勇者の孫娘とコウモリ少年 人と獣人との黒き事件簿 作:ごぼう大臣
「被害者はサムさん。馬の獣人で冒険者ギルドに所属していました」
城壁に囲まれ、中央の王城に見守られながら馬車と人がのどかに往来する、活気にあふれた城下町。
オルザイン王国で一番平和な王都でも、時に事件は起こる。
「……痛ましいですね」
「あちゃー、ひっどい姿だ」
王都の片隅にある安宿。壁の材木が所々ささくれた狭いその部屋には一つの死体がある。
ベッドにうつ伏せに横たわり、寝巻きを着た体は腰から下を覆うようにかけ布団がかかっている。そして上を向いた後頭部からは赤い血がにじみ、そばの枕元には割れた花瓶が散らばって、水浸しのシーツの上で花々を血染めにしてしまっている。
血まみれながらも艶がかった髪を肩までのばしたその頭のてっぺんには、馬を思わせる尖った耳があった。部屋にいる二人組がそれを観察しながら口を開く。
「馬の獣人かぁ。髪が長いのはタテガミの名残なのかな?」
「ロキ。それよりも私たち、調査のために来たんでしょう?」
「分かってるよ。さて……」
肩をすくめるのは、ロキと呼ばれた少年。背丈は150センチほどで細身の体型。白いワイシャツにサスペンダー付きの黒い短パン、黒い靴下にローファーを履き、背中に黒いマントを羽織っている。
クシャリと癖のついた黒髪は額を覆う程度にのび、その下でクマのある赤目を光らせ彼は死体を観察した。
「ふむ……興味深いね。すでに怪しい点が見える」
「ロキ、適当言ってません?」
「まさか! 僕はいつだって真剣さ。それともコウモリは信用ならないかい?」
後ろにいた女性が口をはさむと、ロキマントをひるがえして大げさに振り向く。そのめくれたマントの下からは、一抱えもあるコウモリの翼が生えているのが見えた。
そのまま彼は女性へ早足で近づくと、上目遣いにこう言った。
「ねえアイリス。獣人と人間の戦争も終わったんだ。ささいな発言にも気をつけてもらわないと」
「……申し訳ありません」
言われた女性、もといアイリスは浮かない顔でロキを見下ろして言った。白い肌に青い瞳を備えた顔はまるで人形のように美しかったが、笑うロキとは対照的でにこりともせず、手入れされたポニーテールの金髪一本すら微動だにしない。
顔から下を見れば権威のありそうな白銀の鎧にマントを羽織り剣を携え、人形を越えて置物のようだった。
そんな毅然とした振る舞いを見て、ロキはぷっと吹き出して言う。
「あはは、冗談だよ。本気にしちゃって」
「すみません。でも戦争の話を持ち出すのは……」
「ああ、悪かった。ほんの数十年前だものね」
ロキはそう言うとくるりと背を向け、今度は天井を見ながらしみじみと話す。
「君が潔癖なのは当然だ。なんたって戦争を勝利に導いたと讃えられる勇者の孫娘だからね」
「私はただの田舎者です。祖父もたまたま大一番の戦を指揮しただけだって……」
「そう謙遜しないで。冒険者ギルドを創ったろ」
自信なさげなアイリスに、ロキは顔だけ振り向き牙をのぞかせて笑う。
「敗戦で居場所のなくなった獣人たちを、人間ともども体のいい何でも屋に仕立てあげた。その手腕はノーベル平和賞ものだ」
「そんな言い方……」
「僕らコウモリ獣人は二重スパイや裏工作で勇者を支援した。どんなもくろみで政治が動いたかも、ぜーんぶ把握してる」
「…………」
「だからスカウトしたんだ。名高い血筋で清廉な人間である君を"探偵"へとね」
そうしてロキはまたアイリスへつかつかと歩み寄る。緊張して直立不動になるアイリスへ、ロキはまた喋りだした。
「冒険者って肩書きを得ても、小さな事件はいくつも起こる。そこで組織に縛られずに、人間と獣人とで協力して事件を解決する役回りが要るのさ。僕らみたいにね」
「けど、今日もし……初の事件でつまずいたら」
「大丈夫だって。それより王都は人が多いし、名を上げるチャンスもたくさん……おっと」
