Faber est suae quisque fortunae 作:ラグなロック
放課後。
凪咲は部活動は特にやっていない。やっていないが、時々運動部から助っ人として呼ばれることがある。
何しろ運動部に所属していないのが惜しいくらいに、身体能力に恵まれている。
何故運動部に入らないのかと聞かれると、
「ここエスカレーター式だし。大学まで普通に勉強していれば行けるから」
とのこと。
外でスポーツ推薦貰うならまだしも、ここで受ける意味は薄い。そう判断したらしい。
無論そんなことはないが、早朝から新聞配達をする都合上。なるべく午後は体力を取っておきたいというのが凪咲の考えだった。
しかしそうなると今度は学業面での誘いが多くなる。
昨年の学年成績常時トップだった凪咲。
そのことから、年度の初めに教師から生徒会への打診を受けていた。
生徒会に入れば内申点もよくなるので、今後の就職などにも有利になると説明された。
これに関して凪咲は気持ちが揺らいだ。
この先どうなるか分からないが、有利になる点は取っておいて損はない。
正直魅力的だが、生徒会に入ると今度は様々な仕事が待ち受けている。
各部活動の予算振り分け。学校祭への参加。地域交流の一環としてのボランティア。
……厳しいなあ。
結局返事は保留にしている。
もう少し余裕が出来ればいいのだが、生憎と苦学生。暇な時間は無い。
閑話休題。
ともかくとして。鳴無凪咲は勉学面でも運動面でも秀でた才を持つ生徒だ。
特に運動系の部活動の人間はこんな人材を逃したくはない。
なので助っ人に行くたびに勧誘がされる。
そして現在。陸上系の部活動が使うグラウンドに来ている。
「いいかあ鳴無凪咲! お前のその肉体!、我らサッカー部が活用してやろう!!」
「その言い方はどう考えても悪の組織の勧誘のそれなんスけど」
「我々聖祥大付属中……今年は連覇が掛かっている大事な年だ。我ら三年生は今年で引退。ならば強い人材を引き抜こうとするのは当然であろう! そのためなら俺は、悪の道に進むことも已む無しだ!!」
「すいませーんドーピング疑惑が出そうな発言してるんでサッカー部に監査入れてくださーい」
まあまあと周囲が宥める。
凪咲は面倒そうに目の前のサッカー部の先輩を見る。
「……で。俺は何すりゃいいんで? 流石に一対十一の試合とか言いませんよね」
「フッフッフッ。流石にそんな無体なことはせん! あれを見よ!!」
といって指差された方を全員が見る。
そこにはサッカーゴールに上手く嵌められるように作られたプレートが九枚あった。
……あー。なんか前に見た番組でやってたなーこれ。
「ここからあのゴールまでちょうど百メートルある。与えられるボールは十一球! 多くプレートを抜いたほうが勝ち! 俺が勝った場合、鳴無! お前はサッカー部への入部が決定する!!」
「横暴にも程があるだろうが! 大体顧問の先生はどうした!?」
「『まあ大丈夫だろう』と快く受諾してくれた!」
仕事しろや、と職員室の方向を思わず見る。
「……ちなみに俺が勝った場合は?」
「今後一切我がサッカー部はお前を勧誘しないと誓おう!」
「…………」
凪咲はしばらく黙っていたが、このままだと帰れないなと結論付けるとその挑戦を受ける。
「ちなみに二人が同枚数抜いた場合はどうするんですか?」
「その場合は残りのボール数で判断する。より少ない個数で抜いた方の勝ちだ」
「それでも勝負がつかない場合は?」
「じゃんけんだ!」
最初からそれでいいだろ。
思わず口にしそうだったが、なんとか堪えた。
悪い人間ではないのだが、どうにも熱くなると周囲が見えなくなる。
……まあ。たまにはいいか。
それに。
「……こういう勝負は負けたことないんだよな」
その呟きは誰に聞こえることもなく、風の中に消えていった。
☆
帰り道。自転車を何故か漕がずに押して歩いている凪咲。
……なんかどっと疲れたな。
結局勝負はサッカー部主将が十一球使って八枚打ち抜き、凪咲が九球で全て打ち抜いたことで決着した。
終わった後の主将の顔は、信じられないものを見るのと絶望が入り混じったなんとも言えないお笑い芸人のような顔をして呆然と立ったままだった。
気を遣う。肉体的な疲労はそこまでではないが、精神的な疲労は大きい。
長く息を吐く。
