第2話
「なんじゃこりゃあ!?」
最初に口を開いたのは,潤や乃亜、大田黒と一緒に教室に居たクラスメイトの1人、早坂志都だった。
それは、この場にいる誰もが抱いていた疑念を、そのまま言葉にした叫びだった。
「さっきまで、私たち教室に居ましたよね?」
「お、おぉぉ、おち、おちつ……いや、う、うろたえへん! ま、まずは、状況把握や!」
状況はまるで把握できていないが、乃亜は表面的には落ち着いていたが、あの学校で最も有名な名物生徒の狼狽は一番顕著だった。
何時もの、大物ぶった余裕のある言動は鳴りを潜め、ある意味で生まれていた小物臭さが前面に出てた。
「たぶん、最も落ち着くべき人は貴方ですぞ。 深呼吸してはいかがですかな? さて、『ステータスオープン』! ……ダメでしたか」
早坂とは打って変わってどこかワクワクしているように見えれる大田黒は、突然空を見上げて謎のワードを叫んだ。
どうやら期待していた反応は起きなかったらしいが、それはそれでどこか楽し気な様子だった。
そのにやけ顔を見た瞬間、早坂の蹴りが大田黒の股間に突き刺さる。
「はうぁ!」
「この非常事態に急に叫んで、何ニヤニヤしてんねん! 状況分かってへんの!?」
「早坂氏 何故いつも蹴るのですか? その内潰れてしまいますぞ」
大田黒は一年生時、早坂志都からパシリや過度なツッコミを受けるなどのヌルイジメを受けていた。
一年を経てヌルイジメは徐々に過激化しつつあり、生徒会役員の潤が間に入ることが多くなっていた。
生徒会役員2名が同じクラスになるという珍しいことが起こった理由の1つかもしれない。
きっかけは本当に些細な事だった。
早坂志都はある意味でこの学年の名物生徒である。
まず顔がいい。
中学2年生時、親のお節介で「男子中学生ミスターコン」に応募された彼は、グランプリならずともファイナリストに選出された。
更に全国高等学校総合体育大会剣道競技では準決勝まで進み、成績も学年上位。
まるで何かの主人公の様な男であり、日々自分磨きに余念がない男だった。
そんな彼がメンズ美容関連の雑誌を教室で見ていた最中、偶々大田黒に目が行き、雑誌と大田黒の容姿を見比べて鼻で笑った。
「大田黒クンは顔がアカンわ。雑誌には『努力したら変われる』なんて言葉が躍っとるが、それは最低限の素材ある奴向けやと思うで」
「は、はぁ……」
「もう読まへんし、欲しかったらやるわ。大田黒クンもこういう雑誌読んで、もうちょい身だしなみに気ぃ使うた方がええで。キモくてしゃあないわ」
美貌、スタイル、運動神経、頭脳、その全てを天より与えられ彼は――良い性格だけは持っていなかった。
実績に裏付けられた自信から、能力の低い相手を見下す傾向。
その強烈なルッキズムは男女関係なく牙を剥くが、それがたまたま大田黒に向かってしまった。
こんな非常事態、いや非常事態であるからこそかも知れないが、いつもより手が早い。
クラスメイトたちは、その「ある意味でいつも通りの関係」を見て、逆に落ち着きを取り戻し始めた。
「いったいこれは? いつか夢で同じようなことに、いや、でもそれは夢で……」
しかしながら、いつもは落ち着きを保った態度を崩さない乃亜は、今ばかりは顔色が悪い。
自分の知識が通じない場では冷静ではいられないようだ。
「で、結局ここドコなわけ?」
登校した瞬間に何故か外に放り出された椿桐乃はいら立ちを隠さない様子で周囲に呼び掛けた。
その問いに応える人間は誰も居ない。
誰しもがこの状況に困惑している。
何せ教室に入ったら外が光だし、気付いた時には靴を履いた状態で草原の真っただ中に居たのだから。
「……はぁ。生徒会メンバーっていっても役に立たないわね。いいわ。警察呼ぶから」
