「まさか、聖が千尋ちゃんを妹に迎えるなんてね。」
「そうね。聖の妹候補、筆頭だとは思っていたけれど本当になるなんて。夢にも思っていなかったわ。」
「それで件の下級生とはまだ会っているのでしょう。ついに私の教室にまで噂が回ってきたわ。」
面白いことが大好きな江利子も、流石にこの件ばかりは茶化す気にはなれないらしい。彼女は令ほどではないけれど、千尋のことも可愛がっているから。
「夏休みが明けたら学園祭も始まるっていうのに大丈夫かしら。」
「大丈夫よ。聖はともかく千尋ちゃんは強い子だから。」
「白薔薇様のご慧眼には恐れ入るわ。私、本気で今年の山百合会は手が足りなくなるんじゃないかって、ずっと心配だったんだから。」
「いやねぇ。私だっていざとなったらちゃんとする予定だったわよ。」
ケラケラ笑う親友にジト目をおくるけど、彼女は意に介さず窓の外をみていた。西日を頬に受けた彼女はどこか憂いを帯びているようにみえた。
「でも、白薔薇様の変わりようには驚いたわよね。最初は千尋ちゃんを聖の妹にするつもりはないって仰っていたのに。」
飲み終わった缶を弄びながら江利子が言った。
入学式の進行表をみて、江利子は声をあげた。
「今年の新入生総代はやっぱり千尋さんだったのね。」
「誰?」
「赤い髪の背がすごく高い生徒よ。中等部のころから万年学年一位なの。」
「ああ、あの。」
リリアンは幼稚舎から大学まである大きな学校だから、高等部になると持ち上がり組はほとんど顔なじみだ。話したことが無くても名前は知っている。細田千尋は中等部からの外部生だけど、そんな下級生の一人だった。
壇上で答辞を読み上げる赤い髪ののっぽ。
頭が良くて、スラっとした長身で、目を惹く珍しい髪の持ち主とあれば、閉鎖的なリリアンでは人気のでそうなものけど、彼女はいつも一人だった。原因ははっきりわかっている。見た目が怖いのだ。
いくら珍しい髪といってもそれが顔を覆っていたら不気味だし、漫画みたいな分厚い眼鏡は変人みたい。幼稚舎と初等部の子どもの間では陰で「赤鬼」と呼ばれているらしい。以前、中等部に迷い込んだ誰かの妹を職員室まで届けていたから、悪い人ではないのだけれど、容姿が致命的だった。
あの長い髪の下にはどんな素顔が隠されているのだろう。考えたことがある人は多いのではないかと思う。
「何を書いていらっしゃるんですか?」
放課後、生徒会室である薔薇の館では薔薇様方が顔を突き合わせてノートに書きこんでいた。
「今年自分が二年生だったらって仮定して、気になる一年生をピックアップしてリストにしたの。」
「お暇なんですね。」
「何とでも、よければ貴女もみて参考にしなさい。」
お姉さまの持っていたノートを拝見すると、1ページにつき一人、クラスや部活、あとは写真がないのを補うように、髪型、身長、顔のほくろの位置とか目で見える特徴が書かれていた。著者は三人しかいないから当然なのだけど、対象によって情報はまちまちで、得意科目や苦手な食べ物まで書かれている生徒もいれば、名前とクラスしか書かれていない生徒もいる。
「細田千尋」という名前は最後のほうにあった。
「この子は白薔薇様しかあげなかったのね。」
「それにしては情報が充実していますね。」
赤髪、182センチ、眼鏡有、といった容姿の情報から、得意科目「国語」、休日の服装「和装」などプライベートなものまで書いてあった。
「仲がよろしいことで。」
「もしかして聖ちゃんの妹にあてがうつもり?」
「いいえ、千尋を聖の妹にするつもりはないわ。千尋は人前に立つのを嫌がるから。」
「ふうん。」
「でも、仕事はできる子だからお手伝いにだったら呼ぶかも。」
話はそこで終わりになった。