これがまだ悪気質の人間だったら容赦無く出来たかもしれないが、如何せん相手は根が善人な上に自分も何度かサッカー部の助っ人を頼まれてその度に食事などを奢ってもらっている、といった世話を受けているため断り辛い。
……まあ。しばらくは大人しくしているだろう。
凪咲も、別に意地が悪いわけではない。
自分が頼られるのは嬉しいが、頼られすぎは相手のために良くない。
頼って、引き受けて、また頼られる。
それは依存にも近い関係になってしまい、最悪増長などを促してしまうだろう。
ましてやサッカーは個人競技ではなく集団競技。
個人に依存する組織は、その個人がいなくなったら一気に瓦解する。
あの主将のトレーニングメニューの組み方を一度見せてもらったことがあるが、脳が筋肉と熱血で支配されている割には論理的なものだった。
あれなら自分がいなくても連覇は狙えるだろう。
そんなことを考えながら、熱くなった体を冷ます目的で自転車を押していた。
……おっ。
ふと。凪咲の視界の中に三人の少女が入ってくる。
一人は朝も会った少女。高町なのは。
右隣にいるのは、長い金髪を揺らしている少女。
反対側にいるのは、これまた長い紫の髪の少女。
自転車の鈴を鳴らす。
三人が道を開けようと避けながらこちらを振り向く。
「あっ、凪咲さん!」
「はいどーも。今朝ぶりだな、なのはちゃん。アリサちゃん、すずかちゃんもこんにちは」
こんにちは、と三人とも挨拶する。
……礼儀正しい。
この歳の子ってこんな感じか? いやこの三人が特別か。
「凪咲さんも今帰りですか?」
「まあな。ちょっと帰りに熱血ゴリラマンと試合をしてきてな」
「誰ですかそれ……」
気にするな。手でひらひらと返す。
「というか君たちは車じゃないんだね」
「今日はこのまま塾に行くので」
「ああ成程……いや待て。三人の塾って方向微妙に違くないか?」
「あ、ええっと……」
「大丈夫です。近道なので!」
なのはとすずかが言い淀んでいると、アリサが堂々と言った。
「あ、アリサちゃんっ」
「何よ。別に悪いことしているわけじゃないんだしいいじゃない」
「そ、そういう問題じゃあ……」
「あー。まあ確かにこの先の小道突っ切ってた方が早いか」
この先にある脇道は少し荒れているが彼女たちの行く塾の近道にはなる。
ただ小学生三人で行くのはどうかと思うレベルで人通りが無い。
……まあ小学生だしな。
このくらいは普通か、と苦笑する。
「まあいいけど。女の子なんだから。あんま人通りのない道通ろうとするなよ。親御さんマジで心配するだろうから」
「へ・い・き、ですっ。もうそんな子供じゃないの!」
「十分子供だよ。あと俺と出会ったことで平気じゃなくなるぞ」
「……? どういうことですか?」
「俺が君らの親にお知らせする」
「ごめんなさいっ!!」
やはりこのくらいの内は親が絶対なのか、三人揃って頭を下げてくる。
「安心しな。別に告げ口したりしねえよ……ただ心配ではあるんだってことは分かってくれ」
「それは、もう本当に」
「あっ、そうだ。凪咲さんが一緒についてくればいいと思います」
「えぇ、俺が?」
未だ中学生ではあるが、体が出来上がりつつある成長期の男子中学生。
不審者一人を退散させるくらいなら十分な護衛だろう。
凪咲はしばらく考えていると了承する。
「分かった。でも今日限りだからな」
「はーい」
そういうと凪咲は三人の鞄を預かり、自転車の前籠に入れる。
小道は若干木の枝や葉などが落ちていたが比較的整備されている。
凪咲のクラスでも、この道をショートカットとして使う生徒が数人いるので、大分知られた道のようだ。
「それでね。なのはったら、『私には何もない』なんて言うのよ!」
「そ、それは本当だし……」
「うーん。でもなのはちゃんにもちゃんといいところあるんだよ?」
「ありがとう……でも将来の夢って言われても、よく分からなくて」
「それでもいいんじゃねえの。まだ小学生だろ」
将来など、中学の自分ですらまだ明確なビジョンが見えていないというのに。
目の前の小学生三人組がやたらと大人に見えてくる。
……自分よりも大人びてないか?
「まあ将来もいいが、今もちゃんとしろよ。三人のことだから勉強を疎かにしているわけじゃないだろうが」
「当っ然! 今日だって学年テストの結果は私が一位だったんだから!」
「すごいよねアリサちゃん。ほぼ全教科満点なんだもの」
「へえ。そりゃ凄いな」
勉強のモチベどうなってるんだ?
