笑んでいるだけで賛成なのか反対なのか、よくわからない。
「嫌ではないけれど、私は「さん」づけで慣れているから。」
「一回試しに呼んでみましょうよ。」
「なら言い出しっぺの由乃さんからお願いね。」
「もちろんよ。」
自信満々に胸を張る由乃さん、志摩子さんの真正面に立ち、息を吸い込んだところで、
「、、、志摩子。」
ガクッと腰が落ちるかと思うほど、小さな声だった。志摩子さんもキョトンとしている。由乃さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「わかったわよ!志摩子!祐巳!」
勢いに任せて祐巳まで一気に言った。
「2人もやってみればいいんだわ。これがどれだけ恥ずかしいか分かるから。さ、正面に立って。」
それは、もう趣旨が変わっているのではないかと思うけど、言われるがままに志摩子さんと向かい合う。
改めて見るとすごい美人だなって思う。中学で、外部から入って来たときは上級生も見にきたほどだし。千尋さまを姉に選ばれたときは或る童話を連想したという生徒も多かったと聞くし。今は白薔薇ファミリーは日本人離れの美人揃いって知っているから違和感ないけれど。
「いっせーので、言いましょ。」
「そのほうがいいわね。」
2人で「いっせーの」と言って、
「祐巳!」
「志摩子!」
と同時に叫んだ。
「......。」
「......。」
しっくりこない上になんだか恥ずかしい。志摩子さんも同じなのか、頬が少し赤くなっている。
扉の外から笑い声がした。
「可愛らしいことをしているね。」
「祐巳、あなたの声、廊下までしっかり聞こえたわよ。」
「志摩子ちゃんもそんなに大きな声がでるんだね。」
令さまは冷やかして、お姉さまは呆れて、千尋さまは関心したように部屋に入ってきた。
「何?私達のまね?」
「そうですが何か?」
馬鹿にされたと思ったのか、由乃さんはツンっとそっぽを向いた。
「ふうん、で、結局どうするの?」
令さまの言葉に3人で顔を見合わせる。正直に言えば「さん」づけのほうがいい。由乃さんも志摩子さんもそう思っているのか微妙な顔をしている。
「私達は今まで通り、『さん』づけで呼び合います。」
代表して志摩子さんが答えることで、一連の話しは終わった。
薔薇の館からの帰り道。
令と由乃さんを皮切りに自然と姉妹で帰ることになって、私は志摩子さんとバス停までの道のりを歩いていた。
「緊張しました。」
「こういうお遊びもたまにはいいでしょ。」
「心臓に悪いです。」
不自然な間の意味に気づいた人はおそらくいない。慣れていないゆえの反応だと思われていると思う。
「もし、呼んでいたらどうなっていたかな。」
「学外で面識があることを話さなければならなかったと思います。」
志摩子さんの表情が暗くなった。
「おじさまは話してもいいと言っていたよ。」
「それでも、檀家さんたちに示しがつきませんし、何より寺の娘がカトリックを信仰していることを周りの方はよく思わないと思います。」
彼女は実家がお寺であることを秘密にしている。
お寺の娘がクリスチャンであることに、信心深い彼女は罪の意識を感じている。おじさまや千尋がいくら大丈夫だと言っても、気休めにもならないくらいに真剣に。
「そうか。なら今回は悪ふざけが過ぎたね。ごめん。」
「いえ、いいんです。お姉さまは自然な形で話せるようにと考えていたのですよね?」
聡明な妹は浅はかな姉の姧計はお見通しらしい。
まだまだ力不足のようだ。
「ありがとうございます。」
「何が?」
「家のことを何も言わないでくれて。」
「周りにバレたら退学する覚悟だと聞いていたから。」
私もお寺に住んでいることを話していないけれど、罪の意識はさほどない。それに、女はリリアン、男は花寺にいれる方針の祥子の家や、弟さんが花寺に通っているという祐巳さんの家はどうなるのだろうか。
つまり、志摩子さんは真面目すぎるのだ。誠実だからこそ思い悩んでいる。そこが志摩子さんの魅力だと思うけど楽になってほしい。
「もともと近づくつもりはなかったよ。入学式の日、リリアンの制服を着る志摩子さんを見て、きっとあの子は高等部に入ったら申し出が殺到するんだろうなって思ってた。そして、話さずに卒業するのだろうなと思っていた。」
「でも、私はお姉さまの妹になりました。誰の方の手も取らずに。」
「志摩子さんは祥子と令まで味方につけちゃうんだから、すごいよね。」
いつの間にかマリア像の前まで歩いていた。他に人影がいないことを確認して志摩子さんに尋ねる。
「ロザリオを見てもいい?」
「もちろんです。」
広く開いたセーラーカラーの隙間から、シンプルな装飾の十字架があらわれた。私は十字架に触れて「もしも」を問いかける。
「もしも、志摩子さんにもっと相応しい人がいた、と言ったらどうする。」
「私はその方を知りませんから。」
知らない人をあげて、相応しいなんてお見合いの仲人さんみたいな言葉。でも構わずに続ける。
「その人も志摩子さんと同じ境遇で、なのに腐らずに一途に神さまにお祈りをしていた。シスター志望の清らかな信仰心を持った人だった。」
今は遠くに行ってしまって、二度と会うことはないであろう親友。あのまま転校せずに高等部で志摩子さんと出会っていたら素敵な姉妹になっていたと思う。
「......もしかしたら、惹かれるものはあったかもしれませんね。でも、やはり千尋さまに申し出をしたと思います。」
「そっか。」
自分から言い出したのに、志摩子さんの答えを聞いて安心するなんて人間としての底が知れる。私は手に持っていたロザリオを手放した。
「私は千尋さまのことが大好きなんです。」
マリアさまのような慈しみに満ちた顔で志摩子さんが微笑む。その首には私が渡したロザリオが白いタイの前で、呼吸に合わせて揺れている。
「ありがとう。」
青灰色の瞳にうつる私の姿は相変わらず父にそっくりの嫌なものだけれど、普段よりも優しい顔をしていた。