そのときには江利子はすでに令に興味を持っていたから、白薔薇様が連れてくるまでそんな会話があったことも忘れていた。
「一年椿組の細田千尋です。よろしくお願いいたします。」
館といってもこじんまりとした室内では窮屈そうにみえた。自分よりも小さな上級生に畏まって接する彼女は、恐る恐る小さな動物に触れるような、たどたどしさがあって意外な愛嬌があった。
聖は前々から知っていたようだった。
けれど、お姉さまが連れてきた下級生ということで最初は妹候補かとハリネズミみたいに警戒していた。次第に聖を気にせず必要以上に関わらない千尋の態度に徐々に態度を軟化していった。といっても、姉と仲がよいことに思う所はあるみたいで友好的とは言い難かった。でも、周囲はそんなことを知らないから、憶測が飛び交った。
「誰の妹狙いかしら。」
「白薔薇様からのお願いでお手伝いに行っているだけです。」
次に見た時、江利子は渡り廊下で千尋が複数の生徒に囲まれて校舎裏に連れて行かれるところに遭遇した。同級生でなく上級生もいて、物々しい空気だったので後をつけて、物陰に隠れて様子を見守っていた。
「なら、聖さんの妹にということなのかしら。」
「それは私の考えることではありませんので。」
尋ねていた生徒は二年生のようだった。山百合会のファンで白薔薇ファミリーびいきとして知られている。だから、四月早々、白薔薇様に連れられて薔薇の館に出入りするようになった千尋のことが気に入らないのだろう。
「誰の妹にもならないつもりなの?」
「姉妹のことは抜きにして、私はただ山百合会のお力になりたいだけなのです。」
「そんなこと言って。本当はちゃっかり蕾の妹の座を狙っているのでしょう?」
だんだんと熱を帯びる上級生にたいして千尋は淡々と返すだけ。それがかえって相手をムキにさせるという悪循環を生み出す。
「あなたもリリアン生なら知っているでしょう。薔薇の館は部外者が気楽に出入りしていい所はではないの。」
「山百合会の皆さまには品位が求められるの。いくら学年1の秀才でも身の程を弁えなさいな。」
「それとも薔薇様方に取り入るのが目的なのかしら。」
遂に周囲の生徒も口々に千尋のことを糾弾し始めた。
状況も掴めたことだし、そろそろ間に入るかと江利子が動こうとした瞬間。凛とした声が聞こえた。
「山百合会のお手伝いをしているのは尊敬する白薔薇様に誘われたことが切っ掛けです。ですが、私はただリリアンのために働きたいだけなのです。わかっていただけませんか。」
毅然とした態度に周囲の人は圧倒された。気落とされたと言ってもいいかもしれない。
私は白薔薇様が千尋を連れてきた理由をなんとなく察したような気がした。
「紹介します。先日、千尋を妹にしました。」
聖に促されて挨拶をする千尋の姿は、大人数に囲まれていたときと同じく、堂々としたものだった。同学年の妹の令や祥子を始め、皆が拍手をして迎え入れている。ただ一人、白薔薇様だけ複雑な顔をしていた。一番喜んでもおかしくない人なのに。
おそらく、聖と仲がいいと噂になっているもう一人が原因だろう。これから、一波乱起きるに違いない。でも、今だけは新しい姉妹の誕生を祝おうと思った。
「やっぱり、合唱部の部長に言って静ちゃんを連れてこようか。」
「ダメよ。そんなあからさまなことをしたら聖が逃げるわ。それに千尋もいるんだからいいじゃない。」
蓉子が希望者向けの放課後の講習を終えてフラッと薔薇の館に行くと、お姉さまと白薔薇さまが紅茶を飲んでいた。
「ごきげんよう。お姉さま。白薔薇さま。」
「ごきげんよう。蓉子。」
「ごきげんよう。蓉子ちゃん。」
お二方も受験勉強の息抜きに薔薇の館に寄ったようだった。