別に凪咲は勉強が嫌いなわけではないが、かといって変態的に好きというわけでもない。
あくまで自分が生きる上で必要だからやってるだけだ。
凪咲曰く「暇つぶしにはちょうどいい」らしい。
「凪咲さんは、中学校の勉強はどうですか?」
「んー。今のところ難しいって感じたところは無いかな。二年になってまだ間がないってのもあるだろうけど」
「高校までは楽よ。大学になったら専攻もあって面白くなりそうだけど」
「相変わらず自信満々だなお姫さんは」
「誰が姫よっ!」
姫、というのはアリサに凪咲がつけた綽名だ。
……まあ姫というにはじゃじゃ馬すぎるけど。
いや姫だからか。
すずかとなのはも苦笑しつつ否定しないところを見ると、内心同じことを思っているのだろう。
「でもこういう小道ってちょっとわくわくしちゃうよね」
「あ、それ分かる。なんかこう、普通とはちょっと離れた感じがするよね」
「そう? 私にはよく分からないわ」
「まあアニメとかだとこういうところで歩いているとテレパシーみたいなものが来るよな」
「そうそれ!」
「子供ねー」
お前も子供だろ。
凪咲がそんな目で見ているがアリサはどこ吹く風である。
風が吹き、木々の木の葉が揺れる音が響く。
すると、
『――――――助けて』
声が脳内に響いた。
☆
…………?
一瞬頭に響いた声。
周囲を見渡すが、自分たち以外に誰もいない。
三人に聞こえたかどうかを聞こうと思ったが、逆に頭がおかしい奴扱いされそうで様子を伺う程度に留めておこう。
流石に小学生に頭の心配をされたら精神的に絶対参る。
……アリサは……なんともないか。すずかも変化なし。
なのはは、と見るとその場にいたはずのなのはがいなくなっていた。
はぐれたかと思って周囲を見ると、自分たちが歩いてきた道の後方で何かを探すようにしていた。
……聞こえたのはなのはだけか。
「あれ、なのは?」
「どうかしたの?」
二人もなのはの異変に気付いたのか、慌てて道を戻る。
「あ、アリサちゃんすずかちゃん。今何か聞こえなかった?」
「……? 何って、何?」
「誰か、助けを求めてるような……」
「……すずか聞こえた?」
「ううん。私は何も」
やはり二人には聞こえていなかったようで、きょとんとするばかり。
唯一同じ声を聴いたであろう凪咲は周囲の観察をしている。
……なんか、いつもと違うな。
あまり通らない道ではあるのだが、そんな違和感を感じる。
まるで。昨日までは無かったものを見ているのに、見つけられない。そんなもどかしい違和感。
『助けて――――』
先ほどと同じ声が響く。
今度は先ほどよりも若干強かった。
それと同時に一瞬、違和感が強くなり徐々に弱まっていった。
「……少し、マズイか……?」
「凪咲さん……?」
「ッ、こっち!」
「え、ちょっと、なのは!?」
凪咲が動くより早く、なのはは駆け出していた。
いきなり道から逸れて林の中を走っていくなのはをアリサとすずか、そして凪咲は追いかけていった。
……確かに、『違和感』はこっちの方が強く感じるな。
まさかそれを感じ取って……?
二人を追い抜いてなのはに追いつくと、なのははしゃがんで、何かを持って立つ。
それは体長四十センチほどの細長い動物だった。
「……なのは。それは?」
「あ、凪咲さん……」
不安そうに凪咲を見るなのは。
彼女の腕の中の動物はよく見ると傷だらけで、浅く息も荒かった。
……この動物が
「この子、怪我してて……ど、どうしよう」
「落ち着け、まだ息はある。すぐに動物病院に連れて行こう」
あとからやってきた二人に経緯を軽く説明する。
すると、凪咲の視界が急に明滅し始めた。
「……ッ!」
「な、凪咲さん!?」
「ちょ、アンタまで!?」
「大丈夫ですか!?」
あまりにも唐突だったために一瞬体勢を崩しかけたが、すぐに持ち直す。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと立ち眩みが起こっただけだ」
「もう何なのよっ」
「とりあえず。この子を病院に……」
「ああ、そうだな。俺が連れて行こう。皆は……仕方ない。全員俺の自転車に乗ってくれ」
流石に三人を残していくわけにもいかないか、とかなり無理矢理な状態だが、自転車に三人を乗せた。
……なのだが。
「あのー。凪咲さん。確かに私が一番小さいと思いますが、籠の中はちょっと……」
「スマンが我慢してくれ。そのオコジョ……フェレット……? を抱えててくれ。すずかちゃんがサドルに、アリサちゃんは荷台に」
「あ、はい」
「……ごめんナギサ。鞄貸して。流石に何も無しで自転車の荷台は痛いわ」
「当たり前のように俺の鞄を座布団のように使おうとするなよ」
あ、でも貸してくれるんだ。荷台に自分の鞄を横に置いて乗りやすいようにしてあげる凪咲を見ながらすずかは思う。
「なのはちゃん。その子、大丈夫?」
「う、うん。多分……」
「少し急ぐぞ――――あとなのはちゃんは籠から飛び出ないように気を付けてくれ」
「それ私だけじゃどうにもできないと思うんですけどおおおおおおおおおっ!?」
喋ってる途中だったが凪咲が助走も無しにいきなり走り出した。
舌を噛まずに済んだのが不幸中の幸いだった。
星は廻る。星は巡る。
運命の時はすぐそこまで来ていた。
EXGVあと少しで終わりってマ?