椿はそう言ってスマホを取り出して「110」をプッシュしようとしたが、その行動を途中で潤が止めた。
「なんで邪魔すんのよ!」
「無意味だからだ。その程度の確認なら既にしてある。スマホは圏外でGPSはその機能が正常に働いてない」
「……もしかして、ここは無人島で、私たちは遭難してる、ってこと?」
「超常現象が起こっての遭難か。漫画のこと、もう笑えへんな」
潤はその遭難しているかしていないかの質問には答えなかった。
変わりに周囲の目に映る景色から、全神経を集中させ、今把握できる最大限の情報を得ようとする。
僅かながら水の音が聞こえてくる。
小高い丘に目を向けると、人間によって踏み固められ、草が生えていない道の様な物が見える。
今まで聞いたことが無い鳥の鳴き声が聞こえる。
鳥と同様に見たことも聞いたこともないような虫が地を這っている。
空を見上げれば晴れ模様だった空が快晴になっている。
そして、どう頑張っても衛星の様なものが見えない。
水の音、踏み固められ道になった部分があることから無人ではないどこか、であることは間違いない。
しかし、今まで聞いたことが無い鳥の鳴き声と、見たことのない虫、そして空模様が大きく変わっている。
となると意識が途切れた後に、外国のどこかに連れ去られた可能性があるが――どう頑張っても衛星の様なものが見えないことがその判断を妨げる。
「小栗氏。これは最近はやりのなろう系異世界転移というやつではないでしょうかな」
「……平田篤胤の『仙境異聞』の類か?」
「アイヤ、そんなハイソなモノでなく、もっとライトノベルというか、なろう系と言いますか」
仙境異聞は、江戸時代後期に生きた平田篤胤が、「天狗の世界に連れ去られ、そこで暮らしていた」という少年から話を聞き取ってインタビュー記録としてまとめたものだ。
ざっくり言えば、「異世界から帰ってきた少年に、江戸時代の学者たちが『異世界ってどんなところ?』と根掘り葉掘り聞いた本」になる。
つまり、大田黒と潤は、ここは異世界ではないか、という推察にいたった。
しかしながら、そんな突拍子もないことを簡単に回答にしてしまうほど潤は混乱していなかった。
「少し先に踏み固められて道になってるような所があるから、完全に無人って訳ではなさそうだ。目の前の小高い丘に昇って周囲を観察してみないか?現地民に会えれば色々解決する」
「そうですね。小栗さんの言う通り人を探しましょう」
周囲の観察を続け、すぐにも命の危険が生じる可能性はなさそうだと判断し、潤はクラスメイトの輪に加わった。
乃亜はああでもないこうでもないと不毛な言い合いをしているクラスメイトを諫め、まずは潤の言う通りに行動することを提案した。
「歩くの? あてもなく革靴で未舗装路なんて歩きたくないんだけど」
「だが、俺たちは飲み物を持ってない。川はあるが旅先の生水なんて飲むもんじゃないからな。それに、外国で女性だけで孤立したくはないだろう?」
「……それもそうね」
椿が感情的に反論したが、水にしろ、未成年の自分たちが孤立するのも問題だとの正論には頷くしかなかった。
そうしてクラスメイト一行が窪みだった場所から少し丘に登ると……、
――数キロ先に、10メートル越えの城壁が聳え立っているのが見えた。
丘の上に立った瞬間、誰も言葉を発することができなかった。
城壁は、ただ高いだけではない。
赤いレンガを何層にも積み上げたそれは、遠目にも人の背丈の何倍もの厚みがあり、巨大な生き物の背骨のように地平線へと伸びていた。
ところどころに見える見張り塔には、槍を持った影が立っている。
風に旗のような布が揺れ、その色は日本では見かけない、くすんだ深い赤だった。
城門の前では荷車が行き交っている。