「ねえ、蓉子。あなたも白薔薇の所のチビ助に妹ができて欲しいと思うわよね。」
「だから、そういうのは周りがせっつくものではないでしょう?」
チビ助というのは聖のこと。どうやらお姉さまが白薔薇様に聖に妹を作らせるように圧力をかけているようだった。
「一学期のうちはいいけれど、夏休みが終わったら体育祭があって、学園祭も始まるのだから。いくら千尋ちゃんが優秀といっても限度があるでしょ?」
「それはそうだけれど。」
「それとも最近仲がいいと噂の栞さんを正式に紹介する予定なのかしら。」
栞さんというのは聖がよく構っているという一年生だった。祥子と同じクラスということで知っていた。図書館や外のベンチで話している姿が仲睦まじいと噂されている。しかし、蓉子からすれば距離が近すぎて危うい関係のようにみえた。
「お姉さま。私たちが頑張りますから。」
ましてや私と江利子には妹がいるのだ。1人や2人の穴なんて大丈夫。でも、お姉さまの考えは違うらしい。
「行事は来年もあるのよ。白薔薇様のところだけ全くわからないとなると不味いじゃない。」
先を見据えたときのことが不安なようだった。
来年のことを言われると白薔薇様も弱いらしく「そうねぇ」と唸っていた。
「白薔薇様にも千尋ちゃんを白チビの妹にする気持ちが少しでもあったら何も言わないわ。けれど、その気がなくて引き留めているのなら可哀想よ。」
「......わかったわ。蓉子ちゃん、悪いのだけれど、明後日の放課後に千尋を薔薇の館に呼んでちょうだい。」
白薔薇さまが何を千尋さんに話すのかわからない。でも、蓉子はただ様子を見守るしかなかった。放課後の清掃を早めに切り上げて、私は千尋さんを教室まで迎えにいった。
「ごきげんよう。薔薇さま方。」
「ごきげんよう。千尋さん。」
蓉子以外の他の蕾と妹はいない。
この苛めのような布陣は白薔薇さまの提案だった。千尋さんは扉を開けて、ビクッとしたけれど、なんとなく察したのか小さくため息をついて中に入った。
「紅茶でいいかしら?」
「私がやります。」
「いいのよ。今日はあなたに聞きたいことがあるのだから、蓉子に任せなさい。」
お姉さまの言葉に「わかりました」と言って千尋さんは薔薇さま方の真正面の席に座った。
1年椿組、細田千尋。
第一印象は大きくて目立つ子。
同年代で一番高い背に肩甲骨辺りまで伸びた深紅の髪。校外学習ではよく目印されるという容姿はインパクトが強かった。
彼女は白薔薇様が即戦力になると太鼓判を押しただけあって、仕事ができる子だった。聞けば中等部の頃から試験では首位を誰にも譲らなかったらしい。
初めて白薔薇さまが薔薇の館に連れてきた日。
お姉さまと黄薔薇様は名前だけ知っていたようで、白薔薇さまの横で挨拶する千尋さんを「その子が例の」と値踏みしているようにみえた。薔薇様方の視線にも堂々としている姿は一年生にしては肝が据わっていると思った。
また祥子や令とも良好な関係を築いていた。驚いたのが祥子の態度だ。負けず嫌いな妹は試験で常に後れをとっていることが悔しいらしく、山百合会で一緒になったのを機に休み時間も交流を深めているようだった。
「私たちはね。速やかにあなたの立ち位置について決着をつけなければいけないと思っているの。」
そのうち答えを出せばいいと思っていたけれど、そうともいっていられない状況になった。
千尋さんが邪魔になったわけではない。
仕事もできるし、祥子のヒステリーにも動じないし。サボりがちな聖の穴埋め以上の働きをしてくれる。
「今のあなたの立場は非常に危うい。それは分かっているわね。」
「そうでしょうか。確かに今は外野がうるさいですが、それも時が経てばおさまるものだと思います。」
