Faber est suae quisque fortunae 作:ラグなロック
あの後。
なんとか動物病院が開いている時間ギリギリだったので受け入れてもらえた。
先生曰く「縄張り争い」で他の動物に攻撃されたのではないかとのこと。
なのはたちは心配していたが自分たちにはもう出来ることは無いと凪咲が諭すと、そのまま塾へと向かっていった。
凪咲は先生と話し、何かあったらここへと施設の番号と自分の携帯番号を教えてその場を去った。
帰る頃には陽も落ち始めて、辺りをオレンジ色が支配していた。
ふと空を見上げる。
薄らとだが、光の強い星たちが瞬きを始めていた。
「……こんな時でも星は光るんだな」
当たり前か。
星は太古より人を照らし、時には導いてきた。
出来ればこの状況も導いてほしいものだな、そう思いながら施設の中へと入る。
「あっ、にいちゃんお帰りなさい!」
「おかえりー」
「おー。ただいま」
同じ施設の子供たちが迎える。
それぞれ小学校低学年から、高学年の子まで年齢はまちまちだ。
奥から施設の職員が顔を出す。
「おっ、帰ってきたねー。今日はどうしたの? ちょっと遅かったじゃない」
「ただいま帰りました。いえ。怪我した動物を動物病院に運んでいたので」
「え、マジ?」
「ええ。なので後から電話が着たりしたら俺に知らせていただけたら」
「そんなことあるのねー。了解。分かったわ」
助かります、と一礼だけして凪咲は自室に戻っていった。
少し潰れた鞄を直しながら、今日のことを考える。
……あの『声』……あのフェレット擬きからだったのか?
そんなファンタジーじゃあるまいし。
そう考えるも、現実はその証拠を突き付けてくる。
自分となのはにしか聞こえていないであろうあの『声』の正体。
導かれるように向かった先には、何故か傷ついた動物。
……ここいらの山にあんなイタチ系の動物はいなかったはず。
いてもキツネ位だ。
飼えなくなって野良になったっていうならまだ分からなくもないが、確率は低いだろう。
そもそもフェレット自体、飼うことが珍しいものだ。
制服から着替え、ベッドに寝転がる。
「…………」
眠気は全くなく、考えるのはあの『声』のこと。
もしもあの『声』が、あの動物が発していたのだとしたら?
別にオカルティズムやスピリチュアルに傾倒しているわけではないが、そういった事例が世界で確認されているのは事実だ。
しかもその大半は、メカニズムなどがまだ解明されていない。
今回のこともそういったことなんじゃないか。そう結論付ける凪咲。
そう。今回のことは『たまたま』『偶然』そういった言葉で片付けられてしまう。
傷ついた動物が周囲の者に分かる電波のようなものを発して助けを求めた。
オカルトと言われそうだが、実際これで片付けられてしまうこともあるだろう。
今日あったことは、極めて稀な体験だった。それだけだ。
「――――で。片付けられねえよな」
再び起き上がると、机に向かう。
広げるのは海鳴市の地図。
そこには様々な書き込みがされていた。
幼い頃から自分の足や目で見たことをを纏めた、凪咲流マッピングの結果だ。
そこに新たに書き込みが増える。
……偶然、なわけないよな。
物事は見方や解釈によって結果を変える。
それは偶然に見える出来事でも、ある観点からすると必然だったりする。
……さーてと。
カツカツと、ペンで動物が倒れていた場所をつつく。
もしあの現象が本当に動物の出した波長か何かで、それを自分となのはが受け取ったのであれば。なぜその場にいたアリサ・すずかの二人は何も感じ取れなかったのだろうか。
感受性の問題か? だとしたら自分よりも幼いあの三人の方が受け取る確率は高いだろう。
そうなると、自分となのはは共通点があると考えるのが妥当だろう。
だが生まれも違う。能力も違う。年齢も性別も、殆ど何もかもが違う。
すぐにペンは動きを止めた。
「……わっかんねえ」
いくら考えようとも法則が分からなければ意味がない。
公式を教えられていない数式を解かされている気分になる。
ただ永遠に答えが出ない、というわけでもない。
……既存の公式が無意味なら、仮定の公式を当て嵌めればいい。
即ち、常識の埒外。オカルトの存在を仮定の題材とする。
ただこれをやるとなんでもありになってしまう。
駄目だ。とペンを転がす。
今の状態では何をやっても超常現象の類にしかならない。
というより。そもそも自分はなぜこんなにも執着しているのだろう。
確かに不思議なことだった。だがそれで終わるはずだ。
だというのに、自分はなぜこんなにもあのことに拘るのか。
まるで。何か答えを探しているかのように。