ペラペラと楽観的に話していたロキはふと口を閉じる。二人のいる部屋の戸口に、街を守る憲兵が数人来ていたのだ。
憲兵の一人が兜の下からロキたちを見て、かしこまった口調で話す。
「失礼。被害者のご友人方がようやく落ち着きまして……事情聴取なさいますか?」
「ああ、じゃあ早速いくよ。ありがとう」
ロキは軽く手を上げて答え、颯爽と部屋を出る。去り際に「現場には誰も入れないでね」と憲兵に釘を刺し、アイリスがあわてて追いついたところで彼はこっそりささやいた。
「まあ気を大きく持って。元をたどれば国から頼まれた仕事なんだし」
「……よろしくお願いします」
アイリスはいまいち信用できない面持ちで、ロキの背中を追った。
――
「サムの野郎、俺の女を襲おうとしてやがった! 何ヵ月も仲間に入れてやったのによ!」
……ロキとアイリスは宿屋のロビーにて、サムと組んでいたという者たちに話をうかがっていた。ロビーのテーブルにつく二人と向かい合っているのは人間の男女で、特に男の方が怒った口調で話し続けている。
「男女でわざわざ部屋を分けてたのに、夜中にアイツは隣の女部屋に忍び込んだ。それで見てとっさに花瓶で殴ったんだ」
「つまり……ビリーさん。あなたは女性を助けるためにやむを得ず殴ったと」
「そうとも、死ぬなんて思わなかった。あれは仕方ないってヤツだ」
そう言い切ったのは革の防具を着たスキンヘッドの男、ビリー。体格がよく目つきの鋭い彼は、単なる受け答えだけでも威圧感を放っている。現に正面のアイリスは少し動揺しながら、ビリーの隣に座る女性へ目を移す。
「えと……マーテルさん? 今の話は間違いありませんか?」
「……っ」
マーテルと呼ばれた女性はかすかに息を呑み、とっさに下を向く。ビリーと同じく革の防具を着た小さな体を縮め、ショートヘアの毛先を落ち着かない様子で弄る。
ビリーがいら立った目でマーテルを見る。それに気づくと彼女は小さく口を開いた。
「間違い……ないです。サムが急に私の部屋に来て……ああ……!」
「あの、大丈夫ですか……? お辛いとは思いますが」
「いっ、いえ。平気……です」
アイリスが気遣うも、緊張した様子のマーテルはまた下を向いてしまう。そのしぐさにビリーがまた不機嫌そうにしていると、ロキが軽い声色で口をはさんだ。
「あのー、他のお客さんは現場を目撃したのかな? だとしたら話を聞きたいんだけど」
「ん? ……俺が殺してから周りの部屋の奴らが集まって来たよ。それが?」
「いや、いいんだ。ありがとう」
眉をひそめるビリーへロキは一人でうんうんと頷く。それからまた一つたずねた。
「あと気になるんだけど、ビリーはどうしてお連れさんが襲われてるのに気づいたの?」
「あん?」
「だって、ソイツが事に及んだのは夜中なんでしょ? あなたは寝ていたんじゃないの?」
その問いかけにビリーは鬱陶しげな顔をする。それから面倒そうに答えた。
「……なんとなく怪しかったんだよ。いつもと様子が違ったというか……」
「そこんとこ詳しく。どう怪しかったの? 見てたのなら分かるでしょ」
「うるせぇな。なんかこう……ソワソワしてたんだよ。怪しいから俺もなんか眠れなくて」
ますます表情の険しくなるビリーの眼前で、ロキは涼しい顔のまま質問を続ける。見ていて気まずくなったのかアイリスが口をはさんだ。
「ロキ……何がそこまで気になるんですか?」
「いやね、被害者は馬の獣人なんでしょ?」
そう言って、ロキはアゴに手をそえながらこう話す。
「獣人は動物の生態を受け継いでる。馬ってのは立って眠る上に、小刻みに目を覚ますんだ。普段からそんななのに、ソワソワしてたから怪しいってのはなぁ」
「…………」
「あ、でも僕は別だよ? 夜行性だけど、昼夜逆転にも慣れたし。でも立って寝るのをわざわざ矯正するとは思わないしなぁ」
わざとらしく首をかしげるロキ。ビリーは相変わらず不快そうな顔をしていたが、ふっと目をそらしたのをロキは見逃さなかった。アイリスもさすがに眉をひそめてビリーを見つめる。