上級生に囲まれた状況でも、千尋さんは落ち着いていた。それまで黙っていた白薔薇さまが口を開いた。
「千尋さんって栞さんと仲がいいのね。」
「はい。仲良くさせていただいております。」
普段は「千尋」と呼び捨てなのに、わざわざ「さん」をつけて呼んだ。私情をいれないと言外にしめしている。
「千尋さんは何か聞いていない?」
「何かとはなんでしょう。」
質問に惚けている。
核心を突かれない限りできるだけ言いたくない様子だ。
「単刀直入に言うわ。聖の妹になりなさい。」
「白薔薇さま。姉妹とはそのような割りきった理由でなれるものではないと思います。」
「まだ誰とも姉妹になっていない貴女に諭されるなんてね。私は聖に顔が好きだからと言って姉妹の申し出をして受けいれられたわ。」
「本当の話だったんですね。」
話の合間に淹れたお茶を配る。
普段だったら三年生から紅茶を給仕するのだけれど、今日は千尋さんのほうからカップを置いた。茶葉からいれたお茶の豊かな芳香が登りたつ。少しでもリラックスしてくれたらと思った。
「オレンジペコでいれてみたの。」
「ありがとうございます。こちらのほうが好きなんです」
「奇遇ね。私もよ。」
髪と眼鏡で表情がよく見えないけれど笑っているようだった。以前、お姉さまは千尋さんが薔薇になるには物足りないと言っていたけれど、この状況で笑える余裕があるなら大丈夫なのではないかと思う。
「聖がご執心の1年生には妹になる気がないのでしょう?ならいいじゃない。山百合会で仕事を続けたいから妹にして欲しいと頼んでみなさいな。」
一瞬だけ千尋さんの肩が揺れた。
「......いいえ。申し訳ございませんがお断りします。」
千尋さんは深々と頭を下げた。
「栞は私の友人でもありますので。」
「そう。」
白薔薇様は目をつぶってしばらく黙った。
紅薔薇様と黄薔薇様はこの場をすべて白薔薇様にゆだねるおつもりのようだ。
「わかったわ。この話はここでおしまい。もう帰っていいわ。」
千尋は話が終わると部屋を出ていった。
「律儀な子ねえ。」
黄薔薇さまがビスケット扉を見ながら呟いた。
「私、あの子に聖ちゃんの妹になってほしいわ。」
「本人たちにその気がないのなら無理でしょうね。」
「白薔薇の蕾と、白薔薇の秘蔵っ子を虜にするなんて栞さんという方は罪な方ね。」
静に紅茶を飲む、白薔薇様に紅薔薇様は「もし」と仮定の質問をした。
「千尋ちゃんと栞さんだったら、白薔薇さまはどちらが妹になると思うの?」
「千尋ね。」
少しの逡巡もなく言いきった。
「その心は?」
「すぐにわかることだから言わない。」
蓉子には何故白薔薇さまがそこまで自信満々なのかよくわからなかった。でも、数日後、白薔薇さまの予想通り、聖が紹介したのは千尋さんだった。
「紹介します。先日、千尋を妹にしました。」
淡々と紹介する聖の後ろに佇む千尋の表情は相変わらずわからない。
祥子と令は千尋の正式加入を心から喜んでいたけれど、蓉子は素直に祝福することはできなかった。
あのときから白薔薇様は既に千尋が聖の妹になる未来を思い描いていたんだろうか。だとしたら、その根拠は何だったのか。
聖は大事な友達だし、千尋は可愛い後輩だ。
本来であれば2人が姉妹になったのは喜ばしいことなのだけど、蓉子は白薔薇の蕾姉妹の行く末を考えると、どうしても心に暗雲がたちこめるのだ。
薔薇の館で白薔薇様から聖さまの妹になれと言われた千尋は栞さんを探していた。
お姉さま方はご存知ないと思うが、千尋と栞さんは友人なのだ。
今の千尋の立場が悪いことは理解している。
「妹になれ」というのは白薔薇様の気遣いであることも察している。薔薇の館の住人も、皆、千尋に親切であの場所にいることに居心地の良さを感じているのも事実だ。