しばらく考えていると、下の子供たちが夕食が出来たと呼びに来た。
……考えても仕方ないか。
そのまま部屋を出て食卓に着く。
そうすれば、あとはいつもの日常風景――――――
『――――誰か――――えますか――――――声――――』
ふと。脳内にあの声が響いた。
足が止まる。
まるで周波数が微妙にズレているラジオのようなぶつ切りの声だったが、次第にはっきりと聞こえてきた。
『誰か、僕の声が聞こえますか! お願いです、どうか……!』
明らかなSOSの声。
凪咲は目の前の男の子に言う。
「悪い。夕飯後に取っといてくれ」
「えっ?」
「学校に課題を忘れてきてな。明日提出だからヤバい。内申点に関わるんだ」
「ちょっ、待ってってにいちゃん!?」
制止の声も聞かずに、凪咲はジャケットを羽織り外へと向かう。
自転車、といつもの移動手段を使おうとしたが。ハンドルを手にした瞬間
「……ッ!」
思わずハンドルから手を離す。
理由は分からない。ただ、今自転車に乗ると
『誰か、聞こえますか……!』
頭の中に響く声が幽かに小さく聞こえる。
……距離が遠いか、もしくは本人の限界が近いか。
どちらにしても行こう。
凪咲は己の勘に従い、声のする方へと向かっていった。
☆
高町なのはは平凡な少女だ。
運動は苦手な方。勉強はまあまあだと自分で思っている。
文系か理系かと聞かれれば理系寄り。空が好きで、いつか自分で飛行機を操縦してみたいなとほんのりと思っている。
人当たりは良く、誰からも好かれる雰囲気で話しやすい。
年相応な反応を見せるが、時折大人びた落ち着いた空気もある。
そして何より。困ってる人を放っておけないという紛れもない善性側の子供だ。
だからこそ――――頭の中に響いた声に真っ先に反応した。
こっそりと家を抜け出し、目指すのはあの動物病院。
何故かはわからない。ただ、あの傷ついた動物が発していることは、直感で分かった。
病院の看板が見える距離に来ると、突如コンクリートのブロック塀が爆発した。
否。正しくは敷地内にいた何かが破壊した、だ。
「え、何、何!?」
いきなりのことで混乱する。
まさか強盗!? 頭がパニックになる直前、見えた。
動物病院から逃げるように出てきたあのフェレットと、それを追って出てきた。今まで見たこともないような軟体の、所謂スライムのような形状の生物。
どういう状況なのかは分からない。
だが、彼女のとった行動はシンプルだった。
「ッ、こっち!!」
手を伸ばし、フェレットに向かって叫ぶ。
伝わったのかフェレットはなのはの声に一瞬驚いた様子だったが、真っ直ぐになのはに飛び込んだ。
なのははそれを受け止めると、一目散に走り出す。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「え、えぇっ!?」
腕の中から声がした。否、フェレットが喋った。
あまりに現実離れした光景に一瞬頭の中が真っ白になり足が止まりかけたが、緊迫した現場と走り出した足がすぐになのはを現実へと引き戻す。
そのままスピードを緩めず仮称スライムから逃げる。
「あの! 本当に、こういうの初対面の人に言うの! 本当に申し訳ないと思ってるんですけど、お願いがあります!!」
「な、何かな!? あと私結構足遅い方だから追いつかれたらゴメンね!!」
「そ、それについてはあの、はい! 大丈夫です! 覚悟は出来ています!!」
何に対する覚悟なのだろうか。
息を切らしながら走っていると、轟音と共にスライムが追ってきた。
「ッ、ゴメン! 説明は後でするから、今はこれを手に取って!!」
「えぇっ!?」
そういうと、フェレットは口に何かを加えていた。
それはあのとき首から下げていた赤い宝玉のようなものがついたネックレスのようなものだった。
なのはは無我夢中に、けれど冷静にその言葉を聞き入れた。
『Protection』
瞬間。円形をした桜色の盾が現れた。
スライムは突然現れた盾にぶつかり弾かれたが、すぐさまなのはに向かって突撃していった。
しかし今度も盾が出てきて弾かれる。
……凄い。レイジングハートの補助があるとはいえ、これだけの出力のシールドは見たことない。
安堵と同時に緊張がフェレットに走る。
それでもまだあの怪物を倒すには至っていない。
「あの! 話の続きなのですが!」
「あ、はい! どうぞ!」
「非常に危険なのですが、アレは今の僕では太刀打ち出来ません。なので――――僕の代わりに、貴女にお願いしたいんです!」
「あ、アレを!?」
どう見ても自分の倍以上はある体格のスライムをどうにかしろと?
