私の過去を疑った時、初めて私は私の全てを知る   作:グリンチ

4 / 4
03

 

第3話

 

「……現地民から冒険者ギルドへの登録方法を聞いたから、取り合えずそっちをすませないか?」

 

危機感を感じ取れない空気の中で、潤は無理やり話を切り替えるように冒険者ギルドへの登録を提案した。

それは現実逃避に近い行動だったが、ことのほか大田黒のテンションが上がり、すぐさま早坂と椿にシメられ沈静化させられた。

 

「それで! なんで私たちはオタクの言ってる通りギルドってところに行かなきゃいけないわけ?」

「それ以外に取れる選択肢がないから?」

「なんでよ?もっと考えなさいよ!」

 

むしろなぜそこまで否定的で非協力的なのか、と問いただしたくなった潤だったがそこは堪えた。

椿桐乃は思ったこと、不愉快に感じたこと、そういったことを我慢せずしっかり口にする本音で生きる素直さがある一方で、周囲への配慮や感情のコントロールが不足しがちな人だった。

学校でもカースト上位の早坂には媚を売って、彼がイジメている大田黒は下に見るなど、自己保身には気を遣うあたり、ちゃっかりした性格なのかもしれない。

潤は生徒会役員でも雑務をこなす庶務だったため、言いやすい立場として昨年から良いように扱われていた。

本当ならカースト上位に媚を売り、下に見た相手にだけは強気で接するなど、彼女こそイジメの対象になりそうなものだが……。

彼女は女版早坂だった。

ルッキズム至上主義の早坂が一目置く容姿、高校入学後に読モでデビューすると、インスタでも有名になっている

小学生と言っても差し支えないほど幼い印象があったが、そういった面が好評で有名になった女子生徒だった。

生徒会役員2名が同じクラスになるという珍しいことが起こった理由の2つ目かもしれない。

 

「もっと深掘りすれば欠点もあるんだろうが、分かっている時点では登録必須だからだ」

「どういうことでしょうか」

「先ほど白藤さんも言っていたことだが、俺たちは異世界にきた」

「……そうね」

「望む望まないに関わらず、事実として俺たちはこの世界にいる。である以上この世界で生きるしかない。そして、生きる以上、飲むし、食うし、寝る必要がる」

 

そこでクラスメイト一行全員の視線が潤に集まった。

乃亜が何気なく聞いた質問であり、潤はその質問に答えられなかったが、その理由は長期的展望が何一つ見えていなかったからだ。

しかし、今日から明日までどうすればいいのか、はしっかり答えられるだけの情報を得ていた。

 

「まず飲み物だが、ギルドで登録して冒険者になると、政庁で魔法で浄化された水が無料で汲み放題らしい」

「なるほどな。それだけでも登録する価値があるんやないか?」

「魔法!!? 拙も、拙も使えるでしょうか!?」

「魔法については横に置く。俺も知らん。そして冒険者はモンスター退治以外にも政庁で日雇い労働を斡旋してもらえる」

「……私、働くの嫌なんだけど」

「個人の感傷も横に置く。俺は知らん。最後に、政庁の隣接してある宿泊棟だが、冒険者限定で素泊まりできる」

 

城壁で警備をしていた者たちも冒険者であり、結構な数がその制度の中で生きているとの情報を公開した。

話を聞く限りでは冒険者になってさえしまえば、飲み水、労働先、宿泊先が得られる。

案外何とかなりそうじゃないか、と空気が弛緩した。

最も、潤はその宿泊先が屋上でイベントテントのようなほぼ野晒し状態の環境で、屋内も壁がない昭和の避難所生活に似た環境であること、日雇い労働は肉体労働ばかりのある地区と似た状況であることを伏せた。

勿論、早い者勝ちであるため毎日仕事が得られる保証もない。

クラスメイトの輪の中で、乃亜だけは何かを察し、沈黙を保っていたが、どうしようもないと頭を振った。

容姿端麗、頭脳明晰、生徒会の書記担当、そんな白藤乃亜の唯一の欠点は、100メートル走のタイムが21秒台という壊滅的な運動能力の低さだった。

 

そうしてクラスメイト一行はこの異世界の都市を歩く。

足元は石畳になっており、中々どうして歩きやすいように平らになっている。

この世界の建築技術に関する印象は、「大正ロマン建築」と呼ばれる様子だったが、当時の日本と比べてもなんら遜色がない。

建物は美しい。

大田黒が激しく反応した魔法文化のおかげなのか、文明レベルは高次元を維持しているように見受けられる。

 

少し歩いた先にあった広場は、人々の怒号と熱気で埋め尽くされており、誰もが興奮した獣のような顔で何かへ石を投げつけながら喚き散らしていた。

石どころか手あたり次第物を拾っては投げており、とても正常な様子には見えない。

 

