「貴女がここでお昼をとるなんて珍しいわね。」
「いつもは志摩子と食べているんでしょう?」
お昼休みに薔薇の館に行くと紅薔薇様と黄薔薇様、そして祥子さんがいた。
「志摩子さんはクラスメイトと食べるそうなので。」
「誤魔化さなくてもいいわよ。祐巳さんでしょう?」
「その通りです。」
さすが紅薔薇様。隠すことのほどでもないので、素直に白状する。
ちなみに、紅薔薇様のお弁当はおにぎりと卵焼きや煮物といった定番のおかず。黄薔薇様はサンドイッチに果物。祥子さんはなんとお重だった。
「祥子をフッた一年生コンビね。」
付け合わせのオリーブをつまみながら、黄薔薇さまが挑発するように云う。
私よりも先に祥子さんが答えた。
「志摩子のことは既に終わったことですし、何とも思っていません。祐巳に関しましてはこれからですので。」
祥子さんは負けず嫌いだけど、決まった結果に文句を言う方ではない。お言葉通りだろう。構わずミニハンバーグを食べているので、私も椎茸の煮物をお箸でつまんだ。作ったのは自分だけど、味がしみていて美味しい。
「ねえ、ずっと聞きたかったのだけど、千尋はどうやって志摩子を口説き落としたの?参考に聞かせてちょうだい。」
食事の気軽な雑談という感じで紅薔薇様がたずねてきた。
「口説いたって人聞きの悪い。」
白薔薇様に志摩子さんを妹として紹介するときも、千尋は経緯を説明せずに、ただロザリオを渡したとだけ報告した。白薔薇様は「二年連続で白薔薇が最下位にならなくてよかったわ」って言ってたっけ。
「あら、それは私も聞きたいわ。」
「そうね。二人が姉妹になったのって私達からすれば青天の霹靂だったわ。」
「志摩子が噂されていたのは祥子のほうだったから。千尋はノーマークだったわー。」
黄薔薇さまも話にノッてきた。
そりゃあねえ、祥子さんも志摩子さんも美人だから、綺麗な姉妹のほうが皆も夢をみやすいでしょう。気をつかって言わなかったけれど絶対「美女と野獣」って思ったはず。
「姉妹の申し出をしたのはどちらから?」
「確か、志摩子さんのほうからです。」
薔薇様方が驚きの声をあげる。
私は最初、誰かと姉妹になるのを拒んでいた。だから、志摩子さんと祥子さんが姉妹になればいいと思っていたこともある。白薔薇さまはわざわざ妹をつくれ、っていう方でもないし。
志摩子さんのほうから近づいてきてくれなければ姉妹になんてなれなかったと思う。
「どうして仲良くなったの?」
「あの子、銀杏が好きなんですよ。しいて言うならば話しの成り行きで学園で銀杏の実を採れる場所を教えたのが親しくなった切っ掛けでしょうか。」
誤魔化すときのポイントは少しだけ事実を混ぜること。冗談のようだが、これも本当の話。あのお人形さんのように可愛らしい美少女の好物が銀杏なんて。
「嘘でしょ。」
「待って。確か、以前、志摩子はユリネが好物と言っていたような。」
「じゃあ、祥子は銀杏に負けたってこと?」
紅薔薇様は唖然、黄薔薇様は呆然。
祥子さんだけは責めるような目で千尋を見つめていた。おそらく、薔薇様方にいまだに事情を隠していることを非難しているのだと思う。
志摩子さんと知り合ったのはリリアンではない。さらに言えば、この中の誰よりも早く出会っていたと思う。でも、そのことは言わない。というか言えない。
「私はただあの子を受け入れただけですから。」
「逆にどうして千尋はロザリオを渡したの。」
黄薔薇さまの質問に少しだけ黙る。
「もちろん、あの子を見守るためですよ。学園の銀杏を採りつくされないように野放しにしてはいけないと思いました。」
「そう。まあ、馴れ初めはともかく千尋が相性のいい妹と巡り会えたのはよかったわ。」
「そうね。」
なんだか祥子さんだけでなく薔薇様方にも見透かされていそうだ。
でも、本当のことを言うこともできない。
「それはそうと、千尋は今年は歌わないの?」
「去年のアレは前の白薔薇にのせられた結果ですから。」
昨年の学園祭では山百合会は「オペラ座の怪人」を上演した。前の白薔薇様と花寺の会長が同じ声楽家を師事していたからこそ実現できた演目だ。主役のクリスティーヌを前の白薔薇さまが、ラウルを花寺の会長が、そして怪人を私が演じた。
「あれで二つ名が決まったわよね。」
「そうそう、千尋に音楽の天使なんて渾名、誰が想像できたでしょうね」
「ね、可愛らしい渾名だわ。」
「やめてください。」
その名前は好きではない。肝心の歌は拙いし、同学年には「歌姫」と呼ばれるもっと相応しい人間がいるのだから。
「祥子も今度のシンデレラで二つ名がもらえるくらい頑張るのよ。」
紅薔薇様がご自分の妹に発破をかける。そうすると負けず嫌いの祥子さんの眉はキュッと吊り上がった。これはワンチャンあるか?