けれど、栞さんの気持ちを無視してまで聞くつもりはなかった。
教室にもいなくて、お聖堂にもシスターさんしかいなかったので、聖さまとよく勉強をしているという図書館を探していた。ここにも栞さんの姿はなかった。
帰ってしまったのかとぐるりと部屋を回って去ろうとしたとき、窓際の席で本を読んでいる聖さまを見つけた。
『失われたときを求めて』
紅茶に浸したマドレーヌの薫りから一人の男が追憶の旅にでる小説。
(あんな長いのを読むなんて流石だなぁ)
千尋も本は読むほうだけど躊躇ってしまう。
「栞さん、やっと見つけた。」
「あら、どうしたの、千尋さん。」
探しものは諦めた頃に出てくるとは言ったもので、帰りのマリア像の前でお祈りをする栞さんを見つけた。
「実は、さっきね。」
その先の言葉につかえた。千尋は栞さんが妹になりたくない理由を知っていたから、ありのままを伝えたらきっと悩んでしまう。伝えなくてはならないのはわかっている。けれど、栞さんを困らせたくないという思いが躊躇いを生んだ。
「そういうことね。」
「今のでわかったの?」
「以前とは逆ね。」
栞さんは口元に手をあてて、ふふふと笑った。
「薔薇様方に言われたのでしょう。聖さまの妹になれって。」
「そうだよ。」
「他の方だったら怖かったかもしれない。けれど、親友の千尋さんだから安心できるの。」
無条件に寄せられる信頼に胸が熱くなった。白薔薇様のことは尊敬している。けれども、目の前の親友の特別な人の、形だけとはいえ「特別」になりたくはないと思った。
「やっぱり、ちゃんと断ってくる。」
私は栞さんが好きだった。
この大切な友人を悲しませるような真似はしたくなかった。しかし、栞さんは千尋の腕をとってその場に留まらせた。
「お願い。勝手な言い分だと思うけど、聖様の妹になるのは貴女がいい。」
「でも。」
「それに貴女の拠り所を奪いたくないの。」
清んだ瞳は嘘をついているように見えなかった。
「わかった。」
千尋は栞さんに図書館に聖さまを呼び出してくれるように頼んだ。栞さんは「ありがとう」と言った。頼んでいるのは千尋のほうだと言うのに。
「私に空いている席をくれませんか。白薔薇の蕾。」
聖さまは読んでいた本を閉じると、訝しげな表情を浮かべた。彼女をみていると、きれいな人ってどんな表情をしても様になるのではないかと思う。
「私は貴女のことを妹扱いしないし、妹と呼ばない。」
そう言われると思ってた。だって聖さまは優しい人だから曖昧にせずにはっきり断ると予想していた。以前も手伝いがしたいなら、千尋に周りを気にせずにやればいいと言ってくれたし。でも、ここで退いたら私の覚悟も、栞さんの信頼も、白薔薇様の期待も全てを裏切ることになる。
「私が欲しいのはただ一つ、山百合会での地位だけです。それ以外のものは望みません。」
他の人が聞いたら、卒倒するか激高しそうな過激な発言。でも、聖さまは納得された様子だった。日頃から、私が白薔薇様のことを敬愛していると触れ回っていたからだろう。
そう、これは白薔薇様のため。山百合会の力になるため。個人的な感情で妹になりたいわけではない。
「いいよ。なら貴女をつぼみの妹にしてあげる。」
「ありがとうございます。」
聖さまがロザリオをかけようとするので手で制する。
「恐れいりますが、ロザリオを首から下げるのは遠慮します。」
「どうして?」
「私はクリスチャンではないからです。」
確かに千尋はクリスチャンではない。けれど、理由は他にある。
「わかった。これは預けるだけにする。」
「ありがとうございます。」
掌の上の冷たい感触が、より決意を固くさせた。