「なにか、人が集まってますな」

「……なんの集まりか気になりますが、いつ暴力沙汰になるか分からない雰囲気ですね。関わらないようにして、先に向かいましょう」

「せやな……。 あんまり近寄らんとこか」

 

初めて異世界の都市へ入った学生たちには暴動寸前の狂気にしか見えなかった。

空気が刺々しい。

視線にも敵意がある。

潤は中央で何が起きているのかを即座に理解したが、混乱するクラスメイトへ余計な情報を与えまいとして先へ進もうとした。

しかし、今まで沈黙しっぱなしで、まともに口を挟まなかった青峰若葉は潤同様かそれ以上に目が良かった。

 

「……っ!! いや、誰かが――」

 

青峰若葉が声を上げかけた瞬間、潤がクラスメイトに見えないように、腕をつかみ軽くひねって次出る言葉を封じ込む。

 

「何を――」

「黙れ。静かに聞け。訳の分からん場所にいきなり来て皆動揺してる。そんな中、人の死体に向けて石を投げてるなんて情報を与えるんじゃない。いいな? 見えたお前と俺だけの心の中に仕舞っておこう。少なくとも、今は」

「……わかりました」

「……手荒くしてすまなかった」

「いえ、大丈夫です」

 

青峰若葉は、融通の利かないほど「正しさ」を信じる寡黙な男だ。

1年時にはクラス委員長を務め、潤や乃亜と同じく生徒会選挙にも立候補している。

そんな彼が演説で語ったのは、男子は第二ボタンを開けて廊下を歩くことや、シャツ出しの禁止。

女子は派手な装飾のあるモノや、網目の大きいタイツの着用と、過度に短いスカートの禁止。

廊下での大声での会話の禁止。

文化祭や部活動で集金された金額の完全開示など、堅苦しい「秩序」の話ばかりだった。

私語の制限、予算査定、反省文制度――。

生徒たちは誰も、そんな息苦しい学校など望んでいなかった。

 

そんな青峰は、公開処刑に近い空気に熱狂し、死体とはいえ石を人に投げる民衆に対し、それはいけないと正そうとした。

しかし、潤の説得には素直に応じた。

混乱しているクラスメイトを更に怯えさせる無意味さに、「正しさ」を見出したのだろう。

 

民衆の怒声は慣れてないとただただ大きな騒音に聞こえる。

しかし聞く人によってはしっかり聞き分けられるものだ。

聞き取れたのは罪状だけではない。

正規の組織が行ったものでなく、この地に根付く裏社会の組織による私刑であり、自分たちの縄張りを荒らしたならず者を始末したとのことらしい。

この都市では既に法と秩序を維持できない段階へ落ち込んでいる。

その原因は文明レベルが低いからではない。

現に建築技術も社会制度もある程度発達している。

なのに、人間の倫理や社会そのものがおかしい。

その事実を、潤だけは冷静に把握していた。

怒声の余韻を背に、一行は冒険者登録所である冒険者ギルド本部を目指して進んだ。

 

そして、ようやく辿り着いた冒険者ギルドで、クラスメイト一行はまるでゴミを見るような蔑んだ目で迎えられた。

恰好は制服のまま、今日日本から来たばかり。

そして日本では圧倒的な美男美女だった早坂と椿がいるにもかかわらずの目線だ。

 

「ようこそ自堕落な最底辺へ。どこの村から来たか知らないが、くだらない愚痴を聞く気はない。世情が世情だ、聞き飽きた。契約書を熟読してサインしろ」

 

世情で愚痴を聞き飽きた、とのギルド長の言葉に、乃亜が考え込む仕草を見せる。

都市全体を覆う不穏な空気に、彼女なりに思うところがあったからだろうが、結局情報不足のためか考えこむのを止めた。

 

「そうですね。では契約書を記録します」

 

もっとも記憶能力に長けている乃亜が代表して契約書に目を通す。

全員が乃亜に任せておけば大丈夫、と肩の力を抜いていたが僅か20秒で契約書は読了されてしまった。

乃亜が優秀、という以前に契約内容自体が驚くほど少なかった。

 

行動の全ては自己責任。

都市のルール厳守すること。

そして違反すれば死あるのみ、という3項目だけで構成された掟を読み終えた乃亜は、逆にその簡素さへ不穏さを覚える。

 

「いや、規則少なすぎひん?」

 

早坂の発言は楽観的な顔をしていた生徒たちの総意だったのかもしれない。

少なすぎる記述に乃亜と潤だけは難しい顔をしていた。

 

「どう感じ、どう受け取るかはお前の自由だ。だが、『行動の全ては自己責任』という事を胸にしっかり刻んでおくんだ、坊や。規則が緩いのは、私たちの都合でお前らをしょっ引くためだ。お前らが目障りだと判断したら、後日、地面に唾を吐き捨てたというだけでも、私たちは正義のもとに命を奪える。貴様は自堕落な底辺のクズだ。それを忘れるな」