「私はシンデレラなんてやりません!」
流石にのせられなかったようだ。
「残念。」
全くそう思っていない声音で黄薔薇様が言う。
キャンキャン騒ぐ祥子さんを眺めながら、去年の学園祭のことを思い出す。
あの頃は大変だった。
薔薇の館に寄りつかない白薔薇の蕾の代わりとして学園中を駆け回った。しかも、あるスキャンダルを払拭させるために、恒例の劇を白薔薇様中心で配役されることになったから、さあ大変。一年生で主役級の役を任されたのは率直にいって胃に穴があくかと思うほどのプレッシャーだった。
その甲斐もあって、不安定な立場にあった私の居場所も定まり、盤石の体制になったからよいのだけど。後輩達には同じようなことを経験してほしくない。
「祥子さん。」
「何、千尋。」
「一度祐巳さんのことを妹にすると宣言したのだから、最後まで面倒をみるんだよ。」
それまでヒステリックに言い返していたのが、真面目な顔になった。
「もちろんよ。賭けの結果はどうなっても私はあの子を、祐巳を妹にする。」
そう宣言する姿は全校生徒が憧れる完璧なご令嬢。紅薔薇の蕾に相応しい風格だ。薔薇様方もそう思ったのか満足気なご様子。
「素直にシンデレラをやったらもっとカッコよかったのに。」
「お姉さま!」
頬を赤らめて怒る祥子さんをお姉さまの紅薔薇さまが揶揄って、残りの昼休みも結局煩くなってしまった。
同時刻、祐巳も同じことを志摩子さんに聞いていた。
クラスメイトの蔦子さんの手助けで客寄せパンダの教室から無事に抜け出した祐巳は、志摩子さんの誘いに応じて講堂の裏手で一緒にご飯を食べていた。
「こんなところでお弁当を毎日食べているの?」
「季節限定よ。春と秋の天気のいい日。」
お姉さまに教えていただいたのよ、と志摩子さんは微笑んだ。
「夏は?」
志摩子さんは銀杏並木に一本だけ混ぎれた桜の木を見上げて答えた。
「この桜の木に毛虫がわくからちょっといやね。でも、あと少ししたら銀杏がたくさん落ちてくるから、それは楽しみ。」
「銀杏が好きなの?」
「ええ。」
お弁当をつまみながら幸せそうに微笑む。フランス人形のような綺麗な容姿とアンバランスな漆塗りのお弁当箱。中に入っているのは煮豆やシイタケ、レンコンのはさみ揚げ。おかずも渋くて、第一印象はあてにならないんだな、って思う。
「変わっているね。志摩子さん。」
「そう?でも、銀杏って踏んでぐちゃぐちゃにならなければ、それほど臭わないわよ。」
どれだけ銀杏が好きなのだろう。
「もしかして、その潰れていない銀杏を持ち帰る?」
「あたり。お姉さまも付き合ってくれるって。」
「姉妹そろって銀杏が好きなの?」
「いいえ、好きなのは私だけ。銀杏とかユリネとか大豆とか、そういうの大好きなの。逆にお姉さまはそういうのがお好きでないわ。」
ふふふと笑って志摩子さんは椎茸の煮物を口に運んだ。これがニンジンのグラッセとかだったら、イメージにぴったりなのに。
「見かけによらない?」
志摩子さんは祐巳の顔を覗き込むように訊ねた。さらりとふわふわの髪が頬にかかった。
「うん。ちょっと。でも、意外で面白い。」
正直な感想に、志摩子さんは「祐巳さんも同じよ」と笑った。
祐巳は太陽の光をうけて金色に輝く銀杏並木を眺めた。もうしばらくすれば、ここで白薔薇の蕾姉妹がここで銀杏拾いをするのかと想像すると可笑しかった。
ふと思って訊ねた。
「志摩子さんはどうして祥子さまでなく千尋さまを選んだの?」
祐巳は不思議だった。
志摩子さんが取り合いの的になるのはわかる。だって、色白で柔らかい巻き毛で、西洋人形のように美しい。それに引き換え、現在の白薔薇の蕾は学年一の秀才と呼ばれているが、それ以外は1年生の間で噂にのぼることが少ない。言葉を選ばずにいえば地味なのだ。