それらの視線に気づいてか、ビリーは前に向き直り大声でこう主張した。
「ひ、悲鳴だ! マーテルが悲鳴をあげたんだ! それで気づいたんだよ!」
「悲鳴、それが隣の部屋から?」
「そうだ! だから様子を見に行った! それで現場を見つけたんだ!!」
「ふーん」
ロキはてんで信じていない様子でマーテルの方を見る。彼女は一度黙ってからまるで口を開かず、ひたすらうつむいている。一方でアイリスは話のなりゆきに戸惑い、ロキが何か言うのを待っていた。
ところがロキは一人で合点したようにうなずくと、スッと立ち上がり頬笑む。
「ありがとう。とりあえずここで待っててもらえる?」
「は?」
「他のお客さんにも聞き込みしてみるから。アイリスも来て」
「ちょっと、ロキ?」
急にビリーたちを放置しだすロキへ、面々は戸惑いだす。彼が席を離れ歩きだすのをアイリスがあわてて追いかけた。
「どうしたんです。何か分かったんですか?」
「もちろん。アイリスは気づかなかった?」
「い、いえ……」
「じゃ、行きしなに説明するから」
アイリスがちょっとムッとするのを見もせずにロキはそう告げる。すると彼らの背後からビリーの怒声が響いた。
「おいコラ待て! まだここにいろってのか!? こんな血なまぐさい宿もうごめんだ!」
「そうはいかないよ。完全に正当防衛なのかすらまだ分からないし」
「ふざけんな! お前らのお遊びに付き合ってられるか!」
「び、ビリー落ち着いて……!」
怒鳴るビリーにたまらず隣のマーテルか呼びかける。アイリスはそれを心配そうに見つめていたが、ロキの方は表情を変えずに近くの憲兵に向かって言った。
「悪いけど、あの二人を見張っておいてくれる? また戻るから」
「かしこまりました」
「もう、ロキ……!」
「僕らが欲しいのは真実だけだ。君も急いで」
気がかりな様子のアイリスへ一目振り返り、ロキは客室のある方へと歩く。その途中、アイリスにだけ聞こえる声で話しだした。
「あのビリーって男、ある界隈じゃ評判が悪くてね」
「…………?」
「夜の街ではギャンブルに明け暮れてるって有名なんだ。店員への当たりも強くて、いくつかの店ではブラックリスト入りしてるって」
「急にどうしたんです。そんな話を」
脈絡のない発言にアイリスは眉をしかめる。するとロキは前を向いたまま自身の片耳を指さした。
「僕の身内は国のあちこちに潜んでる。言ったろ、情報を扱うのは昔から得意だ」
「そうじゃなくて。今その話をする意図は何ですか」
「ヤツの背景を伝えただけさ。ま、もっと大事なことがあるのはその通り」
そう言ってロキは例の事件があった客室を再び訪れた。そして憲兵へ会釈して中に入り、部屋を見渡す。
「アイリス、見て」
ベッドを指さすロキ。そこにはうつ伏せに横たわる遺体が相変わらずある。アイリスが黙って注目すると、ロキは言った。
「まだ気づかない?」
「何がでしょうか?」
「よく観察してみなよ」
言われたアイリスは渋い顔で被害者を見る。頭から血を流し、背中側の下半身にかけ布団のかかった姿。変わったところでもあるのかと彼女が視線を巡らせていると、まだロキが話しだす。
「ビリーは言ったろ。この人が女の子を襲ったって」
「ええ、だからベッドにいるんでしょう。それが?」
「かけ布団を見なよ。まるで乱れてない」
言われたアイリスはあらためて遺体を見る。確かにかけ布団はしっかりと下半身を覆っていた。
「襲っていたなら、少しは抵抗した跡があるはずだ。悲鳴まであげたならなおさらね」
「な、なるほど」
「思うにコレ、被害者は普通に同意の上で女の子の布団に入ってたんだよ。」
「! それじゃ……」
「ああ。襲ったんじゃなくて、浮気かもしれない」
思わぬ発見に目を見開き、アイリスがロキを見る。目が合ったロキはニヤリと笑った。
「じゃ、予定通り他の客に聞き込みをしよっか」
「解決できますよね……?」
「もちろん。真実は目の前だ」