 

露骨に見下されたかのような発言に、早坂が不服そうな顔でギルド長をにらむ。

百戦錬磨の言葉が顔になっているかのようなギルド長はその視線を簡単に受け流した。

 

「では契約書にサインした順にこの水晶玉に手を乗せろ。お前の能力を確認し、見合った職業をこちらで登録する」

「やっぱゲームやな、こういうとこは」

 

その後、1人ずつ水晶玉へ手を乗せてステータスを測定していく流れになり、早坂は自身の能力を「20年の中で最高位の逸材」と評価されたことで露骨に機嫌を良くした。

浮かれたついでに他のクラスメイトのステータスを笑ってやろうとしたものの、続いて表示された潤や青峰の異常な数値を見た瞬間、その優越感は急速に色褪せていった。

 

まず、潤は生命力が異様に低かったが、総合値は早坂と同値。

20年の中で最高位の逸材がもう1人いた。

当然早坂はショックを受けていたが、目の前のギルド長は水晶玉から鳴った音に気をやっており、早坂のことなど気にも留めていなかった。

 

そして青峰は「器用さ」が異様に高く、早坂とはトリプルスコア差があった。

総合値も早坂より高い。

特に青峰の弓術レベル8という異常値に対し、ギルド長は過去に類を見ない才能だと判断していた。

 

「なかなかやりはるんやね。正直、青峰クンのこと舐めとったわ。鼻も高いやろ?」

「いえ、鼻が高いかどうかは、数値がどうモンスター退治に影響するかによりますので」

「せやろな。子供ん時から努力してきた俺の方が、強いかもしれへんし」

 

早坂は自分よりも生徒会立候補時に馬鹿な公約を掲げた青峰を見下しており、そんな青峰に負けている事に鬼気迫る表情をしていた。

ギルド長は潤同様と青峰のステータスを確認した時、水晶玉から鳴った音に気をやっており、やはり早坂の様子など目にも留めていなかった。

 

「おい、女共 全員下に降りろ」

「は? なんでよ?」

「ガタガタ抜かすな。黙っておりろ。……いや、青峰と小栗、ついでにそこのデブも一緒に降りろ。2人だけ残れ」

 

クラスメイト達は突然の物言いに顔を見合わせるも、ギルド長の無言の圧に屈服した。

結局誰1人振り返りもせず粛々と階下に降り、友人関係の早坂と、その友人だけ残った。

 

「――行ったか。貴様らがどんな理由で来たのかは聞かん。その手のお涙頂戴なお話は聞き飽きてる。どんな理由があるのか知らないが、――下に行った連中は見捨てろ」

「はぁ? 急に何やねん。何言い出すんや。アホちゃうか?」

 

クラスメイト含めて、天才の俺が何とかしたる、そう思っていた早坂は思っていたことが口から出た。

 

「甘ちゃんな貴様らには想像できないかもしれないが今まで無数の冒険者を見てきた私が教えてやる。今の世情じゃ余分なモノを抱えて生きていけるほど今は甘くない。雑魚はさっさと見切るんだ。でないと、あの下らない女連中とデブにお前らが殺されることになる」

「殺される? クラスメイトに?」

 

早坂が当然の疑問を口にして顔をしかめた。

非力な女子たちに変わってモンスター退治をやってあげてもいい、程度の良識は持ち合わせていたのだが、ギルド長はそんな心境を見透かしているかのようだった。

 

「このクソみたいな世情の中で、お前たちは幸運に恵まれた。余計なことをする外野を無視すれば生きていける。だが、それも足手まといが居ないという条件下での話だ。三下の重りを気にすればすぐにおっ死んじまうよ。だから、忠告してやってるのさ。これはこの世界で長く生きてきた先輩としての忠告だ。なあ、強くもなく、弱くもない中途半端な男共。お前達だって死にたくないだろう?」

「俺は、強い側なんやないんか?」

 

20年の中で最高位の逸材、その余韻に浸る早坂はギルド長に問いかける。

 

「……お前さんは難しい。どうにかなるか、ダメかも分らん」

 

早坂は、自分は強い側なのではないかと問い返すが、ギルド長は即答しなかった。

どうにかなるかもしれないし、死ぬかもしれないとだけ言った。

そして青峰だけは別格であり、才能も判断力も戦闘適応力も常人を超えているから絶対に競うなと断言する。

 

「青峰には、素質どころか実力でも絶対敵わへんっちゅうことか?」

「それをどう解釈するのか含めて自己責任だ。さて、善意の忠告は終わり、もう一度言うが『全ては自己責任』。このこと、女どもに話してもいいけど、その場合も自分で決断しな。そういう事で、話は終わりだ。子供は子供らしく、外で身体を動かしていらっしゃい」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。