馬に似ているが、どこか馬とは違う奇妙な動物に引かれたそれは、木箱や麻袋を積み上げ、ゆっくりと列を作って門へ吸い込まれていく。
人の声も届いてきた。
怒鳴り声、笑い声、金属がぶつかる乾いた音。
それは確かに「街の音」だった。
ゲームの背景でも、映画のセットでもない。
遠くの空気の揺れまで含めて、そこに生活がある。
「……マジで城壁だ」
誰かが呟いた。
その一言で、全員が同じ事実を理解する。
ここは見知らぬ草原ではない。
人が住み、壁を築き、外敵を恐れている場所だ。
つまり――
ここは完全に、知らない世界だった。
クラスメイト一行は目に見える情報が信じられず、のろのろと移動を続け、城門前まで足を進めた。
遭難してから今まで冷静そのものだった潤ですら困惑している。
誰も冷静でなかった。
「すんなり城門は通れましたが、城壁の中にもう1つ古い壁がありますな。こちらは大きく崩れておりますが……」
「……崩れ方からして地震や火事が原因じゃないな」
「戦争とかで急いで外側の城壁こさえたんかもしれんなぁ。 中から見た感じやと、新しい方はまだ未完成っぽいわ」
「崩れた個所は一か所だけ。戦争ってことはないだろう」
「ほな違うか」
城門は拍子抜けするほど簡単に通れたが、内部へ足を踏み入れた一行は、都市の中央を囲うように残された古い内壁を見て足を止め、その壁面に空いた巨大な崩落跡を見上げた。
早坂と潤は、それぞれ戦争か災害かと推測を口にする。
戦争によって崩壊した、と思い込んだ大田黒は顔に線を引いて委縮しており、嫌な予感を拭えないのか、落ち着かない様子で周囲を見回す。
しかし、門番らしき兵士はいたが、誰1人まともな検査を行わないまま、避難民同然の学生たちは都市へ通されている。
その事実が人と人の争いでないことの裏付けになったのか、ここが異世界であることにワクワクしていた大田黒は途端に顔をほころばせた。
余程浮ついていたのか、普段コミュニケーションが不得手な大田黒が現地民に声を掛けた。
しかし――
「そっちの女達とやっていいなら会話してもいいぜ?」 女子たちをなめ回すような視線で見る男。
「金くれよ、金! そうすればなんだって答えるぜ? ない? っち、ならさっさと失せろゴミクズ」 最初に対価を要求し、ないと分かると文句をいう奴。
「……失せろ」近付いただけで殴りかかってきた女。
大田黒は三連敗を前に、異世界人とのコミュニケーションをあっさり諦めた。
無様を晒した大田黒を前に、早坂すら渋い顔をした。
空気が妙に荒んでいる。
誰も余裕がない。
その事実だけで、この街の状況が十分に伝わってくる。
2番目の奴はまだ話が出来そうだと判断した潤が、手持ちの10円玉を銅貨代わりと法螺を吹いて話をし始める。
「よし、聞いてきた……って、なんだこれ? どうした?」
「っしゃぁ! よう分からんけど、めっちゃテンション上がってきたわ!」
「いやぁ、こういうところで頼りがいがある人ってやっぱりカッコイイわね!」
「聞き込みお疲れ様です。通りかかった行商人らしき方が私たちみたいな避難民は、ギルドで登録を行ってモンスター退治で生計を立てるのが普通って話を聞いてから、ずっとあの調子です」
乃亜の言葉に、潤は思わず頭を抱えそうになった。
男子をヨイショして煽っている椿にも、ちょっと話を聞いただけでその気になっている早坂にも。
この状況を納められそうな乃亜は、この世界をどうにか理解しようと頭を悩ませるばかりで、機能不全に陥っていた。
「小栗さん。私たち、この世界で生活できるんでしょうか?」
その問いに、潤は答えられなかった。
お読みいただきありがとうございました!
面白かったと思った方、続きが気になると思った方らぜひリアクションなどしていただけると嬉しいです。
以降毎週土曜更新予定。
2026/09/05現在