初の事件解決へハラハラしだすアイリスへ、ロキは頼もしげに笑った。
――
……それからしばらくして……。
「いやぁお待たせ。ようやく情報が集まったよ」
「遅えぞ! ずっと兵隊に見張らせやがって!!」
「…………」
ロキたちは元のロビーでビリーらと向かい合っていた。ビリーは先ほどにも増して不愉快そうにしており、マーテルは隣ですっかり萎縮している。アイリスもそれを見て気の毒そうな顔をした。
そんな中、ロキだけが笑顔でこう切り出す。
「まあまあ。せっかく他のお客さんの証言も取ったんだからさ。ちゃんと聞いてくださいな」
「こっちは真実を話した。連中だって言う事は同じさ」
「うん。あなたの言った通り、お客さんは皆あなたが殺した時の騒ぎを聞きつけて集まったってさ」
「ほれ見ろ。ならおかしくないだろ? 俺はこの通りマーテルを助けただけだ」
鼻を鳴らして言い放つビリー。しかしロキはそこに冷や水のような一言を浴びせた。
「ところが違うんだよ」
「なぬ?」
「あなたの証言を信じると、どうしても不思議な点があるんだ」
「はっ、テキトーな事を……」
「君は言ったよね。"マーテルの悲鳴に気づいて様子を見に行った"と」
「それがどうした?」
焦れた顔でビリーがたずねる。するとロキは決定的な質問をぶつけた。
「なんで最初の悲鳴の時点で、他のお客さんは来なかったんだい? 寝てた君が起きるほどの叫び声だったんだろ?」
「うっ……」
「君と同じタイミングで皆が駆けつければ、マーテルを皆で助けられたはずだ。でも実際は君が殺した後になってドヤドヤ集まってきた」
「…………」
「明らかに不自然だよねぇ、どうしてそうなるのか」
ロキは白々しい口調で言った。ビリーはにわかに冷や汗をかきだし、ロキを憎らしげににらんだ。ロキはそれを意に介さずこう続けた。
「考えられるのはビリー、君が意図的に殺害した場合だ。マーテルが被害者といい感じになってるところへ君がこっそり忍び込み、後ろから花瓶で殴る……」
「なっ!?」
「そこで初めてマーテルが悲鳴をあげ、お客さん方が集まってくる。それで目撃証言にあった状況も完成だ」
ロキにくわえアイリスの視線もビリーへ注がれる。ビリーは目を見開いて叫んだ。
「お、俺の女がヤツと寝たってのか!?」
「失礼ながら想像としてはね。事実、ベッドの様子からも……」
「黙れ、ふざけんな! 帰るぞマーテル!!」
ロキの言葉を途中でさえぎり、ビリーは立ち上がって隣のマーテルの腕を強引につかむ。マーテルは引っ張って立たされビクリと身を震わせたが、ふと視線をロキたちの方へ向ける。
「……!」
その時、目が合ったアイリスがハッと息をのむ。マーテルの目には怯えの他に、決意めいた光があった。
目端に涙を浮かべ唇をかみ、キッと眉根をよせて彼女はアイリスを見る。まるで勇気を出す前の一押しを欲しがっているように、アイリスには思えた。
直後アイリスは勢いよく立ち上がり、考えるより先に口を開く。
「マーテルさん、真実を!!」
「……おっと」
だしぬけに叫んだアイリスへ、ロキはキョトンとした顔をしてからすぐに笑った。一方でビリーは何故か顔面蒼白となりマーテルへ視線を向ける。
マーテルは意を決したようにうなずき、大声で言った。
「皆さん! やったのはビリーです!!」
「あ、テメェ……!」
「この人は初めからサムを殺すつもりだった! 彼を後ろから殴って、私を口止めしたんです!!」
ビリーが止める間もなく、マーテルは今日一番の大声でそう証言した。ビリーはマーテルを引っ張った格好のまま固まり、そしてブルブルと震えだす。
そんな彼へ、ロキが煽るような口調でたずねる。
「さて、まだ申し開きはあるかな?」
「う……うぐ」
上目遣いなロキをビリーは歯をむき出してにらむ。しかしすぐに隣のマーテルへ向き直ると、彼女の胸ぐらをつかんで怒鳴った。
「テメェ、黙ってろと言っただろうが! 裏切ったな!!」
