史彦を送った後。
薔薇の館の物置で寝る千尋を見つけた。余程疲れていたのだろう。隣に座ってもピクリともしない。
公演のあと、やりすぎだと教師から怒られた彼女。一生懸命にやっただけだというのに可哀そう。
そのぶん、仲間たちで褒めていたけど。
紅薔薇様なんかボロボロ泣いて「よかったわよ」と、全てを出し切ってヨロヨロの千尋を思いっきり抱きしめていた。周りも便乗して次々と千尋に抱きつくものだから、写真部もいい絵がとれて楽しそうだったっけ。
芝居の後、人が捌けた合間に千尋は呟いた。
「やっと終わった。」
誰に聞かせるわけでもない独り言だったのだと思う。でも、私の耳には届いてしまった。
千尋はすごい人だ。
日が経つにつれ自在になっていく歌に、あの夏の温室で彼女をみつけたことをマリア様に感謝したくなった。
歌を習ったことのない千尋が、私と史彦についてくるのは苦しいことだったろう。上級生に苛めのようにしごかれて、好奇や厳しい周囲の目に晒されて、身を削るような練習の日々だったろう。
それでもくじけずにやり遂げた。
「本当に、可哀そうな千尋。」
彼女が自分のことを尊敬していたのは知っていた。でも、その尊敬の裏にある感情に気づいたのは舞台の上で手の甲にキスされたときだった。
大きな清らかな瞳に、深い思慕の情を知った。
雪のような瞳に映る自分の姿は鏡よりも綺麗に思えた。
いつからこのような眼差しを向けられていたのだろうか。
ここまで深く愛される理由に見当がつかない。
知らなかったとはいえ、結果として好意につけこむような形をしたことに罪悪感を抱いた。
紅薔薇様は千尋を薔薇様の風格ではないと言っていたけれど、それは自分も同感だった。千尋に似合うのは白薔薇ロサギガンティアではない。
「野いばら」だ。
花ことばは「素朴な愛らしさ」。
華やかな香りもなく、花も小さいけれど、秋になるとかわいらしい赤い実をつける。そして、私が千尋に与えた特別な薔薇の名。
眠っている少女を起こさないように気をつけながら赤い髪を一房手に取った。初めて見た時、このように綺麗な髪が自然にあるのかと驚いたものだ。いつまでも眺めていたいような夕陽のように明るい髪。一度も褒められたことがないと本人は言っていたが、それは嘘だと思う。
皆、思いながら口にださなかっただけだ。
たまたま最初に伝えたのが自分だったというだけのこと。
触れて乱した髪を整えながら、穏やかな寝顔を見つめた。
>>>
童は折りぬ 野なかの薔薇
折られてあわれ 清らの色香
永久にあせぬ 紅におう
野なかの薔薇
>>>
さしずめ私はこの無垢な花を摘んだ少年といったところか。
最後の最後で刺されてしまった。
手の甲に触れた柔らかな感触は一生忘れられないだろう。
この子は忠実だった。
誠実だった。
そして、どこまでも優しかった。
私にできることは、これ以上彼女の心を荒らさないようにするだけ。気づいたことも隠しておいたほうがいいだろう。
「ありがとう、千尋。」