内心そう思っているが、切羽詰まったこの状況だと反論している余裕はないだろう。
「ど、どうやって?」
「それは――――」
フェレットが次を話そうとした瞬間、スライムが再び襲ってきた。
それと同時に後ろから声が飛ぶ。
「なのは伏せろ!!」
聞き慣れた声。
それを脳が理解するより早く、なのははフェレットを抱えてその場に伏せる。
直後見えた風景は、凪咲がスライムの眼球に飛び蹴りを入れたところだった。
☆
……あっぶねマジでギリギリじゃねえか……!
人生初のヤクザキックをかました後の感想がこれである。
鳴無凪咲は自他共に認める温厚な部類の性格をしている。
当然、誰かに向かって飛び蹴りなどしたことない。
普通もう少し狼狽えてもいいはずなのだが。
「なのは大丈夫か!? 生きてるか!?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
すぐさま自分の後ろになのはが来るように前に出る。
知り合いが来てくれた安心感からか、なのはの表情が綻ぶ。
「あの、凪咲さんもこの子の声を?」
そういって腕の中のフェレットを見せる。
「……やっぱソイツ普通の動物じゃなかったのか」
「き、気づいてたんですか……」
「確信は無かった。ただ偶然にしちゃあタイミングが良すぎたんでな」
凪咲は視線をスライムに戻す。
「……なのは。ソイツ連れて逃げろよ」
「えっ、で、でも……」
「ここにいたって何も出来んだろ……おいフェレット」
「あ、はい!」
「何の策もなく助けを求めたわけじゃないだろ。何か方法があるならそれを実行しろよ」
「で、ですが。それは少し時間がかかって……」
「だから俺がここにいるんだろうが――――時間稼ぎくらいはしてやるから。一旦ここから離れろって言ってんだよ」
なのはの方を一切向かずに、スライムを注視しながら話す。
効いてる風には見えないが、先ほどまでと打って変わって。その場で悶えるような仕草をしている。
……どういう理屈か分からんが、あの部分はやっぱ眼に当たる部分か。
ならそこを集中的に狙い続ける。
どんな生物だろうと、眼球を攻撃されて無事でいられるわけでもない。
「……ゴメンよ」
「えっ……?」
「名前。呼び捨てにしちゃってさ」
「い、いえ。別にそれは……というか。凪咲さんも逃げないと」
「流石に年下の女の子放っておいて逃げたらダメだろ。俺が代わりに時間稼ぐからさっさと逃げな。フェレットはどうにか打開策実行してくれ」
「でも……」
行け、と尚も食い下がろうとするなのはを凪咲は制する。
なのはも、この状況下で押し問答をしても意味がないと悟ったのか背を向け走り出す。
「必ず! 助けに、行きますから!!」
声が遠くなるのを背で感じつつ、スライムと対峙する。
スライムは変わらずこちらを観察している。
……動きは単調だな。学習能力が低い奴か?