「だって……! 元はといえば、サムを馬車馬みたいに扱ったのはあなたで……!」
「うるせえぇっ!! 俺の邪魔をしたらどうなるか、また殴らなきゃ分からねえのかぁッ!!」
目をつり上げ悪魔のような形相でビリーは人目もはばからず恫喝する。ロキはそれを呆れたような表情で見つめ、周りも驚いて動けずにいたが、アイリスだけは違った。
颯爽とテーブルへ駆け上がるとビリーの眼前へ降り立ち、有無を言わさず胸ぐらをつかんだ。そして虚をつかれたビリーへ低い声で言う。
「いい加減になさいっ……!!」
その時の彼女の顔はたいそう険しく、眉間に深いシワが刻まれ目は刺すように鋭く、金の髪まで逆立って見えたとロキは後に語る。
その怒気に周囲が呑まれているうちに、アイリスは雄叫びをあげて体を豪快にひねり、見事なアーチを描く一本背負いを決めた。
「でえええぇぇぇいッ!!!」
マーテルが思わず耳をふさぐほどの声量。続けて床にビリーが打ちつけられ、バキバキという轟音とともに床板を粉砕しながら床下の暗がりへ体を沈めていった。
土ぼこりがもうもうと舞い、ビリーの情けない悲鳴が小さくなっていく。アイリスはそれに頓着せず、すぐマーテルへ振り返って両肩をつかんで言った。
「大丈夫!?」
「あっ……は、はい」
真剣そのものな顔のアイリスへ、マーテルは消え入りそうな返事をした。その生返事する表情はマーテルだけではない。ロビーにいる宿の従業員や憲兵らも呆然としている。ロキだけがクククと声を押し殺して笑っていた。
少しして部屋が静まり返った頃、アイリスはふと我にかえる。
「……あっ……」
発した声はそれだけ。しかしそれでも間抜けになった表情と泳ぐ瞳が動揺を嫌でも伝えてくる。アイリスは顔を真っ赤にした後、ネジの切れた人形のように首を回してロキの方を見る。
ロキはしばらくニヤニヤと無言でいた後、爽やかにサムズアップしてみせる。
「流石だねっ」
「あ、ああ……」
アイリスは頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。この世界において理由はどうあれ実力行使の大立回りなど女性にあるまじき振る舞いなのだ。目をつぶって恥じ入る彼女へ、周囲もいたたまれない様子で視線を交わす。
しかしそんな彼女の肩を誰かが揺する。アイリスが顔を上げると安堵した表情のマーテルと目が合った。
「あの……」
「へ?」
「ありがとう……ございます!」
マーテルは絞り出すような声で礼を告げた。その言葉にアイリスが表情を和らげると同時に、ロキがゆっくり立ち上がって言う。
「じゃ、殺人犯を捕まえようか。ほら、ボヤボヤしないで」
「あ……はいっ!」
そこでようやく憲兵が動き出し、のびているビリーを連れ出した。その様子をアイリスは呆けた目で見つめ、ロキへと振り向く。
気づいたロキは、また微笑んだ。
――
二人が現場の宿屋を出た頃には、すでに空は茜色だった。人々もめいめい家路につく街道を並んで歩きながら、アイリスが沈んだ声で言う。
「……後味の悪い結末でしたね」
「こんなの序の口さ。僕らはこれからも厄介事に関わらなきゃいけないんだ」
ロキはのんきにそう言った。しかしアイリスの表情は晴れず、独り言のようにつぶやく。
「見たくないものを見る覚悟を、しなきゃなりませんね」
「アイリス……」
悲観的な物言いにロキが振り返る。そして諦めた笑顔のアイリスへ向けて言った。
「けど、少なくとも今回は事件を解決した。被害者の名誉は守られたし、犯人も捕まったじゃないか」
「……そうですね」
「特に犯人を倒したのは君の手柄じゃないか。目を見張るような体術だったよ」
「も、もう! からかわないでください!」
アイリスが頬を赤らめて反発する。恥じらうその顔を見て、ロキは気を取り直して言った。
「それじゃ、改めてこの先頼むよ。アイリス」
「ええ……ロキ」
ロキとアイリスは目を合わせて一つうなずく。そして二人は夕日に照らされた大路を再び歩いていった。