真っ赤な髪はとても美しいけれど、素顔は赤い御簾と分厚い眼鏡に隠されている。美しい祥子さまと宝塚の男役ばりに凛々しい令さまの横に並ぶとどうしても見劣りする。
だから、志摩子さんが祥子さまの誘いを断って千尋さまのところにいったのは衝撃だった。早い者勝ちではないけれど、紅薔薇の蕾の誘いを断って、他の上級生に申し込むなんて信じられなかった。まあ、祐巳が紅薔薇の蕾のファンだからっていうのもあるでしょうけど。
「私では祥子さまはダメだと思ったの。逆に私にも祥子さまはダメで......きっと相手に求めていることが違っているから。だから、与えられるものも違うと感じたの。」
「そうなんだ。」
「千尋さまがいなくても、私は祥子さまの妹になれなかったでしょうね。」
志摩子さんの答えに祐巳は首をかしげて唸っていた。
「難しすぎてよくわからない。」
そんな祐巳を見て、志摩子さんはクスリと笑う。
「紅薔薇の蕾も同じことを言ったわ。」
そして内緒よ、と小さな声で祐巳に言った。
「簡単に言えば、申し出をされたときには、既に心が千尋さまにあったの。そして、祥子さまはそれに気づいていたわ。」
それ以上の理由はいらなかった。
祐巳はあてられて耳が赤くなるのを感じた。そして、志摩子さんと千尋さまに対して申し訳なく思った。
「ごめんなさい、志摩子さん。野次馬根性丸出しで聞いちゃった。」
「ふふ、いいのよ。お姉さまも未だになぜ祥子さまではなく自分を、って時々いうのだから。失礼よね。」
悪戯っぽい笑顔に祐巳は人形みたいだと思っていた志摩子さんを身近に感じたのだった。
「それにしても、わざわざ憎まれ役をかってでるなんて祥子さまは友情に厚い方なのね。」
友人のために一肌脱ぐ祥子さまはなんて粋なんだろう。もとからファンであったが、さらに好きになってしまった。
「ふふ、祐巳さんは本当に祥子さまのことがお好きなのね。」
「ええ。」
恥ずかしがる祐巳を微笑ましく見守りながら、志摩子さんは空になったお弁当箱の包みを結んだ。
「実は私、千尋さまに姉妹の申し出をしたとき、一回目は断られてしまったの。」
「え。」
まるで明日の天気は雨よ、というような気軽さで志摩子さんは言った。
「けれどね。祥子さまと令さまが仲を取り持ってくれて、二回目の申し出で受け入れてもらえたの。」
「そうなんだ。」
申し出を志摩子さんをしたというのも初耳だし、それを千尋さまは断ったというのも知らなかった。こんな美少女に妹にしてほしいと言われたら、すぐに頷いてしまいそうなものだけど。
「ねえ、祐巳さんは何が切っ掛けで祥子さまのファンになったの。」
祐巳には衝撃的なことでも、志摩子さんにとっては既に過去のことみたい。今度は祐巳に尋ねてきた。
「切っ掛けねぇ。」
志摩子さんの質問に、祐巳はぼんやりと春のことを思いだした。新入生歓迎会で聞いた祥子さまが弾くオルガンの音色。やわらかく、綺麗な響きのアヴェマリアのあの旋律を。
「......わからない。色々あり過ぎて忘れちゃった。」
祥子さまと顔を合わせて話したのは、朝のマリアさまの前でタイを直してもらったときが初めてだった。きっと祥子さまは覚えていらっしゃらないと思うけれど。
あの時も、4月に聞いたアヴェマリアを思い出して、綺麗にタイを整える祥子さまが聖母さまのように思えた。その後の薔薇の館でのやり取りがあっても、その印象は変わらない。
「志摩子さんは千尋さまのどういうところが好きなの。」
「どういうところ?」
祐巳の問いに志摩子さんはきょとんと素早く瞬きをして、やがて言葉を探すように空を見上げた。
「優しいところ、かしら。」