だとしてもあまり楽観はできない。
何度も同じ行動を取っていれば、どんな馬鹿でも回避が出来る。
時間を稼ぐといった以上、倒せないまでも弱らせるくらいはしておきたい。
そんなことを考えていると、スライムが痺れを切らして再び突進してきた。
今度も眼球――――ではなく、凪咲は不意に体を崩す。
スライムの体の下に入り、そのまま直情に蹴り上げる。
先ほど蹴り飛ばしたときに、実体があることを確認した凪咲は眼球部分以外も攻撃は通るのではないかと考えた。
その結果は正解。
一つ誤算があるとしたら――――
「重ッ……!」
想定以上の重量で思ったほど上がらなかった。
逆に蹴り上げた凪咲の脚の方が悲鳴を上げてしまう。
……大丈夫。折れてはいない。
大分痛むが、まだ動ける。
己の頭上に蹴り上げたスライムはというと、空中に留まって凪咲を見下ろしていた。
「滞空出来んのかよ……!」
ますますファンタジーだなオイ。
思わず乾いた笑みが出てしまう。
するとスライムはその体を震わせる。
即座に凪咲はスライムから距離を取る。
瞬間、複数の触手がスライムから伸びて凪咲が一瞬前までいた場所に突き刺さる。
「変形アリとか聞いてねえぞオイ!!」
スライムは不定形。つまり形は変幻自在。
こうなることも考慮すべきだったか。いやいきなりあんな雲丹みたくなるなんて誰が予想できるか。
味を占めたのか、スライムは次々と触手を地面に向かって放つ。
自分の運動神経がいいことをここぞとばかりに感謝した。
凪咲に当たる直前に身を逸らし、回避に専念できる。
だがこのままでは凪咲に攻撃の手段がない。
効かないことは承知の上で、コンクリートの破片を掴み全力でスライムに向かって投げつけた。
破片は見事に命中したが、多少仰け反る程度のダメージしかなかった。
スライムはこのままだと無駄だと踏んだのか、触手を突き刺すのではなく振り回し始めた。
破壊される周囲の壁や電柱。
その余波は凪咲にも及び、触手を躱すのと同時に飛んでくる破片も躱す。
単純に攻撃手段が増えたスライムに対し、防戦一方の凪咲。
ただ、凪咲は意外にも冷静だった。
……引き離せてはいるな。
既になのはは見えなくなっており、自分の最低限の仕事は果たしただろう。
出来ればもう少しここに留めて確実に安全距離まで逃げる時間を稼いでおきたい。
と、そこまで考えて思わず笑いが込み上げてくる。
……普通に過ごしていたのに、なんでこんな思考が冷静なのかねえ。
一般人ならもっとこう、慌てたり支離滅裂な行動取ったりが普通だろう。なのに今の自分は……主人公を逃がして時間を稼ぐサブキャラのような立ち位置になっている。
いやそうじゃなくね? もっとこう、こっちはそういっややり取りをする連中を遠巻きに眺めているだけの一般モブ生徒ってのが合ってるのではないだろうか。
相変わらずスライムは触手を振り回し、四方八方を攻撃している。
凪咲は相手から目を逸らさず、次の一手を考えている。
が、そこで気づく。
……振り回している触手の数が、合わない……?
触手を形成しているスライム本体から伸びている本数は現在五本。
内四本は振り回し継続中なのだが、一本が地面に刺さってそのままだ。
一瞬思考に時間が割かれるが、即座にバックステップでその場を離れる。
直後。地面から勢いよく触手が伸びてきて、一瞬前まで凪咲がいる場所を貫通していた。
「モグラかテメェは!?」
悪態をつきつつ距離を取る。
無理のある姿勢で避けたため一瞬バランスが崩れた。
その隙を見逃さないかのように、一本の触手が凪咲の鳩尾に直撃する。
「――――――ッ」
残っていた空気が全て排出され、声にならない声が出る。
そのまま後方に吹き飛ばされ、地面に蹲る。
「くっ、そ……」
全身に激痛が走る。
内臓や骨まではやられていないようだが、正確なボディーブローを受けたに等しい。
起き上がろうとしても足が震え、上手く立つことができない。
最悪なことに、ここにきて凪咲のスタミナも切れてきていた。
普段使うことのない筋肉や思考領域をフル活用し、尚且つ常に動き回っての大立ち回り。疲労しない方がおかしい。
それでも凪咲は何処か安堵したような顔をしていた。
……ここまで時間稼げば十分だろ。
最初から勝つことを目的としていない。
自分に注意が向き、その間に彼女たちが逃げられればそれでいい。
ゆっくりとスライムを見据え、笑いながら中指を立てる。
「俺の勝ちだ、バーカ」
直後。空から桜色の光が降り注いだ。
またなのは流行らないかな。好きなんだよね。本当に。